「恋と魔法の夏休み」
 作・JuJu

 第2話

 俺はコンビニに向かって歩いていた。
 あのあと結局、夏花にプールでの出来事を謝れないまま、夏休みに突入してしまった。
(それにしても、プールの授業のことはまずかったなぁ。このままじゃ、仲良くなるどころか、夏花に嫌われたままで夏休みが終わってしまうぞ。なんとかして、夏花に会って謝らなければ。
 とはいえ、夏休みに入ったから会う機会がないし……。いっそこのまま歩いていたら、道ばたでばったりと出会ったりとかしないかな)
 そんなことを考えながら、夕暮れの街を歩く。いつもと同じ道順。街並みもいつもの通りで、これといった変化もない。
 いくぶん退屈になった俺は、夏花の水着姿を脳裏に思い浮かべ始めた。
(――それはそれとして、夏花、スタイルが良かったよな。いやらしい目で見られたことに気が付き恥ずかしがっている姿も、また男心をそそるんだよな。水着姿が来年まで見られないのは本当に残念だ)
 俺は意識を集中して、脳裏に映っている夏花の水着姿を鮮明に再現した。そしてその映像を堪能するように歩いていたために、曲がり角で出会い頭に人にぶつかってしまった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
 すっかり油断していたために、俺は尻をしたたかに打った。
 夏花の水着姿から現実世界に戻された俺は、目の前を見た。と、そこには、女のパンツがあった。
(いてて。って……。これは……。パ……パンツ、見えてる……。この制服のスカートは、うちの学校か?)
 見知った人物か確かめるために、俺は視点を制服から顔に移動した。
(……って、夏花じゃん!)
 曲がり角で俺にぶち当たった夏花は、パンツを見せながら、アスファルトに尻餅をついていた。横には、学校の図書館から借りたらしい書物が落ちていた。
 頭から血が引いていくのを感じる。
(プールの時のことに加えて、今度はパンツかよ。
 まずい、まずい、まずい……)
 パニックで血の巡りが悪くなった頭で、必死に考えた。
(い、いやまてよ。まだ俺がパンツを見たって夏花に知られたとは限らないぞ。
 そうだ。まだ希望はある。
 ここは、きわめて紳士的に振る舞い、かつ、さりげなくプールでの出来心を謝れば、プールでのことは帳消しになる可能性だって出てくる。
 そうだ、これは神様が与えてくれた、ビックチャンス。ありがとう神様!)
 俺はスマートに立ち上がると、夏花に手を伸ばした。
「大丈夫か?」
 夏花は、さしのべられた俺の手に気がつき、一瞬とまどったが、すぐにその手を掴んだ。俺は夏花の手を強くにぎり返すと、彼女を引っ張り起こした。
「……」
「……」
「あの……」
「ん?」
「手……」
「あ、ああっ!!」
 起こしたあとも夏花の手を強く握りしめている自分に気が付いた。あわてて手を放す。
「あの……、大丈夫だったか? けがはないか? ごめんな。ちょっと考え事をして歩いていてさ」
「ううん。私こそ、ぼんやりしていて……。ごめんなさい」
 俺たちは互いに気まずい雰囲気に飲み込まれていた。
 こんな間近で、しかもふたりっきりで話したことなど、もう何年ぶりか分からないほどだった。
 さらに輪をかけて俺を気まずい気持ちにさせているのが、ぶつかった理由が、夏花の水着姿を思い出していたからだという罪悪感だった。
 だが、俺はそんな気まずい自分の気持ちを振り払った。
 これは、願ってもない汚名返上のチャンスなんだ。プールの時のことをうまくごまかして、印象をもとに戻さなければ。
 そう思ったやさきに、夏花の方から俺に話しかけてきた。
「やっぱり……見た?」
 げっ。やはり俺がパンツを見たことに気がついていたか。
「えっ!? ななな、なにを?」
「私の、下着……」
「見てない見てない見てない見てない!! 白と水色のしましまパンツなんて、全然見ていない!!」
 俺の返事を聞いた夏花の顔が、一瞬にして真っ赤になる。
 しまった、焦燥していたからといって、なんであんな答えを。あれでは「はい、見ました」って言ったのと同じじゃないか。
 くそっ、とにかく謝らなくては。このままでは、本当に、最悪な状況で夏休みが終わってしまうぞ。
 そう思うものの、あせって次の言葉が出てこない。
 ふたりが向かい合ってもじもじしていると、とつぜん夏花の背後から腕が伸びて来た。その手は夏花の巨大な胸をつかんだ。
「取った! やっぱり、大きい!」
「きゃっ!? ちょっと、結衣、なにすんのよ?」
「やっと気が付いたの? さっきから呼んでいるのにふたりの世界にのめり込んじゃって、あたしが呼んでも気が付かないんだもの。
 それで、ねえ? ふたりでなにしているのってば」
「そんなことより、結衣、胸!」
「答えたら放してあげる」
「話すから、先に放して」
「はいはい。こうしてひっついていると、あたしも暑いしね。それにしても今日は、やばいくらい暑いわね。もうすぐ夏も本番よねえ」
 そういうと、結衣は夏花から離れた。
「それで? ふたりで見つめ合って、何を話していたか、包み隠さず話していただきましょうか」
「なにもしてねぇよ。ただ、おれがぼんやりと歩いていたら、曲がり角で夏花にぶつかって、謝っていたところだ」
「本当?」
 結衣は夏花に詰め寄った。
「うん」
「端から見たら、つきあっている恋人同士が向き合っていたようにみえたんだけどな」
「ば、ばか! 俺と夏花がそんな関係なわけがあるか!」
「あはは! 冗談よ、冗談。まあ、広海はともかく、夏花がうそを付くわけがないしね。信じて上げましょう。
 だいいち、広海が夏花の心を射止めるなんて、天地がひっくり返ってもありえないしね。
 あっ、広海に男としての魅力がないとかいう気はないのよ。並の上くらいの男だと思うわ。だから気を悪くしないでね。ただ夏花くらい美人ならば、どんな男でもよりどりみどりだからねー。わざわざ広海を選ぶはずはないって思っただけ。実際夏花って、かなりもてるのよ? あんたとちがって」
 そこまで言うと、結衣は俺を軽くにらんだ。
「そうそう。あんたのことで思い出した。プールの授業の時、あんた夏花の水着姿に見とれてたでしょう?」
「あ、あれは……」
「なに、よけいな話題をって顔をしているのよ。あたしはスケベな犯人に尋問しているの。あんた、一心に夏花の体を見ていたんでしょう。
 ま、広海も男の子だしね。仕方ないわよね。
 夏花、ここはあたしに免じて、広海を許してあげなさいよ。
 だいたい夏花がいけないのよ? 美人なだけじゃなくて、胸まで大きいなんて、反則っ!」
 結衣はそういうと、今度は正面から夏花の胸をふたたび掴んだ。
「や、やめてよ結衣。もう、しつこい!」
「へへへ」
 ついに腹を立て始めた夏花に気が付き、結衣はおどけながら逃げ出した。
 それを見た夏花も、結衣を追いかけ始めた。
 結衣はふざけて走りながら、振り向いて「じゃあ広海、バイバ〜イ!」と大きく手を振った。夏花も習うように走りながら振り向いて、ひとこと「またね」と言った。
 後に残った俺は、結衣に感謝した。これで夏花も俺をゆるしてくれるだろう。持つべきものは幼なじみだな、と思った。
 空を見ると日が傾き、夕陽が染め始めている。
 日差しに、首筋にじっとりとした汗が流れる。
 本格的な夏の来るわずか前の夕陽に向かって、逃げる結衣とそれを追いかける夏花が、じゃれ合うように走っていった。
 そんなふたりをみて、俺は女の子どうしってうらやましいと思いながら、コンビニに向かって歩き出した。


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