「恋と魔法の夏休み」 作・ＪｕＪｕ 第１話 たいくつな高校の授業の中で夏のお楽しみといえばやっぱり体育だろう。なにしろ授業という大義名分のもとで、堂々と女の子の水着姿が見られるのだ。 クラスメイトの男子たちは身を乗り出して次々と視点を移しては、水着姿の女子生徒に勝手な評価を下したりスリーサイズを推定してははしゃいでいた。 そんなやつらを後目に、俺はある人物だけをひたすら目で追っていた。プールでは女子リレー競技中で、その中でひとり抜きんでている女の子がいた。それが夏花（なつか）だった。俺の目は、さきほどから夏花に釘付けだった。 彼女が腕を回転させるたびに周囲で波がくだけ散る。水滴ははじけて空中を跳ね、初夏の太陽の光にとけ込んでいく。 夏花がプールの端に着いた。女子たちの歓声がひときわ高くなった。どうやら夏花の活躍で優勝したらしい。プールサイドにいた女の子たちが、名誉をたたえていた。夏花は笑顔でこたえながら、まとわりついた水を払うように細い首を振り、プールの端にかけられたはしごを昇った。 水の中に隠されていた彼女のスタイルがあらわになった。色気のない紺色の布地から伸びる脚。地味なデザインを押し上げる巨大な胸。味も素っ気もないスクール水着越しでさえ、彼女の抜群なプロポーションがうかがえた。 「おや、やはり広海（ひろみ）さんは夏花さんが好みですか」 いつの間にか、俺のとなりに坐っていた朽木が話しかけてくる。 「あ？」 「ずっと見ていたじゃないですか。なかなかお目が高いですね。たしかに夏花さんはスタイルがいい。しかも学園一の美人。 いやー。あんな人と幼なじみとは、広海さんがなんともうらやましい」 言われなくても、彼女のスタイルは抜群で、その上美人だ。たがそのことが、俺と彼女の距離を広げている原因なのだ。 「ふん。夏花とは、ただの幼なじみってだけだ。口をきくのも、せいぜい朝と帰りのあいさつくらいだしな」 「そうだったんですか。まあ僕らのような凡人には高嶺の花ですからね。こうして遠くから水着姿をながめるのが精一杯といったところです」 まったくだ。まさか夏花がこんな美人になるとは思いも寄らなかった。男女の意識も薄かった幼い頃は毎日一緒に遊んでいたが、いまではとうてい気兼ねなくつきあえるような相手じゃない。 「とにもかくにも、今日で女の子たちの水着姿も見納めですからね。しっかりと目に焼き付けておきましょう」 朽木のいうとおり、夏休みに入ってしまうためにプールの授業は今日で終わりだ。 （夏休みか。できることならば、この夏が終わらないうちに、夏花と恋人としてのおつきあい……とまでは言わないから、せめて昔みたいな友達くらいの関係になりたいものだ） そんなことをぼんやりとおもっていると、ふと遠い空のかなたから、かすかに鳥の鳴き声が聞こえた。 俺は夏の空を見上げた。 照りつける太陽が蜃気楼を作るような、そんな灼熱の空だった。大空は青く広く、はぐれた雲がたったひとつだけ、浮かんでいた。先ほどの声の主だろう、一匹の鳥が目に映った。空をすべるように飛んでいる。やがてその鳥も、どこかへ消えてしまった。 視線を空から夏花に戻すと、夏花が俺のことを見ていた。水に濡れた容姿が色っぽい。 「夏花？ なんで俺をにらんでいるんだ？」 俺がそんなことをおもっていると、朽木があきれたように言う。 「彼女、あなたが水着姿を見て鼻を伸ばしていることに気が付いたらしいですよ」 「マジか？」 「ええ。マジです」 「ああー。最悪だ」 おそるおそる夏花の様子をうかがうと、夏花は頬を紅く染め、上目づかいで、ちょっと攻撃的な瞳で見つめ返してきた。その目は「どこ見ているのよ」と言っている。 （やばい。これは間違いくやばい。どうやら、俺が夏花の水着姿をいやらしい目で見ていたことがばれてしまっているらしい。 ただでさえ高嶺の花なのに、今度のことで評価がかなり下がったにちがいない。 これじゃあ、夏休みの間にお友達になる計画どころじゃない） そんなことを思っていると、結衣（ゆい）のやつが夏花の背後から近づいていることに気がついた。 結衣はいたずらな表情をして腕を伸ばすと、うしろから夏花の胸を掴んだ。 場所が離れているので声までは聞こえないが、どうやら、結衣のやつはからかうように『なにぼんやりしているのよ』と言っているようだった。夏花は、照れながら何か軽口を返していた。 「やはり女性同士というのはいいですねえ、胸を掴むのもスキンシップの一環としてゆるされるのですから。もしも僕が同じことをしたら、それはもう大問題になっているでしょう。ああ、夏花さんの胸でしたら、この僕も一度は触らせていただきたいものです」 隣に坐っている朽木が、心底うらやましそうにため息混じりに言った。 「同感だ」 こればかりは、俺も心のそこから同感だった。俺だって夏花の胸をつかんでみたい。だがそれは女同士だから出来ることで、男の俺がそんなことをしたら、間違いなく、生涯嫌われるに違いない。 教師の吹くホイッスルの音が耳に入った。 「集合時間です。行きましょう」 「ああ」 これで今年の夏花の水着姿は見納めか、となごりおしく思いつつ、俺は立ち上がった。 （第２話へ） |