探偵助手見習い秋津洲広海の冒険
作:toshi9


【第4話】

メイドの朝は早い。
次の日の朝、未だ寝ている広海を起こしに来た日和に強引に引っ張られて更衣室に入った広海は、他のメイドたちと一緒に仕事着に着替えようとした。紺のワンピースに白いエプロンのいわゆるメイド服である。ドレッサーから出したそれは、昨日は広海にぴったりだったのだが、着替えようとすると胸がきつい。当然だ。昨日小ぶりのパットを入れていた彼の胸には今や双丘が盛大に盛り上がっていた。

「秋津洲さんって、そんなに胸が大きかったっけ」
「一晩で育ったっぽい?」
「ばか、そんなことあるわけ……でもほんと大きいな。ちょっと触らせてよ」
「や、やめてください」

急いで背中のファスナーを引き上げようとしたものの、胸が窮屈で全くファスナーが上がらない。あまりに苦しいので、結局広海は途中まで引き上げた背中のファスナーを再び下ろし、着かけたメイド服を脱いでしまった。ブラジャーとショーツだけの下着姿になった広海の胸に興味津々に次々に手を伸ばす日和と薫子、そして紗良。広海は慌てて胸を両腕で隠した。
昨夜広海が遭遇したのは怪人が変装していた薫子と紗良だったが、今はそんな素振りは全く無い。無邪気な若い女の子そのものだった。

胸を隠しながら、広海は混乱していた。
今ここにいる二人は本物なのだろうか。それともどちらかが怪人で、本物のように振舞っている?
悪戯っぽく手を伸ばしてくる彼女たちの表情を伺いながら、広海は疑心暗鬼になっていた。

「この胸の大きさだと……お嬢様の服ならぴったりっぽい?」
「薫子ったら、お嬢様の服を着せる訳にはいかないでしょう。でもこの胸に合う服ってあったかなぁ」

薫子に反論しつつも、日和は言葉の端にちょっぴり悔しさをにじませる。
お互いの胸を見合って、広海の胸を再び凝視するメイドたち。
だがすぐに視線を落として全員でため息をつくしかなかった。
その時、何かを思い出したかのように紗良が顔を上げる。

「ほら、先週辞めちゃった先輩の服が残っているんじゃないかな〜」
「あ、愛宕さんの」
「ほう、なるほど」
「そうだ、それそれ」

その言葉にポンと手を打った綾乃が部屋を飛び出していくと、クリーニングされた新しいメイド服を持って戻ってきた。広海が着てみると、すんなりと着られる。胸のサイズも細く絞られたウエストもぴったりだった。
「それが着られるんだ、よかったけど、なんだかくやしいな」
「愛宕さんと同じサイズっぽい? 秋津洲さんすごいね」
しげしげとメイド服を着た広海を、いやその胸を再び凝視する薫子だった。


喧騒の中ようやくメイド服を着替え終えた広海は、急に尿意を催した。そう言えば、昨夜の事件から一度もトイレに行ってない事に気がついた。

「あの、ちょっとお手洗いに」
「朝のお勤めがあるんだから、早くするのよ」
「はい」

更衣室に近い屋敷の女子トイレに入った広海は、スカートをまくり上げてショーツをおろした。股間は間違いなく女性特有の構造に変わっている。
恐る恐る脚を広げて力を抜くと、溝の間からシャーッと尿がほとばしり出た。
開放感が全身を包む。そして放尿を終えるとトイレットペーパーで拭った。そこに自分のペニスの感覚は全くない。

「これって、作り物だろう。どうしてこんな事ができるんだ」

怪人の言葉を信じるならこの肌は広海の体に貼り付いただけの作り物のはずだ。だが、自分の体の一部として機能している。昨夜偽の紗良が言った通り、トイレを女性のように足すことができたのだ。それが不思議だった。
それはともかく、女性としてのトイレは広海にとって初めての経験であったが、何とか服もトイレも汚さずに済ますことができたのだ。

「ほんとにどういう構造をしているんだ」

服の上から胸をゆっくりと揉んでみると、生地越しに柔らかな胸を揉まれている感触と軽い心地良さが胸から伝わってくる。

「これも何だか気持ちいい……って、駄目だ、こんな事している場合じゃ」

頭を振って立ち上がると、広海は下ろしていたショーツを引き上げた。
ショーツの生地が下腹にぴたっと密着するのを肌で感じながら、その感触に再び首をかしげる広海だった。



広海がトイレから戻ってくると、メイドたちは既に屋敷内と庭に分かれて朝の掃除を行っていた。紗良が廊下の掃除をしているのが目に入る。
広海は紗良に近寄ると声をかけた。

「あの、谷風さん、昨夜の事だけど」
広海は思い切って昨夜の事件ついて彼女にぶつけてみた。
「紗良でいいよ、ひろみちゃん。昨夜の事? 昨日は部屋に戻ってすぐに寝ちゃったけど、何かな?」
紗良は、きょとんとしている。
(やっぱり彼女は本物だよ。それじゃあいつは今、誰に化けてるんだ。やっぱり夕立さんが? それとも? うーん、いったい誰が怪人なんだ)
紗良の顔を見ながら、広海は思わず身震いしていた。



朝の仕事が一段落すると広海は吉岡に電話し、昨夜の出来事を説明した。
屋敷のメイドに化けていた怪人と二度邂逅したこと、そして身体に何かを着せられて女の体に変えられてしまったこと。

「……という訳なんです。どうして僕をこんな姿に」
「まあ、きゃつらしいと言えばきゃつらしいかもしれんな。私への挑戦だろう。そしてお前の様子をどこからかから見て楽しんでいるかもしれんぞ」
「楽しんでいる?」
「お前が私の助手見習いという事はお見通しなんだろう。つまりそういう事だ」
「探偵、僕はどうしたら?」
「そんな事は自分で考えるんだ。探偵を志すからには、明日の予告時間まで自分が何をすればいいのか考えてみるんだな」
「わかりました。この身体の事は置いといて、まず『スパローティアズ』を守ることに全力を尽くします。よく考えると、この体ならメイドのみんなにも僕が男だとばれることはないですし、うん、大丈夫です」
「そうだ、その意気だ。私も明日行く。がんばれよ」

そう言って、吉岡は電話を切った。

「よし、がんばるぞ」



その日は結局広海の周囲では何事もなく一日が過ぎた。広海は午後から不知火佳織と共にメイドの仕事をこなし、そして屋敷内の見廻りを続けた。だが、怪人の動きは全くなかった。

「どお? 何か気になることがあった?」

夜、最後の見回りを終えて寝室に戻った広海に、入ってきた佳織が尋ねる。彼女は既に部屋着に着替えていた。

「いえ、今日は何もありませんでした。でも既にこの屋敷の中に怪人緋朗が潜り込んでいるんです。多分屋敷の誰かに化けて警備の様子をうかがっているんだと思います」
「な、なんですって!? どうしてそう思うの?」
「実は、昨夜夕立さんと谷風さんに化けた怪人緋郎と遭遇したんです」

そこまで言ってみたものの、自分の体に女体を着せられた事は話せなかった。

「でも今は二人とも本物みたいですし、あいつが今どこにいるのか誰かに化けているのか見当がつかなくって……」
「そうだったの、しっかりするのよ。あなたは家宝を守るためにここに来たんでしょう」
「それはそうなんですけど……すみません、これが初仕事なんで」
思わず佳織に頭を下げる広海。
「ぷっ、正直なのね。とにかく注意しましょう。じゃあ、今日はこの辺で。おやすみなさい」
「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」
そう言って、広海は佳織にお辞儀する。
「良い子ね、あいつの助手には勿体ないわ」
「え?」
「何でもない、なんでもね。ふふっ」

そう言って小さく笑うと、佳織は広海の部屋を出て行った。

「不知火……さん?」



広海にとって予告前日にしては平穏な一日だった。だがその夜遅く、屋敷内の寝具倉庫の中でひとつの事件が起きていた。

「どうしたの、そんな怖い顔をして、いや、やめ……やめて、来ないで……ん、んぐ、うぐ……」
「ふふふ、その顔、その体、しばらく私がいただくきますよ。っと言ってももう返事できないか。くっくっくっ」
「ん〜ん〜ん〜」

部屋の中でごそごそと音が続く。

「ほら、どこから見てもあなたでしょう、ね。代わりにあなたにはこれを着せてあげる」
「ん〜んん〜んん〜」

ごそごそという音、さらにはきゅきゅっと擦れる音が小さく響く。

「これでいい、これで。窮屈だろうけど我慢してね。ふふふ、明日が楽しみ」

口にボールギャグをつけられ、両手両脚を縛られたメイド服姿の女性が、頭にすっぽりとマスクのようなものをかぶせられ、その口にもう一度猿轡をさせられている。
満足そうにそれを見下ろし、その上にそっと羽毛布団をかぶせた女性らしき影は、静かに部屋を出ていった。



そして三日目の夜が明けた。怪人緋朗の予告の日だ。

「吉岡さん、ようこそいらっしゃいました」

訪れた吉岡探偵と彼の妻で助手の雅を、赤城彩有里が出迎える。広海も彩有里と霧島メイド長の後について玄関で二人を出迎えた。

「なかなか参上できずに申し訳ありません。でもこうして来たからには安心してください。ところで、君は?」
吉岡が広海を見てにやっと笑う。
「何言ってるんですか。僕ですよ、探偵」
「おおお、秋津洲君だったか。まさかと思ったが、しばらく見ないうちに随分立派な身体になったじゃないか」
「からかわないでください。わかっているんでしょう」
本気で抗議する広海に歩み寄ると、吉岡はその肩をポンポンと叩いた。
「で、どうだ、その後何か手がかりは?」
「いえ、昨夜は何も」
「そうか、だが緋郎は既に準備を終えているはずだ。探偵業は何事も観察だということを忘れるんじゃないぞ。油断するなよ」
「はい!」
「うむ。事件が終われば、その体も何とかしてやるさ。まあ私はずっとそのままでも構わないが」
と、吉岡は広海の胸に視線を移す。
「探偵!」
「すまんすまん、冗談だ」
睨む広海を受け流すように、吉岡は何か言いたそうだった彩有里を見る。
「探偵さん、警察側の責任者も既に来ておられます。ご挨拶されます?」
「ほう、もう来ていたか、で、その責任者とは」
「俺だ!」
玄関からスーツ姿の男が姿を現す。

「おや、あなたでしたか、名前は確か……山形警部」
「山口だ!! 貴様、何度愚弄すれば。この事件は本官が指揮する。貴様の出番はないぞ」
「そうですか、ではお手並み拝見といきたいところですが、私も赤城家の総帥から依頼を受けた身。はいそうですかと退散するわけにもいきません。まあ怪人緋朗から赤城家の家宝を守れたら、その後はきゃつを捕縛はお任せします。くれぐれも逃がすんじゃありませんよ」
「わかっとる!」
そう吐き捨てると、山口は部屋を出て行った。

「全く、怒りっぽいひとだ」
「そうなんですか?」
彩有里が探偵に尋ねる。
「一度緋郎を逮捕しながら移送中に逃げられて、警察のメンツは丸つぶれ。その時の担当があの山形警部だったのですが、逃げられたのがよほどくやしいのでしょう。さてと、では家宝の場所を確認させてもらえますか?」
「あなた、山口さんでしょう」
「あっはは、そうだった。一度変な風に覚えてしまうとなかなか直らないな」

雅の言葉に頭をかいて苦笑する吉岡。

「霧島、探偵さんを案内してあげて」
「!?わかりました。ではこちらへどうぞ」
「あ、僕も行きます」
「雅はどうする?」
「あたしは彩有里お嬢様とここで待ってます。屋敷の事について聞きたいこともあるし。良いですか? お嬢様」
「あたしは構いませんよ」
「では、お願いします……ええっと」
「霧島ですわ。霧島あかね」
「そうでしたね、霧島さん、よろしくお願いいたします」

立ち上がった吉岡を、霧島あかねが先導して隠し部屋に案内する。その後ろに広海も続いた。



3人が隠し部屋の前に来ると、既に警備に立っている警官たちが挨拶する。
あかねが吉岡の認証登録を済ませると、3人は一人ずつ中に入った。だが隠し部屋の中は特に変わった様子もない。部屋の中央のテーブルに置かれたネックレスは、ガラスケースの中から相変わらずの輝きを放っていた。

「秋津洲君はここに入ったのか?」
「はい。一昨日ここに来た日に一度入りました」
「霧島さんが行ったような認証はしているのか?」
「はい、不知火さんに登録させてもらいました」
「ふむ、するとここに入れるのは」
「彩有里さんと霧島さん、そして不知火さんと執事のセバスチャン・東郷さん、そして僕です」
「ふむ」

吉岡は何か考え事をしている。

「探偵、何か?」
「一昨日、きゃつはメイドに化けていたと言ってたな」
「はい、メイド仲間の夕立さんと谷風さんに化けてました」
「その二人は、この中に入れないんだな」
「はい、そうです」
「ふむ」

吉岡はなおも質問を続ける。

「昨日は本当に何も変わったことは無かったのか? 些細な事を見落とすようじゃ探偵見習いとも言えんぞ」
「は、はい……そう言えば」
「どうした?」
「不知火さんが変な事を口走って……」
「変な事とは? 言ってみろ」
「僕の事を、探偵の助手には勿体ないって、笑って言ってました」
「ふむ……あとは」
「いえ、特に」
「私から聞こう。『スパローティアズ』のついたあのネックレスは、今、彩有里さんがつけているものと同じデザインか?」
「はい。彩有里さんがつけているものとそっくりでした。僕には見分けがつきません」
「なるほど……」

ネックレスをしげしげと見ていた吉岡の目が光る。

「あの、なにか?」
「いえ、状況はよくわかりました。霧島さん案内ありがとうございます。そろそろ部屋に戻りましょう。予告時間は今夜7時か、楽しみだ」
そう言いながら吉岡が懐中からパイプを取り出す。パイプの中に残っていた刻み煙草がパラパラと畳に落ちた。
「探偵さん、ここは禁煙です!」
「おっと、そうでしたか」
あかねに怒られ、頭をかく吉岡だった。


(続く)