夕暮れ時の涙A ”なみだ”

 作:無名


失ってから気づいたのでは、もう遅い―。

自分にとって”大切なモノ”は
すぐ傍にあったのにー。

もう、彼女と一緒に、あの夕暮れを見ることはできないのだろうかー。

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「ねぇ、雅史君、今度誕生日だったよね?」

一緒に歩いている文香が笑いながら言う。

「ん?あぁ、まぁ…」
雅史は照れくさそうに返事をする。

そんな雅史の様子を見て、文香は笑った。

「ふふふ…照れてるの〜?」

顔を覗き込むようにして笑う雅史。

雅史は、今まで男友達とばかり遊んでいるようなタイプだった。
そのため、高校に入るまで彼女はいなかった。
文香が、初めての彼女なのだー。

「−−−ば、、馬鹿!照れてなんか…」
顔を真っ赤にして言う雅史を見て、文香は笑った。

「誕生日プレゼント、用意しておくから、
 楽しみにしててねっ!」

その微笑みはーーーー

もう2度と見ることはできないーーー。


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憑依してから1週間。


鏡で自分の顔を見る―。

文香の可愛い顔が写るー。

綺麗な髪、
綺麗な唇ー。

男では考えられない綺麗な手にー
女性特有の胸―。


だがー。
もう…そんなものを見ても興奮などしなくなった。

「−−−−文香を…返してくれ…」

文香は鏡に向かってそう呟いたー。
文香はーーもう居ない。

この世に残っているのは”文香のぬけがら”だけー。

体は文香でも、
心は雅史。

雅史が出来心で購入した憑依薬を使い、
文香に憑依したとき、
”文香の心”は消し飛んでしまったーー。

もう、永遠に文香は戻ってこない。


文香はトイレから出た。

今日は”自分の葬式”だー。

彼女として、家族ぐるみで親しかった文香は
その葬儀に招待されていたー。

喪服を着て、会場にやってきていた文香は
呟いた。


「どうせーー。。。」

”どうせ、俺の死になんか誰も興味がない”

雅史はそう思っていた。

両親は妹ばかり可愛がっていたし、
妹の美智子には「キモ」だの「お兄ちゃんがいなければ部屋が広くなる」
なんて言われるような始末だった。

高校でも友人は多いが、広く浅い付き合いだ。
みな、すぐに俺のことなんて忘れるだろう。


だがーー
文香の体で葬儀会場にやってきた雅史は唖然とした。

自分の想像以上に、人が集まっていたのだ


「はは…意外」

自分の口から”文香”の声が出ることにはもう慣れた。

あれから1週間。
女の体にももう慣れて、次第に違和感を感じなくなっていた。

最初は色々な場面で戸惑った。
男のそれとは、色々な部分が違ったからだー。

けれども、人は慣れると、何の新鮮味も感じなくなる。

最初は、胸に手が触れたり、髪の感触とか、
スカートをはいたときの感触とか、そういったもので
いちいち興奮していた。

でもーー

もうそれも無くなった。

今はただ、ただ、文香を返してほしい…
それだけだった。

”憑依して女の子になってみたい”

それは、ただの無いモノねだりだったのかもしれない。
実際に、憑依してみて1週間、過ごしてみて分かるー。

ただ、自分は、
自分にないモノを…
そう、隣の芝生が青く見えていただけなのかもしれない。

葬儀は進み、
親戚一同や出席者に料理が振る舞われた。

「…はぁ…」
文香はなんとなく気分がすぐれなかった。

当たり前だー。
人は”自分の死”に立ち会うことはできない。

だがー、今、雅史は文香の体で、
自分ー、”春田 雅史”の葬儀に参列しているのだ。

こんな経験、
誰もしたことがないだろうー。

文香が、会場の外に出て、外の空気を吸っていると、
そこに、同級生で雅史の幼馴染だった
氷室 鮎菜と目があった。


「−−あれ?あゆ…、、、ひ、、氷室さん、どうしてここに?」

雅史はいつも、鮎菜のことを「あゆな」と呼んでいた。
だが、今はもうー自分は雅史ではない。
森崎 文香なのだー。


「−−どうしてって…?
 ホラ、私、アイツの幼馴染だし。

 ずっと小学生のころから一緒だったから」

鮎菜が言う。

文香は笑う。

「そう、そうだったわね…」

もう、文香の口調で話すことにもなれた。
よほどのことが無ければボロは出さないだろう。

「・・・・・・アイツ、、馬鹿だよね」
鮎菜が笑う。

「−−−−−−−」
文香の中に居る雅史は思う。

いつも口うるさかった幼馴染の鮎菜。
俺が死んで、せいせいとしているのだろうか。

「ーーー本当に馬鹿よ!バカ!」
鮎菜が言う。

「−−−そこまで言わなくても…」
文香(雅史)がそう言いかけて
鮎菜の顔を見てハッとしたー


「−−−何で…どうして…
 何で、急に死んじゃうのよ…」

鮎菜はーーー涙を流していた。


「−−−ひ、、氷室さん…」
文香は驚いたー。
気が強くて、いつも小言ばかり言っていた
幼馴染ー鮎菜の涙を初めて見たー。


「……前の日まであんなに元気だったのにっ…!」

前の日ー。

雅史が最後に学校に登校したのは、
憑依した文香が、意識を取り戻さなくなった、あの日ー。

雅史は文香の事で頭がいっぱいで、
気が気ではなかった。

鮎菜にも、何かを言われた気がするが覚えていない―。


「−−−私・・・」
鮎菜が涙をふきながら、声を振り絞るようにして言った。

「ーこんなこと、文香ちゃんに言っても仕方がないけど……
 私ね……、アイツのコト…ずっと好きだったの…」

鮎菜が言うーー


「えーー?」
文香は声を出した。


そういえばー

「−−そんな口うるさきゃ、彼氏も出来ないよなぁ〜」

「わ、、、わたしにだって、好きな人ぐらいいるから」

高校内での会話を思い出すー。
あのとき言ってた”好きな人”って…。


「−−でも……わたし、ずっと言い出せなかった…
 ”好き”なんて言ったらアイツに笑われそうー
 って思っちゃって…ずっと言い出せなかった。

 なんて言うかな…ずっと”幼馴染”だったから…
 アイツとの距離が近すぎちゃって…

 そんなうちに、文香ちゃんとアイツが付き合うことになってー」

鮎菜の言葉を神妙な表情で聞いている文香。
それに気づいた鮎菜が笑う。

「あ、ごめんね、文香ちゃんのこと、どうこうってわけじゃなくて。

 私、文香ちゃんとアイツが付き合い始めた時、
 ”二人を応援しよう”って決めたのー。

 なのに…」

鮎菜の声が震えている。


「なのに…なんで…
 文香ちゃんを残して何で死んじゃうの!
 どこまで無責任なのよアイツは!」

鮎菜がその場で泣き崩れてしまう

「−−なんで…なんでよ…
 雅史……どうして……バカ…」

顔を手で覆い、その場で泣きじゃくって
しまう鮎菜

「ーーーー氷室さんーーーー」

”俺はここに居るーーー”

そんな一言が言えたらどんなに楽だろうー。

けれどもー
もうそれは出来ないー

自分は取り返しのつかない罪を犯した。

もうー、
”春田 雅史”には戻れないー。

これからはずっと”文香”として…
人を騙し続けて生きていくんだ…。

「−−−−氷室さん」
文香(雅史)には、泣き崩れる
”かっての幼馴染”を見て、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


ーーー文香は、気を取り直して
会場の中に戻った。

鮎菜はもう少しだけ、外の風に当たるのだという。

宴会場に戻る途中、”自分の遺体”が安置されている
場所を通ると、
妹の美智子が立っていた。

「−−−美智子……ちゃん?」
文香(雅史)は声をかけた。

文香はよく雅史の家にも遊びに来ていた。
妹の美智子にも、文香はよくしてくれていたー。

「−−−あ、、、こんばんは」
美智子が寂しそうな表情であいさつする。

ーー文香は微笑みを作り、挨拶を返した。
”女の微笑み方”も1週間で大分学んだ。

「−−−私・・・・・・
 お兄ちゃんに酷いこと言っちゃったの…」

美智子が悲しそうに”俺”の遺体を見つめながら言う。

「”キモい”とか、”お兄ちゃんがいなければ良いのに”とか…」
美智子は自虐的に笑った。

「−−−−そうなんだ」
他人事のように言う文香。
例え、妹であっても”自分が雅史”だと言うことはできない。

「−−でも・・・・・・
 私・・・・・・お兄ちゃんのこと嫌いだったわけじゃない…
 全然キモいなんて思ってなかったし……
 部屋が広くなくたっていい…」

妹の目から涙が零れ落ちたー。


「−−−!!…」
文香は驚いて目を見開いた。

妹がーー
泣くとは思わなかった。

美智子は、、俺が死んでもなんとも思わないー。
そういうヤツだと思っていた。

「お兄ちゃん、私のこと、恨んでるだろうなぁ…
 毎日のように、キモいとか、消えろとか
 言ってたから…」

冷たくなった雅史の体を見つめて呟く美智子。

「−−−私・・・・・・
 恨まれてるかな…お兄ちゃんに…

 お兄ちゃんもきっと、私のこと、、
 嫌いだったんだよね…」

美智子から零れた涙がー
雅史の体に零れる。

「−−−当たり前だよね…
 わたし、酷い事たくさん言った…。
 恨まれて当たり前だよね…

 ごめんね…
 ごめんねお兄ちゃん」

棺に何度も何度もお詫びの言葉を呟く美智子。

「ごめん…本当にごめん…
 お兄ちゃん…
 お願い…帰ってきてよ…
 もう、、キモいとか、消えろとか言わないから…

 お願い!帰ってきてよ…」

美智子が泣きながら嘆願するように言う。


「−−−−−美智子」
文香は小さな声で呟いた。

ふと気づけば、自分の頬からも涙がこぼれている。

「−−−美智子ちゃん…
 大丈夫・・・雅史は、きっと怒ってないよ…」

文香は”自分の気持ち”を間接的に伝えた。

「雅史はーーー
 あなたのこときっとわかってくれている…
 大丈夫。大丈夫だから…」

美智子を慰める文香。

「うん…でも、、、でも…」

美智子はまた棺の方を見て泣き出してしまう。

「お兄ちゃん!謝るから…わたし、謝るから!
 もう1回起きてよ!ねぇ!!!ねぇ!!!」

泣き叫ぶ”元”妹を見つめながら文香も
涙をこぼしたー。

”俺”はここにいるのにー
”俺”は怒っていないのにー。

もう、それを伝える子もできないー。


「−−−少し、一人になりたいな…」
美智子がつぶやいた。

文香は、頷いてその場を後にした。

「−−−ごめん。。。ごめんな…美智子…」

泣きじゃくる妹を背に、文香はそうつぶやきながら
涙を流したー。


妹の美智子もー
幼馴染の鮎菜もー

大切なものは身近にあったのにー。

どうしてそれに気づくことができなかったのだろうー


どうしてー。


文香は、自分の思っていた以上に、自分の死が
周囲に深い悲しみを与えていたことを知るー。

母が泣きじゃくり、目を真っ赤にしている。

いつも厳しかった父が、誰も居ない喫煙所で、一人
歯を食いしばって涙を流していたー。

小さいころの親友や、
親戚の人が、涙を流してくれた―。


人の価値はー
死んだときににどれだけ多くの人が涙を流してくれるかで決まる―。

そんな言葉を聞いたことがある。


文香は空を見上げた−。

「みんなーーーーごめん。。。」

涙を流しながら呟く。

でも、こうするしかなかったー。

自分のせいで文香はー。
落ち込む文香の母ー
そして文香の友人たち―。

それらを見た雅史には耐えられなかった。

自分が奪ってしまった文香をそのままに
しておくことなんて、できなかった…。

「−−−−辛すぎるよ…こんなの…」
文香は呟いたーーーー。

彼女の文香は消えてしまったー

それだけじゃないー。
自分にとって”たいせつなもの”に
もう、手を伸ばすことも許されない―。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日。
休みを利用して、文香はあることをしようとしていた。

憑依薬の出品者・愛染 亮に直接会いに行く。

愛染の住所はオークションの出品者情報で分かっている。


意外と近くだった。
電車で1時間。

文香は出品者・愛染の住所を尋ねたーーー

そこはーーー
”身よりのない子供たち”を預かる施設だったー。

爽やかな好青年が笑みを浮かべて
子供達を見ているー。

ちょうど、その好青年のそばに、
もう一人、男が立っていた。

「愛染さんは立派ですよ」
男が言う。

好青年は微笑んだー。
やはり、この男が”愛染 亮”

憑依薬を出品していた男だー。

文香は愛染に声をかけようとした。
だがーーー

「−−小さいころ、暴漢に襲われてお母様を
 無くされたそうですね」

男が言うと、愛染はうなずいた。

「えぇ…7歳の時でした。
 離婚して、母と二人だけだった僕には、
 母が唯一の肉親でした。
 でもーーー
 目の前で”暴漢”に襲われて母は殺されたー」

愛染が拳を握りしめる。

「−−−その男は”女は男を楽しませるためにいるー”
 そう言ってました…。」

自虐的に笑う愛染。
そして続けた。

「一人になった僕はー。
 親戚をたらいまわしにされて、本当に苦労しましたよ…

 だからこそ、この施設を作ったんです。
 僕のように親を失って、途方に暮れている子たちを
 無償で預かる施設を…。

 僕のような子たちに”帰るべき場所”を作ってあげたいー」

愛染が愛おしそうに、遊ぶ子供たちを見つめている。

隣の男は何かの取材に来ている人物のようだー。


「そうですかーお若いのに御立派です。

 ところで、資金はどうされてるんですか?」

男が聞くと
愛染は微笑んだー。

「ネットとかで、稼いでます。
 僕の母を殺した男のように、
 ”女性を道具としか思っていない”人たちを相手にねー」


ーーー文香は…愛染に話しかけることはできなかったー。

愛染が”憑依薬”を売っているのは、
身よりのない子供達の施設を維持するためー。

愛染にとって、”女性の体で好き勝手したい”と考える様な
人間が、自分の母を殺した暴漢と重なって見えるのだろう…。

愛染は無関係の文香を巻き込んだ。。

だがー。
自分に愛染を責める資格はあるのか?

事実、今、目の前の施設の庭で走り回っている子供たちは
とても楽しそうだー。

愛染の”身よりのない子供を助けたい”という想いは
本物なのだろうー。


「−−−−−−−−」

”文香を巻き込んだのは…この男じゃない…
 俺だ…”

文香の中に居る、雅史は、そう感じて
憑依薬の出品者・愛染に声をかけることなく
そのまま立ち去って行った…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後日―。

放課後の屋上で、文香はまた、夕日を見つめていたー

「また……
 また、一緒にお前と夕日が見たいよー」

一人涙ぐむ文香ー。

「−−−こんなことになるなんて…」

そして、続ける…


「文香…怒ってるよな…
 ・・・・・当たり前だよな」

男言葉で呟く文香。

今日は風が強い。
スカートがめくれないように気を使いながら、
その場に立ち尽くす文香―。


「−−−−……”アイツ”ーーー」

背後から声がした。

親友の陽太郎だった。


「−−−アイツも、、森崎さんにそんなに
 想ってもらえて喜んでると思うぜ」

陽太郎が笑う。

文香は涙ぐんで振り返った。

「−−−そんなに泣くなよ」
陽太郎が文香の肩をたたいた。

「俺さー。
 森崎さんのことをー
 アイツ、、雅史が助けてくれたんだと思うんだよ…

 森崎さん、意識不明になってただろ?
 でも、アイツが突然倒れると同時に森崎さんは
 意識を取り戻した。

 きっと、雅史のヤツが、森崎さんを助けたんだよ」

陽太郎が夕日を見つめながら言う。

「へっ…俺がロマンチストみたいなこと
 言っても似合わないけどよ…

 でも…
 やっぱり、、
 雅史のヤツが…森崎さんを助けた…
 俺はそう思うよ。

 自分の命を賭けて、彼女を助けるなんてな…

 ・・・・・・バカだよな」

ふと見ると、陽太郎の目も少し涙ぐんでいた。

「最後にかっこつけやがって…バカ野郎…」


文香の目から涙がこぼれた…

「こんなに…こんなにつらいなら…
 私・・・消えちゃいたかった…

 こんなに…どうして…」

文香はその場に泣き崩れたー。


この世界は雅史が思っていたよりずっとやさしかったー。

なのにー自分はそれに気づけなかった。
大切なものはー”すぐ近くに”あったのにー。


「−−−…雅史……
 幸せ者だなお前は…

 彼女さんにこんなに思ってもらえて…」

陽太郎はそう呟いた…。


文香の涙は止まらないー。
いつまでも、、いつまでもーーーーー。

もう、、、、
この夕日を、彼女と見ることはーー
永遠に出来ないのだろうかーーーー。

Bへ続く




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コメント

Aをお読み下さりありがとうございます〜!

私自身も解体新書様に掲載されるにあたって
もう一度読み直して見たのですが、
なんだか、私のわりにはよくまとまっていて、
びっくりですネ…笑

本当に私が書いたのかな?と思ってしまう感じ…
もしかしたら憑依されていたのかも…?
(私が書いてます笑)

物語は次回のBで完結デス!
ぜひ、二人がどのような結末を迎えるのか、
見届けてあげてください〜!