縁結びの神様なんて大嫌い!! 作・JuJu ◆ 9 次の朝。休日。 美加は朝から明に呼び出されていた。 ふたりが入れ替わったことの相談でもするのだろうと思いつつ、美加は軽く朝食をすませると手早くスカート姿の身支度を整(ととの)える。 美加がアクビをしながら玄関を開けると、不機嫌そうな顔をした明が家の前に立っていた。彼の家に向かおうとしていた美加は、こんなところに明がいたことに驚く。 「美加おはよう。もしかして、ここで待っていたのか?」 美加が言う。 「こんな時に、何のんきにアクビなんてしているのよ」 「体が入れ替わってしまった不安と、慣れない女の体の感触で、昨日はほとんど眠れなかったんだよ」 〈慣れない女の体〉という言葉を聞いた途端、明の表情はますます険(けわ)しくなった。 明は美加に向かって手を伸ばすと、いきなりスカートをまくった。 「なっ!? なにするんだよ!?」 突然の行動に驚き、美加は慌てて両腕でスカートを抑える。 「わたしの体なんだから、見たっていいじゃないのよ」 「今は俺の体だ。それにはた目から見ると俺が美加のスカートをまくっているように見えるだろう」 美加の抗議を無視し、明はにらむような目つきでスカートをひっぱりつづける。 美加の必死の抵抗のために下着は見えなかったが、ふとももがあらわになっている。 「……やっぱり、わたしのパンツはいているの?」 「何をバカなことを……。パンツをはいているのは当たり前だろう」 「明のことだから、わたしのタンスを開けて『これからは、この下着は全部俺の物だ。どれを選んで着てもいいんだよな。ゲヘヘ』とかよだれを垂らしながら着たんでしょう」 「あのなあ……。俺がそんなこと言うわけがないだろう」 「明は無口だしね。このむっつりスケベ」 「いわれのない非難だ。そんなことはやっていないし、そもそも美加が美加の下着を着けるんだから問題ないじゃないか」 「とにかく! 服はしかたないとしても、わたしの下着を明に着られるのは嫌なの」 「それじゃあどうしろと言うんだよ。ノーブラノーパンで過ごせと言うのか?」 「せめて新しい下着を買って、それを着(つ)けるようにして!」 「新しい下着といってもなあ。俺は女物の下着なんて買ったことはないし」 「当たり前でしょう! だから今日はこうして、わたしが明の買い物に付き合って上げるために来たのよ」 「俺の体で女物の下着を買いに行くのか?」 「ひとりで買いにいけるの?」 「……わかったよ」 ◇ 明はぼやきながら、美加の後を付いて駅までの道を歩いていた。 駅前に来たとき、ばったりとヤキソバに出会った。 「おや、おふたりさん。休日だというのに仲がええな!」 ヤキソバが言う。 「ヤキソバ! こんな時に……いやこんな所で会うなんて偶然ね」 ヤキソバの前なので、今まで男言葉を使っていた美加はあわてて美加の演技をした。 「生活圏が一緒やからね、自然と顔を合わせることも多(おお)なるわなー。それで、ふたりしてどこに行くん?」 「これから美加の下着を買いに行くんだ」 明が答える。 「バ、バカ!」 美加が顔を赤くして慌てる。 「ほ〜ん? 彼女の下着をふたりで買いに行くとは、おふたりの仲はそこまで進展していたんやねぇ」 意味ありげにニヤニヤした表情でふたりを交互に見るヤキソバ。 「そんなんじゃないってば。ただ、いろいろと訳ありで……」 美加が言う。 「冗談やで。ふたりはそこまで進んでいるとは思えへんしな。単に下着を買いに行くだけやろ。 だったらウチも一緒に付いていってええか?」 「どうする、明?」 美加が明に尋ねる。 「ここで断ると本当にふたりの仲を誤解されかねない。一緒に行こう」 ◇ 「今日のウチは暇でなぁ。さっきもお散歩していたんや。 それにウチもちょうど新しい下着を買いたかったところだったしな」 電車の中でヤキソバはしゃべりまくった。相変わらずヤキソバはおしゃべりだと美加は思った。 ◇ 三人は駅前のショッピングモールにあるランジェリー・ショップに来た。 「この店だ」 明が言った。 「ここかいな。明さん男の人なのに詳しいな。美加に聞いたんか? ちなみにここは美加とよく来るんやで。値段も手頃で品質よし。なにより品揃えが多いので助かるで」 明とヤキソバのふたりは慣れたそぶりで入っていく。けれども美加だけは入口で固まるように立ち止まったままだった。 「美加どうしたん? わざわざ来たのに見ていかないんか?」 美加が付いてこないことに気がついたヤキソバが振り返って訊ねる。 それを見た明が、あわてて入口に戻ると美加にささやいた。 「なに緊張しているのよ? ヤキソバにわたし達のことがばれるでしょう?」 「わかっている。わかってはいるんだが、足がすくんで動かない……。女物の下着売場に来たのは初めてなんだ……」 「いいから! こんな所で立ち止まっていると、よけい変に見られるでしょ!」 明はそういうと、美加の手をつかんで強引にランジェリー・ショップに連れ込んだ。 美加やヤキソバがいつも下着を買っている店を知ってしまった……、と美加はふたりの秘密を知ってしまった気がして罪悪感に似たあせりを感じていた。 ◇ 「美加、これなんか可愛とおもわへん? どうかな?」 言われた美加が振り返ると、ヤキソバが目の前でハンガーに吊された黄色いブラジャーを胸に当てるように持っている。 「お、大きいな……」 つい男言葉で返してしまう美加。それはいつも見ているヤキソバの胸よりも大きいサイズのブラジャーだった。 「せやねん。知っていると思うけれど、ウチって着やせするタイプらしいねん。これでもDカップはあるんよ? それなのに服を着るとあまり大きく見えへんねん」 「Dカップ……」 美加はつばを飲み込むと、つづいてうつむいて自分の胸を確かめる。 とたんに残念そうな表情になる美加。 そのことに気が付いた明は、美加の脇腹をヒジでこづくと小声で言った。 「悪かったね! ギリギリBカップで! それに、なに女性物の下着をなんて熱心に見つめているのよ! 嫌らしい!」 「感想を求められたから……」 「なにヒソヒソ話をしているん?」 ふたりの会話にヤキソバが割ってはいる。 「な、なんでもないわよ」 「それで美加、このブラの感想はどうなん?」 美加は改めてヤキソバが手に持ったブラジャーを見た。レースが飾ってあるシンプルな下着だった。美加に相談してくるところを見ると、彼女は結構下着にはこだわりがあるのかもしれない。美加はヤキソバの意外な一面を見た気がした。 「美加、女物の下着なんてジロジロと見ているなよ!」 明が釘を刺す。 「どうしたん明さん。女が女物の下着を見て、どこかおかしいところがあるん? それにさっきから妙にイライラしとるで? 明さんも男の人にはこんなところ退屈やろうけれどな。せっかく付き合ってもらっておいて悪いなぁ」 一方美加はふたたびじっくりと下着を注視し始めた。 明はそんな美加を見て、男としてのエッチな気持ちもあるだろうが、まじめな性格の明のことだから、きっとヤキソバに相談されたのでちゃんと答えようとしているのだろうと思い直した。そうは言っても、見た目こそ女の子でも中身は男なのだ。男がヤキソバの下着の相談に乗っていてることが、なんだかいたたまれない。 「なんか見ていて恥ずかしい! もう堪えられないわ」ついに明の演技を捨て、女言葉でそう言ってしまう。「ヤキソバ、聞いて! 実はわたしが美加で、そっちの美加は本当は明なの!」 「おい美加! なにバラしているんだよ!?」 明もつい地を出して叫んでしまう。 「はあ?」 ヤキソバはふたりが何を言っているのか分からない様子でとまどっていた。 ◇ ショッピングモールの休憩スペース。三人が座るテーブルには、売店で買ったジュースが置いてある。 「――というわけで、わたしと明は体が入れ替わっちゃったのよ」 明はことのあらましをヤキソバに話した。 「なるほどなー。今日のふたりはどこか変なところがあると思っていたけれど、そういう訳やったんなー」 「やけに素直に信じるな。それにあまり驚かないし」 美加も地を出して男言葉で言う。 「驚いてはいるで? 心が入れ替わるなんて話、驚かない人なんておらんて。まあいろいろと納得できるところがあるんや。それに他でもない親友の美加の言葉や。わたしは美加を信じるで」 「さすがはわたしの親友ね! 大好き!」 「いや〜、そう言われると嬉しいなぁ。まして男の明さんの声で大好きなんて言われると照れるわぁ」 「それでヤキソバにお願いがあるんだけれど。学校でわたしたちの秘密がばれないようにフォローをして欲しいの」 「それでヤキソバに正体をばらしたのか。激情と勢いだけじゃなかったんだな。 かくいう俺も学校で美加のふりをすることに自信がないし、援助が欲しかったところだが」 「そういうことならまかせておいてや! ウチは秘密を守るし、ふたりがばれないよう学校を過ごせるように手助けもするで」 ◆ 10へ |