好きよ好きよも今のうち(011 - 015)
作:夏目彩香(2003年7月1日初公開)
011
ここは地下鉄駅の噴水前、恵美と祐介はこれからのデートをどうやって過ごすのか決めようとしていた。もちろん祐介には恵美が本物の恵美では無いことなんて知るはずもない。この近くにある映画館でも行こうか、それとも喫茶店で話でもするのがいいのか、祐介は実は優柔不断の男のようでなかなか決まらない。恵美は祐介に一任することにしていて、わざと困らせているようだった。 噴水の時計の長針が6を指そうとしている。まだどこに行くか決まらない。実は祐介は恵美に会う後のことを全然考えていなかった。恵美の行きたい所に行けばいいと気楽に考えていたのだ。自分の意思よりも周りの気持ちに流されやすい男だった。 そんなことをしているうちに、噴水の前に立っている二人に迫ってきている人物がいた。しかし、二人はまだ気づいていない。二人のことをさっきまで物陰に隠れて観察していたようだが、じれったくなって近づいてきたらしい。 長針は7を過ぎていた。祐介はここに1時間以上も滞在していることになるのだ。恵美がここに来てからも30分。同じ場所でずっと立っているせいもあってか、恵美は足が疲れてい来ているようで、何度も足を組み直している。ハイヒールの影響もあってかすっかりくたびれた様子だ。 「祐介さん。どこでもいいんだけど、まだ決まらないの?」 恵美は周りを注意しながら手を使って足をもみ始めた。そして、どこか座るところが無いのか探していた。遠くの方にピントを合わせているうちに、祐介を見ている一人の人物がいるのに気づいたのだ。 「あれっ?誰かしら。私以外にも祐介さんのファンがいるみたいよ」 「結局、誰もいないじゃない」 そこにいたのは、祐介のとてもよく知る人物。妹の絵奈だった。 |
012
絵奈の出現は祐介はもちろん恵美にとっても予想外のことだった。そもそも絵奈は毎週土曜日は友達と一緒にプールに行くのだ。祐介は絵奈が誰と会ってるのか気になっていたのではと予想していた。 喉から言葉が出なくなった祐介の変わりに恵美が言葉を出した。 女二人が話をしている間、祐介はまだ言葉を失っていた。いや、二人の会話に入り込めない様子だった。 二人の会話が少し収まったとき、ようやく祐介が言葉を発して来た。 |
013
ここは地下鉄駅にある公衆トイレ、公衆トイレとは言っても最近はすさましいほどに施設が豪華だったりする。日本トイレ学会のトイレ100選にも選ばれているトイレで、特に女性用は充実したつくりだ。 絵奈と祐介の話の途中で抜けて来て、恵美は女性用トイレに入った。公衆トイレに入るのはこれが初めてのこと、文恵の体を使って会社のトイレにも入ったが、やはり見知らぬ人が使う環境だけに違った刺激を受ける。 個室が8つ並んでいる中で、一番奥の個室に入った。ドアが開いていたので、ノックをしなくても誰も入っていないのが確認できた。今までも何度かやって来たように、まずは便座をトイレットペーパーで拭いてから座る。恵美になってからどうやら恵美の感覚が優先されるので、便座を拭かないと気持ち悪いと感じるようだ。 次に、スカイブルーのHラインスカートのホックを外し、膝の上まで引っ張る、同時にショーツとストッキングも一緒におろした。これでようやく用が足せる状態。力を入れないでも自然と流れて来た。トイレットペーパーを小さく取ると力を入れないように軽く拭き取る。あとは、そのまま便器の中に紙を落として、水を流した。 そして、立ち上がって、下着をしっかり履いてから、スカートを腰まであげてホックをかけた。ここで、恵美は個室から出るのでは無く、また便器の上に座ったのだ。ハイヒールを脱ぎ、足をもみ始めた。さっきしばらく立っていたのが効いているらしい。足が痛くてたまらないのだ。 「ハイヒールが、こんなに足を痛くするなんて知らなかったぜ。恵美の奴、よくこんなの買うよなぁ。まぁ、今は俺が恵美だから、恵美の気持ちからすると買いたいのはよくわかるけどな。せっかくだから。」 ハンドバッグの中から本物の恵美の入った小瓶を取り出し、地面に垂直に置いた。中の恵美は驚いた顔をして、恵美の方を見ている。短くなった髪型、手にはハイヒールを持ち匂いを嗅いでいる姿をまじまじと見せられたからだ。中にいる恵美は泣きそうな顔をしていた。 恵美はハイヒールを地面に起き、その上に足を載せた。そして、小瓶の蓋を持ちながら「同期」と唱えると、たちまち小瓶の中にいる恵美の頭はショートでウェーブパーマのかかった髪型になってしまった。そう、外にいる恵美のスタイルに同期してしまったのだ。これには小瓶の中にいる恵美は涙を流さずにはいられなかった。苦労して延ばした髪が一瞬にして短くなってしまったのだから。 恵美は本物の恵美が見せる行動を楽しんだ後、再びバッグの中に小瓶をしまった。ハイヒールをしっかり履いてから、個室の外へと出る。洗面台の方へ行って手を洗いながら、目の前の鏡を見ながらニヤニヤしていた。 そう、恵美の頭の中は、絵奈のことで頭がいっぱいになっていたのだ。どうにかして絵奈を小瓶に入れてしまいたい。しかし、今は小瓶は一つしか無いために一度元の体に戻らなくてはならないのだ。 そんなことを考えていると、絵奈がやって来た。 |
014
一人になった祐介は相変わらずデート先を考えていた。今度はしっかりと決めようと携帯電話を取り出し、友達の一人に電話する。最初の電話はつながらなかったようで、今度は違う番号に電話をかけた。今度はしっかりとつながって友達にデート先でいい場所がないか聞いていた。 電話をかけ終えた時、ハイヒールをコツコツと鳴らしながら恵美がやって来た。音が止まないうちに、祐介が恵美に駆け寄って、さりげなく地下街の方を目指して歩くように促した。祐介は恵美の腰に手を回すと、恵美も同じようにやってくれた。ようやく二人のデートが始まるのだった。 地下街には色とりどりの色彩が飛び交っている。それでも週末にしては人混みは少なかった。祐介の目は周りを歩く女性の姿を彷徨っていたが、恵美の視線も同様に女性の姿にあった。 二人は人の合間をすり抜けながら目標とするお店へとやって来た。 ここは試着室の中、ワンピースに着替えるためにはまずは着ている服を脱がなくてはいけない。恵美はバッグの中から例の小瓶を取り出すと試着室の片隅に置いた。本物の恵美は目の当たりにした状況に驚いているが、これから自分の着替えを見るのだから、なんともやるせない思いだ。本物の恵美はすでに反発する意思が薄れている。そのまま恵美の試着姿を見るしか無かったのだ。 恵美はまず、ワンピースをフックにかけてから、手を腰の後ろに回しスカートのホックを外した。スカートが重力の方向にスッと落ちて行く。恵美は本物の恵美に見えるように、自分の股間部に手を当てながら、気持ちの良さそうな表情をした。 その表情を見ながら本物の恵美は、諦めのような深いため息をしているようだ。足下にあるスカートをきれいに畳むと、今度はブルーのカーディガンを脱いで畳み、スカートの上にきれいに重ねる。ブラウスのボタンを一つ一つ外すと、これもきれいに畳んでからカーディガンの上に置いた。下着姿となった恵美は、そのまま試着室の中にある大きな鏡を見ていた。 すると、鏡に向かって恵美は一人芝居をしているかのようだった。 姿見の大きな鏡を見ると、黄色いワンピースを着ている恵美が完成した。小瓶をバッグの中に閉まってから。試着室の扉を開ける。祐介は恵美の姿を見ながら、目を丸くしてしまった。 「ありがとうございました。またお越し下さい」 |
015
絵奈は恵美と別れると家に向かうことにした。地下鉄の改札をくぐり、ホームに立って地下鉄がくるのを待つ。いつもは友達と一緒に家に向かうのだが、今日は一人で帰らなくてはならない、だから妙に周りの視線が気になってしまう。 地下鉄が入って来た。人は全く乗っていなくて、がらがらの車両がやって来た。時間帯が功を奏してのことなのか、絵奈は楽に座ることができた。同じ車両には数十人の乗客しかいないので、さっきまでの緊張感から解放されて絵奈は安心した。 自分の降りる駅までは30分くらいは乗らないと到着しないから、水着の入っているカバンの中からMDを取り出し、ヘッドホンを耳にかけて音楽を聴き始めて退屈な時間を過ごしはじめた。 30分後。何事も無く家の近くの駅に到着した。駅の改札をくぐり抜けると、恵美と祐介のことが気になって、電話をすることにした。さっき、恵美から教えてもらった番号に電話をかける。 その頃、恵美は祐介と地下街を歩いていた。ここの地下街は結構長くてまだまだ先が見えていない。恵美の携帯電話から着うたが流れる、恵美の好きな歌手の曲が着うたになっているのだ。小さな液晶を見てみるとそこには絵奈からの電話だと言うのがわかる。さっそく絵奈から電話がかかって来たことがわかると、すぐに電話に出た。 「どうしたの?絵奈」 祐介がプレゼントをするなんて信じられないと思いながら、家までの道を歩いていく絵奈。やっぱりお兄ちゃんも彼女にはそれなりに尽くすタイプだったなんて初めて聞いた。前にもつきあったこ 駅から絵奈の家までは歩いて10分ほど、周辺は1戸建ての続く住宅街だ。絵奈の家ももちろん一戸建て、門をくぐり抜けると愛犬のラブが出迎えてくれた。ラブは生後2年ぐらいになるオスの柴犬。絵奈がいつも世話をしているので、絵奈が帰ってくるとしっぽを余計に振り回して喜んでいる。 「ただいま~。ちゃんと留守番してくれた?」 |
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