夕暮れ時の涙B ”再会”(完)

 作:無名


憑依した時に消えてしまった、彼女の魂ー。
彼女の代わりに、彼女として生きることを決めた雅史ー。

彼女とは、もう会えないのだろうか…。


そして、物語は光の中へー。
夕暮れ時の涙、最終回です!


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「俺、こういう財布欲しいんだよな〜」

とあるデパートで、雅史と文香が一緒に買い物を
していた時のこと。

雅史は革の高級そうなデザインの財布を手に取って笑った。

「え〜2万円もするよ〜!」
文香が笑う。

「−−ははっ、ホラ、誰かからプレゼントでもらえないかな〜
 なんてさ」

雅史が笑うと、文香が「全く、よくばりなんだから!」と笑う。


その笑顔は眩しかったー。
いつまでも、一緒に居られると思ってたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

半月が経った。

すっかり文香としての生活にも慣れた。

記憶もほとんどが読み取れるので、
日常生活に支障はない。

全てを読み取れるわけではないみたいだけれどもー。

女としての身だしなみや振る舞い、
化粧の仕方、日々の楽しみ方、
女としての羞恥心。

この半月で色々なことを身に着けた。

「−−ー今まで…」
文香は呟く。

「ずっと…女の子はエロいだとか、
 楽しそうだとか、可愛いだとか…
 そんな目でしか見てなかった…」

鏡の中の文香に語りかける。


「でもーー。
 大変だったんだな…色々…

 俺…何も知らなかったよ…」

悲しい表情で”文香”に話しかける雅史ー。

けれどー
今はもう、自分が文香ー。

”返事”が返ってくるはずもなかった。


「宅急便ですー」
下から声が聞こえた。

「−−−何かな?」
文香は自分の部屋から出て、
宅急便を受け取った。

”森崎 文香 様”

ネットショップから届いたもののようだ。

「−−−なんだろう…」

文香自身の記憶を探ってもイマイチ読み取れない。
こういう細かいところまでははっきりとしないのだー。

文香(雅史)はダンボールをおもむろに開けてみたー

すると、その中にはー

”かって自分が欲しがっていた2万円の財布”が入っていた。

「な…何でこれが…」
文香がつぶやく…

そしてハッとした…

明後日は…自分の…”春田 雅史”の誕生日…。


「ねぇ、雅史君、今度誕生日だったよね?」

「誕生日プレゼント、用意しておくから、
 楽しみにしててねっ!」


文香はその財布を手に、目に涙を浮かべたー。

「バカ…
 アイツ…母親とふたりでお金苦しいっていつも言ってたのに…
 こんなに背伸びして…」

そう言えば、文香は、俺が憑依する直前、
バイトのシフト増やしてたな… と雅史は思う。

いつも大変なのにー
無理してー、背伸びしてー、
ワガママな俺のために文香はこんなプレゼントを用意してくれていたー。

なのに、自分は、
何をしたー?

欲望のままに文香に憑依して、体を好き勝手弄んで、
挙句の果てに、文香の心を殺してしまった…。

「・・・・優しすぎるよ……文香……」

涙を流したまま”自分が用意したプレゼント”を手に
文香はその場にうずくまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある日の放課後。

「−−−−元気だしなよ…」
幼馴染の鮎菜が心配そうに言う。

鮎菜の葬儀会場での言葉を思い出す―。

俺は、、みんなを悲しませたーー
みんなを傷つけたーー。

「…ありがとう」
文香はそう答えると、
いつも文香と一緒に居た屋上へと向かったー。

屋上で夕日を見つめながら呟く…

「…誕生日プレゼント、ありがとう…」
財布を夕日に掲げながら、悲しそうに言う文香ー。

「−−−−−−」

勿論、返事はない。

「−−−−−−文香」
文香は”もう永遠に手の届かない”その名前を呼びー
目をつぶる。

文香は今、どこに居るのだろうか。

もう、二度と会えないのだろうかー。

あんなにやさしかった彼女をー、自分は奪ってしまった。
消してしまったーー。


「−−−雅史君・・・」
ふいに声がした。

ーーーー!?

文香…いや、雅史が目を開けると、、
そこには……白い空間が広がっていた…

「え…ここは…」
雅史が声を上げる。

自分の体を見て、雅史は驚いたー。
文香の体ではなく、自分自身の・・・
雅史の体になっていた。

「−−−まさしくん!」
背後から声をかけられてビクッとして振り返る。

そこにはーーーー
最愛のーー森崎 文香の姿があった。

「ふ、、、文香ーーー?」
雅史が恐る恐る尋ねると、文香は優しく微笑んだ。

雅史はその姿を見て笑った。

「よ…良かった!無事だったんだ!
 文香・・・ずっと、会いたかった…
 ずっと…

 俺…とんでもないことをした…本当に、、本当にごめん」

雅史が白い空間の床に手をつき、土下座する。

「−−−ふふ、、、雅史君ったら、相変わらず
 変わってないね」

文香の優しい声―。

文香はーーー
笑っていた。

「ーーー文香……体、、、返すから…
 俺の体はもう無くなっちゃったけど…
 文香、、俺はお前が無事ならそれで…」

雅史が言うと、文香が首を振った。

その表情はーー
とても、悲しそうだった

「−−−−ごめんね。それはできないの…。
 もう、、、私の魂は雅史君に憑依された時に
 ”死んで”しまったからー」

「そんなーーー」

雅史が目から涙をこぼす。


「でもねー。
 雅史君が、ずっと悩んでるからー。
 ”一度だけ”っていう約束で、こうして雅史君に会いに来たの」

文香が優しく微笑むー。
いつもの優しい笑顔。

「−−そんな…文香…
 俺、、俺…どうすればいいんだよ・・
 お前に謝っても謝りきれない……

 俺…こんなことになるなんて…」

雅史は涙を隠そうともせずに、涙声で叫んだ。


「−−−そうね。

 私・・・最初は雅史君を恨んだ…。
 だって、そうよね?
 私・・・突然、雅史君に体を奪われて
 そして、死んじゃったんだから…。

 体は生きてるけど…私の魂が死んじゃったの…」

文香が静かに語る。

「−−お願い返して!って何度も叫んだー。
 あなたのことを恨んだー。

 でも…この半月の雅史君を見ていたら…
 何でかな…
 不思議とそういう感情が無くなっていって…

 …だって、雅史君、
 私の体で本当に一生懸命生きてくれてるんだもん…

 そんな姿見せられたら・・・
 やっぱり、、わたし…雅史君のこと好きなんだなって…」

文香の目から涙がこぼれるー。

「わたしー、まだ雅史君と一緒に居たかった…
 まだ死にたくなかった……

 でも……もうこうなっちゃったら…何を言っても変わらないし…
 もし私が反対の立場だったら、同じことしたかもしれないし…

 だから雅史君ーー。
 わたし、怒ってないよ」

文香がほほ笑んだ。

「−−−−優しすぎるよ…文香は」
その場に膝をついて涙を流す雅史。

そんな雅史に文香は近づいた。

「−−−雅史君。
 これからも、私の人生、、代わりにお願いねー」

そして雅史の方をみて、
「私から、4つだけお願い」 と微笑んだ。

「4つーーー?
 あぁ、守るよ。守る…」
雅史の言葉を聞き、文香が優しく微笑む。

「1つ目は…
 もう、これ以上、泣かないで。泣き言を言わないで…。
 みんな心配するから…
 ね?元気出して・・・。

 私も心配で心配で見てられないから・・・」

雅史が頷く。
涙が目に溢れてとまらないー。


「2つ目は…
 お母さんのこと…お願い…。
 お母さんにはもう、、わたししかいないから…」

雅史は「もちろん、もちろんだよ」とうなずく。

「3つ目は……
 ちゃんと、誰かと結婚して、子供作ってね…。
 わたし、子供産むの夢だったからー」

「……あぁ、分かった…」
雅史は涙を拭きながら言う。


「−−−そろそろ時間みたい」
文香が優しく微笑んで、、雅史の頬に手を触れたー。

「文香…頼む…いかないでくれ…!」

その言葉に文香は涙をこぼした…
雅史の手に握られている財布にその涙がこぼれ落ちるー。


「4つめー。
 ”わたしのこと、、忘れないでね…”」

そう言うと、文香は背を向けて、
「わたし…雅史君のこと…ちゃんと見てるから……
 私たち…いつまでも一緒だから・・・」とつぶやいた…。

そして文香はそのまま、白い空間の向こう側へと
歩いて行く…

「文香!待ってくれ!イヤだ!!!
 待ってくれ!文香!!」

その叫びもむなしく―――

ふと気づくと、いつもの夕暮れの屋上に雅史ーー
いや、文香はいた。

「−−−−−−」
文香は涙を拭く

「今のは…夢?」
文香(雅史)がそう呟いて、財布を見ると――
そこには涙の跡があったーー。

文香は少しだけ微笑んだーー。

「夢じゃない…よな…」

そして、夕日に向かって意を決して呟いた

「わかったー。
 もう泣かない…。
 文香、4つの約束…必ず守るからー。」

夕暮れ時の屋上でー、
そう呟いた…。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



月日は流れ――。

10年後。

文香はとある企業での勤務を経て、結婚。
無事に子供にも恵まれたー。

”1つ”約束を果たせたー。

そしてー。
文香は病院に居た。
文香の母親が病気で倒れー、
今、まさに息を引き取ろうとしていたのだ。

「お母さんー」
文香は目に涙を溜めてその名を呼んだ。

10年。
それだけ文香として過ごした雅史は、
もう…すっかり”文香”になりきっていた。

ーーー母は、最期に意識を取り戻した。

「−−−文香…」
母は弱弱しく微笑む。

「お母さん…」
文香の言葉に母はうなずいた。

そして…

「−−−ありがとう」
母は目に涙を溜めてそう呟く。

「ううん…お母さん…頑張って…」
文香が言うと、母は今一度微笑んだ…

「わたし…ずっと分かってた…
 あなた…”文香”じゃないわよね……

 でも…あなたはずっと”文香”の代わりに、、、
 文香をとっても大切にしてくれたーー。」

母の言葉に文香が驚いて顔をあげる。

「お母さんーー!?」

母はーーー
自分が”文香”ではないと、気づいていたのかーー?

「−−わたし…あなたのお母さんよ…
 見分けぐらいつくわよ…」

母はそう言うと、続けた。

「でも、、、、ありがとうーーーーー。
 理由は分からないけどーー・・・

 文香を大切にしてくれて・・・・・・
 ーーーーありがとう」

母はそう言いながら涙をこぼして、
そのまま眠るようにして息を引き取った…。


文香は動かなくなった母を前に呟いた。

「−−−−ごめんなさいーーーー」

母に向かって、文香はふかぶかと頭を下げた…。


これで…”2つ”約束を果たした…

文香は窓の外の夕日を見つめた。


ーー文香は、今でも…まだ自分を見てくれているのだろうか・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



時は流れる

長い、長い、時が流れた。

何年も、何年もー

色々なことがあった。


そしてーーー
長かった、人生にも終わりの瞬間が訪れた。


ーーーー82歳になった文香は
病院のベットに横たわっていたー。

もう、長くはないー

自分でもそう思う。

自分はーーー
”春田 雅史”として生まれながら
”森崎 文香”としての人生を歩んできた―。

苦しい人生だったけれどもー。
あの世で文香に誇れる人生を送れたと思う。

「−−−−−死ぬのは、2回目ね…」
文香がしわだらけの体でそう呟いた。

見まいに来ていた高校生の孫娘が不思議そうな顔をする。

「−−−え?」

孫娘はーーー
高校生の頃の文香によく似ていたー。

「−−−おばあちゃん、元気出して!」

まるで、文香に言われているようだったー。

その言葉を聞いた文香はーー
自分のベットのわきに置いてあった
黒い革の財布をーー孫娘に差し出した。


あれから60年以上…
文香はずっとこの財布を使ってきた。

何度も、何度も、ボロボロになりながら…
この財布も…一緒にここまでやってきてくれた。

ボロボロの財布を見て孫娘が言う

「これ、おばあちゃんのー?」

文香はいつも
”何故か 男物の革財布”を使っていた。

あの日、文香に誕生日プレゼントとして送られた革の財布を…。
文香(雅史)はずっと使い続けてきた。

「私の代わりにーーー大切にしてーー」
文香が言うと、孫娘は微笑んで頷いたーー。


「−−−ちょっと…休むわ…」
文香は弱弱しく目をつぶった――。

体が弱っていくー。

長かった人生もここで終わり―。

本当は”文香”が生きるはずだった人生。
こんなに長い人生を自分は全て奪ってしまった…



ふいに、、、目を覚ますと、
”あのとき”の高校の屋上に、雅史は居た。

「−−−え?」
雅史は驚くー

もう60年以上経ったー。

でも、風景はあの時のまま。

夕暮れ時の校舎の屋上に、雅史はいた。

自分の体を見て、雅史は驚く。
「はは…俺の体じゃん…なんか、懐かしいな」

雅史がつぶやいて、そしてふと前を見ると、
そこにはーーーー
文香の姿があったー。

あの時のー
女子高生の文香の姿が…。

「−−−雅史君…本当にお疲れ様…」
文香が微笑みながら雅史の方に歩み寄ってくる

「えーー、文香…?

 あ、、、そっか…俺、、もう死ぬんだよな…」

雅史が涙を流すー。

もう、自分は十分生きた…
そう、自分は病室のベットにいた…。

もう、、、終わりなんだ…。

「やっぱ…死ぬのって怖いな…」
雅史が夕日を見ながら呟く。

何て勝手なんだろう…
文香の人生を奪っておきながら…。

雅史はそう思いながら目から溢れる涙を必死にこらえた。

「ーー死ぬって・・・こんなに怖い事なんだな・・・…」
うなだれる雅史に文香は優しく語りかけた。

「−−こんなに長く…私の体、大切にしてくれて
 本当にありがとう…」

文香の言葉に雅史は涙を流しながら頷いた。

「色々あったよーー。
 でも…俺、文香のこと、一度たりとも忘れなかったよ」

雅史が言うと、文香は笑った。

「ありがとうー。
 嬉しいー」

文香が夕日の方を見つめるー

「ほらーーー、
 まさか、50年以上も待たされるとは思わなかったけど…」

文香の言葉に、雅史も夕日を見る

「”ここは”あのときのままー」


「”この夕日をいつまでも一緒に、雅史(まさし)くんと
 見れたらいいな!”」


「今度はーーーー」
文香が涙を流しながら、笑う。

「今度はーーーずっと一緒に、いつまでも夕日を見れるねー」

その言葉に雅史も頷いたー。

「ずっと一緒だー、文香ーーー」



「−−−アンタ・・・文香ちゃんを待たせすぎよ…」
幼馴染の鮎菜がそこに居たー。

いや…鮎菜だけじゃない…
妹の美智子やーー
親友だった陽太郎もーーー

みんな、あの時の姿のままでー。

雅史は思う―

”あぁ、自分の体が死んだのが高校生のときだからー、
 ここに戻ってきたのかもしれない―”  と。

雅史の目から涙があふれ出たー。
”やっと、帰ってこれたー”と。

「お兄ちゃん…待ってたよ…!」
美智子が涙目でほほ笑む。
妹は、5年前にーー病気で亡くなっている…。

「−−−よ!またイチャつくんだろ!
 やっぱ、お前が居ないと俺も寂しいぜ!」
陽太郎が笑うー
彼はーー48の時、過労が重なり倒れて、そのまま逝ってしまった…。

「ーーー今度は……文香ちゃんを泣かせちゃダメよ!」
鮎菜が雅史に言う―。
鮎菜は去年ー、文香より一足先に、老衰により亡くなっている。


懐かしい面々にー囲まれながら、
雅史は微笑んだ。


「−−−−お疲れ様。…
 本当に、ありがとう…雅史くん」

文香が優しく微笑んで、手を差し出した。

雅史は涙を流しながら、その手をつかみ、
優しく囁いた

「−−−こんなに長く待たせて、ごめんな…
 もう、、、、離さない……文香…!」


それはーーー夢だったのかーーー

最後の瞬間にみた幻だったのかーーーー


それともーーー。


その夜、森崎 文香は静かに、眠るように息を引き取った。
享年82。

娘や孫娘が駆け付けて涙を流す―。

けれどもー
その顔はとても、穏やかだったー

何かやりきったような…
安心したようなー、そんな、笑みを浮かべているようだったー。



軽い気持ちが引き起こした悲劇―。
彼はそれと懸命に闘った。

そしてー最後まで森崎 文香としての人生を全うしたー。

彼はー
今頃、別の世界で文香と”本当の再会”を果たしているに違いない。

二人はきっと、今もどこかで―
幸せにほほ笑んでいるからーーー。


おわり



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コメント

夕暮れ時の涙、完結編でした!
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!!

当時、私が書いている作品は、ダークなモノばかりで、
漆黒の無名さんなどと呼ばれていましたが(笑)
この作品は私が当時書いた作品の中では、
珍しくダークではない結末
(ダークというより、寂しく儚い、けれども救いがあって…
 みたいな感じになっていますネ…!)になった作品でした!

書いているときも、新鮮な気持ちで書いていたのを
今でもよく覚えています★!

色々な意味で、私にとって印象深い作品なので
こうして解体新書様で皆様にお届けできて
とっても光栄デス…!

最後に繰り返しになりますが、お読み下さりありがとうございました!!

また、別の作品も掲載される予定ですので、
その時はぜひ、お楽しみくださいネ…!