「檻〜ORI〜」 本章・皮の檻(二)
作:JuJu



(……この皮は、どんな材質で出来ているのだろう)
 足を入れながら、わたしはそんな事を考えていた。
 本来ならば、「この閉鎖空間から脱出するにはどうしたらよいか」とか、「どんな汚い手を使ってでも、あの男を倒せない物か」とか、事態を好転させる方法を考えなければならないのに。
 だけど、考えずにはいられなかった。
 と言うのは、この皮の感触が、あまりに人間の物そのものだったからだ。そのくせ、手で引っぱると、ゴムの様にいくらでも伸びる。
 だらりとした皮は、わたしの足が入った部分だけ、内側から足の形に膨らんでいた。
「早くしろ」
 男の声が響いた。
 いつの間にか手がとまっていた。
 思考を止め、ふたたび、足を皮の中に伸ばした。
 一番奥まで足が入った時、足先に妙な感触がした。
「なに?」
 それは冷たく、粘ついた液体の感触だった。
 さっき男が、ビンに入ったゼリー状の液体を、皮の中に流し込んでいたのを思い出した。あの時のゼリーが、皮のつま先に溜まっていたのだ。
 気持ち悪いゼリーの感触に、足をひっこめた。だがゼリーは、足を追ってまとわりついてくる。
 わたしは助けを求めるように男を見た。しかし男から返ってきた返事は、「さっさとしろ」と命令するように睨み付けながら、わずかにあごを上げる事だけだった。
 わたしは覚悟を決めて、深く右足を伸ばした。溜まっているゼリーの感触が気持ち悪い。皮のつま先まで足が届くと、足の先に溜まっていたゼリーが一気に押し上げられて、ひざのあたりまで昇ってきた。
 苛立った(いらだった)男の視線を感じ、左足も同じように皮の中に入れた。左足の底にもゼリーは溜まっていた。
 両足を入れた後、皮を引っぱって体を腰まで入れる。さらに首まで皮を着た。
 皮は寸分の狂いもなくわたしの体型をかたどっているらしく、身体にぴったりと貼り付いた。さらに、皮とわたしの肌の隙間にゼリーが忍び込み、皮をわたしの体に密着させた。
 最後は頭部だ。
 わたしは皮の頭を手に取った。
 人間の物としか思えない長い髪が植えられている。
 顔も、隅々まで気持ちが悪いほど人間そのものだった。それなのにまったく表情がない。
 目がわずかに開いてはいたが、中身はなく、ただの穴になっている。
 口も同様で、小さく開いていたが、中は歯も舌もなく、ただの空洞だった。
 わたしは頭をかぶった。
「皮の目や口を、お前の顔に合わせるんだ」
 男が言った。
 言われるまでもない。このままでは皮に視界を遮られて何も見えない。皮を動かして、自分の頭に合うようにはめた。
 わたしの全身は皮に包まれた。ゼリーが薄く伸びて体全体に広がり、皮とわたしの体の隙間を埋めていった。
「どうだ? 違和感がないだろう?」
 たしかに皮を着始めたときの違和感はなくなっていた。皮を着ているなんて忘れてしまうほどぴったりと収まっている。いつの間にか、あの嫌なゼリーが粘着する感覚も無くなっていた。
「なにしろそれは、お前の体から取った物だからな」
 男の言っている意味が理解できなくて、わたしは聞き返そうとした。
 その時、わたしの胸や股間に理解不能な感覚がわいてきた。
「!?」
 それは、しびれるような不思議な刺激だった。


(つづく)