縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 12

 学園祭まであと二日となった。

 授業は午前中だけで終わり、午後からは学園祭の準備に当てられた。

 美加たちは校舎の廊下を家庭科準備室に向かって歩いていた。それぞれが美加のラーメン店から借りてきた厨房器具や食器を入れた段ボールを持っている。

「家庭科準備室を借りられたのは、本当によかったわね」

 美加がしみじみと言う。

「俺はやっぱり調理実習室が使いたかったな。こっちはガス台も少ないし」

 明が言う。

「でも調理室は二組合同での使用ですわ。わたくしはむしろ貸し切りみたいで、こちらの方が気兼ねなく使えてありがたいですわ」

 イタ子姫が言う。

「イタ子には、クラスも違うのに付き合ってもらって悪かったな」

「そうそう。イタ子はこんなことまでしなくてよかったのよ。それよりA組の学園祭の準備は大丈夫? パネル展示は進んでいる?」

「あんなもの、やっつけのパネル展示ですもの。わたくしが手をくだすまでもなく、もうとっくに終わっていますわ。

 それにこれはA組への当てつけでもありますのよ。C組の模擬店をそれはもう繁盛させて、わたくしの提案したイタリアン・パスタ店を却下したA組のみなさまに、自分たちも模擬店をやっておけばよかったと後悔させてみせますわ!」

「まあとにかく、イタ子姫も学園祭の準備を楽しんでいるようでなによりや」

「そういえば、イタ子の店にいやがらせするやつらはどうなったんだ?」

 明が問う。

「私設警備隊が見事返り討ちにいたしましたわ。残念ながら取り逃がしてしまい、犯人の素性は分からずじまいでしたけれど。でもこれで懲りて、きっと二度と店にはこないでしょう」

「そんなら一安心や。イタ子姫も学園祭を心おきなく楽しめるわけやな」

「それじゃ残りも運んでしまうぞ!」

 四人は校舎の昇降口と家庭科準備室を往復して段ボール箱を運んだ。明になった美加は積極的に重いものを持っていた。どうやら男の体になって、いままで持てなかった重量のある物が持てるようになったことが楽しくてしかたないらしい。対して美加になった明は、男の時と同じ感覚で重い物を持ち上げようとしてよろけていた。「女ってこんなに力がないのかよ」と漏らしながら。


    ◇


「さて、これが最後の搬入だ」

 明は美加の店から持ってきた、ラーメンの決め手である秘伝のスープが入った容器を手に持った。冷蔵庫のある準備室が使えて本当によかったと明は思った。お湯で薄めるように濃縮されているので冷蔵庫の場所を取らないことも、他にも冷蔵保存しなければならない食材が多いラーメンにはありがたかった。

 ――と、明が気合いを入れたところに、校内放送が流れてきた。

《三年C組の三島美加さん。至急、職員室まで来てください。繰り返します――》

 美加たちのクラスの担任の声だ。

「先生からの呼び出しだ……。なんだろう?」

 明が言う。

「学園祭のことかいなぁ?」

 ヤキソバが言う。

「ぜんぶ運び終わってからじゃだめかな」

 美加が面倒くさそうに言う。

「至急と申しておりますし」

「荷物のことはウチたちが運んでおくから心配せんでええで! 残りは少ないしな」

「担任の声がすこし焦っていたようだ。行ったほうがいい」

 明が言う。

 今は明になっている美加が催促するのだ。行かないわけにはいかない。

「仕方がないか。じゃ、ちょっと行ってくるね」

 美加は職員室に向かった。


    ◇


「失礼します」

 美加が職員室にはいると、机に向かっていた担任が立ち上がって彼女の元に駆け寄ってきた。

「来たか! 実は君のお母さんが病院に運ばれたそうだ」

「え……?」

「店へ納品に来た配達員が救急車を呼んでくれたらしい。今日の授業は良いから、いますぐ病院に行きなさい」


    ◇


 美加と明は地元にある総合病院に来ていた。明は美加に付きそうと言って担任に無理を言って授業を休ませてもらった。受付で病室を聞き聞き母の部屋に向かう。

 病室にはいると、ベッドから上半身を起こしている母親の姿があった。

「あ、わざわざ来てくれたんだ?」

「おかあ……、おばさん! 大丈夫?」

 母を心配するあまり思わず地がでそうになる明だったが、それをぐっと抑える。

「明くん心配してくれてありがとう。平気平気! 健康そのもの。ただ、ふたりともごめんな。晴れ舞台だというのに、美加たちの店に行けなくなりそうだ」

「でも家で倒れて、救急車で運ばれたって聞いたし……」

 明になった美加は心配そうに言う。それから心の中で思った。

 こうなったのは全部わたしのせいだ。わたしが明に店の手伝いをしなくていいって提案したから、お母さんの負担が増えて倒れたんだ。ううん、そもそも明との縁結びを願った事自体が、間違っていたのかもしれない。そのためにふたりの体は入れ替わってしまった。これじゃ明の姿じゃお母さんの介護もできない。

 そこに、身内が来たことが伝えられたのか、医師が病室に入ってきた。

「三島さんのご家族ですか?」

 美加が答える。

「はい。母の様態は?」

「安心してください、問題ありませんよ。ただちょっと過労がたたったみたいですね。大事をとって今夜は病院に泊まって戴きますが、明日の夕方までには家に帰れますよ。あとは一週間ほど自宅で療養してゆっくり休んでください」

「よかった……」

 美加の後ろで医師の話を聞いていた明も胸をなで下ろす。

 医師は美加たちに様態を話すと、次の患者を見に病室を出ていった。

「気にしない気にしない! 先生だってちょっと疲れただけだって言っていただろう? わたしのことは心配ないから学園祭を楽しんできな。学生生活最後なんだ。あんたが学園祭を楽しめなかったら、今日までひとりで店を切り盛りしてきたわたしの苦労が台無しだよ。どうせ仲間に仕事を任せてここに来たんだろう。早く戻ってみんなを手伝ってあげな。

 わかったら、帰った帰った。たっぷり学園祭を楽しんで来るんだよ」

 美加の母にせかされて、美加と明は病室を出た。

 廊下は人がおらず美加と明のふたりきりだった。ときおり看護士が通るが忙しそうに働いていて、美加たちの会話など聞いている余裕はないだろう。そこでふたりは互いのふりをする演技を解き、素顔のままで会話をした。

「わたしがお母さんひとりにお店を任せればいいなんて言ったからこうなったんだ……」

 明が言う。

「美加は悪くない。でも美加の母親はいつもハツラツとしていたから、倒れるまでがんばっていたなんて気が付かなかった……。

 俺も美加の母親が戻ってきたら店を手伝うようにするよ。さすがに料理は手伝えないけれど、店で客に料理を運んだり、出前くらいはできるとおもう。

 だから今は美加の母親の言うとおり学園祭をがんばろう」

「うん……」


    ◇


 病院の廊下を歩きながら明は考えた。

 そうだ。お母さんや明の言う通りかもしれない……。今は学園祭を精一杯がんばろう。病人のお母さんを差し置いて楽しむなんて気が引けるけれど、それこそ楽しまなければお母さんが倒れるまでがんばった甲斐(かい)がなくなってしまう。

 その代わり元の体に戻ることができたら、その時はお母さんの手伝いをたっぷりしよう。

 約束する。だからお母さん、学園祭で遊ぶのを許して欲しい」


    ◇


 美加と明は病院を後にして学園に戻ってきた。

 家庭科準備室に戻るとヤキソバが訊ねる。

「美加、明さん! お母さんの状態はどうやった?」

「たいしたことはなくて、ただの過労だって。明日には退院できるらしいわ。それでも一週間は家でおとなしくしているようにって先生から言われたけれど」

 美加が答えた。

「そうかー。よかったなー。荷物の搬入の方は終わっとるで」

「それで学園祭の方はどういたしますの? 参加できそうですの?」

「もちろん、全力でやる!」今度は明が言った。「美加の母親のことは心配だけれど、ここで模擬店をあきらめたらそれこそ、学園祭の日のためにがんばってくれていた美加の母親に申し訳ないからな。だからみんなも普段どおりにしてくれ」

「わかりましたわ。美加さんのママのご様態も心配ないみたいですし、このまま学園祭の準備を進めることにいたしますわ」

「そうしてくれ! 二日後には学園祭本番だ! みんなで成功させよう!」

 明が気合いの入った声で言った。

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