「恋と魔法の夏休み」
 作・JuJu

 第3話

 冷房の効いたコンビニから出ると、夏の強い日差しが襲いかってくる。
「夕方になっても暑いなあ。さっさと家に帰ろう」
 帰り道、神社がある丘のふもとで猫の鳴き声がした。声のする場所を探すと、樹木の陰に一匹の子猫がいた。引き込まれそうになるほど透明な瞳をした猫だった。
(捨て猫か?)
 そこに大きな猫が滑り込むように突入してきて、子猫の首をくわえると一目散に逃げていった。
「なんだ、母親がいたのか。よかったな」
 俺は、小学生だった頃に、夏花と結衣と三人で、捨て猫を拾った時のことを思い出していた。


      ★〜★〜★


 それは、俺と夏花と結衣の三人が小学校から帰る途中のことだった。
 三人が車道のわきの歩道をあるいていると、とつぜん結衣が指をさしながら言った。
「あっ、猫」
 見ると、幼い猫が広い車道を、のんびりと横切って歩いている所だった。
「あぶないなあ」
 俺は車道を見渡した。この時間は通りがないのか、車の姿は見えなかった。
「ほら、おいでおいで」
 夏花は猫にむかって手招いた。
 だが、猫は車道の真ん中で尻をついたと思うと、のんきに体を舐め始めた。まだ子猫なので、ここが危ない場所だと知らないらしい。
「どうしよう広海。あんな所にいたら、あの車に轢かれるわ」
「よし。俺が捕まえてくる」
「でも、車の走る道路に出ると、大人に叱られるわよ」
 結衣が言った。
「だけど、このまま放ってもおけないだろ?」
「うーん。それはそうだけど」
 そんなことを話し合っているうちに、かすかに車のエンジンの音が耳に飛び込んできた。
 俺たちは同時に音をする方を向いた。
 トラックが見えた。道が空いているためか、あるいは急いでいるからなのか、トラックは猛スピードで向かってくる。
「ネコー! 逃げろ! 危ないぞ!」
 結衣が声をかける。だが子猫は危険を理解していないらしく、その場に座り込んだまま、俺たちに向かって、幸せそうに「にゃあ〜」と甘え声をあげただけだった。
 トラックは猫に気づかないらしく、速度を落とさずに向かってくる。
「逃げろってば!」
 結衣の懸命の叫びが通じたのか、ようやく猫はトラックの方を向いた。
 猛進してくる物体に、本能が恐怖を感じたらしい。だが、幼い子猫には、こんなときにどうしたらいいのか対処の仕方がわからないらしい。逃げることもせず、向かってくる恐怖に対して毛を逆立てて抵抗もせず、ただぼうぜんと、目と口を大きく開けて、迫ってくる巨大な物を見つめているだけだった。
「あああ」
「広海! どうしよう?」
 顔を青くしながら、夏花と結衣は、俺に助けを求める。
「くそっ! 待ってろ」
「あっ、広海!!」
「広海!?」
 俺は車道に飛び出すと、猫に向かって走った。
 トラックは飛び出してきた俺にも気がつかないのか、速度を落とさなかった。
 子猫を抱きかかえ、そのまま反対の対向車線に向かって飛んだ。
「広海ッ!!」「広海ッ!!」
 ふたりの声が聞こえた気がした。
 そのあとのことは、憶えていない。
 ただ、俺の背後をトラックが走り抜けた。
 俺は、反対車線に転がっていた。
 ひざをすりむいていたが、それ以外に痛いところはなかった。腕の中には、さっきの猫が確かに抱きかかえられていた。
 俺は丸めていた体をほどき、立ち上がって振り向いた。排気ガスの向こうに見えたのは、まるで俺がひき殺されたのではないかというような表情をした夏花と結衣だった。
 俺はふたりを安心させるために、自慢するように胸に抱いていた子猫を頭上かかげた。
「にゃー」
 子猫もうれしそうに鳴いた。

 そのあと、俺たちは公園で猫を囲んだ。
「かわいいね」
「ああ」
「本当」
「飼いたいね」
「俺ん家はだめだな。前にも犬を飼おうっていったんだけど、母さんが生き物は死んだときが嫌だからって言って」
「私も無理。ママが猫アレルギーだから」
「あたしんちもだめだ」
「わるいな。そういうことだ。じゃあな」
 俺は猫を地面に置くと歩き出した。
「つまんないのーっ」
「猫ちゃんごめんね」
 だが俺たちが遠くにいくと、悲しげな声で鳴いて俺たちの足を止めさせた。
「こまったわねぇ」
「でも、私たちじゃ、飼って上げられないの。ごめんね」
「しかたない。こうなったら、あの猫を飼ってくれる人を探そう」


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