気がつくと、俺はベッドの中で寝ていた。 窓の外が明るい。遠くで鳥が鳴いている。 朝だった。 「ふぅ〜、夢だったんだ」 上半身を起こして、ほっとため息をつく。 「全く変な夢だよ。女子中学生になる? それも魔法少女だって? あるわけ無い……よ……な?」 だがそう呟きながら、おかしなことに気がついた。 俺は見覚えの無い青いパジャマを着ていた。それも明らかに女子中高生向けにデザインされたパジャマを。 「な、なんだこのパジャマは。え? え?」 よく見ると寝ていたベッドも、いつもの布団ではなく、かわいいデザインのカバーがかけられたふかふかした羽毛布団だった。 さらに見回すと、大きな姿見、ドレッサー、ぬいぐるみ、そして勉強机、パステルトーンの壁紙で覆われた部屋は、いかにも女の子に相応しいものだった。 壁には、夢の中に出てきた女の子たちが着ていた女子の制服が掛けられている。 机の上は、きちんと整頓されており、そこには幸せそうに笑っている少女とバイオリンを持った制服姿の男子が並んで写った写真が飾られていた。 「何処なんだ、ここは」 その時、俺は左手に何か塊りを握っていることに気がついた。 ゆっくりと左手を開くと、そこには透き通った輝きを放つ大きな青い宝石があった。 「え?」 驚く間もなく、掌の宝石は指輪に変形すると、そのまま俺の左手中指に納まってしまった。 「これって、まさか……」 俺はパジャマの上から両手を両胸に添えた。 そこには、ほのかな膨らみがある。 パジャマのズボンの股間に右手を移すと、そこはすっきりとしていて、有るべきはずの俺の男のシンボルはなくなっていた。 「ゆ、夢じゃない。お、俺、おんな、おんなに……」 「あら、起きたの? さやか」 突然、部屋に30代くらいの女性が入ってきた。そして、俺の様子を心配気な表情で見ている。 さやか? 俺のことなのか? 「昨夜、まどかちゃんたちが連れてきてくれたのよ。まどかちゃん心配していたけど、大丈夫なの?」 「え? ま、まあ」 「それだったら良いけど、学校には行けるの?」 「え? う、うん」 「なら、早く支度しないと遅れるわよ」 「あ、あの、あなた……どなた」 「さやかったら、なに変な事を言ってるのよ。寝ぼけてないで、ほらほら、早く起きて支度しなさい」 女性に促されて、俺はベッドから降り立った。 背が低そうに見えたその女性より、俺の背丈はさらに低くなっていた。 「食パン焼くから、早くするのよ」 そう言い残すと、女性は部屋から出て行った。 多分、彼女はこの『さやか』という少女の母親なんだろう。 姿見に、青いパジャマ姿の少女が映っていた。それは机の上に飾られた写真の中の、そして昨夜ぐったりしていたあの少女だ。 「……あの夢、本当だったんだ」 魔法少女さやか☆アキラ 第2話「後悔なんてするわけない」 作:toshi9 イラスト:SKNさん 女性の服の着方なんてわからないはずなのに、着替えなきゃと思ったら、ごく自然にパジャマを脱ぎ、下着を着替え、濃紺のハイソックスをはき、そして壁に掛けられていた制服を着ていた。 鏡には、女子中学生の制服を来た少女が映っている。そう、それはどこから見ても女の子そのものの姿だった。 『支度はできたかい? 彼女がいつもどんな行動を取っているのか彼女の器が覚えているんだよ』 気がつくと、俺の横にあの白い小動物が据わっていた。 「き、きさま……おい、お前にはいろいろ聞きたいことがあるんだ」 俺は小動物に掴みかかった。 『ちょ、ちょっと待ってよ』 「さやか〜、早くしなさい」 母親が階下から呼んでいる。 「くそう、とにかく後でゆっくり聞かせてもらうからな」 慌しく階段を下りて朝食を済ませると、俺は母親に押し出されるように家を出て学校に向かったのだが、確かにこの子の行動パターンが自分のことのように理解できる。 どの道を通って学校に行けばよいのかも、何となくわかった。 『ね、心配しなくても大丈夫だろう』 「ま、まあな。それにしても女子として学校に行くなんて、それも中学校かぁ」 短いスカートの裾を気にしながら、学校に向かって歩いている自分が不思議だった。 「って、おい、どういうことだ、説明しろ、何なんだこれは」 『そんなに、焦らないでよ。僕の答えられる範囲できちんと教えてあげるから。 それに、さっきから「おい」とか「きさま」とか失礼だなぁ。僕の名前はQBだよ』 「とにかく説明しろ! どういうことだ、QB」 『どういうことも何も、昨日、君は僕と契約したじゃないか。君はもうさやかなんだ。この街をマミに代わって守る《魔法少女さやか》さ。よろしく頼むね』 「よ、よろしくって、俺、これからどうすれば」 『もし魔女を見つけたら退治すればいい。僕にとってはそれで十分さ。後は君自身の問題だよ。でも今はせっかくかなった願いを楽しめばいいんじゃないかな』 「マミに代わって? マミって昨日あそこにいた少女の一人なのか?」 『ううん、マミはもう死んだよ』 「し、死んだ!?」 『魔女だって魔法少女に狩られないように必死だから、油断すると殺されるよ。 気をつけてね』 「お、おい、そんな危ない橋を渡るなんて聞いてないぞ」 『今更何を言っているんだい? 魔法少女は必ず魔女を退治しなければならないんだ。それが魔法少女の運命さ』 「は、話が違うじゃないか」 段々QBの話がおかしな具合になってきた。 『なあに、全ては君次第さ。ほら、まどかたちが来たよ』 「さやかちゃん、おっはよ〜」 俺の後ろから声をかけてきた少女は、昨日さやかを抱き起こしていた、髪を赤いリボンで分けた少女だった。そしてその後からもう一人、いかにもお嬢様といった雰囲気の女の子も合流する。 「おはようございます、さやかさん、まどかさん」 「おっはよ〜、ひとみちゃん」 「あ、お、おはよう」 俺も恐る恐る応える。今更だが、声も少女らしい甲高い声になっていることにようやく気がつく。 (ううう、確かに自分で願ったんだが、なんだかなぁ) 自分で書いていたTS小説では、少女に成りきった男が当たり前のように女の子らしく振舞うなんてよくある話だが、いざ本当になってみると、何とも恥ずかしい。 だがそんな俺の様子に気がつくでもなく、二人は楽しそうに話しながら歩いている。俺もその横について歩き始めるが、まどかはすぐに俺の肩の上に載っている小動物に気がついた。 「あれ、QBも一緒なんだ」 「QB? 何ですの、それ」 「あ、なんでもないよひとみちゃん」 まどかは、両手を振って慌ててごまかしていた。 『僕の姿は資格を持つ人間にしか見えないし、声も資格を持つ人間にしか聞こえないんだ』 「ということは、彼女も?」 『そう、まどかにも魔法少女の資格があるんだ。それも途方もない資質を持っている。だから僕としては早く彼女にも契約して欲しいんだけれど』 「ふーん」 途方もない資質か、そんな風にはまるで見えないんだが。 そんなことを思いながら、どこか自信の無さそうな表情で俺のことを心配そうに見ているまどかという少女を改めて見詰めた。 「さやかちゃん、もう大丈夫なの? 昨日は本当に驚いちゃった。マミさんがあんなことになって、あなたまで死んじゃったら、あたしどうしようなんて」 「うん。だ、大丈夫だけど……」 「そう、良かった」 俺の言葉に、まどかはほっとした表情を見せる。 だが、QBは苦言し始めた。 『良かったじゃないよ。あんなことをするなんて、僕には訳がわからないよ』 「ご、ごめん」 『もうあんな無茶苦茶はしないでよ。ソウルジェムは魔法少女の命なんだから』 「命? どういうことだ」 その言葉に気になって、俺はQBを問いただす。 『ソウルジェムは魂を具象化したものだから、体から引き離すと体のコントロールができなくなるんだ。そして、ソウルジェムが壊れるということは魔法少女にとって死を意味するのさ』 「あたし、知らなかったんだ。知ってたらあんなこと……。でもひどいよQB、そんな大事なことを教えてくれないなんて」 『誰にも聞かれなかったからね』 「QB、まどかちゃんは何をしたんだ?」 『マミの後をさやかと杏子のどっちが引き継ぐのかを決めるのに、二人で殺り合っんだ。それを見たまどかは、何を思ったのか、いきなりさやかのソウルジェムを奪って車道に投げ捨てたんだ。僕が回収するが遅れていたら、このさやかは死ぬところだったんだよ』 「ごめんね、さやかちゃん、ほんとにごめん」 まどかが俺に向かって何度も謝る。 (死んだ魔法少女の後を引き継ぐのに魔法少女同士で殺り合う? わ、わからねえ、なんでそんなことになるんだ。それはともかく、ソウルジェム投げ捨てたって……そういえば、昨日もQBがそんなことを言っていたな) 俺は何かひっかかるものを感じ、さらに考え続けた。 (待てよ、確かさやかのソウルジェムはトラックにひかれて粉々に砕けてしまったってQBが言ってたんじゃないか。ということはさやかちゃんは死んだってことじゃないか! 『ただの器』ってそういうことだったんだ) 『でもさやかはこうして生きている。よかったね、まどか』 「うん」 『さやか、もうすっかり元気だって、まどかを安心させてやりなよ。ほらまどか、見てごらん。今のさやかは昨日杏子と殺り合った時とはまるで別人だろう』 そう言うと、QBは無表情に俺をじっと見る。 「うっ、まどか……ちゃん、もう大丈夫だから、その、心配しないでいいよ」 「ほんと?」 「ほんとほんと」 ガッツポーズをして笑いかける俺を見て、彼女はようやくほっとした表情を見せる。 (QBの奴、微妙な言い回しを。とにかく、まどかがそんなことをしていなければ、俺は今こうして女の子としてここに立っていることも無かった訳だ。まあ願いをかなえた俺にとって悪いことではないんだが、でも何かひっかかるな) 「ほらほら二人とも、そんなにゆっくり歩いていると、遅刻しますわよ。急ぎましょう」 俺たちの話しについていけないひとみは、少し不満げな表情を見せながらも、腕時計を気にしている。 「あ、ほんとだ、さやかちゃん、ひとみちゃん走ろうか」 「え? う、うん」 走りだしたまどかを追いかけるように、俺も走り出す。 「あ、もう、二人とも待ってください」 ひとみが後に続く。 体が軽い。 走るのはどちらかというと苦手だったが、今はとっても気持ちいい。 スカートがめくれるのも気にせず、俺は軽やかにまどかを追いかけた。 (続く) |