命がけの魔女との戦いから数時間。
 さやかの家に戻った俺は、目の前でのんびりと寝そべっているQBにまくしたてた。

「おいQB、きちんと説明しろ。あんなのが相手だなんて聞いてないぞ、俺はもっとお気楽な相手だとばかり」

『僕は「魔女と戦うのは楽しいよ」と言ったけれど、戦いがお気楽だなんて一言も言ってないよ。それは君の思い込みだろう』

「い、いや確かにそうかもしれないけれど」

『とにかく君は契約したんだ。今の君はもう魔法少女なんだから、この町の魔女を狩らなければいけないんだ。君が魔法少女であり続ける為にもね』

「またさらっと気になることを。何で魔法少女は魔女を狩り続ける必要があるんだ。俺の願いは既にかなっているんだから、魔女と戦わなければ良いだけの話だろう」

『いや、君は魔法少女になる契約をしたんだ。契約履行の義務がある』

「契約履行? もし俺が魔女と戦わなかったら、契約不履行で訴えるとでも言うのか?」

『そんな必要はないよ。魔法少女になった君は、魔女を狩り続けるしかないんだから』

「ど、どういうことだ」

 QBは俺の問いかけにすぐに答えず、二度三度と尻尾を振った。

『魔女が倒せばグリーフシードを手に入れることができる。さっき杏子が持っていった黒い宝石のことさ。あれにはソウルジェムに溜まる穢れを吸収して浄化する働きがあるんだ』

「穢れを吸収する?」

『魔法少女が魔法を使うと、ソウルジェムに穢れが溜まっていく。穢れがいっぱいになってソウルジェムが真っ黒に染まると魔法が使えなくなるんだ。だから、その前にグリーフシードを使ってソウルジェムを浄化してやらないといけないんだ。要するにグリーフシードを持っていると、いきなり魔女に襲われても全力で戦うことができるという事だよ。さっきの杏子のようにね』

「な、なんだって!? そんな大事なこと、戦う前に言え!」

『あれ? 言わなかったっけ。いずれにしても君は戦うしかないんだ。がんばってこの街を守ってね、さやか』

「う〜、でも魔女狩りがあんなにシビアだなんて。それに俺はもう……」

『そんなに深刻にならないで、もっと前向きに考えようよ。君は何のためにさやかになることを願ったんだい?』

「な、何の為って」

『女の子としての暮らし、女の子だけが味わえる快楽、楽しめることはたくさんあるんじゃないのかな?』

「お前、快楽って……」

『だから、君はさやかを楽しめばいいんだよ。あ、僕がいると邪魔かな。今日はもう失礼するよ』

「お、おい待て、もっと聞きたいことが!」

 だが、QBは物影の中に入ると、そのまま消えてしまった。

「くそう、何だかはぐらかされたような……あっ」

 一人残った俺の目に、姿見に映った自分の姿が入る。
 制服を着たさやかという名前の美少女の姿が。

 そう、三ッ木晃としての俺はもうこの世に存在しない。今の俺はこの鏡に映っている少女、さやかなんだ。

 姿見に近寄って、そっと鏡に映る自分の姿に触れる。

「これ、ほんとに俺なんだよな」

 鏡の中の少女は、俺の思う通りに動く。笑うことも、ぷっと頬を膨らませることも。
 髪をさっとかきあげてポーズを取ってみる。

「かわいい……」

 スカートをゆっくりとたくし上げる。
 はいているショーツが、徐々に顕わになる。

「快楽か、それもいいかもな」

 鏡には、恥ずかしそうに頬を染めてスカートの裾を持ち上げている少女の姿が映っている。

「ここはどんな感じなのか……あ、う……」

 部屋には俺しかいない。誰も見ていないんだ。
 
 そう思うと、股間に伸びる指先を、もう押さえることができなかった。 

 そして時が過ぎる。

   :
   :

 はぁ はぁ はぁ

 たくし上げられたブラウス、ブラジャー、そして脱ぎ捨てられたスカート。
 うっすらと濡れたショーツと指先。
 鎮まらない荒い吐息。

 ベッドに投げ出した四肢を、気だるい心地よさが支配している。
 俺はぼーっと天井を見上げながら考えていた。

 自分で決めたことだから、後悔なんてするわけない。
 あの時は確かにそう考えていたんだ。
 それにもう後戻りできないし。
 でも……

 泣いていた母親の顔が頭をよぎる。

 本当に、これでよかったんだろうか。




 魔法少女さやか☆アキラ
  第4話「そんなの絶対あるわけない」

 作:toshi9
 イラスト:SKNさん




「おはよ〜、さやかちゃん」

「おはよう、まどか」

「おはようございます、まどかさん、さやかさん」

 今日も、まどかやひとみと合流して学校に向かう。
 二人の顔を見た時、俺はごく自然にさやかとして挨拶を交わしていた。

 何となく昨日よりもスムーズに挨拶できた気がする。
 昨日は意識して女の子として振舞おうとしていたのだが、何故だか今朝二人の顔を見た時、本当に昔から友だちだったような気がしたのだ。

 そんな俺の顔を、ひとみがじっと覗き込む。

「さやかさん、なんだか疲れておりません?」

「え、そお? そう言えば、昨日ちょっと夜更かししちゃったかも」

「まあ、夜更かしは美容の大敵ですわよ」

「あ、さやかちゃん、眠れなかったの? そっか、あんなことが続いたから」

「あ、平気平気。二人とも心配しないで」

 俺は照れ笑いを浮かべながら歩き出した。

 ベッドで一晩中オナニーに耽っていただなんて、そんなこと言えないよな。
 今まで想像しながら小説に書いていた女性の快感を、まさか自分で味わえるだなんて思わなかったよ。
 それにしても、ほんとに気持ちよかった。

 でも気になることがあった。
 心地よさと気だるさの入り混じった一夜が明け、目覚めた俺は奇妙な感覚に捉われてたのだ。
 それは、この少女の体は元から自分の体だったという錯覚だった。しかも前夜まで感じていた違和感が減っていた。
 今もそうだ。
 意識すると恥ずかしくなるのだが、女言葉も少女そのものの仕草も、自然に振舞うことができる。
 そして、振舞うだけではない。

 愛おしい。
 かわいくって、繊細で、
 この体、ずっと大事にしたい。

 ふと、そんなことを思ってしまう。

「さやかちゃん、どうしたの? 考え事?」

「え? あ、ちょっとね」

「上条君のこと? 今日こそ彼のお見舞いに行くんでしょう」

「え? そ、そうだね」

 また上条という名前だ、クラスの男子このとだろうか。どうやら入院しているようだけど、さやかと仲が良かったのかな。

 とくん

 あ、まただ。

 上条という言葉を聞くと、胸が苦しくなる。
 もしかしてさやかは、上条って奴のことが好きだったのか?
 そしてこの体がそれを覚えている?

 ということは、まさか、俺もそいつのことを好きになるのか!
 いや、ないない、それはない。

 俺は、抱擁された男に目を閉じて唇を突き出し、キスを求めるような仕草をする自分を想像して、慌てて打ち消した。

 男のことを好きになるなんて、そんなの絶対あるわけないよな。

「あら? あれ上条君じゃありません? 退院なさったんですのね」

 突然ひとみが車道を挟んだ反対側の歩道を指差す。
 その先には、松葉杖をついた少年を取り囲むように歩く、数人の男子のグループがいた。

「あ、ほんとだ、うわぁ上条君退院したんだ。良かったねさやかちゃん」

「え? う、うん」

 懸命に松葉杖で歩いている少年を見ていると、胸の奥がきゅんと締め付けられる。

 あたしが側に付き添ってあげたいのに……って、おいおい、俺は男のことなんか。

 その時、突然頭の中に声が響いた。

『おい、お前、つら貸せや。あたいは目の前の公園にいるから』

「え?」

 QBの声ではない。
 それは昨日魔女を倒した杏子という魔法少女の声だった。

「二人とも、先に行ってて」

「どうしたの? さやかちゃん」

「うん、ちょっとね。心配しないで、後で追いかけるから」

「そお? それじゃ、先に行ってるよ」

 まどかはちょっと心配そうな表情を見せたが、俺はそのまま二人と別れて小走りに公園に入っていった。

 そこには、杏子がいた。
 ベンチに座った彼女は、紙袋を抱えてりんごをかじっている。
 だが俺を見るなり、かじり終えたりんごの芯を放り投げた。

「お前、このまま魔女と戦うつもりなのか?」

「え? ま、まあ」

「やめとけやめとけ、お前の腕じゃ無理だって。
 悪いことは言わないから、この町はあたいに任せて、大人しくしているんだな」

 紙袋の中から取り出した二個目のりんごにかじりつきながら、杏子は言い放つ。

「な、なにを! それが人を呼びつけといて話す態度かよ」

 むっとして、俺は彼女に言い返した。

「忠告してやっているんだよ。覚悟も無しに魔法少女はできないって」

「覚悟? そんなものが必要なのか?」

「やれやれ、マミはそんなことも教えてくれなかったのか?」

 杏子はそう言うと、俺を哀れむような目で見る。

「とにかく俺は、魔女と戦って絶対に勝ってみせる」

 俺をじっと見た杏子は、ぽりぽりと頭をかいた。

「ふぅ〜、最初はお前のこと“この甘ちゃんが”って思ったんだ。街を守るとか言って浮かれているのを見て、本気で殺してやろうと思ったさ。この間の夜までは。
 でも、今のお前のことは、嫌いじゃないんだ。なぜだろうな、うまく言えないけど、何か違うんだ。
……わかった、好きなようにするがいいさ。でも今度は助けないぜ」

「わ、わかった!」

「ふふっ、じゃあまたな」

 そう言って二個目のりんごの芯を放り捨てると、杏子は跳び去っていった。

「不思議な子だな」

 遠ざかる後姿を見ながら、俺はつぶやいていた。

「さてと、それにしても、これじゃすっかり遅刻だ。先生に何て言い訳しようか」

 腕時計を見てため息をついた俺は、小走りで学校に向かった。

「よし、近道だ」

 俺は、小さい路地に入った。
 だがその瞬間、風景が一変した。

「え? これって?」

 薄暗がりの中を、何匹もの極彩色の巨大な蛾が飛び回っている。

『さやか、それは使い魔だ』

「手下? その声はQBか?」

『グリーフシードは持っていない。成長したら魔女になるけど、今はまだ魔女よりずっと弱いよ』

「魔女の卵ってわけか、よおし、初心者の腕試しにはちょうどいいか」

 俺は、ぱっと腕を広げると、指輪に祈った。
 即座に着ている制服が、魔法少女のコスチュームに変わる。
 肩に巻いたマント、胸から下を覆うトップレスの青いキャミソール、そしてミニスカート。
 右手には、サーベルが握られている。

 俺は再び魔法少女に変身していた。
 その間も、巨大な蛾の群れは俺の周りをのたのたと飛び回っている。

「なるほど、昨日の奴より動きが鈍そうだな」

 俺はゆっくりと飛んでいる蛾に向けて 剣を振った。
 だが、昨日と同様、やはりなかなか剣は当たらない。

「くそう、飛ぶ軌道をよく見ないと」

 振るっても振るっても当たらない。だが何度も剣を振るっているうちに、段々と要領がわかってきた。
 要するに、蛾の飛ぶ軌道を予測して、少し先を狙わないと当たらないということだ。

 そして遂に。

「当たった!」





 剣が触れた蛾は、その瞬間空中でぴたっと止まって石のように固まったかと思うと、ポンという小さな音とともに弾け、次の瞬間にはかわいい小さな蝶々になってしまった。

 一度要領がわかると、後は早い。
 俺は一匹、二匹、三匹と、次々に巨大蛾に剣を振るった。どの巨大蛾も、剣が当たった瞬間に小さなかわいい蝶々に変わっていく。
 やがて全ての蛾が蝶に変化し、飛び去っていくと、狭い路地の内側はいつもの景色に戻っていた。

「ふぅ〜、何とか退治できたみたいだな。それにしても、剣に触れた蛾が切り裂かれずに蝶になる? 何なんだ??」

『それが君の力だ』 

「これが俺の力?」

『そうだよ。尤もその《変換の力》が戦う相手にどう作用するのかは君次第だと思うけど』

 そう言えば、俺の力はあの杏子にも負けないって、QBが昨日も言ってたな。

「よっしゃぁ、これで魔女狩りのこつを覚えられそうだな」

『でもさやか、気をつけるんだよ。説明したようにソウルジェムは穢れを溜めていくから、使い魔とばかり相手をしていると穢れが溜まる一方だよ。本物の魔女も倒さないと』

「わかったわかった。要領を覚えたら、やってみるよ」

 確かに、変身を解いて自分のソウルジェムを見ると、心なしか幾分輝きがくすんでいるような気がした。

 でも剣に触れただけで相手を戦闘不能にできるのなら、どんな相手でもちょろいよな。これなら楽しいかも。
 
 昨日の苦戦を忘れて、俺はうきうきした気分になっていた。



(続く)