『淫魔のジャコマ アフターストーリー』 その2
JuJu


「敏洋さん? 敏洋さんてばっ!」
「んあ?」
「どうしちゃったんですか? だらしない顔をして。
 わたしの話を、ちゃんと聞いていましたか?」
「あ? ああ、聞いていたぞ。
 それじゃ、ジャコマを召還してしまい淫魔に生まれ変わったマザーが、その熟れた肉体を獣のようにみだしながら男たちを陵辱していく、背徳の狂宴のもようを話してくれ。なるべく具体的で描写的にな」
「なにを訳のわからないことを言っているんですか。
 マザーならば、本を見てすぐに魔物が封印されていると鑑定したそうです。だからジャコマさんを召還していませんし、淫魔にもなっていませんよ」
「……なんだ、そうか。マザーは淫魔にはならなかったのか」
 事実を知り、敏洋の妄想は一気にしぼんでしまった。
「日常生活のだらしなさとか、がさつな性格とかはともかく、魔物退治師としての腕だけは確かだからな。まったく残念だ」
「しかも、むやみに怪しい呪文を読むんじゃないと、マザーに叱られてしまいました」

   *

「それで、魔物が封印されていることに気がついたマザーは、好奇心からわたしが呪文を読んで魔物を召還したら大変だと思って、魔物を閉じこめるのと、警告の意味で、留め金をつけたそうです」
「だが留め金をつけたことで逆にめだってしまい、真緒の好奇心を煽ることになってしまったわけか。まったく逆効果だったんだな」
 そこまで話して、急に敏洋は疑問を感じた。
「ん? それにしては、あの留め金はずいぶんと乱雑にはめてあったが?」
「それもマザーに訊いてみたら、『そんなもの、どんな風にはめてあっても用は果たすんだから、はめてあればそれでいいじゃない』と不愉快そうな顔をされました。
 マザーは、細かい作業は大の苦手ですからね」
「なるほど。最初はていねいにはめようとしたが、なかなかうまく行かずに、最後には、イラついて適当にはめたんだろうな。
 つまりあの留め金が乱雑だったのは、恐怖に動揺したためではなく、ただ単にマザーが超絶不器用で、はめかたがヘタクソだったってだけか」
 敏洋は納得した顔で言った。
「――っていうか、図書室の鍵といい、ジャコマの書といい、諸悪の根元は、やっぱりマザーとおまえじゃないか!」

   *

「ところで、どうしてマザーは、俺にジャコマの書をくれるって言い出したんだろうな?
 たしかに学習のために、魔術の文字の書かれた本が欲しかったところだ。だが、マザーがそこまで気が利くようなことをするようには思えない」
「そのジャコマの書は、敏洋さんがマザーの弟子になった記念ですよ」
「ぶぅっ!」
「落ちついてください」
「これが落ちついていられるか! 誰が、いつ、どこで、マザーなんかの弟子になるって言った!?」
「マザーは敏洋さんのことをしきりに感心していたんですよ。魔力がないのに、わたしが本から召還した魔物を追い払ったって。
 そこでよい機会だと思って、わたしが敏洋さんをマザーの弟子にするようにおねがいしたんです」
「なに勝手なことをおねがいしているんだよ」
「でも、魔法の文字を学習したいんですよね?
 だったらマザーの弟子になって、本格的に学ぶのが一番の近道だと思いますよ」
「それは確かにそうだが……」
「それに、敏洋さんもわたしと一緒に修行して欲しいですし」
「それが本音か。
 最近はマザーも出張が増えてきて、ひとりで教会の留守番をする機会が増えているからな。お前の気持ちもわからないでもない。だが、だからといって俺まで巻き込むな。
 それで、マザーはなんて言っていた?」
「マザーは、敏洋さんの意思を聞いてからだと言われました」
「当然だ」
「それと、弟子にするのはいいけど、せっかく魔法の文字を覚えても、魔力を持たない者には魔法は使えないよと念を入れられました。
 でも、ほんとうに弟子になる気はないんですか? いつも教会に来ているのだから、もうはんぶん弟子みたいなものじゃないですか。いまだって、こうしてふたりでお勉強もしていますし」
「ならない。
 だいたい俺は、魔物退治には興味がない。俺が興味があるのは魔法の言語の探求だ」
「敏洋さんに聞いてみて、弟子にならないといっても、魔物を封印した記念だといって渡せといわれました」
「なんだ、弟子とかそんなもの関係ないじゃないか。
 ようは、真緒がふたたび魔物を召還しないように、俺にこの本を監視しておけってことじゃないのか?
 真緒が勉強をしているか監督させられたり、ジャコマの書を押しつけられたりと、図書室の使用料は高くつくな」
「あ、あと、魔物からわたしを救ってくれたお礼の意味もあると、めんどうくさそうに最後に付け加えていました」
「――なんだそういうことか。いろいろ理由をつけているが、結局、真緒を救った礼にジャコマの書をくれると言うことか。マザーは素直じゃないな。
 べつに救ってはいないが、これ以上話をややこしくしたくはないから、俺は素直に受け取っておく事としよう。
 ジャコマの件でめいわくをかけられたしな」
 敏洋はジャコマの書を開いた。
「それに、手元に魔術文字の書かれた本がおけるのはありがたい。こうして、いつでも魔法の文字を学べるわけだからな」
「これでジャコマさんは、晴れて本当に敏洋さんの物になりましたね」
 真緒はほほえみながら、敏洋が持っているジャコマの書に向かって、まるでジャコマに話しかけるように語りかけた。
「ところで、やっぱりマザーの弟子には……」
「あきらめろ。何度さそわれても、マザーの弟子には絶対にならない。
 なるほど弟子になってマザーのもとで学習すれば、俺の成長もいちじるしいものになるだろう。だが、だからといって、あのマザーに弟子としてこき使われるのはごめんだ。
 だいたい今回の件もマザーが元凶じゃないか。お前のような図太い神経ならいいだろうが、俺の繊細な神経では、マザーに振り回されるのを堪えられそうにない」
「せっかく敏洋さんと一緒に修行ができるとおもったのに。
 でも、敏洋さんの魔法の文字にかける情熱ってその程度のものだったんですね。がっかりです」
「情熱って……。
 俺は学習する気まんまんだ。こうしているあいだも、ジャコマの書に書かれた文字を解読したくてうずうずしているんだ。
 そういうお前こそどうなんだよ。
 いまだってコーヒーを飲んで、勉強をさぼっているじゃないか」
「……。
 わかりました。わたしだって、やるときはやるって証明してみせます。
 悩んでいたのですが、魔物退治に行くことに決めました」
「なんだ? また、マザーに駆り出されたのか?」
「違います。ひとりだけで魔物退治に行くんです。
 ひとりで行くのは初めてですが、魔物退治師の位を上げるには、どうしても通らなければならない道ですし」
「いままでひとりで魔物と戦ったことはないんだろう? 本当に、ひとりだけで魔物退治に行く気なのか?」
「はい。敏洋さんだって向上しようと熱意を見せているんです。負けていられません。
 それにわたしだって、いつまでも見習いってわけにはいきませんからね」



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