「恋と魔法の夏休み」
 作・JuJu

 第5話

 次の日。
 コンビニからの帰り道。神社のふもとを通りかかったところで、昨日ここで結衣に会ったことを思い出した。
「結衣のやつ、よけいな心配をしやがって」
 だがこんなことを相談できるとしたら、そんなことができる相手は結衣くらいなものだった。おぼれる者はわらをも掴むと言うが、今の俺は結衣でさえ頼りたい気分だった。
「――こうなれば結衣を頼ってみるか……。
 あ。そういえば結衣のやつ、今日から一週間ほど家族で旅行してくるとか言っていたな。ちっ、こんな時に限っていないとは」
 そんなことをぼんやり考えながら歩いていたために、またもや同じ曲がり角で、出会い頭に人にぶつかってしまった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
 相手は、夏の日差しに熱せられたアスファルトに尻餅をついてた。体格から見て小学生程度の女の子だった。だが問題はその容姿だった。猫耳に猫のシッポの飾りを付けて、しかもメイドの衣装を着ている。
「な……なんだお前は」
 俺は言った。
「なんだとは何よ! ぶつかって置いて、一言目にかける言葉がそれ? 失礼な人ね」
 確かに、ぼんやりと歩いていた俺にも非があるのは事実だ。
「ご、ごめん。考え事をしながら歩いていた俺が悪かった」
「ん。まあ、ゆるしてあげる」
「それじゃ、悪かったな」
 そう言い残すと、俺は自分の家に向かった。


      ★〜★〜★


「で、なんでお前は俺の部屋にいるんだ?
 しかも自然にくつろいでいるし」
 あのあと、メイド服を着た猫娘は俺のあとをついて来て、そのまま部屋に上がり込み、寝ころんでマンガを読み始めた。
「男は細かいことを気にしないものよ」
「気にするに決まっているだろう。
 だいたいお前はなんて言う名前なんだ」
 彼女は漫画から目を離さず、あしらうようにこたえた。
「うるさいわねえ。そんなのユイに決まっているで……あっ……!」
「ユイ? それでそのユイが、なんで俺の部屋にいるんだ?」
「もう、わかったわよ」
 彼女はそういうと、わざと大きな音をたててマンガを閉じて、俺の前に立って、薄い胸を張った。
「私の名前はユイ。わざわざ広海の願いをかなえにきた、猫の国からの使いよ」
「……。
 自分のことを言いたくないのならばそれでもいい。だが、なんだよその猫の国って……。ばかばかしいにも程ってものが――待て、どうして俺の名前を知っているんだ?」
「猫の国からの使者だから、そのくらい解るわよ。
 いいわ、証明して見せて上げる。どうせ、あなたの願いをかなえにきたんだから。
 たった今、この場で、あなたの願いをかなえて上げる!
 ほらっ!」
 ユイはそう言い放つと、ほとんど膨らんでもいない胸を差し出してきた。
「?」
「だから。ほら」
「?」
「だからおっぱいをさわっていいって言っているのよ! あなた女の子のおっぱいをさわりたいっていつも思っていたんでしょう? 知っているんだから。
 その願いを叶えて上げるって言っているの。こんな可愛い女の子の胸を触り放題なんて、この幸せ者!」
「あっ」
 俺は結衣が夏花の胸を触っているのを、うらやましく思っていたことを思い出した。
「確かにお前のいうとおり、触りたいと願ったことはあった。だが……」
「ああ、なるほど。服の上からじゃなく、直接触りたいってわけね。
 それじゃ、はいっ!」
 そういうと、ユイはボタンをはずして、胸をさらけ出した。
「ば、ばか! そうじゃないと言っているだろう!
 あのな、確かに胸を触りたいとか思ったが、俺の願いはそんなちゃちなものじゃない。
 俺の本当の願いは、夏花と、その、恋人とまではいかないまでも、仲良くなりたいってことだ。
 だいたい、そんなぺったんこな無い胸なんかさわりたくもない」
「ぺ!? ぺったん……!? なっなんですって!? こんなキュートな女の子がおっぱいをさわらせてあげるっていっているのに! 信じられない」
「いいから胸をしまえ!」
「……」
 ユイは胸をしまうと、急に真顔になった。
「ごめんね。実はあなたを試してみたの。
 夏花以外の胸には興味がないのね。本当に、夏花一筋なのね。安心したわ。
 あなた、幼いころ子猫を助けてくれたでしょう。今日は、その恩返しに来ました」
「ああ、そんなこともあったな。この前まですっかり忘れていたけどな。
 って、あれはまだ俺たちが小学生の頃だぞ? なんで小学生くらいの歳のお前が、そんな古いことを知っているんだ?
 じゃあ、おまえはあの時の猫だっていうのか?」
「違う違う。私は、助けられた猫の代理ってところね。
 あの時の猫は、この世には居ないわ。すでに天寿をまっとうして、天に召されたわ。
 それで、あの猫は助けられたことをとても感謝していて、あたしに、あなたたちに恩返しをしてほしいと頼まれたの。
 そこで、ここからが本題。
 あなたは夏花が好きなんでしょう? そこで、猫の魔の力を使って、あなたと夏花の仲を取り持ってあげようというわけ。
 といっても、あたしはお膳立てをするだけ。夏花への告白は、あなたがやるのよ」
「俺のことだけじゃなく夏花のこともくわしく知っているようだし、すべてはお見通しってわけか。
 たしかにおまえがただ者ではないことは分かった。お前がここに来た理由も理解できた。
 だが、せっかくだが遠慮しておく。
 どうやって俺の周辺や過去を調べたのか知らないが、おまえ、怪しすぎるだろう。
 おまえが本当は何者で、何の目的で俺と夏花の仲をとりもつつもりか知らないが。とにかく、俺のことはまだしも、夏花にまで迷惑が及ぶのを黙って見ているわけには――」
 だが、ユイは俺の話など聞いてはおらず、しずかに目を閉じると、願いを叶えるためであろう呪文の詠唱を始めた。
「――って、ちゃんと俺の話を聞けよっ!」
 ユイは耳を貸さずに、呪文を口ずさみつづけている。
「はん。まあいい。魔法なんて存在するはずがないしな。その呪文だけは唱えさせてやる。それで満足するならな。
 その替わり、呪文を唱え終わったら素直に帰れよ。帰らない場合は、つまみ出すからな」
 ユイは俺の存在など無視して、真剣なおももちで呪文を唱え続けていた。
「にゃ〜ら〜、ほにゃら〜、ほにゃらら〜。広海よ、女の子になあれ〜っ!!」


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