大名と町娘①~暴君~
 作:無名


昔ー

”とある地の大名と町娘の身体が入れ替わってしまった”
ことがあるー。

歴史には残されていないその地で起きた
”入れ替わり”の物語…

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道の真ん中を堂々と歩く役人たちー

貧相な格好の町人たちが、その役人たちを見つめるー。

「--どけ!」
子供の頭を突き飛ばす役人ー

「--申し訳ありません」
突き飛ばされた子供の母親が役人に頭を下げるー

役人が母親を蹴り飛ばして、
そのまま堂々と歩くー

江戸時代ー。
帯刀 雪之丞(たてわき ゆきのじょう)という大名が
統治していたこの地ではー

”暴政”が敷かれていたー。

暴君・帯刀 雪之丞に苦しめられつつも、
村人は何もできず、自分たちの不幸をただ嘆くばかりー。

江戸幕府本体も、
最近は不安定な状態が続いており、
このような辺境の地の大名である
帯刀雪之丞のような男にまで構っている暇はなく、
この地は事実上、帯刀 雪之丞による独裁状態だったー

「--………どうか、どうか、お父様を助けてください!」
町娘の小夜(さよ)が、泣きながら、医師に向かって叫ぶー

「小夜ちゃん、助けてあげたいのは山々なんだが」
医師の男が、呟くー

「お殿様に全部持っていかれて、
 もう薬がここにはないんだよ」
とー、悔しそうにー

「そんな……」
小夜が悲しそうに、目に涙を浮かべるー

”町にあるものは儂のもの”
帯刀 雪之丞は、町にあるものを、根こそぎ自分のものにしてしまうー。

そのため、町人たちは、
苦しい生活を強いられていたー

雪之丞の家来たちも、町で堂々と歩き、
町人をまるでごみのように扱うー

少しでも逆らえば、打ち首もあり得るー。

この領地では、
帯刀 雪之丞に逆らう者は”死”を意味していたー

「ごめんなさい…お父様…ごめんなさい」
小夜が泣きながら父親に謝罪の言葉を口にするー

心優しい町娘・小夜は、
この地域では、誰もが知る
”優しい娘”だったー

美しく、父親がやっていた食事処の
看板娘としても働いていたが
半年前、父が倒れてからは、
父親の看病に躍起になっているー

「--いいさ…お前の気持ちは、よく分かってるよ」
父・源左衛門が苦しそうに呟くー。

「---ーー俺たちが何もしてやれねぇで…
 本当に、申し訳ねぇ」

江戸っ子風の男、佐吉が呟く。

佐吉は、源左衛門に恩義を感じている
若い男だー。

「---佐吉、……小夜のことを、頼むぞ」
源左衛門がそう呟くー

佐吉は「いえいえ、小夜さんに俺なんて」と首を振るー。

小夜と佐吉は、互いのことを思い合っているー
そう見抜いた源左衛門は、
自分が死んだあとのことは、
佐吉に託そう、とそう決めていたー。

源左衛門の部屋から出た佐吉が呟くー。

「--…俺、役人に掛け合ってみる」
佐吉が呟くー

「---え」
小夜が戸惑うー

「--薬があれば、源左衛門さんは助かるんだ。
 なのに、何もしねぇなんて、
 俺には、そんなこと、できねぇ!」
佐吉が悔しそうにつぶやくー

「でも、そんなことしたら、佐吉さんがー」
小夜が戸惑うー。

帯刀 雪之丞は、”病気の町人”のことなんて
何も気にしていないだろうー。
佐吉が”薬を下さい”と嘆願しても
無視をされるか、最悪の場合はーーー

その時だったー

「-----殿様がいらっしゃったぞ!」
町人の一人が叫ぶー

「--!」
佐吉と小夜が、町の入口の方を見るー

そこにはー
黒い馬に跨った帯刀雪之丞と、その家来たちの姿があったー。

堂々と街中を歩く雪之丞ー。

暴君ではあるもののー
”殿”としての威厳と風格も兼ね備えている雪之丞の威圧感に
町の人間たちは、誰もが平伏したー。

道の端により、頭を下げるー

雪之丞は、そんな町人たちに視線を合わせることもなく
ただ、正面を見据えているー

誰もーーー
誰も、文句のひとつすら言わないーーー

だがーーー
その時だったーーー

「--殿様!」
佐吉が、雪之丞の馬の前に飛び出したー

雪之丞の側近たちが刀に手を掛けるー。

「--よい」
雪之丞が手を挙げると、
側近たちが後ろに下がるー。

「---殿様…どうか、、どうか、薬を俺たちにも分けてくだせぇ」
佐吉が頭を下げながら言うー。

「---薬を?」
雪之丞が表情を歪めるー

「--今、町では病が流行っております。
 どうか、どうか、薬をー
 少しでも、少しでも、良いのです。どうか、、どうか」
佐吉は頭を地面にこすりつけて土下座をしながら叫ぶー

とにかくー
源左衛門さんを助けたい、
その一心でー

「ならばーーー」
雪之丞は、呟くー

「ならば、一つ問おう」
緊張感が高まるー

小夜は、道の脇で頭を下げたまま、
佐吉の身を案じているー。

「はっ…何でございましょうか」
佐吉が土下座しながら、雪之丞の言葉を待つー。

「--儂がなぜ、下々を助けねばならぬのだ?」
雪之丞の言葉は
冷たくー
残酷だったー。

「---ーー」
佐吉は頭を下げながら、「そ、、そ、、そ、、それは…」と
震えるー。

”言語化”
それができず、佐吉は困惑するー

この帯刀 雪之丞を納得させる”ことば”
それが、頭に浮かんでこないー

「--答えよ。儂がお主らを助けて、儂は何を得る?」
雪之丞の冷たく、威圧する口調ー。

「-ーー、、、、な、、何故…」
佐吉が呟いて、顔をあげるー

「何故、殿様は、薬を独占なされるのでございますか?
 何故、我々から全てを取り上げるのでございますか?」

正義感の強い佐吉が”キレ”たー。

「--何故?何故???
 おかしいではございませぬか」

佐吉の表情には怒りがみなぎっているー

「--我々から、殿様は全てを奪ってお行きになられる
 なぜでございますか?

 なぜ、どうしてでございますか??

 お答え願いたい」

佐吉は、怒りに身を任せて、
雪之丞にそう言い放ってしまったー

他の町人たちは、頭を下げたまま、佐吉と関わろうとしないー

「ははははははははははっ」
雪之丞は笑ったー。

そして、馬から降りて、刀に手を掛けたー。

「---」
佐吉は死を覚悟するー

「---奪う???? おかしい?????
 笑わせるなー

 儂は大名ー
 すべてを手にする資格があるのだ」

刀を抜く雪之丞ー

そしてーーー

「--おやめください!」
小夜が、佐吉の前にかばう様にしてーーーー

「---!?!?!?」
雪之丞が驚いて刀を握る手を少し緩めたー

だがーーー

佐吉をかばう様にして前に出た小夜にー
雪之丞の刀がーーー
残酷にも、小夜の身体を引き裂いたー

「---!?!?」
小夜の血が吹き飛ぶー

小夜が瞳を潤ませながら、雪之丞を見つめるー

「--!?!?」
雪之丞が、突然、違和感を感じて、
激しいめまいを覚えるー。

小夜が、瞳を震わせながらその場に倒れ込む。

「小夜さん!」
佐吉が叫ぶー。

小夜を斬った直後にめまいを覚えて倒れ込んだ雪之丞に、
雪之丞の家来たちが駆け寄るー

「--殿!殿!」
家来たちが雪之丞を囲むー

そして、
「殿を城までお連れしろ!」

家来たちが慌てて倒れた雪之丞を城に運ぶため
町から去っていくー

「--小夜さん!小夜さん!」
佐吉は斬られた小夜にすがるようにして、
泣きついたー

身体から血を流す小夜が、目を開くことはなかったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だがーーー
信じられないことが起きたー

「これは…どういうことだ?」
医師が首を傾げるー

斬られた小夜の身体が急速に回復していっているのだー。

「---…先生、小夜さんは?」
佐吉が戸惑いながら叫ぶー。

「---安心せい…無事じゃ」
医師は呟いたー。

小夜の”人智を超えた回復力”---
医師も驚くほどに小夜の傷は回復しーー

そして、翌朝、小夜は目を覚ましたーー

「小夜さん!」
佐吉が嬉しそうに叫ぶー

だがーーー
小夜の口から出た言葉は、信じられない言葉だったーー

「----小夜…????
 儂は……帯刀 雪之丞であるぞ」

とー。

「--!?」

「--!?!?!?」
小夜(雪之丞)が表情を歪めるー。

自分の口から出た声がー
自分の声ではなく
町娘の声だったからだー

「---な…な、、、か、、鏡を持て!」
小夜(雪之丞)が叫ぶと、佐吉は
「さ、、小夜さん??い、、今持ってくるから」と
混乱しながら鏡を持ってきたー

そしてー
小夜(雪之丞)は鏡を見て凍り付いたー

自分が斬り捨てたはずの女にー
一介の町娘にーー

自分がなってしまっていたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「-----お目覚めになられましたか」

城ではー
帯刀 雪之丞本人が目を覚ましていたー。

「---え…」
雪之丞は目をぱちぱちさせながら
不思議そうに周囲を見回しているー

「--ここは…?」
雪之丞はそう呟いて、思わず自分の口を押えたー

自分の口から出た声が、
自分の声ではなかったからだー。

”小夜”としての声ではなく
”帯刀 雪之丞”としての声ー

「---ここは我が城にございます。
 殿は、狩りからの帰還中に町で急に意識を失われたのでございます」
家臣が状況を説明した。

「----そ、、、、そう、、、ですか」
雪之丞(小夜)は戸惑うー

自分が佐吉をかばうために雪之丞の前に
立ちはだかり、斬られた部分までは覚えているー

だが、どうして自分が雪之丞にー

「---!」
自分が雪之丞になっているということはー
もしかするとー

「--あ、、あの、わたしー」
雪之丞(小夜)はそこまで叫んで、
首を傾げた家臣のほうを見て
何度かせき込むと
「--わ、、わ、、儂が斬った女は、どうした…?」と
雪之丞のような振る舞いをしながら答えたー

「---町のものが慌てて近くの食事処に連れ込みましたが
 あの傷では助からないでしょうな」
家臣はそう答えたー

「--そんな」
雪之丞(小夜)は思わず、呟いてしまうー。

「----?」
家臣の男が、不審そうに雪之丞(小夜)のほうを見るー。

そしてーー

「--磯部(いそべ)!こっちに来てくれ!」
別の男が、雪之丞(小夜)のいる部屋の外から、
雪之丞(小夜)と話していた男・磯部を呼んだー

”今行く”と返事をすると、
磯部は「--殿もまだお疲れでしょう。ご無理をなさらずに
今夜はお休みください」と頭を下げるー

そして、立ち去っていく磯部ー

「--わたしが…お殿様」
雪之丞(小夜)は近くにあった小さな鏡を見つめるー

恐怖の象徴である帯刀 雪之丞に自分がー…

「-----」
小夜は聡明な女性だったー。
入れ替わってしまったという状況に強く驚きを感じながらも、
”起きてしまった現実”をすぐに受け入れた。

そしてー
”なすべきこと”を
小夜は考えたー

「わたしがお殿様………だったら…」
雪之丞(小夜)は考えたー

”この身体であればー
 みんなの暮らしをよくできるかもしれないー”

とー。

この日を境にーー
”暴君”雪之丞は変わるー。

虐げられる苦しみを知っているからこそー。
彼女は、”この身体なら出来ること”を
成そうと決意するのだったー。

②へ続く


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コメント

皆様こんにちは!
今年2作品目の掲載になりました~!

今回の作品は、時代劇 X 入れ替わりの
お話になります~!

私の作品は現代モノが多いので、
なかなかこういう時代のお話を書くことがないため、
書いている当時はとても新鮮な気持ちでした~!

このあと、どうなっていくのかも含めて
ぜひ最後まで結末を見届けてみて下さい!