縁結びの神様なんて大嫌い!! 作・JuJu ◆ 6 洞窟(どうくつ)の入り口に立った美加は明に話しかけた。 「ところで明。あかりの出るものは持って来ていないでしょうね」 「そう言われたからな」 「よろしい」 「だいたいスマートフォンさえ所持してはいけないとは……」 「当然でしょう? スマホも、デジタルカメラも、懐中電灯も、ライターも、ろうそくも……。とにかくあかりの出るものは一切持ち込み禁止。そうしないと肝試しにならないでしょう? 夏はやっぱり肝試しよね。もう夏はすぎちゃったけれど」 そんな会話をした後、美加たちは洞窟に入った。 入口から差し込むわずかな月あかりと街のあかりを頼りに、美加たちは洞窟の奥に向かって歩く。 洞窟の中はひんやりとして涼しかった。ゴツゴツとした岩肌の感触が靴裏を通して伝わってくるようだ。暗くて、ちょっと不気味で、明がそばにいなければ逃げ出していたかも知れない、と美加は思った。 それでも、これはおどろおどろしいんじゃなくて霊験あらたかなのよ。これなら神様の縁結びも期待できるわ……と美加は自分を奮い立たせた。 ◇ 「さすがにここまで来ると暗いわね。ここから先はあかりが必要か」 ある程度歩いたところで、美加は肩に掛けていた小さなバッグからを懐中電灯を取り出して暗闇を照らした。 「ライト!? 俺にはあかりは禁止とか言っておいてスマホでさえも持ち込み禁止にしたのに、自分はそんなもの持ってきていたのか!」 「だって、さすがにあかりがないと危ないでしょう? それにあかりはこれだけよ。わたしもスマホも家に置いてきたし。 外で点けるとあかりで洞窟に入る所を誰かに見られるかも知れないからね。念のために外に光が漏れない所まで点けなかったのよ」 「せめて俺がライトを持つ」 「だ〜め! 明なんかに持たせたら大変よ。わたしを置いて懐中電灯を持って洞窟から逃げ出しちゃうもの」 「あのなぁ……。俺がそんなことをするわけがないだろう」 「とにかく、だめったらだめ!」 明はあきらめてに肩をすくめる。 ◇ 美加を先導にして、ふたりはさらに進む。 美加の背後から明がぽつりと言う。 「どうせならばヤキソバも連れてくればよかったな」 それを聞いた美加は、わたしと明の縁結びにヤキソバを連れてこられる訳がないじゃない、と心の中で返事をした。 美加は歩きながら、一度だけ振り返って明を見た。闇の中に彼の顔が薄ぼんやりと映る。洞窟内は暗く、歩く先に向けている懐中電灯だけでは明の表情はほとんどわからなかった。でもこれならば自分の表情も明には見えないだろうと考え、美加はなるべく普段通りに聞こえるように声を出す。 「……ヤキソバと言えば、あの子が言っていたんだけど……。明、学校の女の子とデートしたんだって?」 「デート? 俺が?」 それを聞いた明は歩きながらしばらく考え込んでいたが、やがて思い当たる節があったのか小さく「ああ」と叫んだ。それから「イタ子のことか!」と続ける。 ヤキソバの言っていたことは本当だったんだ。やっぱり女の子とデートしたんだ、と美加は思う。 「やっぱりデートしたのね? それにしても、よりによって相手がイタ子だったなんて……」 わたしはイタ子よりも魅力が無いというの? そりゃあ、あんなヘンチクリンな性格だけれど、お金持ちのひとり娘だし、イタリア人とのクォーターだけあって黙っていれば美人だし……。 「勘違いするな。イタ子に店に出す新作メニューを試食して欲しいと彼女の店に誘われただけだ。それをデートって、ヤキソバの奴……」 明は歩きながら、試食会のあらましを話し始めた―― ◇ 明はイタ子姫に招かれて、彼女の家が経営するレストランに来ていた。 初めて入ったがイタリア風のしゃれた店だな、と明は思った。 「本日、明さんに食べていただきたいのはこちらですわ」 そう言いつつイタ子姫がワゴンに乗せて運んで来たのは、いくつもの小さな皿だった。 「これは試食ですので量は少ないですが」 そう言いながらイタ子姫は慣れた手つきで手際よくテーブルに皿を並べていく。豚肉とキャベツをミソで炒めたもの。牛肉と細切りのピーマンを炒めたもの。その他にもあんかけの乗った肉団子など、いくつもの皿が次々と出てきた。 「そしてこれが、おすすめの品ですわ」 そういってイタ子姫が最後に出した皿には、蒸して厚くスライスした鶏肉と、つけあわせにキュウリとセロリを炒めた物が乗っていた。 「おいしそうだが、どれもイタリアンという感じがしないな。と言うかこれって中華料理だよな」 「まあ! これはわたくしとしたことが申し遅れましたわ。 我がボーノ・シゲトウが繁盛していることはご承知ですわよね」 「以前そんなことを言っていた気がするな」 「県下に支店を出しているのですが、さすがに飽和状態になって来まして。そこでイタリアン以外の料理に進出してみようかという話が上がっていますの」 なるほど、それで中華料理が出てきたのかと明は納得する。 「中華と言えば、ラーメンはないのか?」 「日本のお米は世界一おいしいと思いますの。そこでご飯のおかずとして一緒にお出しできるものをと考えておりますの」 「そういうことなのか。しかし試食ならば俺じゃなくても、もっと口が奢っている人がいいんじゃないのか? イタ子の店ならば試食してくれる人はいくらでもいるだろう」 「明さんだからいいんですわ。美食家とかグルメとかいう方ではだめですのよ。 我がボーノ・シゲトウは美味しいお料理をお安くがモットーですから。大衆的な、多くの方々に喜んでもらうようなお料理でなければ。 その点、大衆向けの中華料理店を営(いとな)んでおられる美加さんのご友人である明さんはピッタリですの。なにしろ美加さんのお店のお料理に慣れ親しんでいるでしょうから」 いや俺も美加の店の料理はほとんど食べたことはないんだが……、と明は思ったが、まあイタ子が俺でいいと言うのならば別にいいかと、すぐに思いなおす。 イタ子姫が自慢するだけあって料理はとてもおいしく、明はすべて平らげてしまった。 「明さんは少々体の線が細いので食も細いのではないかと気がかりでしたが……やはり殿方ですのね。良い食べっぷりでしたわ。これなら自信を持ってお店に出せそうですわ」 ◇ 「――とまあ、こんな感じだ。 だいたいデートってなんだよ。どこからそんな、とっぴな話が出てきた。俺はイタ子に恋愛感情はもっていないないし彼女も同様だろう」 「そうだったのね……」 美加もいったんは胸をなで下ろした。が、すぐに考えを改める。もしかしたら明が鈍感なだけで、イタ子が明を狙っている可能性もある。それに学園祭には他校の生徒や一般の人もたくさん来場する。中には明にちょっかいをだす者もいるかも知れない。 やはりこの洞窟の奥にあるという縁結びの神様にお願いしなくては。と、改めてほこらに向かう決心を固める美加だった。 ◆7へ |