作:夏目彩香(2003年6月08日初公開)
地下鉄の中で座っている時のことです。赤茶色の長い髪を揺らしながら、黄色いジャケットに白いミニスカート、それに黄色いパンプスの女性が目の前の席に座りました。大股開きにしているので、スカートの中が見えそうな感じでした。 そんなことを気にする様子もなく、アイボリー色のバッグの中を開いては中身を全部確認していたみたいでした。特にお財布を手に取ったときは、中身の何かを見ながらニヤニヤとしているのです。よく見ると、それは彼女の運転免許証やキャッシュカード、クレジットカードといったたぐいでした。 運転免許証を見たときにはそうでもなかったのですが、学生証と思われるものを見つけた時にはしてやったりの表情だったのが印象的です。私がずっと見ているのにも関わらず、と言うか逆に見られていることを楽しんでいるかのようでした。 彼女はカードにある写真を見るや、コンパクトの中にある自分の顔をよく見て確認しているようでした。自分の顔を見てそれほど喜ぶ人がいるのかわかりませんが、どうやら顔を見ては興奮していたように見えました。 ある駅に停車して私の隣の席が空くと、彼女は私の隣に座り直して来ました。すると、私の隣でさっきと同じことを繰り返すのです。しかもわざと私に見えるようにしているではありませんか。私がさっきから見ていたことに興味を持っていたのでしょうか。 次の駅で同じ車両に乗っている人が全ていなくなり、二人きりとなりました。すると彼女はコンパクトを使って、私の顔を見てきました。いや、彼女は自分の顔を私に見せたかったに違いありません。そして、ついに彼女が話しかけてきました。 「さっきから私の顔を見てましたよね」 「いいえ」 私がそう弁解してももう遅くなっていました。 「いや、見ていたの知っていますよ。なんでジロジロとみるんです?」 「……」 言葉がとっさに出てこなくなりました。 「私の行動がおかしいなって思ったんですか?」 「いいえ」 彼女の話を聞いていても耳にあまり入ってこなくなりました。 「おかしいと思ったでしょう」 彼女は執拗に聞いてきます。 「そんなことないですよ。人それぞれだと思いますから」 私は必死になって言葉を続けました。 「それって私のことを見ていたってことですよね」 「えっ……それは、それは」 「まぁ、いいです。今度はあなたがこうなる番ですから」 この時、彼女が何を言ってるのかわからなかったのですが、突然めまいがして頭の中がガクンとしました。気絶したのかわかりませんが、一瞬気を失ったようでした。 気を失っている間はまるで夢を見ているような状態で、私が自分のコンパクトを見てはゲラゲラと笑っているような変な夢だったと思います。そして、正気を取り戻した時には、すでに自分の家にいました。しかも、寝る準備が全て完了していたのです。私が気がついてから少しすると私の部屋に珍しくノックの音が響き渡りました。 「おねえちゃん、入っていい?」 「何してるのよ。いつもノックなんてしないくせに」 そう言うと、妹が私の部屋に入ってきました。なんとなくいつもと雰囲気が違います。妹は2つ年下。顔つきは私よりも大人っぽいと言われるのですが、そんな妹の表情がやけににやついていました。 「たまにはノックするのもいいでしょ。やっぱり家族でも礼儀が大事だからね」 妹にしては言うことがまとも過ぎました。 「ん?もしかして、お酒飲んだの?」 「私がお酒飲んで悪いの?」 「別にそうじゃないけど。今日はなんかおかしいなって」 「私だって二十歳越えてんだからね。たまには飲んでもいいでしょ」 いつもよりも食い下がってくる妹。 「明日も早いんだろうから。早く寝なさいよ」 そう言うと妹は寂しそうな表情を見せました。 「おねえちゃん。そんなに冷たくしないで」 「えっ。冷たくって。してないわよ。もしかして、何かあったの?」 すると妹はゆっくりと私の方に寄り添って来ました。息づかいまで聞こえそうなくらいに顔を近づけて来たのです。 「お姉ちゃんって優しいんだね」 そう言うと妹は自分の唇を私の唇に重ねました。 そこまで覚えていたのですが、いつの間にか朝になっていました。自分の部屋にあるベッドにきれいに寝ていて、昨日の夜の出来事がまるで夢の中での出来事だったかのように思いました。部屋を出て妹の部屋に行くと、妹はすやすやと寝ていました。昨日のことって一体なんだったんでしょう。 妹が起きてから昨日のことを聞いても何も知らないと言っていました。私の身の周りにはどうやら不思議なことばかりが起こるみたいです。 |
本作品の著作権等について
・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
・本作品についてのあらゆる著作権は、全て作者の夏目彩香が有するものとします。
・本作品を無断で転載、公開することはご遠慮願いします。
copyright 2011 Ayaka NATSUME.