縁結びの神様なんて大嫌い!!

   作・JuJu


◆ 7

 洞窟(どうくつ)をさらに進むと、わずかに湿った岩肌の地面に青いビニールシートが敷かれ、その上に段ボールが広げてあるのを懐中電灯の光が見つけた。周囲に光を当てると、ビニールシートの端の方に、漫画本や未開封のスナック菓子やジュースの缶などがまとめて置かれている。

「どうやら小学生たちの秘密基地の伝統はまだ続いていたらしいな。金網を勝手に外したのも小学生たちに違いない」

 明は言った。

 明は小学生の頃クラスメイトが洞窟は涼しいから秘密基地作りに参加しろと誘われたことを思いだしていた。

 この小学生たちも夏の熱暑を避けるために、常時ひんやりとしている洞窟に涼を求めに来ていたのかも知れないなと思った。

 もっとも彼は、洞窟よりもクーラーの効いた図書館で読書をすると言って、いつも断っていたのだが。

 さらによく見るとスナックやジュースと混ざって、焼きそばパンがラップフィルムに包まれて置いてあるのを見つけた。見た目からしてまだ新しい物だ。

「まさかヤキソバの奴がこの秘密基地を作ったのか」

「どうみても小さい男の子達が作った秘密基地よ。偶然でしょ」

 美加は懐中電灯を使って周囲をくまなく探してみたが、秘密基地の他には特に何も見当たらなかった。洞窟はまだ先がある。目的のほこらはさらに奥にあるに違いない。

「行くわよ」

「まだ進むのか? 肝試しならもう気が済んだだろう」

「だめだめ! もっと先まで行かなくちゃ」

 そう言いながら美加歩き出した。

 ――ほこらの神様……。

 明のことがもっと知りたい。

 明といつも一緒にいたい。

 明をわたしだけのものにしたい。

 ほこらに向かいながら、美加はそんな願い事をしながら歩いた。

 ――その時である。

 願い事に集中して、つい目を閉じて歩いてしまった。足元に気を使わなかったため、美加は足を滑らせた。

 秘密基地から先は、ゆるやかな坂になっていたのだ。しかも僅かだが地下水がしみ出ていてコケが生えている。そのために子供たちは洞窟の奥深くまで行かずに、水の出ている場所を避けここに秘密基地を作っていたのだ。

 そのことに気がつかなかった美加は、コケに足を取られて倒れ込んだ。

 明は美加を助けようと飛び出し、とっさに彼女を抱いた。

 美加は明に抱き締められながら、坂道を転がり落ちていった。


    ◇


 洞窟の底に着いた。

 体の回転が止まったことに気がついた美加は、冷たくわずかに湿った地面に寝ころんだまま、おそるおそる目を開いた。

 少し離れた場所に光りがあった。懐中電灯のあかりだ。底に着いたときに手放してしまったらしい。それでも懐中電灯があることに安心した。洞窟の奥であかりを無くしてしまったら大変だ。

 懐中電灯のあかりはスポットライトのように岩壁を照らしていた。そこには誰の作なのか、二羽の鳥が翼を広げている姿が岩壁に彫(ほ)られている。よく見れば鳥はどちらも一方の翼がなく片翼だった。互いの翼を補うように身を寄り添せ合っている。どうやらそれこそが美加の目的の場所であり、洞窟の一番深い場所にあると言う噂に聞くほこららしかった。

 ほこらの下にもスナック菓子の袋とジュースの缶がひとつずつ置かれていた。どうやら秘密基地の子供たちはここまで来ているらしい。神様がスナックやジュースを嗜むとは思えなかったが、子供たちなりの崇(あが)め方なのだろう。

 よく見るとスナックとジュースに並んで、なぜかここにもラップにくるまれた焼きそばパンが置いてあった。

 地面に転がっていた美加は立ち上がると、自分の体の痛みを確かめた。大きな怪我はないが、すり傷を負ったらしく全身のあちらこちらがわずかに痛んだ。

「んん……」

 その時、暗闇の中にうめき声がした。どうやら明も気が付いたらしい。

「足元がすべるってこと、教えておきなさいよ。小学生の頃ここに秘密基地を作りに来たんでしょう?」

「知らなかったんだ。前にも言ったが俺もここには初めてきたんだよ。秘密基地なんて興味がなかったからな。小学生の頃にクラスメイトから話を聞かされただけだ」

 ふたりは言葉を発したあと、自分の声と相手の声がいつもとは違うことに気がついた。

 美加の声はなぜか低く男の子のような低い声だった。対して明の声はなぜか女の子のように高い。

 狼狽(ろうばい)した美加は立ち上がると数歩あるき、地面に落ちていた懐中電灯を拾って声のした方にあかりを向けた。

「キャー!!」

 美加は思わず叫んだ。なぜならばそこには〈もうひとりの自分――美加が横たわっていた〉からだ。

 美加はひるんで一歩後ずさりをした。

 仰向けに地面に横たわった美加は死んでいるかのように、目を閉じたまま動きもしない。

 美加はひたすら、もうひとりの美加に向かって懐中電灯を照らし続ける。

 するとなんと、もうひとりの美加が目を開いたではないか。

「……美加、まぶしいからライトを向けるなよ」

「わっ……、わたしが喋った!!」

「何を言っているんだ……。ああ……、おまえにこんな場所に連れてこられたせいで酷い目にあった……」

 そう言いながら、もうひとりの美加がおっくうそうに立ち上がる。それから下を向き、懐中電灯に照らされた自分の体を見て唖然とした表情をした。

 もうひとりの美加の表情が、やがて驚愕にゆがむ。

「どうして俺が美加の姿に……?」

「そんなのわたしが聞きたいわよ!」

「待て。おまえのその声……と言うことは……、まさか……」

 美加の持つ懐中電灯のあかりは、言葉の続きをうながすようにもうひとりの美加を照らし続けている。

「暗くておまえの姿がよく見えない。美加、自分の体を照らして見るんだ。俺の推測が間違っていなければ……」

 美加は言われたとおり、自分の姿をあかりで照らした。

「キャー!!」

 ふたたび叫び声が洞窟に響き渡った。

「どうしてわたしが明の体になっているのよ?」

「それは俺が聞きたい」

 ふたりは時間が止まったようにしばらく見つめ合い、それから言った。

「俺たち……」

「わたしたち……」

 そして、異口同音に叫んだ。

「入れ替わっている!?」


    ◇


 美加は混乱した。

 どうしてこんなことに……。

 思い当たるふしが、ひとつだけあった。

 ――縁結びの神様のしわざ。

 それしか原因は考えられない……。もしかしたらわたしが変なお願いをしたから、天罰を下したのだろうか。

 美加はすがる思いでほこらを照らしたが、岩壁の彫刻は何も答えない。

「明……どうしよう……」

「坂を転げ落ちたショックによる一時的なもので、しばらくすれば元に戻るかも知れない。

 とにかくいつまでもこんな所にいても仕方ない。いったん〈相手の家〉に帰えろう」

 美加の体になった明は、明の体になった美加に歩み寄ると手を差し出す。

「ふたたび転ばれたらたまらないからな。あとライトも俺が持つ」

「うるさいわね!」

 そう言いながら明の体になった美加も手を伸ばす。

 美加の体になった明は、明の体になった美加の手を取ると、先導して洞窟の坂道をのぼり始めた。

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