やっぱりスカート #21 チェック 作:夏目彩香 by Saine ※この小説は夏目彩香風の小説が書けるように独自に調整したAIエンジン「Saine」(通称)を執筆に用いています。 休日の午前。若本(わかもと)家の玄関先には、少しだけ重たい空気が漂っていた。 若本美波(わかもとみなみ)は、靴箱の前に座り込み、ローファーパンプスに足を滑り込ませながら、わざとらしいほど大きなため息を繰り返していた。上半身のラインを拾うタイトなリブニットに、グレーを基調としたチェック柄のプリーツスカート。膝上数センチの絶妙な丈感と、箱ひだ(ボックスプリーツ)特有のカチッとした立体感が、女子高生らしい可愛らしさに少し背伸びをした大人っぽさを添えている。しかし、姿見の前に立つ彼女の表情は晴れず、不安げに少し厚手なウール混紡のスカートの裾を握りしめていた。 そこへ、休日のちょっとした手伝いを頼まれていた影山隼人(かげやまはやと)が訪ねてきた。数日前の夜、過去の罪を告白して以来、不器用ながらも真っ当に生きようとする彼と若本家との距離は確実に縮まっていた。 「影山さん、いらっしゃい。今日も助かります」 奥のリビングから美咲(みさき)が顔を出す。彼女の声には、影山の不器用な誠実さを一人の人間として理解し、確かに頼りにしているという「友人」としての穏やかな信頼が滲んでいた。 「おはようございます。……美波さん、どこか具合でも悪いんですか?」 影山が遠慮がちに声をかけると、美波は困ったように視線を逸らした。 「実はこの子、クラスの男子からしつこく誘われてて。今日、どうしても断りきれなくて出かけることになっちゃったんです」 美咲が困ったように説明する。 「嫌なら、行く必要はないんじゃないですか」 影山の無骨な声に、美波は力なく首を振った。 「そうなんですけど……角が立つと、学校で面倒くさくなるし」 無理をして笑おうとする美波の顔を見た瞬間。影山の胸の奥底で、何かが激しく弾けた。自分が過去に、カメラのレンズ越しに安全圏から消費していた若い女性たちの姿。彼女たちもまた、今の美波のように誰かの身勝手な視線や好意に怯え、自分を殺して無理に笑っていたのではないのか。目の前にいるのは、信頼する友人である美咲が女手一つで大切に育ててきた娘だ。これから、下心を持った男の暴力的な視線に晒されるために、外へ出ようとしている。 「俺が、代わりに行きます」 影山は、思考するよりも先に大きな両手を伸ばしていた。 彼自身は、あの不思議な魔法の明確なルールを誰かに教わったわけではない。しかし、以前に突風から美咲を庇った時の生々しい記憶が、身体の細胞に刻まれていた。相手の服に強く触れ、絶対に守り抜くと念じれば、きっとまたあの力が発動するはずだ。影山は半ば直感と思いつきに頼るようにして、驚いて顔を上げた美波のリブニットの袖口を力強く掴んだ。 一方の美波は、彼が伸ばしてきたその無骨な大きな手を見て、息を呑んだ。 先日バックヤードで見つけ、こっそりと解読したあの古いノート。『対象の衣服に触れ、盾とならんとする強烈な庇護の渇望を抱く時、姿は変容する』。魔法の具体的な発動条件を最も正確に理解しているのは、今この場において美波だけだった。 (もしかして、影山さんが……あのノートに書かれていた、魔法を使える人なの?) 美波の瞳に、強い期待と探求の光が灯る。影山の分厚い指先が自分の服を掴んだ瞬間、美波はわざと抵抗せずに身を任せた。 この子を、友人である美咲の娘を、嫌な視線から絶対に守り抜く。限界を突破した強烈な庇護欲のスパークが、影山の脳内でバチリと音を立てた。 ドンッ、という鈍い衝撃とともに視界が急激に下がり、分厚い筋肉が華奢な骨格へと収縮していく。玄関のたたきに立っていたのは、大柄な男性ではなく、美波と全く同じ姿の少女だった。 「ええっ!?」 美咲が目を丸くして立ち尽くす中、影山(美波の姿)は自分の白く細い手を見つめた。しかし、驚く美咲とは対照的に、しりもちをついた本物の美波の顔には、ぱぁっと明るい確信と喜びが広がっていた。 (すごい……! 本当に、服に触れて守ろうとするだけで変身しちゃった。やっぱり、あのノートに書かれていたのは影山さんに対する力のことだったんだ!) 美波は、信じられない魔法を目の当たりにした驚きよりも、嫌なデートから解放されるという圧倒的な安堵と、ノートの秘密を解き明かした喜びに満たされていた。対象の本人が同行していない以上、帰宅して彼女の耳たぶに触れるまでこの魔法は解除されない。完全なロック状態での外出となる。 「俺が、きっちり断ってきますから」 影山(美波の姿)は、大人の男性としての揺るぎない覚悟を込めて言い放った。しかし、その可愛らしい女子高生の高い声帯と、「俺」という一人称の激しいギャップに、本物の美波は「ぷっ」と吹き出した。 「影山さん、ストップ! それ、完全に中身がおじさんだってバレバレだよ!」 美波が腹を抱えて笑い出すと、リビングから顔を出していた美咲も、必死に口元を手で覆って笑いを堪えている。 「えっ……あ、いや、私……」 影山は慌てて細い手で口元を押さえたが、その瞬間、自分が無意識のうちに、建築現場で重い機材を担ぐ時のように両脚をガバッと大きく開いて仁王立ちしていることに気づいた。箱ひだ特有のカチッとした立体感を持つスカートが、ガニ股のせいで不自然に横へと引っ張られ、綺麗な折り目が悲鳴を上げている。 「ひぃっ……!」 影山は羞恥で顔を真っ赤にし、慌てて両膝をピタリと閉じた。やや厚手でしっかりとしたウール混紡生地が擦れ合い、箱ひだの折り目がスッと本来の気品ある大人びたシルエットへと戻る。 「もう、影山さんったら固すぎだよ。ちょっと私の真似、してみて」 面白がって立ち上がった美波は、不器用な大人の男性に向かって「完璧な女子高生の所作」の熱血指導を始めた。 「まずは立ち方! 肩の力をもっと抜いて、少しだけ内股気味にするの。そう、ローファーパンプスを履いてる時は、重心を少し前におく感じ」 言われるがまま、影山は少しヒールのあるローファーパンプスの上で重心を調整する。しかし、長年培ってきたカメラマンとしてのどっしりとした重心の癖が抜けず、プルプルと生まれたての子鹿のように足首が震えてしまう。 「次はバッグの持ち方! 機材バッグみたいにガシッと力強く握らないの。こうやって、少し手首を曲げて引っ掛ける感じ」 美波が実演してみせると、影山は見よう見まねでバッグを手首に掛けたが、無意識に腕の筋肉を力ませて力こぶを作ろうとしてしまう。華奢な腕なので筋肉は全く隆起しないのだが、その「見えない筋肉を誇示する女子高生」という異常なポージングに、ついに美咲が「ふふっ」と吹き出した。 「み、美咲さん……笑わないでください。俺は至って真剣に……」 「あーっ、また『俺』って言った! ブー! やり直し!」 美波が容赦なくダメ出しをする。 「いい? 相手はしつこいクラスの男子なんだから、隙を見せちゃダメだけど、不自然な敬語もNG。こう言うの。『私、ちゃんと断ってくるから。待ってて』。はい、リピート!」 「わ、私が……きっちりと、断ってまいりますゆえ……」 「武士か! 違う、もっと軽く! 『私、ちゃんと断ってくるから!』」 「わ、わたし……ちゃんと断ってくる、から……っ」 43歳の生真面目な男が、必死に女子高生の軽やかなイントネーションを真似ようと奮闘する。タイトなシルエットのリブニットの胸元が、緊張と羞恥による荒い呼吸で大きく上下していた。 「うん、まあ及第点かな! 影山さんなら、絶対にうまくやれるよ。……私の代わりに、きっちり断ってきてね。行ってらっしゃい!」 本物の美波からの、明るくイタズラっぽく、けれど確かな勇気を与える送り出し。その真っ直ぐな笑顔に背中を押され、影山は真っ赤な顔のまま「い、行ってきます」と小さく頷き、逃げるように玄関の扉を開けた。大柄で無骨な男性が、慣れないチェック柄のプリーツスカートとパンプスの重みに必死に適応しようとする誠実な足取りが、秋の冷たい風の中へと向かっていく。 駅前の大通りを歩き始めると、影山は自分の足元で揺れるチェック柄のプリーツスカートの感覚に全神経を集中させていた。 やや厚手でしっかりとしたウール混紡生地。箱ひだとして生地が内側に折り重なっているため、見た目以上にずっしりとした物理的な質量を持っている。一歩を踏み出すたびに、その折り重なった布の重みが振り子のように動き、膝の少し上の絶妙な丈感のところで、太腿にコツン、コツンと規則正しい摩擦を生み出していた。布の重みは、動くたびに立体的な広がりを見せるが、フレアスカートのような無防備な揺れではない。折り目が内側に向かい合っているため広がりすぎず、一歩ごとにプリーツの折り目が開き、グレーを基調としたチェックの柄が複雑に交差する。 しかし、その確かな生地の物理的な重さ以上に、影山の足取りを極端に重く、息苦しくさせていたものがあった。 視線と、声だ。 『あの子、一人かな』 『脚、細っ。スタイル良くね?』 『制服? いや、私服か。可愛いじゃん』 すれ違う男性たちから、そして歩道脇にたむろする若者たちの集団から、隠すそぶりもない値踏みするような言葉の破片が、耳元へと容赦なく飛んでくる。彼らは悪気なく、ただの雑談として口にしているつもりかもしれない。しかし、見られる側の、しかもこの華奢な身体の中にいる影山にとっては、それがどれほど暴力的で粘り着くようなプレッシャーであるかが、細胞レベルで痛いほどに理解できた。 視線が集まりやすいチェック柄という記号的な私服。それに加えて、膝上で揺れるスカートの裾と、タイトなリブニットが拾う身体のライン。顔を見られ、脚を上から下まで嘗め回すように見られる感覚。皮膚の上に、他人の欲望がべっとりと張り付いていくような強烈な悪寒が走る。 歩幅を広げれば、箱ひだの重みが遠心力で大きく外へ振られ、さらに無遠慮な視線と声を集めてしまう。影山は、プリーツの広がりを最小限に抑えるように無意識のうちに両膝を寄せ、歩幅を極端に狭めた。ローファーパンプスの踵から着地するのではなく、つま先から静かに体重を移動させ、スカートの揺れを押し殺すための警戒心に満ちた歩き方へと変わっていく。 「こんなにも……重くて、息苦しいものなのか」 影山は、リブニットの胸元を細い指で強く握りしめた。かつての自分がファインダー越しに向けていた視線が、圧倒的な暴力であったという罪の重さ。すれ違う者たちの声が耳に入るたび、ウール混紡生地の重みが太腿にぶつかるたびに、その罪の質量が皮膚を貫いて心に突き刺さっていく。 自分の身体の輪郭が、他人の欲望の対象として外に晒されているという恐怖。美咲の娘たちは、そして世の中の女性たちは、毎日こんな直接的なプレッシャーの中で戦いながら、懸命に自分を保っているのだ。 待ち合わせ場所である駅前の大型書店。休日ということもあり、店内には多くの人が行き交っていた。影山は、約束の場所である新刊コーナーの棚の前に立ち、足元のローファーパンプスをぴたりと揃えた。重みのある箱ひだのスカートが静かに膝の上で落ち着く。 「おっ、美波。今日、服可愛いじゃん」 背後から軽い調子で声が掛かった。振り返ると、一人の男子生徒が立っていた。彼の視線が、影山の顔から足元、チェックのプリーツスカートへと無遠慮に向けられる。 その値踏みするような眼差しを受けた瞬間、影山の奥底で、大人の男性としての静かな怒りが湧き上がった。道中での恐怖と息苦しさを知ったからこそ、この薄っぺらい下心がどれほど彼女を傷つけるかがはっきりと分かる。しかし、ここで声を荒げてはいけない。美波の今後の学校生活に角が立たないように、しかし、相手が二度と彼女に近づかないよう、毅然と、力強い態度で跳ね除ける必要があった。 「ごめんなさい」 影山(美波の姿)は、ローファーパンプスを揃えたまま一歩も動かず、真っ直ぐに男子生徒の目を見据えた。 「今日は、これで帰ります」 「え? 何言ってんの。これからカフェ行って――」 「私、あなたとは行きません」 影山は、ウールの重みがあるチェックのスカートの裾を握る手に微かに力を込めた。今のこの身体の中には、彼女を理不尽な消費の視線から絶対に守り抜くと決めた、大人の男性の揺るぎない意思がある。 「今まで断れなくて曖昧にしていました。それは謝ります。でも、あなたに恋愛感情は全くありません。だから、もう二度と誘わないでください。……学校のクラスで見かけても、ただのクラスメイトとして、そっとしておいてください」 女子高生の声帯を使いながらも、その言葉の響きには一切の妥協も隙もなかった。大人の男性として培ってきた威厳と、彼女の日常を守るための力強い気持ち。相手の軽薄な下心を完全に叩き斬る、圧倒的な拒絶の壁だった。 男子生徒は、普段の美波からは想像もつかない強い態度と冷たい威圧感に完全に気圧され、言葉を失った。 「……わ、わかったよ」 彼は捨て台詞を吐くこともできず、引き攣った顔で逃げるように背を向けて立ち去っていった。影山は、彼がエスカレーターを降りて見えなくなるまで、姿勢を一切崩すことなく静かに立ち尽くしていた。箱ひだのスカートが、その重みのおかげで店内の空調の微かな風を受けても乱れることなく、気高く落ち着いている。 その一部始終を、少し離れた実用書コーナーの陰から静かに見つめている眼差しがあった。買い物のついでに大型書店へ立ち寄っていた、美咲だった。 彼女は、遠目からでも、あの美波の姿をした人物が誰であるか、はっきりと理解していた。今日の美波は、いつもより歩幅が極端に狭く、背筋が異常なほどに伸びている。重みのあるプリーツスカートの揺れを最小限に抑えようとする、強い警戒心。それは、大柄な男性が、女性の身体と服の脆さを内側から理解し、必死に自分を律している証拠だった。 「……不器用な人」 美咲は、手にしていた本を胸に抱きながら、ふわりと柔らかく微笑んだ。相手の男子に一切の隙を与えずに毅然と断る大人の落ち着き。そこに過剰な恋愛感情はない。ただ、大切な友人の娘を真っ直ぐに守ろうとする、ひとりの人間としての誠実さが透けて見えた。美咲にとって影山は、不器用だけれど、これほどまでに信頼できる頼もしい「友人」なのだと、胸の奥がじんわりと温かくなった。 マンションに帰り着いた影山は、玄関の重い扉を閉めた途端、その場にへたり込みそうになった。女性の服で外の世界の視線や声に晒されるという強烈な疲労感と心理的プレッシャーが、華奢な足腰に重くのしかかっていた。 「お帰りなさい、影山さん!」 リビングから、美波が駆け寄ってくる。その後ろから美咲も姿を現した。 「……ちゃんと、断ってきました。もう、あの子がしつこく誘ってくることはないはずです」 影山(美波の姿)は、チェックのスカートの裾を少しだけ整えながら、疲労の中に確かな安心を込めて報告した。 「ありがとう、影山さん! ずっと言えなくて怖かったから、本当に助かったよ」 美波が、自分と同じ姿をした影山の手をギュッと握り、心からの安堵の笑顔を向けた。影山は、ゆっくりと美波の前にしゃがみ込んだ。自分と同じ顔をした、大切な少女。この子たちが、これから先もあの暴力的な視線に晒されるかもしれない世界を生きていくのだ。 「大丈夫ですよ。……よく、一人で我慢しましたね。もう、無理をして笑わなくていいですから」 影山は、細い指先を伸ばし、美波の頭をそっと撫でた。 美波は、自分と同じ華奢な手で撫でられているのに、なぜかそこに、大きくて温かい「お父さん」の庇護を感じていた。物心ついた頃から、女手一つで気丈に育ててくれた母の背中ばかりを見てきた。父親の絶対的な庇護というものを知らない美波にとって、自分の危機に迷わず飛び込み、代わりに矢面に立ってくれた影山の存在は、圧倒的に大きくて頼もしい壁だった。 美波の真っ直ぐな眼差しに、影山の胸の奥で、他人の痛みを想像し守り抜きたいと願う、本物の父性にも似た深い愛情が熱く脈打った。 影山は、美波の髪を梳くようにして、その手が柔らかい耳たぶに微かに触れるのを感じた。そして、心底からの深い安堵の息を、長く吐き出した。 ドンッ、という低い音と共に、視界が上空へと引き上げられる。細い指先が、ゴツゴツとした太い関節へと戻っていく。チェックのプリーツスカートの物理的・精神的な重みが消え、元の無骨なチノパンの硬い感触が太腿に戻ってきた。影山は、自分の大きな手を見つめた。胸の奥に、確かな重みが残っていた。 解除後、元の大きな身体に戻った影山を見上げる美波の視線は、先ほどまでのイタズラっぽく探りを入れるようなものではなかった。自分を理不尽な世界から守ってくれた、頼もしい父親に向けるような、絶対的な信頼と敬意の眼差しだった。 美波は、母である美咲の顔をチラリと見上げ、心の中で静かに決意した。 (お母さん。あとで、あのノートのこと……全部話すね。この人は、本当に信頼できる人だから) ノートに書かれていた魔法の力が本物であったこと、そしてそれを使いこなす彼がどれほど誠実な人間であるか。秘密の共有者として、後で美咲にすべてを伝えることを決めた美波の表情は、晴れやかだった。 美咲は、その影山の広い背中と、彼を見上げる娘の姿を、どこまでも穏やかな眼差しで見つめていた。友人として、そして一人の人間として、彼ほど誠実で頼りになる存在はいない。静かで深い信頼の余韻が、若本家のリビングを優しく包み込んでいた。 (つづく) あとがき 読んでいただきありがとうございます。夏目彩香です。Saineによる作品はいかがでしたか。少し背伸びをしたチェック柄のプリーツスカート。そのカチッとした折り目と確かな重みは、日常に潜む視線の冷たさを教えてくれると同時に、大切な誰かを守り抜こうとする不器用な優しさを引き出してくれました。服の摩擦を通じて大人の男性の心に芽生えた、静かな覚悟と愛情の余韻を少しでも感じていただけたなら幸いです。 読後のご感想などありましたら、X(旧Twitter)の @skyseafar までそっとお寄せいただけると嬉しいです。 |