夕暮れ時の涙@ ”後悔”
 作:無名


夕暮れ時の屋上ー。

一人の女子高生が、夕日を眺めながら
涙を流すー。

彼女の涙の意味は。
そして、彼女に隠された秘密とはー?

後悔しても、もう戻れない。
あの幸せは、もう2度と手に入らないー。


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放課後の高校ー。

屋上には、直視できないほどの眩しい夕日が
差し込んでいる。

高校2年の女子生徒、森崎 文香(もりさき ふみか)は、
寂しげにその夕日を見つめていたー。

”屋上からの夕日って本当に綺麗だよね”

”この夕日をいつまでも一緒に、雅史(まさし)くんと
 見れたらいいな!”

その言葉を思い出し、文香は涙を流した。


ーーーもう、2度と一緒にこの夕日を見ることはできないからー。

どんなに、願っても。

どんなに、後悔しても。

もう、遅いからー。


そう、彼女の彼氏・雅史はもうこの世に居ない―。

「−−−−どうしてあのとき…」
文香は大粒の涙を流した。

ほんの軽い気持ちだったー。

こんなことになるとは思わなかったー。


「−−−ごめん……本当にごめん

 −文香…」

文香は自分で自分の名前を呟いた。

彼女は…
”彼女であって彼女ではなかった”

何故ならー。
中に居るのはー
文香では無く、彼氏の”雅史”なのだから。

そう、彼女には彼氏の雅史が憑依していた。

そしてー

雅史本人の体はもう死んでしまっている。

反対にー
文香の”心”はもう死んでしまっているー。

見かけは文香でも中身は雅史。

どうして、こんなことになったのか・・・

どうして…。

「森崎さん…」
夕日差し込む屋上に、一人の男子生徒が足を踏み入れた。

唐川 陽太郎(からかわ ようたろう)

雅史の親友だった男だ。
よく、雅史と文香の間柄を茶化していた。

「…今日、アイツの葬儀に行くんだよな」
陽太郎は言う。

「・・・・・・うん」
雅史は、文香の記憶も全て読み取ることが出来ていた。

”おれは雅史だ!”

そう言いたかったー。
けれども、誰も信じやしないだろう。

あれから1週間。
彼は春田 雅史(はるた まさし)ではなく、
森崎 文香として生きていくことを決めていた。

俺が奪ってしまった人生―。
どんなに謝っても償いきれない。。。

俺は・・・永遠に文香として生きなくてはならない


「−−−そろそろ時間だから行くね」
文香の口調で話しながら、屋上を後にしようとする文香。

背をむけたまま陽太郎が言う。

「−−−”死ぬの早ぇよ、馬鹿やろう”−」
陽太郎がつぶやいた。

「−−−−え?」
文香が驚いて振り返る。
一瞬、雅史は”憑依していること”に気付かれたのかと思った。

「−−−」
振り返ると陽太郎はニヤッと笑った。

「あいつにーー、
 雅史にそう伝えておいてくれるか?」

陽太郎の言葉に、文香はうなずいた。


一人屋上に残された陽太郎は、屋上の夕日を見つめて呟いた。

「ふざけんなよ雅史…。
 死ぬなんて早すぎるじゃねぇかよ…」

屈強な体つきの陽太郎が、容姿に似合わず涙をこぼす。

「−−−バカ野郎……」

陽太郎は親友の”雅史”が死んだと聞いたとき、
クラスでは「ははっ、いつも彼女といちゃついてたから天罰だ!」などと
冗談を言ってブーイングを喰らっていた。

だがー、
本当は彼が一番悲しんでいた。

素直じゃない彼は、素直に哀しみを表に出すことができなかったー。

「−−−……文香ちゃんを泣かせやがって…」

陽太郎は悲しそうな目で夕暮れ時の空を見つめたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分の葬式に出席する。

「皮肉なものだなー」
文香は呟いた。

文香の中にいる雅史は、これから自分の告別式に出る。

人は、自分の葬式で、何人の人間が涙を流してくれるか
知ることはできない。
だが、雅史はこれから知る―。

自分の葬式に、森崎 文香として出席するのだからー。


どうして、、、
どうして、こんなことになってしまったのだろうか。。

どうしてーーー


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2週間前。

放課後の教室で、
春田 雅史は親友の唐川 陽太郎と話していた

「おいおい、また屋上でラブラブか!?」
陽太郎が言う。

「ーーーはっ、そんなんじゃねぇよ」
雅史が言い返す。

だが、図星だった。

これから屋上で彼女と校内デートだ。

彼女の文香は、心優しい性格で、
明るく、勉強もできる理想的な優等生だった。


「−−くそっ!俺より先に彼女作りやがって!」
陽太郎が毒づく。

「はは、お前には無理だよ!
 まずその怖い外見どうにかしなきゃな!」

雅史が冗談を言いながら笑う。

「−−−言いやがったなこの野郎!
 お前みたいなやつには天罰が下るぞ!雅史!」

陽太郎のいつもの負け惜しみを聞きながら
雅史は教室から外に出たー。


廊下に出た雅史の前に一人の女子生徒が声をかけてきた。

氷室 鮎菜(ひむろ あゆな)
小学生時代からの幼馴染で、たがいに憎まれ口を
たたき合う仲だ。

「ーー顔がニヤけてるわよ」
鮎菜が呆れた様子で言う。

「え?えっ…いや、これは」
雅史は慌てた様子で言う。

鮎菜には昔から頭が上がらない。

「−−隠さなくてもいいわよ。
 どうせ、文香ちゃんと屋上で会うんでしょ?

 アンタ、大々的に会い過ぎて学校中で
 話題になってるよ」

やれやれ、という様子で笑う鮎菜。

「−−えっ…えぇ…
 ま、、まぁそうなんだけどよ」

雅史が顔を赤くしながら言う。

「−−−全く、分かりやすいんだから…
 アンタも少しは”隠す”ことを覚えなさい」

鮎菜は諭すように言う。
まるで、姉のようだ。

「へいへい、分かりましたよ」

そして、雅史は一言嫌味を付け足した。

「−−そんな口うるさきゃ、彼氏も出来ないよなぁ〜」
鮎菜の方を向いて言うと、鮎菜が顔を赤くして
目を逸らした

「わ、、、わたしにだって、好きな人ぐらいいるから」

恥ずかしそうに言う鮎菜。
雅史は笑って

「ま、振り向いてもらえるといいな!がんばれよ!」
と他人事のように言い、屋上へと向かうー。


「・・・・・」
鮎菜はその様子を寂しそうに見つめていたーー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

屋上。

この日もよく晴れていた。
夕暮れ時ー。
彼女の森崎 文香は、この場所が好きだった。

「あ、雅史くんー」
文香が優しく微笑む。

「ごめんごめん、遅れちゃったよ。
 鮎菜のやつがうるさくてさ」

雅史が言うと、文香は「ふふ、仲良いんだね」とほほ笑んだ。


二人は夕日の中、楽しく雑談を続けたー。

文香の父は、文香が小さいころに、交通事故で亡くなっている。
事故の際に、文香を守ろうとしてクッション代わりになって
犠牲になったのだった。

文香はそれから母と二人暮らし。
バイトなどもしながら、母と二人で必死に生きてきた。

そんな苦労を感じさせないほどに、彼女は優しい性格の持ち主だった。

「−−”屋上からの夕日って本当に綺麗だよね”」
文香が笑う

「そうだな…」
雅史も夕日を見つめながら呟いた。

今まで、夕日を綺麗だと思ったことはない。
だがー、文香と一緒に見ていると夕日が綺麗なものに思えてくる―。

「”この夕日をいつまでも一緒に、雅史(まさし)くんと
 見れたらいいな!”」

文香は笑う。

そして、ふいに涙を目に浮かべた。

「文香…?」
雅史が心配そうに尋ねる。

「ごめん…お父さんを思い出して・・・」
文香は涙を拭きながら言う。

彼女の父は、文香が小学生時代のときに死んだ。
死亡事故の前日、文香と父は、とある観光スポットの夕日を
観に行っていた。

その時、父はこう言った。
”また、来ようなー”と。

文香もそれを楽しみにしていた。

けれどー、それは叶わなかった。

父はー翌日、死んでしまったから。


だから、今度はー、今度こそは。
”一緒に夕日を見れる大切な人を失いたくない”
文香はそう思っていた。

「……」
雅史は、夕日に照らされた美しい彼女を見つめた。

この時、雅史は、心の中で黒い感情が芽生えていた

”今日、あれが届いているハズ”だとー。


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帰宅した雅史は
自宅の部屋の前で妹の美智子とすれ違った。

「−−−なにニヤニヤしてんの?キモ!」
美智子が言う。

高校1年の妹は思春期なのか、
何かと兄である雅史に突っかかってくる

「お前なぁ…、」
雅史が言うと、美智子はため息をついた。

「はぁ〜あ、お兄ちゃんがいなかったら
 私の部屋もっと広いのになぁ〜」

そんなことを言いながら階段を下りていく美智子。

「ばーか!それは俺のセリフだ!」
雅史は言いかえして部屋に入る。

文香は何度か家にも遊びに来ており、
雅史の家、公認の彼女だった。
また、文香の母親とも親しくなり、
互いの家に親交が出来ているような関係だった。

雅史が部屋を見渡す。

そして、”それ”は届いていた。


彼はネットオークションで、
数日前”憑依薬”というものを見つけて落札した。

金額は5万円。
貯金をほとんど使ってしまったがやすいものだ。

なんと、この薬はーー
自分を幽体離脱させ、人の体に憑依できるという薬なのだ。

愛染 亮(あいぜん りょう)という出品者から購入した薬だ。
最初は「嘘だろ〜」と思っていたが、
出品者・愛染は「良い評価100パーセント」の出品者だった。

そして過去に憑依薬を何回か売っている形跡もあった。

と、いうことは
”本物”なのだろう。

雅史はーー
すぐさま憑依薬を飲み干した。

これでーー文香に憑依して
1日だけ楽しみたい!

彼は欲望のまま、文香に憑依した。



「えっ…な、、、なに…やめて…!」
憑依するとき、文香は怯えきった表情でそう言った。

だが…
雅史は苦しみの声をあげる文香を無視した。

”体、1日だけ借りるよー”

雅史は強引に文香の精神と体を乗っ取っていった。


「や…やめて…なにか…はいってくる…
 や・・・くるしいよ・・・いたいよ・・・やめて・・・おねがい!」

文香の必死の嘆願ー。

だが、雅史はそれを無視して、
”脳”をも強引に支配したー。

ブチっ…

その時”何かが”壊れたーーーー


けれど、雅史はそれに気づけなかった…。

「うわぁ…すっげぇ!すごい!文香になってる!」
嬉しそうにはしゃぐ文香。

その表情はいやらしいものに染まっている。

「俺、、、本当に、、、すげぇ!!

 えーっと、、コホン、

 わたしは、森崎 文香!高校2年の女子高生♪」

鏡の前でポーズを決めながら嬉しそうに言う文香。

制服姿の文香を見て興奮が止められなくなった
雅史は、そのまま胸を、髪を、体を、足を、
全ての部位を弄びつくした。

そして1時間後、彼は、文香の体で絶頂を迎えた。

”文香はこんな声で喘ぐのか”

”文香がこんなイヤらしい声、イヤらしい顔をできるなんて”

”たまらねぇ!”


だが、雅史は、文香の全てを奪うつもりはなかった。
本当に、一時的に遊べればそれで良かった。

入念にシャワーを浴び、痕跡を消して、
”ごめんな 文香 ありがとう”と呟いて
雅史は幽体を文香から離脱させたー。


だがーーーーー


翌日、文香は学校に来なかった。

心配になった雅史が、文香の家に連絡すると、
雅史は告げられたー

”昨日、急に部屋で倒れていて、今も目覚めないー” と。


雅史は病院に駆け付けた。

そこには泣きじゃくる文香の母とー、
嬉しそうな笑みを浮かべたまま横たわる文香の姿があった。

「−−文香!」
雅史は文香を呼びかけた。

けれども、反応はない。

母によれば、
体に異常はなく、いたって健康なのに、
文香が意識を取り戻さないのだという。

雅史はすぐに感づいたー。
”昨日の憑依が原因だ”と。


雅史は慌てて帰宅した。

そして憑依薬をオークションに出品していた「愛染 亮」に
問い合わせた。

”憑依したら、彼女が目を覚まさなくなった”と。

すると、愛染から電話が入った。

告げられた言葉は絶望的なものだった。

”その薬は、体の魂を”殺”して強引に体を奪う憑依薬だよ。
 だからもう彼女の心は君が憑依した時に死んだ”

出品者・愛染の言葉が信じられず、雅史は叫んだ。

「ふざけるな!彼女を返せ!
 そんなこと一言も言ってなかったじゃないか!」

だがー
電話相手の愛染は鼻で雅史を笑った。

「”ノークレーム、ノーリターンでお願いします”」
バカにしたように、そう言うと、愛染は電話をそのまま切った。


「おい!ふざけるな!おい!!おい!」
雅史が電話を怒鳴りつけたが、
もう、電話は切れている…。


そして、すぐに愛染からメッセージが届いた。

”僕に「悪い」評価をつけるか?
 つけたいならつければいい。

 だが、忘れるな。
 僕は”憑依薬”を持っている。
 悪い評価をつけたら、君の体に憑依して
 君の魂を殺すこともできるんだよー” と。

雅史は、唇を噛みしめながら
出品者・愛染に「非常に良い」評価をつけた。


翌日―。
文香は目を覚まさなかった。

ちょっとした好奇心だった。

文香をどうこうしようと思ったわけじゃない。

一度だけ―。
一度だけで良かった。

女の子の体で遊んでみたかった。


「俺は、、、馬鹿だーーー。」
雅史は壁を拳で殴りつけた。

「−−−文香」

雅史の頭の中に、
泣きじゃくる母の姿が浮かぶ。

文香の母親の涙ー
文香の友達たちの涙―。

動かない文香の体ー。

文香の母親のたった一人の娘ー

「早く、一人前になって、お母さんを助けてあげたいな!」

文香の口癖ー。


ぜんぶー、自分のせい?
ぜんぶー、俺のせい???


「くそ!!くそっ!」

雅史は部屋で一晩中泣き続けた。

そして…

彼は決意した。


どうせー、周囲は俺が居なくなっても何とも思わない。
小うるさい幼馴染の鮎菜は俺を「バカ」だと笑うだろう。
妹の美智子は部屋が広くなって喜ぶだろうし、
陽太郎は「天罰」だのなんだの、俺を笑う筈だ。

俺が居なくなってもーー。
なら…


まだ”憑依薬”はもう1本ある。

彼はそれを見て呟いた。

「−−−…文香……」

そしてーーー彼はそれを飲み欲し、
再び文香の体に憑依した―。

不思議と今度は、文香の記憶が全部
自分に流れ込んできたー。

雅史はこの時、確信したー

”もう、文香はこの世に居ないんだー” と。

こうして、文香は目を覚まし、
抜け殻となった雅史の体は2日後、身体機能を停止して
”死んだ”


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あれから1週間。

最初は”文香”としてのー、
いや、女子高生としての生活に戸惑った。

けれどー。

文香の記憶をたどり、なんとかそれを乗り越えてきた。


「まさかー、自分の葬儀に来ることになるなんて…な」
文香はそう呟き、

”春田 雅史”の葬儀会場へと足を伸ばしたー。

Aへ続く




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コメント

解体新書をご覧の皆様こんにちは!(こんばんは…?)
夕暮れ時の涙は2017年に書いた作品なのですが、
こうして解体新書様に掲載される日が来るなんて、夢のような気持ちですネ…!

当時はまだ私自身も憑依の小説を書き始めてから
それほど時が経ってない時期だったのですが、
この作品は、その中でも私自身、印象に残っている作品デス…!

どうして印象に残っているのかは、@終了時点なので、
まだお話できませんが、書いてから数年が経過した今でも、
思い出深い作品だったりします…!

@は、まだまだこれから…!という感じですが
今回初めてお読み下さっている皆様も、
前に読んだことあるけど…という皆様もお楽しみ頂けると嬉しいデス…!