縁結びの神様なんて大嫌い!! 作・JuJu ◆ 16 学園祭が明けて、三日後。 美加はヤキソバに呼ばれて、放課後の家庭科準備室に来ていた。 「明さん、呼び出して悪かったなー」 「それはいいが、よくここが開いていていたな」 ヤキソバとふたりきりなので、美加は男の地を出している。 「学園祭の時の忘れ物があるってウソついて、先生に家庭科準備室の鍵を借りてきたんや。どうしてもふたりっきりで話したかったからなぁ」 「そこまでして呼びだして、俺に何のようだ」 「遠回しなのは嫌いやから単刀直入に言うで? ウチとデートしてほしいんや。 ウチもお年頃や。前から一度、デートというものをしてみたいと思っていたんや。だけどこんなことを頼めるほど親しい男の人って明さんくらいしかおらへんし……。 とは言え今までは親友の美加に申し訳なくて頼めなかったんや。なにせ美加は大切な親友やからな」 「なんで美加に悪いんだよ?」 「そう言うのを乙女心がわからないっていうんや。 まあ、そのことはええ。 それでや。今の明さんは女の子やろ? 今ならばデートしても女の子同士の遊びとして美加に許されるはずやと……まあそう思ってな。 せっかく神様がくれた、明さんとデートできるチャンスや。一度だけでええ、まねごとでええから、ウチとデートして欲しいんや」 「なにがせっかくなのだか分からないが、とにかく体は美加の物だ。彼女に相談してからだ」 「わたしとデートするのに美加に相談か? まあええか……。ウチもドロボウ猫みたいなことをしたくはないし。美加の了承が得られれば堂々とデートできるしな」 ◇ その日の学校からの帰り道。いつものように明と美加は肩を並べて歩いていた。 「――と言うわけで、ヤキソバからデートに誘われているんだが……」 美加は言った。 「デート? 女の子同士なのに?」 明はわずかに表情を引きつらせると立ち止まった。美加もつられて立ち止まる。 「ヤキソバは俺たちの正体を知っているからな……」 「それでヤキソバとのデートに、わたしと何の関係があるのよ?」 明がわずかに声を尖(とが)らせて言う。 「この体は美加の物だろう? だから勝手にデートするのもどうかと思ってな。そこで美加の許可が出たらデートしてやるって答えたんだ」 デートすると聞いて、明はできるだけ平然を装うようにがんばっていたが心中はおだやかではなかった。『なんで断らなかったのよ!』と叫びたい気持ちで一杯だった。その気持ちをどうにか抑(おさ)え込んで答える。 「そんなことで、いちいちわたしに許可なんて求めないでよ。誰とでも好きなようにデートでもなんでもすればいいでしょ? いっそヤキソバと恋人として付き合っちゃえば?」 「ならばヤキソバとデートしていいんだな?」 明の気持ちに気が付かない美加は、単にデートの許可が貰えたと思っただけだった。 ◇ 次の休日。 ちょっと大きめのバッグを肩から掛けたヤキソバが駅前に立っていた。駅舎の大時計をながめると、約束の午前十時を少し過ぎている。几帳面な明が時間に遅れるなんてめずらしいなと彼女は思った。 すると遠くに美加の姿が見えた。 美加は歩き方がぎこちなく、やたらスカートを気にしながら歩いている。 「待たせたわね。緊張してなかなか外に出られなかったのよ」 「なんでそんなに緊張しとるん? ウチとのデートだからかいな?」 「美加の体でひとりで街まで出たのは初めてだったのよ。家と学校を往復する時以外は、誰かと一緒に行動していたから」 「なるほどなー。でもウチがそばにいるからもう安心していいで」 「それで、これからデートをするのだけど、どこか行きたい場所はある? わたしはこういうのは苦手で、気のきいたスポットも知らないんだけれど、やはり遊園地とか映画館とかが定番かな?」 「お金がもったいないし、電車に乗って大きな街に出て、ブラブラとお店とかを見て回ったり、大きな公園で食事でええやろ」 ヤキソバはつづけて言った。 「それと、デートに関してひとつだけウチからお願いがあるんや。 今日だけは、明さんの男言葉に戻して欲しいんや」 「でも……。外では女の子として振る舞わないと、道行く人から変だと思われるし。美加が変な人と思われると、いつか元に戻ったとき美加にもうしわけがたたないし」 「ウチは美加とデートしたいんやなくて、明さんとデートがしたいんや。デートの間だけでいいんや。な、な、お願いや」 ヤキソバは両手を合わせて拝むようなポーズを取る。 「わ……わかったよ……。男に戻って話せばいいんだろう?」 ◇ ふたりは電車に乗って大きな街に来た。 さっそく大きな公園に向かう。 「まずは腹ごしらえや。腹が減っては軍(いくさ)ができぬと言うてな」 ふたりは公園のベンチに座った。昼食はヤキソバが持ってくると言っていたので美加は用意をしていない。 ヤキソバは肩に掛けていたバッグから、小さな風呂敷包みをふたつ取り出した。 そのうちのひとつを渡された美加が風呂敷を広げると、小さな重箱が二段重ねで入っていた。フタを開けてみると、和風料理が入っていた。ちらし寿司、焼き魚の切り身、鶏の唐揚げ、タコの天ぷら、だし巻き玉子……。 「意外だな。ヤキソバのことだから昼食は焼きそばパンだと思っていたから、ちょっと驚いた」 「焼きそばパンは至高やけど、それだけやと栄養が偏るやん。ウチだってちゃんと栄養のバランスくらい考えているんやで。 でもごめんな。デート言うたら、もっとお洒落で可愛らしいお弁当を期待していたやろうけれど……。ウチはおばあちゃん子で、こういうのしか作れないんや」 「そうか? 俺はこういう料理のほうが好きだな」 正直な感想だった。美加になった明はこういった家庭的な料理が好きだった。食べ物の力は偉大だ。ヤキソバと一緒になればずっとこんな料理が食べられるのだと思うと一瞬心が揺らぐ。同時に美加だったらどんな弁当を作ってくれるんだろうと考えた。やはり中華料理の弁当だろうか。 ◇ 昼食も終わり、午後は駅前のショッピングモールを歩くことにした。 美加は先日ここに女物の下着を買いに連れてこられたことを思い出した。ふたたび下着屋に行かないだろうなと少し心配する。 「ここらはブティックも多いんやで。ちょっと寄って行こうか」 ヤキソバはおすすめだというブティックに美加を連れ込むと、彼女を着せ替え人形のように次々と服を試着させて楽しんだ。 ◇ 「ふぅー。堪能したわー」 「疲れた……。こうして女の子の服を着て街を歩いて、その上女の子の服を次々と試着されると、まるで女装デートしている見たいに感じる……」 「不思議なもんやね。体が男女ならばデートになるのに、体が女の子同士ならば友達と遊んでいることになるんやから。心は男女なのになぁ」 ◇ 楽しい時間は早く過ぎる。気が付けばデートが終わる夕方になっていた。 家への帰り道。美加とヤキソバは駅に続く大通りをゆっくりと歩いていた。 休日の夕方という時刻のせいだからだろうか。周囲の通行人の人波も、心なしゆっくり歩いている気がする。 秋の乾いた風が静かにふたりを通り過ぎてゆく。はしゃいで少し疲れた体に心地よいなと美加は思った。 美加たちが進む繁華街の大通りの遙か先には、沈みつつある夕日があった。たなびいた雲が真っ赤に染まっている。 夕日にくれない色に染まった繁華街は、しゃれたデザインの街路灯と華やかな店のあかりでライトアップされたように華やかで鮮やかだった。 美加になった明は、その光景を見とれるような表情でながめた。綺麗な夕暮れだ……美加にも見せてやりたいと思った。 「明さんは、やっぱり美加が好きなんやな」 ヤキソバが寂しそうにぽつりと言う。 美加が怪訝な顔でヤキソバの方を向くと、彼女は夕日を遠い目で見ながら歩いていた。 「俺は美加のことなんて何とも思っていない。あいつはただの幼なじみで……」 「明さん、今日はウチとのデートだというのに、美加のことばかり考えていたやろ? 恋する乙女はそういうトコに敏感なんやで」 「すまん」 「べつにあやまらなくてもええんや。むりに誘ったのはウチやしな。こうなることはデートをする前から分かっていたことやし。でも分かっていたけれど、ちょっとだけ哀しいな」 ヤキソバは夕日から目を離さずに言う。のんびりと歩きながら彼女は続けた。 「なぁ? ウチが明さんをデートに誘うとき、『一度デートというものをしてみたい。せやけど頼めるのは明さんしかいない。だからデートをして欲しい』って言うたな? ――ごめん、それ嘘や。ウチ嘘ついた。 本当はウチちょっとだけ明さんのことが好きだったんや。 だいたい男女がこれだけいつもそばにいて恋のひとつも芽生えてもおかしくないやん。……明さんはそういう乙女心は疎(うと)とそうやけどな。 明さんを好きになったのは学園祭の少し前のことや。それと同時に気づいたんねん。同じ男(ひと)を好きになったからやろな。理屈じゃなく感覚でわかったんや。美加も明さんのことが好きだったんやって。美加の方がウチよりも先に愛していたって。 ウチもせっかく美加や明さんと同(おんな)じ小学校に転校してきたのになぁ。小学生の頃はお互い面識がなくて、ふたりと見知ったのは高校に入ってからやもんな。ウチも美加のように小学校のころから明さんと仲ようなっていたら、違う運命が待っていたのかもなぁ。 とにかく、美加が先に明さんのことを好きになった。だからウチは手を引いた。そのかわり美加と明さんの恋仲を応援することにしたんや。 けど、ふたりが入れ替わったのを見たら、あきらめたはずの恋心にふたたび火がついたんや。 さっきも言ったけれど、女同士ならばデートができる。もしかしたらウチにもチャンスがあるかもしれない。そんなわずかな望みを賭けてデートにさそったんや でもやっぱり無駄やったんやね。明さんの心は、すでに美加のものやったんやね」 「俺が美加のことを……」 明はヤキソバから目を離すと、わずかに目を細めて夕焼けの雲を仰ぎ見た。赤く染まった空よりもはるか遠くを見つめるような瞳をする。 「そうか……。俺は美加のことを愛していたのか……」 明はヤキソバに言われて、初めて自分が美加のことが好きだということに気が付いた。 「最後にひとつだけ聞かせてぇや? もしも元の男の子の体に戻っても、ウチとは付き合ってくれないのん?」 「すまないな。でもヤキソバのおかげで、俺は美加を愛しているってことを知った」 「そか」 「ヤキソバは俺をデートに誘うとき、体が異性ならばデート、だけれど同性ならばデートにはならずに遊びだと言ったが、俺はその定義は違うと思う。性別は関係なくふたりが愛し合っていれば、同性であろうがそれはデートだし、友達同士ならばそれは遊びにすぎない。 今日の俺たちはデートではなく、仲の良い友達同士で遊んだ。それだけだ」 「せやね……。今日は遊びに付き合(お)うてもらって、本当にありがとうな」 そう言ってヤキソバは前を向くと、駅に向かって歩き始めた。美加も横に並んで歩く。 しばらく歩いてから、急にヤキソバは足を止めて美加に顔を向けた。つられて美加も足を止めて彼女を見る。 「ウチも自分で自分がわからなかった。明さんは大切な友達や。しかも親友の美加が心から恋している人や。 だからウチだって明さんとはいつまでも友達でいかった。最後まで美加の恋の応援をしたかった。 それやのに……。それやのに……。好きになった物はどうしょもないやん。 それでも今まで必死に周りには気が付かれないよう明さんへの思いは隠してきた。ウチ、うまかったやろ? 美加も明さんも、ウチの想いは気付かなかったやろ? な? そうやろ? そのご褒美にわがままを聞いてくれへんか? 最後の想い出にキスをして欲しいんや……。 それで今度こそ本当に、明さんへの気持ちを断ち切る」 「こんな人通りの多い場所でか?」 「今、この場所でして欲しいんや」 「……美加には内緒だぞ。女同士でキスをしたなんて知ったら、あいつがどんなに怒るか分からないからな」 夕日を背に、美加はヤキソバの肩を抱く。美加は目を閉じると、ヤキソバのくちびるに顔を近づけた。 ◇ キスをおえて目を開けた美加が見たものは、涙に濡れたヤキソバの顔だった。 「泣いているのか……?」 「え?」 ヤキソバも言われて初めて自分が泣いていることに気が付いたらしい。手のひらで乱暴に涙を拭うと、顔を隠すためにあわてて美加に背を向ける。 「――今日(きょう)はウチのわがままに付き合(お)うてくれて、ほんまにありがとうな。これでもう思い残すことはない。明さんとまた元の友達同士にもどれそうや。 これでいいんや。そう、これでいいんや。 次からのキスは、美加にしてやるんやで。 さあ、それぞれの家に帰ろうか」 ヤキソバは美加に振り返った。ほおに涙のあとが残っていたが、すでに憂(うれ)いはなく、吹っ切れたすがすがしい笑顔をしていた。 「そうだな」 美加とヤキソバは夕日に照らされながら、ゆっくりと駅に向かって歩き始めた。 ◆ 17へ |