縁結びの神様なんて大嫌い!! 作・JuJu ◆ 13 学園祭の前日になった。今日は授業がなく、一日を学園祭の準備に使える。 その日の朝。明が学園に登校してきた。 「今日のうちに仕込みをしておかないとね」と、明は校門の前でひとりつぶやく。 校舎の昇降口で上履きに履き替えた明は、三年C組の教室には行かず、まっすぐに家庭科準備室に向かった。 引き戸を開けて家庭科準備室に入ると、すでに美加、ヤキソバ、イタ子姫の三人が先に来ていた。 「おはよう。みんな早いな」 あいさつの返事はなく、イスに座った三人はだれもが険しい面(おも)もちで顔をつきあわせている。 「どうした?」 明が訊ねると、美加がにがにがしい表情をしながら答える。 「昨日の夜、何者かが学園に侵入したらしくて、朝登校したらラーメンスープを台無しにされていたのよ」 それを聞いた明はあわてて教室の隅に置かれている小さな冷蔵庫を開く。ステンレス製の小さめな深鍋を取り出すと、隣にある調理台の上に置いた。フタを開けるとラーメンスープの素が、激しく泡立っているのが確認できた。 「これって……」 「察するに台所用の洗剤や。食器とか洗う、どこのご家庭にもあるやつや。家庭科準備室にも置いてあるから、犯行は簡単だったやろな」 「こうなってしまっては、スープは使い物にならないわ」 「いったい……誰がこんなことを」 「他クラスの嫌がらせかもしれへんな……。考えたくないけれど」 ヤキソバが言う。 「一応、不法侵入ってことで警察にも届けてあるけれど。……お金も物も盗られていない、被害は不審者が鍋の中に洗剤を入れただけ。その不審者だって、学校の部外者と確定したわけではない――むしろ、ヤキソバの言うとおり他の生徒のイタズラの可能性が高い……。正直なところ、これでは警察が動くとは思えないわね……」 「おまわりさんも暇やないやろからなぁ」 「やっぱり犯人は、この学校の生徒だろうか?」 明が言う。 そこに、いままで無言だったイタ子姫が口を開いた。 「いいえ。犯人はこの学校の生徒ではありませんわ」 「わたしも同意見ね。学園祭の模擬店なんて、わざわざ他のクラスの生徒が潰しにかかる程のものじゃないと思う。ライバル視していたイタ子じゃあるまいし」 「わたくしだって、こんなことはしませんわ! そんなことをせずとも、イタリアンさえやっていれば、わたくしたちのクラスの圧勝は間違いございませんでしたもの!」 「まあまあイタ子姫。ラーメンイタリアン対決の話は、また今度にしとき」 「そうでしたわね、今はこんなことをしている時ではありませんでしたわ。 ――それで、他にスープはございませんの? べつに醤油味でなくてもよろしいのでしょう?」 「他のスープは用意していない。そのスープも美加の母親が倒れる前に、学園祭のために作り置きしてもらったものなんだ」 「美加のお母さんに、またスープを作ってもらうことはできひんの?」 「お母さんは過労で倒れたばかりだし、迷惑は掛けられないわよ……」 「しかたありませんわね。それではわたくしのツテで、他の飲食店からラーメンスープをわけてもらうように取りはからいますわ」 「いや。あくまで来福軒の味で勝負したい。大丈夫だ! 学園祭は明日だし、新しいスープを仕込むだけの時間はある」 明は力強く言った。 意気込む明に、驚いたように美加が尋ねる。 「気持ちは分かるけれど。明……、いまからやるの? わかっていると思うけれど、模擬店の準備はスープだけじゃないのよ」 「明日までに間に合わせればいいんだろう? やるだけやってみよう!」 「スープ作り面白そうやん! イタ子姫も手伝ってや」 「困っている人を見過ごしては我が家の恥ですわ。どうせ我がクラスの出し物のパネル展示の準備は全ておわっていますし」 「どうだ美加? みんなやる気だぞ?」 「わかったわ。そこまで言うのならやってみましょう!」 「一番良いのは来福軒の厨房で作る事なんだが、美加の母親に心配をかけることになる。そこで今から家庭科準備室で作ろう。みんな手伝ってくれ!」 こうして明・美加・ヤキソバ・イタ子の四人は、新しいスープ作りを始めた。 ◇ 美加と明は、できあがったばかりのラーメンスープを小皿にすくって口に含んだ。悪い味ではなかった。しかし美加と明は同時に、黙って首を横に振った。 美加の母はラーメンはスープが命だと言って美加に手伝わせなかったが、それでも美加は今まで母のスープ作りを毎日のように見てきた。それなのに、どうしても同じ味にならないのだ。 「美加も明さんも、むずかしい顔をしとるなー? どれどれウチも一口……」ヤキソバも小皿にすくったスープを飲む。「ウチは悪くはないとおもうで」 イタ子姫もスープの味見をする。 「ええ。おいしくないと言うわけではありませんわね。でもたとえ学園祭の模擬店だとしても、この程度の味をお客に出すわけにはいかないんだと思いますわ。美加さんが来福軒の娘だということを知っている人もいるでしょうし。来福軒の味はこんなものかと思われることは許されないでしょうから」 「隠し味とか、秘密の技法とか、そんなものがあるんやない?」 「味をよく知っている明に手伝ってもらってるし、作り方は間違っていないはず。同じ作り方なのに、同じ味が出せない……」 美加が言う。 「これが経験の差……」 飲み終わって空になった小皿をながめながら、明がつぶやくように言った。 ◇ 明は思った。 お母さんはこんなすごいスープを作っていたんだ。そのうえ毎日、何時間もかけて仕込み、調理、片づけ、経理、わたしの子育てまでしていたんだ。それらをたったひとりでやっていたんだ。自分も片腕のつもりだったけれど、現実にはお母さんのスープひとつつくれやしない。あの店はお母さんで保っていたんだ。 ◇ 「無理だ。スープには経験や勘や腕が必要なんだ。美加の母親のスープは彼女にしか出せない味なんだ。俺たちじゃ歯が立たない」 明は敗北を認めた。 「せやな。美加のお母さんはひとりであの味を守ってきたんや! でもな、諦めるのはまだ早いで? 美加のお母さんの味は美加のお母さんの味しか出せへんかもしれない。だったらウチたちはウチたちの味を作るんや!」 「今から新しい味のスープを作るのか?」 「忘れてないやろな。うちらは四人もいるんやで! 美加のお母さんはどんなにすごくとも、たったひとり。ウチらは四人。 ひとり対四人。できないはずがないやろ!」 「その通りですわ! 苦難を乗り越えて自由と独立を得る。まさにイタリアの思想と同じですわ。やりますわよ!」 「そうね……。あきらめるのはまだ早いかもしれない。時間はある。こうなれば、みんなで最高のスープをつくりましょう!」 「みんな……」明が力強くうなづいた。「わかった、最後までがんばってみよう」 ◇ その後四人は家庭科準備室で、休憩も取らずにひたすらスープを作り続けた。それぞれの家には学園祭の準備であることを連絡し、親から学校に残ることを許してもらっていた。ただイタ子姫だけは親の許しが得られずに、夜に迎えの車が来て家に戻ってしまった。 残った美加・明・ヤキソバは夜を徹して一心にスープを作り続けた。 ◇ やがて夜が明け、ついに学園祭当日になった。 美加はスープを煮込んでいる寸胴鍋から目を上げ、家庭科準備室の大きなガラス窓を見た。窓からは朝日が射し込んでいる。おもわず目を細める。 イタ子姫が家に帰ってから、美加と明は素の言葉で喋っていた。 「美加、これでどうだ?」 美加は明にスープを注いだ小皿を差し出す。 「うん。これならばOKかな」スープをすすったあと、明は笑顔で頷いた。「さすがにお母さんのスープにはかなわないけれど、これならお客さんに出しても恥ずかしくないと思う!」 その言葉に、明とヤキソバは顔を合わせて満足そうに頷いた。 「世界に一つだけの、わたしたちの味やね」 ヤキソバが言う。 自分の手で試行錯誤し自分だけのスープを作りだす。明になった美加は気が付いていなかったが、それこそ過去の美加の母が通った道だった。 美加の父が健在の頃。来福軒は既存のメーカー製のスープを使ってラーメンを出していた。しかし美加の父が亡くなり、美加の母は女でひとつで、ラーメン屋として生き延びるための武器として、自分だけのオリジナルなスープをあみ出した。それを日々磨き続けたものが、いま来福軒で使っている美加の母のスープだった。 ◆ 14へ |