「檻〜ORI〜」 本章・皮の檻(一)
作:JuJu



「いいわ。教えて上げる。わたしをよく見ていて」
 偽物の瞳が、わたしの目を見据えた。いままで穏やかだった顔に、初めて険が宿る。
「んっ……んんっ!」
 偽物はお尻に挿してあるバイブに手を伸ばした。嬌声を上げながらバイブを抜いていく。
「はあ……はあ……」
 バイブを抜き取ると同時に、大きな息を吐いた。
 息を整えた彼女は、抜き取ったバイブに目をやることもなく、そのまま指の力を弱めた。バイブが手から滑り落ち床に当たる。
「わたしを見ているのよ」
 床に転がったバイブを目で追っていたわたしを叱咤するように、偽物が言った。慌てて、偽物の体に視線を戻す。
 偽物の眼が、いっそう細く鋭くなった。
 彼女は自分の手のひらを胸に当てると、鷲(ワシ)の足先のように指を広げた。胸を掴む。一本一本の指が、彼女の胸にのめり込んで行く。
 さらに彼女は、両腕に力を込めて、ゆっくりと腕を広げた。すると、胸と胸の間の肉が裂け始めた。
 彼女が腕の力を込める度に、亀裂は上下に伸びていく。
 肉を裂く音がするわけでもない。血も流れない。偽物の表情にも変化はない。音のない世界で静かに、それは進行していた。
 彼女は自分の腕で、自分の体を裂いていく。しかもそれは、わたしにそっくりな体だった。まるで自分の体が引き裂かれて行くような幻覚に捕らわれ、叫びだしそうになった。
 だがその時、叫ぶことさえ忘れてしまう出来事が起きた。
 まるで昆虫が脱皮をするように、偽物の裂けた部分を広げ、中から裸の男が出てきたのだ。背の高い二十代後半くらいの歳の男が。
 男は偽物の皮を脱ぎ捨てるとわたしに背を向けて、この部屋に唯一あるドアに向かって歩いた。
 男はドアの前で立ち止まった。
「開けろ」
 男がそう言うとドアが開いた。
 男は言った。
「安心しろ。この扉は俺の声でスイッチが入って、自動で開閉する。
 ここには俺とおまえだけしかいない」
 男は部屋から出て行く。ドアは閉まった。
 一人になった部屋で、わたしは偽物の脱いだ皮を見ていた。抜け殻となった偽物の皮は、まるで厚みがなくなり、床に平らに広がっている。いまだに信じられないが、この皮の中から男が出てきたのだ。
 すぐにドアが開き、男が戻ってきた。
 男は手にビンのような容器を持っていた。透明な容器に透明な液体が入っている。
 男は、脱ぎ捨てていた皮の端を掴むと、皮の切れ目を開いた。容器の蓋を開ける。皮の中に、容器の液体を流し込んだ。
 アイツはいったい何をしているのだろう?
 いや、解らないのはこれだけではない。
 一体何が起きているのか、そのすべてが解らなかった。
 目が覚めたら白い四角い部屋にいて、偽物のわたしが入って来て、その偽物の中から、わたしよりも背の高い男が出てきたのだ。
 だが、そんな事は後から考えても良いことだった。
 液体を入れ終わった男が、偽物の皮を引きずりながら私に近づいていた。わたしを、女としての品定めをする様な目つきで、近づいてくる。
(犯される!)
 わたしはそう思った。
 だが、縄で手足を縛られて立ち上がることさえままならない。いや、たとえ体が自由だったとしても、体格が違いすぎる。
 そんな事を考えていると、男はわたしの目の前で立ち止まった。もともと背の高い男だが目の前に立つと、とてつもない巨人に映った。
 男はわたしをじっと見つめていたが、やがて、あきれた様な顔をした。
「そのおびえ方。俺にレイプでもされると思っているのか。
 安心しろ。お前の体は飽きている」
 男はわたしの後ろに立つと、手足に縛っていた縄を解いた。
 解きながら言う。
「逃げても無駄だ。さっき見ただろうが、扉は俺の声が鍵になっている。俺でなければ開けることは出来ない」
 男はわたしの前に、偽物の皮を投げ出した。
「着るんだ」
 なぜ、こんな物をわたしに着せさせようとするのか。解らない。だが今は、男の言うとおりにする方が賢明だ。皮を着ること程度ならば、男に犯されるよりも遙かに良い。それに拒否したら、あの男は力ずくで着せようとするだろう。そんな雰囲気が、男から伝わってきた。
 わたしは、床に広がっていた皮を掴んだ。
 男が出てきた場所が、刃物で裂いたような切れ目になっていた。
 わたしは右足を上げて、切れ目に足を突っ込んだ。



(つづく)