やっぱりスカート #03 ワンピース

作:夏目彩香


飯沼航(いいぬまわたる)は何かを思い出すかのような表情をして、何か思い出したかのような笑顔に切り替わった。

「がっかりするのはまだ早いかもよ。この家にあるもう一つのクローゼットがあるじゃない、そっちも確認してみないと」

航がそう言うと池田心優(いけだみゆう)と一緒に隣の部屋へと向かうのだった。

もう一つのクローゼットはやはり航の部屋にあった。もともと航が住んでいた家に心優が同居したこともあって、こっちの部屋はもともと主寝室として使われていることもあって、こちらは大きめのウォークインタイプだった。そんなこともあり、実は心優の持ち物も預かっているのだった。滅多に使うことは無いとは言え、クローゼットの中をよくよく探してみると、一番奥に敷居ができており、境界から向こうには心優が滅多に着ることの無い衣装が揃えられていた。中高時代の制服も掛けられているが、セーラー服の癖にボトムスはパンツと言う、たぶん当時としては画期的な対応と言うことになる衣服も見つかったが、狙いはスカートなので、何か無いかと入念に確認したところ、航として心優にプレゼントしたスカート数着見つけた。同棲する前の頃に贈ったもので、デートの時に義理で試着はしてくれたようだったが、タグまで残っていることからして一度も着用していないことがわかる。

とりあえず、それらをクローゼットから取り出し、身支度するために心優は自分の部屋に戻って行った。出掛けるための準備として、洗面、着替え、それにメイクまでしなくてはならない、普段ならひげ剃りをサッと済ませて外出する航とは大違いだった。身支度だけでも少なくとも三十分、いや、一時間はかかるかも知れない、部屋の片隅には心優がドレッサー代わりに使っている椅子とテーブルがあって、メイク道具がキレイにまとめられていた。心優として準備をしなくてはならないのだが、記憶を読み切れなくてどうしたらいいのか戸惑っていた。とりあえず、顔を洗って歯磨きを済ませると、すっかり航になりきっている正体不明のワタシに助けを求めるのだった。

「ねぇ、航くん。一つ聞きたいことがあるんだけど」

航も出かける準備を進めていた。ひげを入念に剃って、アフターシェービングジェルを塗りこんで、白のTシャツに袖を通し、黒いチノパンツという姿に準備が整っていた。

「何か聞きたいことって、何かな?」

「君は航として自然に振舞えているみたいなんだけど、どうやったらこの身体の記憶を読み込めるのかな?それがわからないと卒論書くのに不利じゃ無いかって思うんだけど」

「あっ、そっかそっか。大事なことを伝えて無かったよね。ゴメンなさい。記憶を読み込むためにはその身体の淫部の匂いを嗅ぐことが必要なんです。そうすることで脳に刺激を送り、記憶が次々と流れて来るようになります。今の僕もそうだけど、もうすっかり航として行動できるようになっちゃいました。あとはその身体として覚悟を決めること、これも大切なことだからね」

「淫部の匂いを嗅ぐだなんて、そんなこと思いもつかないわけだ。とりあえず、パンティでも脱いで嗅いでみるしかないかなぁ」

そう言うや心優は立ち止まって、自分の下腹部に視線を落として腰に纏われた小さな黒い布に目をやり「これも着替えるんだよな。それなら、まずは新しい下着を探して来よう」と一人呟くと心優の部屋に戻ってピンクのショーツとセットとなる同じ色と柄のブラを見つけて取り出し、部屋の扉を閉め切った。

これから身につけようとしている衣服をベッドの上に広げて、改めて確認する。ピンクのレースショーツとお揃いのデザインとなっているレースブラ、パステルピンクのキャミソールも横に並べる。さらにクリアベージュの17デニールストッキング、つま先がスルーになっているタイプなので、足元にはミュールを合わせようと頭をよぎった。そして、向日葵が大きく描かれている白い膝丈ノースリーブワンピース、スカート部分は腰の部分がタイトで裾が少し広がるマーメイドスカートとなっている。これを贈った頃はスカート嫌いと言うことを知らなかったが、今考えてみると試着するのも本当は拒否したかったに違いなかった。着る時のイメージがしやすいように、並べてみるのだが、普段は身につけることの無い組み合わせを前に、心優の心は抑えきれないほどに心拍数が上がっていた。

まずは、姿見に自分の姿を映しながら、パジャマを脱いでいく、いつもの心優ならそのまま放置してしまうのだが、丁寧に畳んでベッドの上にそっと置いた。黒い小さな布で下腹部が覆われ、胸元にはノーワイヤーの黒いスポーツブラと言う出立ちの心優が鏡の前に立っていた。パジャマの匂いを嗅いでみるだけでも心優の記憶をわずかながら引き出せるようになり、ワンピースを見ると嫌悪感に包まれてしまいそうだった。これから下着を脱いで、その匂いを知ったなら、さらに強い拒絶反応が来るに違いないが、それをも勝る好奇心で乗り越えなくてはならないはず。まずは、胸元を締め付ける黒いものを外した。心優のほんのりとしたピンク色の二つの膨らみが顕となり、黒い布切れを両手で抱えるようにして、鼻を近づけて匂いを嗅ぎ出した。心優の体臭や汗が染み込んだ匂いの中に顔を埋めると、心優としての自覚が強くなり、男性のような仕草は影を潜めてしなやかな動きと繊細な感覚が研ぎ澄まされているようだった。匂いを吸い尽くすと洗濯ネットを取り出し、その中に黒い布を入れた。「これで心優としての所作は完璧にできそうね。心優らしい振る舞いはできそうだけど、過去の記憶や経験はあんまり引き出せない感じよね。下腹部の匂いを嗅ぐといいのかしら」と一人呟き胸元にピンクのレースブラを纏ってホックを閉めた。軽く左右に揺らすと胸元に落ち着きが戻って来た。

とりあえず、心優として動くことはできるため、スキンケアを始め、そして、日焼け止めに至るまで、全身の身支度を一通り行った。着替えを済ませてからメイクアップをすることにしたので、まずはこれらが終わってからショーツの匂いを嗅いで、新しいショーツに交換した方が、好奇心を最大限に活かせると思ったのだ。心優はドレッサー代わりに使っている机の前に座ると、さっきまでとは違って、普段からやっている流れで自然と手が動いて身支度が進んだ。外出するための準備と言うこともあって、入念にことを済ませると最後の仕上げとなる、ショーツを脱ぎ捨てるとその温もりを感じつつ手に取るのだが、汚物の匂いやら複雑な匂いでいっぱいだった。一気に吸い込むと頭の中を走馬灯のようにして心優の歴史がどんどん入って行くのだった。それはもちろん航が知る由も無いことばかりで、なんとも不思議な感覚だった。そして、さっきの洗濯ネットにショーツも一緒に押し込み、机の棚の中からビニール袋を取り出したかと思うや洗濯ネットごと入れて、濃縮された匂いを嗅ぎなおす。心優としての記憶と思い出が一致して、まるで心身ともに心優として生まれ変わったような気分であった。

ベッドの上に置かれた。ピンクのショーツとキャミソールも身につけて、ストッキングにも足を通して姿見を見つめるのだが、特に違和感を感じることも無くなっていた。そんな心優としての思いのレイヤーよりも上に航の意識を持っているため、ベッドの上に残されたワンピースを見てもスカートに嫌悪感を示しながらも、嫌いな理由をも航の好奇心が上回って、ワンピースを手に取るのだった。「このワンピース、航と付き合うかどうか迷っているデートの時にくれたものよね。私も無理して試着しちゃったもんだから、航がバイト代を叩いて買ってくれたんだよね」と一人呟くこともすっかり心優らしいものへと変わっていた。ワンピースを手に取るとなぜか手が震えていた。まともにスカートに着替えるのは何十年ぶりのことになるので、着ていたと言う記憶すらないのだ。心優の心の奥底にあるスカート拒否の真相は理解できるのだが、それで何十年も封印してしまうのはもったいないことだ。彼女の閉じてしまった心を開くためにも一肌脱がなくてはと心優は思うのだった。震えていた手の動きもだいぶ落ち着いて、ワンピースを両手で広げて、一気に被ってみる。シャツの裾が長くなった感じなので、すうっと身体にフィットして行く、裾のあたりが膝にあたってなびくのだが、両脚の間に遮るものが無いのは、スカートとは縁遠かった心優と言うこともあって今までに感じたことのない感覚だった。

心優は自分の姿を姿見に映したのだが、黄色い向日葵がまるで自分を勇気づけるようにみえた。もうクヨクヨしなくて良いって、もっと堂々と大胆になっていいんだって、そう言ってくれるみたいに思えた。「これが心優のワンピース姿かぁ。セパレートのスカートじゃないけど、これでもスカート姿だからね。やっとのことでお目にかかれました」と上機嫌な心優であった。それからドレッサー代わりの机に座ってメイクアップを仕上げて行くと、外出用の心優の姿ができあがった。いつも出かける時に使っているトートバッグに普段の持ち物を入れ、部屋の扉を開けると航が待ってくれていた。

「おっ!ようやく着替え終わったんだね。心優のワンピース姿、まるで天然記念物のように似合ってるじゃない、それにスカート姿、何と言っても裾のヒラヒラがとってもピッタリな感じだね」

「えっ、航くんったら、そっかな?」

「これから他にも色々と探しに行って来ようよ。せっかくだから心優のためにと思って準備していた軍資金もあるからね。今なら心優にプレゼントしてもちゃんと受け取ってくれるだろっ」

「そうよねぇ、心優としては知らなかったんだけど、それだけのお金があれば、結構色々と買えそうね。とにかく、私は生まれ変わったんだもの、今日を境にして新しい自分になるんだって決めたんだからね」

きっと本当の心優なら言うことの無い台詞 (セリフ)だろうが、何事もないかのようにサラリと言ってのけた。

「あっ、そうだったね。とにかく今日は僕がたくさん協力するからね」

二人はそう言って玄関へと向かい、航はスニーカーを心優は少しヒールのあるミュールサンダルを選んで外出する姿はとても軽やかだった。

(つづく)



(あとがき)
まずはワンピースに着替え、初めてのスカート姿にご対面できました。これでようやくお話が進んでいきそうです。二人のデートは単純にスカートを見て買いに行くだけではなさそうです。無事に家に戻って来られるのか、書いている本人も先の展開を知らないので、これからが楽しみです。なお、着せたいスカートがあればリクエストも受け付けています。引き続き、気長にお付き合いをお願いいたします。

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