盲目の少女①~世界~
 作:無名


”妹”は生まれつき目が見えなかったー。

そんな妹になんとか、”見える世界”を体験させてあげたいと
考えた姉は、”ある方法”にたどり着いた…!

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中里 千恵(なかざと ちえ)は、
生まれた時から、視力が失われていて、
”目が見えない”状態だったー。

そんな千恵からすれば
”この世の風景”は一度も見たことのない未知の世界ー。

「--千恵、おはよ~!」

今日も”いつもの声”が聞こえるー

「--あ、お姉ちゃん、おはよ~!」

姉の香帆(かほ)の声だー

香帆は、目が見えない妹のことを、
とても大切にしているー。

そんな香帆に対して、妹の千恵自身も、
本当に感謝の気持ちでいっぱいだったー。

香帆は現在高校3年生ー
千恵は現在高校1年生ー
年齢もそれほど離れていない仲良し姉妹だったー

ある日ー

「--わたし、お姉ちゃんの”顔”も知らないんだよね…」

姉の香帆が友達のことを話している最中に、
千恵が、ふとそう呟いたー。

「--あ、ごめん。そういうつもりじゃー」
姉の香帆がはっとしながら呟くー。

出来る限り、千恵の前で容姿だとか風景だとか
”見”ることができないと、伝わらないような話は
しないようにしている香帆ー。

だが、時々こうして、ついうっかりと会話の中に
そういう話題を出してしまうことがあるー。

「--ううん。別に悪い意味じゃなくて…
 わたし、こんな風にいつも当たり前に
 お姉ちゃんと話してるけどー
 お姉ちゃんがどんな顔してるのか、全く分からないなぁ…って。

 時々いつも思うことだから、気にしないで」

千恵が微笑むー。
千恵の目には、何の光も宿っていないー。

「-----…千恵」
そんな千恵の方を見つめながら、寂しそうに呟く香帆ー。

正直なところ、千恵のような立場で生まれていたら、
と、いうことを100%想像することはできないー。

目を瞑ったまま行動してみても、
香帆は”見えている”わけだから
知り合いの声がすれば、その人の顔をイメージすることが出来るし、
”駅についた”と言われれば駅の風景を浮かべることもできるし
仮にそれが言ったことのない駅だとしても
”駅”と言われれば”駅”がどんなものかは頭の中で
イメージすることが出来るー。

だが、千恵は違うー。

”知り合いの顔”を一度も見たことがないわけだからー
誰の顔も想像することができないし、
そもそも、”人間”がどんな形をしている生き物なのかもわからないかもしれないー。
手触りや、言葉で聞いているだけで、
最終的な”イメージ”は頭の中で組み立てた空想上のもののはずだー。

”駅”と言われても、”駅”を具体的にイメージすることも
やはり、難しいかもしれないー。

香帆には”夢”があったー。

それはー
”妹の千恵に”この世界”を見せてあげることだったー”

本人には言っていないが、香帆は小さいころから
ずっとずっとずっと、千恵に”この世界”を見せてあげたいと考えていてー
色々な方法を模索していたー。

けれど、現実は厳しいー。
そんな方法、あるはずがないのだー。

遠い未来、医学が進歩すれば、それも可能になるかもしれない。

だがー
少なくとも、今の医療では、盲目の妹に、風景や顔を見せてあげる、というのは
非常に難しく、困難なことだったー。

しかしー
ある日、香帆は見つけてしまったー

”憑依薬”をー。

”これがあれば、千恵は、”この世界”を見ることが出来るかもしれないー”
香帆は、すぐにそう考えたー

そして、”裏”のオークションに出品されている
憑依薬の出品者の居場所を、香帆はあの手この手で調べてー
1か月後、実際にその男の居場所へと向かったー。

「--”憑依薬”が欲しい?」
好青年のような雰囲気の男が首を傾げるー。

「---はい。どうしても、どうしても憑依薬が欲しいんです」

ネット上で見つけた憑依薬を売っている男と接触した香帆ー。

その男は、孤児院を経営していたー。
恵まれない子供たちを救っているのだというー

「--ーー直接、僕のところを尋ねて来る人なんてー
 滅多にいないんだけどなー」

少し戸惑った様子で、憑依薬を出品していた男・
愛染 亮(あいぜん りょう)が呟くとー
香帆は「わたしの”夢”が叶うかもしれないのでー」と、
真剣な表情で答えたー。

「-夢?」
愛染は、そう言いながらも
香帆の方を見るー

”こんな子が憑依薬を欲しがるなんてー”
とー。

香帆はとても可愛らしい感じで、自分に不満がある様子にも見えないー
いったい、憑依薬を何に使おうと言うのかー。

「---わたしの妹に、”世界”を見せてあげたいんです」
香帆は呟いたー

「世界?それはどういう…?」
憑依薬をオークションで売りさばいている愛染にとっても、
理解しがたい理由だったー。

「-わたしの妹は、生まれつき盲目ー
 視力がなくて、一度も、この世界を見たことがないんですー。

 この前も”お姉ちゃんの顔も知らない”って言われちゃってー。

 わたし、小さいころからずっとずっと、千恵にこの世界を
 見せてあげたいって、そう思ってたんですー」

香帆の言葉に、愛染は「なるほど…」と頷くー。

時々、近くにやってくる子供たちに、優しそうに反応しながら、
子供たちがいなくなると、話を続けるー

「-憑依薬で、君の妹さんを、”目を見える人”に憑依させてー
 この世界を見せてあげたいー
 そういうことかな?」

愛染の言葉に、香帆は「はい」と頷いたー。

ネットで買わず、わざわざ愛染に会いに来たのは
”憑依薬が本物でなければ困るから”だー。

半信半疑だった香帆ー。
しかし、愛染という男と実際に会ってみて、
憑依薬が本物である可能性が高いと判断していたー。

「--でもね
 憑依薬は他人の人生を奪うってことだー」

愛染は言うー。

その言葉に、香帆は即答したー。

「-心配しないでくださいー。
 妹が憑依する相手は、わたしですー」

とー。

「-!」
愛染が目を見開くー。

「-千恵に、わたしの身体を貸して、
 この世界を見せてあげたいー」

それを聞いた愛染は、香帆の静かな覚悟を感じとったー。

そして、ほほ笑んだー

「ーーわかった」
愛染はそう言うと、普段出品していない
”憑依しても任意で抜け出せるタイプの憑依薬”を、
香帆に渡したー

「-憑依するときは~」
説明を始める愛染ー

「ーー抜ける時は、さっき言った方法で抜けることができるから、
 それを、その妹さんに教えてあげて」

説明が終わるー。

香帆は頷くと「あの、料金は…」と、呟くー。

愛染は優しく笑うと
「いいよ。君の妹に見せてあげてー。この世界をー」
と、香帆にそう言い放ったー

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憑依薬を手に入れた香帆は早速帰宅したー。

「千恵ーー
 やっと、やっと、千恵にこの世界を見せてあげられるよー」

嬉しそうに微笑んだ香帆は、
”次の土曜日”に、千恵に身体を貸す決意を
したのだったー

土曜日と予定を開けておくように確認した香帆ー。

妹・千恵が香帆に憑依している間は
千恵の身体は”抜け殻”になるため、
見つからないように、千恵の身体を隠す必要があるー。

”憑依”する前にそれは相談するとしてー、
と、香帆は色々計画を練り始めたー

愛染によれば、
乗っ取った側次第で、乗っ取られた側の意識も残したまま
憑依することは可能なのだというー。

千恵に憑依されたあとも、香帆は、身体を動かすことはできないけれど、
脳を通じて、千恵と会話することも可能なのだと、
愛染は説明していたー。

「--千恵がわたしに憑依して、わたしが千恵を導いてあげる感じかな!」

そんな風に呟きながらー
香帆は、土曜日の到来を心待ちにしていたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

土曜日ー

「え……嘘?」
驚く千恵ー。

「ほんとよ!千恵にこれから、この世界を見せてあげる!」
香帆が言うと、千恵は「で、、でも」と、少しだけ複雑そうな
表情を浮かべるー。

「-でもほら、わたしは最初からこうだし、
 わたしにとってはこれが”普通”だからー
 今更、急に色々なモノを見ると、戸惑っちゃったりするかもー」

千恵の言葉に香帆は「それもそうだよね…」と呟きつつも、
すぐに続けたー

「でも大丈夫!わたしに憑依しても、わたしが、心の中で
 千恵に語り掛けることもできるみたいだから!」

香帆の前向きの言葉に、千恵は不安そうな表情を浮かべるー。

千恵にとってはー
まるで”別の世界”に行くようなー
そんな不安があったー。

”元々は”見えていたのであれば、
元々”世界”がどんなものなのか分かっているし、
”元々の状態”を知っているからこそ、
その状態に今すぐにでも戻りたい、とそう思ったかもしれないー。

けれど、千恵は”一度も”見たことがないー。
生まれた時から視力がなかった千恵にとっては
”この状態”が”普通”なのだー。

一度も、見たことがないのだからー。

多くの人が、当たり前のように見えている状態ー
しかし、千恵からすれば”当たり前のように”見えていない状態ー

人間の形もー
姉の顔も、
何もかも、見たことがないー。

「--わたし、ずっと千恵に”この世界”を見せてあげたかったのー。
 それが、ようやく叶うー」

香帆は、千恵を不安にさせないように、と
憑依薬のことを詳しく話しー、
そして”わたしの意識もちゃんとあるから、千恵をサポートできる”ということと、
”憑依からはちゃんと抜け出せるから大丈夫”ということも伝えたー

「だから千恵、心配しないでー。
 わたしの顔も、あなたの顔も、何もかも、見せてあげるからー」

「---……うん」

千恵は頷くと、いよいよ”姉に憑依”することを決意するー。

「--ほんとは、千恵の目が見えるようになれば一番いいんだけどー
 お姉ちゃん、こんな方法しか見つけられなくて、ごめんねー」

香帆の言葉に、千恵は緊張した様子で首を振るー。

そしてー

「--じゃあ…」
と、香帆から受け取った憑依薬を飲み干したー。

千恵が、憑依薬を飲み干したのを確認すると、
香帆は、千恵に憑依されるためー
自分から千恵にキスをしたー。

「--うっ…」
千恵と香帆が、ほぼ同時に倒れるー。

「---------…う」
数十秒後ー
香帆の身体が起き上がるー。

目をこすりながら周囲を見渡す香帆ー。

香帆の瞳は、震えているー。

「ーーーこ、、、こ、、、これ…これが…?」
声も震わせる香帆ー。

”想像していた風景”と全然違ったー。
感触と、空気と、言葉だけで
”世界”を空想していた千恵ー。

だがー
頭の中で描いていた世界と、
初めて見る世界では、まるで、違ったー

「--うそ…すごい…これが……
 わたしの…部屋なんだ…」

香帆に憑依した千恵が嬉しそうに言うと、
香帆の意識が千恵に語り掛けたー

”どう?すごいでしょ?
 ほら、鏡…その右にあるものを見てみて!”

香帆の意識の言葉に、
香帆に憑依した千恵は、香帆の身体を鏡の方に向けるとー
身体中を震わせたー

「これが…お姉ちゃん…

 これが…人間…」

”人間”を、初めて”目”で見た千恵にとって、
それすらも、大きな”驚き”だったー

「す…すごい…」
何もかもが衝撃ー

姉の身体に憑依した盲目の妹は今、
姉の身体で、初めて”世界”を見たのだったー。

②へ続く

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「盲目の少女」をお読み下さり、ありがとうございます~!

ちょうど今はゴールデンウィークの期間中ですネ…!

休みの人は、たっぷり満喫して、
休みじゃない人は、次の休みを目指して頑張りましょう~!

今回のお話は、
私が目の調子を崩した時に思いついたアイデアを
書いたお話になっています!

”生まれつき目が見えない状態の子が、目が見える子に憑依したら…?”

そこから、お話を膨らませて
「盲目の少女」が完成しました!

色々なお話を書いてきましたが、
この作品は特に変わった憑依の使い方を描けたと思うので
今でも印象に残っている作品の一つデス…!

次回の②もぜひ、楽しんでくださいネ~!