盲目の少女②~想い~(完)
 作:無名


目が見えない妹のために、
”憑依薬”で、身体を貸した姉ー。

姉の身体で初めて”世界”を目撃した妹は…?

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「--これが…お姉ちゃん…」
鏡を見つめながら、自分の顔を触る香帆ー。

今の香帆は、妹の千恵に憑依されていたー。

憑依されているー、と言っても、
香帆自らが、言い出したことで、
千恵が強引に姉の身体を奪ったー…
と、いうことではない。

かねてから、”なんとかして千恵に、この世界を見せてあげたい”と
願っていた姉の香帆が、
ようやく、見つけ出した方法ー

”憑依薬で、妹の千恵を自分に憑依させること”で、
生まれつき盲目の妹・千恵に世界を見せてあげていたのだー。

”イメージと違った?”
香帆の意識が、香帆の身体に憑依した千恵に言うと、
千恵は「うん…全然…!これは、”可愛い”って言えばいいのかな?」と
ほほ笑んだー。

香帆の身体をベタベタと触る千恵ー。

「--あ…これが…胸なんだね…」と、笑うー。

香帆は”そんなベタベタ触らないで”と、苦笑いするー。

千恵が、香帆の身体で、香帆の胸を触っていると、
なんだかその感触が少しだけ、奥底にいる香帆の意識にも
伝わってきて、少しだけ恥ずかしくなるー。

「-というか…”人間”自体もイメージと形が違ったー」
香帆の身体で笑う千穂ー

”--そっか…そうだよね…
 千恵は、一度も目で見たことがないんだもんね…”
香帆の意識は少しだけ寂しそうに言うー。

けれどー
しんみりしているのも良くない、と
香帆は話題を切り替えたー。

”今は、わたしに憑依しているから、倒れているけどー、
 あっちにいるのが、千恵ね”

香帆の意識にそう言われて
香帆になった千恵は、倒れている自分の身体を見つめるー。

目を見開いたまま”抜け殻”のようになっている千恵の身体ー

”あ、心配しないでね。
 ちゃんと元の身体に戻れるし、
 身体が死んだりしないことは、あの人に確認してあるからー。”

勿論、憑依薬を売っていた愛染が嘘をついている可能性はあるが、
実際に会って、話をしてー
愛染が嘘をついていないと、香帆は判断したー。
それを判断するためにも、香帆はわざわざ、憑依薬を出品していた
愛染に直接会いに行ったのだー。

「うん」
香帆の身体で、自分の身体を見つめるー

そんな不思議な感覚を味わいながらも、
香帆になった千恵は、”生まれて初めて見る自分の姿”を
自分だと思うことが出来なかったー。

千恵が、自分を自分だと認識できていたのはー
声や感触、身体の感覚ー
そう言ったものからだー。

自分の姿を今まで見たことがない千恵は、
”これが千恵だよ”と言われても、イマイチピンとこなかったー

それどころかー

歯軋りをする香帆ー。
千恵は、香帆の身体で自分を見つめながら、歯軋りをしたー

”千恵…?どうしたの?”
香帆の意識もそれに気づき、千恵に問いかけるー。

「ううん。何でもない」
香帆の声で、千恵はすぐにそう答えたがー
香帆の”目”は、千恵の”目”を憎悪の眼差しで見つめていたー。

”--じゃ、まずは家の中を案内するね”
香帆が、話題を再び切り替えるー。

「--うん」
香帆の身体のまま、千恵は、部屋を見渡して、廊下に出るー

「-うわぁ…すっごい…
 何これ…
 なんかもう、考えていたのと、全然違うんだけど!」

香帆が、普段とは違う振る舞いで、周囲を見渡すー。

千恵にとって初めて見る”世界”
何もかもが、自分の頭の中で”空想”していたものとは違ったー

「え~~これが電子レンジ!
 これが冷蔵庫?
 やばっ!なんかゴツイ!」

笑いながら香帆の身体で、千穂はあらゆるものを見つめていくー

「----これが、”本”なんだ」
香帆が、本を手にするー。
だが、千恵は”何が書いてあるか”を読むことが出来ない。

目が見えない千恵は”点字”を利用していて、
当然、普通の文字を見たことがないため、
文字は読めないのだー

”それはねー”
香帆の意識が、得意気に説明を始めるー。

「-ふ~ん…なんかすごい…!これが文字なんだ~…
 なんか、ぐにゃぐにゃぐにゃ~ってしてるし」

笑う香帆ー。

全てが、新しい発見ー。

トイレも、お風呂もー
何もかも、新しい発見ー

今日は夜まで仕事で不在の”両親の顔”を写真で見つめてー

それから、テレビや映画を見たりー

初めての”世界”を堪能したー。

”-じゃ、今度は外に行ってみようか!
 わたしが何でも案内するから!”
嬉しそうに言う香帆の意識ー

「---うん…」
だがー、千恵が喜んでくれている!と思って
嬉しそうな香帆の意識とは裏腹に、
香帆の身体を現在支配している状態の千恵は、
どんどん、その表情を曇らせていったー。

それに気づかずー、
香帆は、頭の中から、千恵に語り掛けて
”転入生に学校を紹介する女子高生”のような感じで
嬉しそうに色々なものを紹介するー

”これが車で~”
”あれが太陽!あ、太陽は直接見ちゃだめだよ”
”あれが、コンビニで~あっちは、あ、ほら、お花もある~”

とても楽しそうな香帆の意識ー

けれどー

香帆の身体は、ふいに立ち止まったー。

「---あと、何時間ー?」
香帆の声で、千恵はそんな質問をしたー。

”え?何が?”
香帆の意識が言うと、千恵は
「-わたしが見えるのって、あと何時間?」と、呟いたー。

”え?あ、、うん…え~っと、まだ大丈夫だよ!
 それに、また、憑依薬、必要なら買ってくるし、心配しないで!”
香帆の意識が言うと、
香帆はクスッと笑ったー。

笑っているのは香帆の身体だがー
笑ったのは、千恵だー。

”千恵…?”
香帆の意識が言うと、

「--お姉ちゃんは、”残酷”だね」
と、香帆の身体を操っている千穂はほほ笑んだー

”え‥・?”
香帆の意識が戸惑うー

「--だって…お姉ちゃん、わたしをまた、闇の中に
 戻そうとしてるんだもんね」
香帆の身体がボソッと呟くー

香帆の意識が慌てて
”そ、そういうつもりじゃないけど、千恵には千恵の身体があるし、
 ずっとこうしてるわけにもいかないでしょ?”
と、説明するー。

「----”また”あんな世界に戻されるなんてー
 ………こんなに辛い気持ち、お姉ちゃんには分からないよ」

香帆になった千恵が呟くー。

「--わたし…今までずっと、何も見えなくても、
 お姉ちゃんや、お父さん、お母さん、それに周囲のみんなに
 支えられて幸せだったし、
 最初から見えてなかったからかなー…
 時々”見えるってどんななんだろう?”って思ったりはしたけどー
 不満に思ったことはなかったよー。

 でもーー…
 一度…一度、こんな風に”世界”をー
 ”光”を見ちゃったら、わたし、戻りたくないよ!」

香帆の身体で、千恵は叫んだ。

”千恵…”
香帆は戸惑うー

「---こんなに、、こんなに綺麗な世界があるのにー
 元の身体に戻れば、また見えなくなるー

 この世界を見ちゃったわたしはー
 みんなのことずるいと思うようになっちゃうし、
 見えない自分が、辛くなっちゃうー

 お姉ちゃんー
 どうして、どうして、わたしに世界を見せたのー?

 これじゃー
 ”わたしはこんな風にいつも見えるんですよ~?いいでしょ~!”
 って自慢でしかないよ!」

香帆の身体で叫ぶ千恵ー

”わ、わたし、そんなつもりじゃ…”
香帆の意識が慌てて否定するー。

けれどー

「-こんなの…残酷すぎるよ…!」
香帆が目から涙をこぼして、
その場で泣き出してしまうー。

”ち、、違うよ…!わたしはただ、、わたしはただ、千恵に見せたかっただけー…
 千恵に喜んでもらいたかっただけ!”

香帆の意識は、激しく動揺していたー。
”千恵を苦しめるつもり”なんて、全くなかったからー。

「--ーー欲しいもを目の前でぶら下げられて、
 それを取ろうとしたら没収させる気持ちは、お姉ちゃんには絶対に分からないー…!

 こんな思いをするなら、世界なんて、見たくなかった!

 もう、わたしーー
 元に戻っても、この光景ばっかり思い出しちゃうー

 …そんなの…そんなの耐えられないー」

香帆の身体で叫ぶ千恵ー

”千恵、おちついてーわたしは…”

「--さっきだって、お姉ちゃん、わたしが憑依に乗り気じゃないのに、
 無理矢理話を進めて、
 自分だけ盛り上がってーー」

千恵の言葉に、香帆は
”憑依”の話を持ち出した時、確かに千恵が不安そうだったのを思い出すー。

”あれ”は、憑依に対する不安ではなくー
複雑な感情を千恵が抱いていたのだー
香帆は、それに気づけなかったー。

「--残酷な自己満足…酷いよ…」
香帆になった千恵の言葉ー。

「--でも…”戻れ”って言うんでしょ。
 わたしを、闇に突き飛ばすんでしょ
 お姉ちゃんは」

香帆の口から洩れる千恵の言葉ー

”…そんな…そんな言い方は…”
戸惑う香帆ー。

だがーー

「--わたし、もう、戻らないー」

”え?”

「--わたし…もう、あんな身体に戻りたくない!」
香帆になった千恵が叫んだー。

”で、でも、それはー”

「--だって、、だって、こんなに綺麗な世界がーー」

今までー
千恵は”生まれたときから何も見えなかった”からこそ、
自分の中で割り切っている部分もあったー。

でも、こんな風に知ってしまったらー

「---お姉ちゃんの身体、ちょうだい!」
香帆の身体で、千恵が叫んだー

”え、、そ、それは、、それは、、ごめん…それは、、無理”

「--……ふ~ん、やっぱ、わたしのためって言っといて、
 わたしに自慢したかっただけなんだ。

 わたしに世界を見せびらかして、闇に放り込んでー
 わたしに生き地獄を見せようとしたんだー」

”--ちがうよ!でもーー”

「-ーーうるさい!!!わたし、この身体で生きていくって決めたからー!
 引っ込んでて!!!!!」

千恵の強い意志にー

”----!!!やめて、千恵!”

香帆の意識が、無理やり抑え込まれるのを感じたー

愛染は
”乗っ取った側次第で、乗っ取られた側の意識も保ったまま行動できる”と
言っていたー

だが、それは裏を返せばー
乗っ取った側が、”望めば”完全に元々の意識を消すこともできるー

…と、いうことー。

「わたし、お姉ちゃんにはずっとずっと、ありがとうって思ってたー。
 こんなお姉ちゃんの妹として生まれることができてよかった、ってー。

 でもー
 ”こんなこと”するお姉ちゃんだったんだねー」

残念そうに言う千恵ー。

”ちがうよ!!誤解だってば!!わたしは、千恵に、世界を見せてあげたくてー”

「---たった数時間で、また見えない世界に放り込まれるならー!
 こんな世界知らないほうがよかった!!!!」

千恵が香帆の身体で叫ぶー

”千恵……”
香帆の意識は戸惑いながら、そう呟いたー

”生まれたときから当たり前のように見えていた姉”と
”生まれたときから当たり前のように見えていなかった妹”-

香帆は決して、千恵に”見せびらかせて自慢してやろう”
などという意地悪な感情は持っていなかったー。
純粋に、”一度見せてあげたい”そういう、善意しか、
香帆にはなかったー。

けれど、千恵にとっては、それが、何よりも辛いことだったー。
天国に引き上げておいて”ここいいでしょ~?”と言われたあとに、
「でもあなたはここにはいられないの」と地獄に突き落とされるかのようなー
そんな、気持ちー。

「--わたしは…お姉ちゃんになるから!」
香帆を乗っ取った千恵の言葉にー
香帆の意識は、反論しようとしたがー

その直後、香帆の意識は途切れたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「--ただいま」
父親が帰宅するー。

帰宅した父親を見て、慌てた様子で駆け寄って来る香帆ー。

「-香帆?どうした?」
首を傾げる父親ー。

「--千恵が!!千恵が!!!」
香帆が父親を呼ぶー

部屋には、”抜け殻”になったままの千恵ー。

父親はすぐに救急車を呼びー、
あとから帰宅した母親も唖然とするー。

”生きてはいるが、意識は取り戻さない”

当たり前だー
”千恵”-
身体の持ち主は、
姉・香帆の身体を乗っ取っているのだからー。

「--ごめんね…お姉ちゃん…
 でも、わたしー
 一度こんな世界を見せつけられてー…
 元の世界に戻るなんて、できないよー」

鏡を見つめながら、香帆はそう呟くと、
小さく笑みを浮かべたー

「--ありがとう、お姉ちゃんー
 わたしに世界を見せてくれてー」

姉・香帆を乗っ取った妹・千恵は、
そう呟くと、クスッと笑ってから、
「---ほんと…”見える”ってすごいな…」と
嬉しそうに微笑んだー。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それぞれの想いのすれ違いから
このような結果になってしまいました…!

どんなに近くにいても、
やっぱり「見えてる人の考え」と「見えていない人の考え」は
違うと思いますし、
考え方も、色々な価値観も、違ってくると思うので、
結末をいくつか考えた結果、
このような結末になりました!
(結末は実際に執筆する直前まで複数の候補の中で迷っていました~)

私自身も目の調子を崩した時には
”もしも見えなくなったら”という不安を感じましたし、
こうして執筆できているのも、やっぱり見えているからこそなので、
目を大事にしていきたいと思います~!

皆様も、目の健康に気を付けて下さいネ~!

ありがとうございました~!