作:夏目彩香(2000年9月08日初公開)
第1話 命拾い 親友の隆史が、隣のクラスの亜衣里のことを好きだって聞いたときは、さすがの俺も驚いた。あいつと亜衣里が一緒に並んでいるのを想像しただけで、その不釣合いな様子が頭に浮かぶからだ。なんと言っても隆史の体型は身長168cmに対して、体重は自称90kg(噂では0.1tを超えている)。それに反して亜衣里は身長160cm、体重は良く知らないがどう見たって45kg前後に見える。 大きいのとスレンダーなのが並んで歩いている姿はとても滑稽に見えることだろう。まぁ、こいつとはこの高校で一緒に過ごせるのもあと半年、そんな時に俺に相談してくる奴がいるかって思いながらも、できるだけのことは叶えてやりたいと思っている。それがやっぱり親友ってものだ。 どうやらあいつは今スランプに陥っていて、受験勉強もままならないらしい。今までに好きな子ができなかったので、恋に対してとっても臆病になってるとは思う。だけど、なにもそこまで神経質になることはないだろう。 あの話を聞いてから5日後、ついに隆史は学校を休んでしまった。電話をかけてやっても一向に受話器をあげてくれない。こっちは心配してやっているってのに……とにかく、俺はあいつの病を治さないことには、俺の生活も落ちついたものじゃない。なんといっても、クラスのほかの連中とは話をすることがないからだ。だから、あいつがいないと学校にいる意味がなかった。 かと言って、隣のクラスの亜衣里に隆史のことを話したって、絶対にイエスというはずがないのは目に見えている。結局は俺が一番困ったことになってしまうじゃないか、隆史が立ち直らないと、俺も受験勉強に身が入らなくなっていた。 隆史のいない学校帰り、一人で駅まで歩くのははじめてのことだ。道の向こう側には下校中の亜衣里の姿が見える。えっ?亜衣里……どうにか、あいつに隆史の気持ちを伝えられないかなぁ。そのとき、俺は今がチャンスだと思い。それとな~く、亜衣里の後を追いかけた。これって、ストーカーだよな。完璧に。なんてことを思いながらも、隆史のために亜衣里と話ができるチャンスを窺っていた。 亜衣里もやっぱり駅まで向かって歩いている。このまま行けば、駅前の交差点がいいタイミングだと思った。それにしても、さっきから亜衣里の匂いを俺は感じていた。グレーと茶のチェックのミニスカートからすっと伸びた足は、紺のハイソックスによってさらに細く見え、黒の革靴と調和が取れている。肩にかかる少し茶色髪は風に吹かれて、その風が俺の方に吹いてくる。俺にとっては亜衣里は好みのタイプではないが、それでも、女の後姿を見るのは緊張する。ちょっとでもかがみこんだら、スカートの中が見えそうだ。 そんなことを考えているうちに、駅前の交差点についてしまった。ここの信号は赤が長いから、確実に話せると思った矢先に、亜衣里は突然駆け出した。目の前の歩行者信号は青の点滅が続いている。それを見ていた俺も必死になって走り始めた。青の点滅が終わったとき、亜衣里はすでに交差点を渡りきっていた。そのときまだ交差点のこちらがわにいた俺は、信号が赤にも関わらずに交差点を一気に駆け抜けようとした。 そして、足を一歩踏み出したときに信号待ちをしていた車が動き出した。危ない!と思ったとたん、俺は自分の人生の終わりが頭をかすめた。しかし、まったく痛くなかった。どういうことなんだろうか?実は、そのとき車が俺の体をすり抜けていったことに気が付いた。こんなことってあるのかよ。一体何が起こったっていうのか……と内心思いながら不思議な力で自分が守られたことに感謝していた。 だが、なんとなく体が軽くなったような気が俺にはしていた。何か大事なものを落としたような。俺は落としものがないかと後ろを振り向いた。その時俺は、目を疑ってしまった。そこには、俺の体が石像のように突っ立っているではないか。もしかして、俺は体から魂だけ抜け出したって言うのか?自分の体に重ねるようにすると、驚くべきことにもとの自分の体に入り込めた。一体、これはなんなんだろう?俺はこの不思議な出来事を考えながら、青色の横断歩道を渡り、駅へと向かった。 第2話 要するにわかったこと 俺は不思議な出来事のせいもあって、亜衣里より遅れて駅に着いた。せっかく、ここまで追いかけてきたっていうのに……諦めかけたそのとき、遠くに亜衣里の姿が見えた。とっさに俺はここではっきりさせておくべきだろうと思って、俺は亜衣里がいたところへ駆け出した。 しかし、また俺は亜衣里を見失ってしまった。息が荒くなっている上にいなかったらどうしようもない。どこへ行ったのかとまた探しじめると、後ろから声をかけられた。 その声の主は亜衣里だった。亜衣里を目の当たりにするのははじめてのことなので、思わず視線をどこにやったらいいのか、わからなかった。とりあえず、目線を外すことで対応した。すると、亜衣里ははどうして付きまとってきたのか、しつこく聞いてきた。どうしてって聞かれても、その理由を言ったら……いや、その理由を言うために追いかけてきたのじゃないかと考え直して、俺は隆史がお前に熱上げて寝込んでしまったことを話した。 すると、亜衣里は可愛い顔を崩しながら笑い出した。何よあんな奴が私のこと好きだなんて、10年いや20年早いわ。とか言っちゃって、まったく相手にしてくれなかったのだ。俺も予想通りだったので、反論もできなかった。そのとき俺は隆史の奴には悪いけど、亜衣里はお前のことが嫌いで、このまま寝込んでいてもしょうがないぞ。ということまで考えていた。 結局、亜衣里と俺はお互い家が反対方向なのでここで別れることになった。彼女は内回り、俺は外回りのホームに立っている。ちょっと俺の方も気疲れしてしまっているので、ここに立っているのも少ししんどいくらいだ。電車はなかなか入線してこないので、だんだんフラストレーションがたまってきていた。落ち着いていられない俺は、ホームのはしに立って、遠くから電車が来ないか見ようとした その時、不覚にも俺の足がふらついて線路に落ちてしまうと思った。思ったとおりに次の瞬間俺は線路の上にいた。しかし、さっきの交差点での出来事と同じく、自分の体はホームにいた。またかよ。一体なんなんだ?と思いながら、さっきと同じく自分の体に戻ろうとしたが、あまりにも人が多くて、自分の体に重なり合わない。何度か試行錯誤しているうちに、なんと俺の隣いた駅員さんと重なってしまった。 俺は自分に体の感覚が戻ったように感じた。しかし、それはいつもの俺の感覚ではなかった。いつもよりも目線は低く、背伸びをしてるような感覚が足に伝わってくる。さらに、脚が直接触れ合い、スース-している。体は全体的に丸み掛かっていて、見下ろすと胸に膨らみが見える。ようやく、俺はこの事態を理解した。そう、さっき駅員さんと重なってしまったんだが、俺はその駅員さんになってしまった。 この駅に女の駅員さんがいることも最近知ったばかりなのに、俺がその駅員さんになってるなんて信じられなかった。それにしても、俺は自分の体が心配になった。駅員さんの隣に俺がいたんだから、横を見れば……いた!俺の体をとりあえず、どこか安全なところに運ばねばと、触れた瞬間に、俺は自分の体に戻っていた。 彼女は何事もなかったように、動いている。俺が夢を見ていたってことなのか?いや、そんなことはない。さっきは確かにあの女性駅員さんになっていた。あの感覚は夢なんかじゃ、夢なんかじゃない。 電車に乗りながら、俺は今日自分に起きた出来事を回顧していた。交差点で魂だけ車道に飛び出したこと。亜衣里にはっきりと断られたこと。電車の線路に魂となって落ち、他人の体に入り込んでしまったこと。そのまま自分の体に障ったら元に戻ったこと。ってことは……俺の少ない脳みそがフル活動で動いている。 わかったぞ!俺はこのとんでもない状況を理解し、そして、隆史のためになることを思いついたのだった。 第3話 電車の中で ガタンゴトン、ガタンゴトンと電車が揺れる中、俺は今までに自分の身に起きた不思議な出来事を考えていた。交差点では、あと一歩踏み出していたら、車にぶつかっていたし、さっきのホームでの出来事だと、線路に落っこちていたかもしれない。でも、そういう状況に限って、体から俺の魂が抜け出るのではないだろうか?そして、それに加えて、魂になった時は、自分の体に触れれば元に戻れる上、他人の体にも入り込めるみたいだ。なぜこんなことができるのかは考えていたってわかることではなかったが、今わかっていることを単純に使えば、俺は誰にだってなれる。そう気づいたのだった。 よくわからないうちに使えるようになったこの能力を使えば、隆史の恋の病を治すことができる。亜衣里ちゃんにはちょっと悪いけど、これも隆史を立ち直らせるためだ。人助けだと思って勘弁してもらおう。電車の中で一人興奮している俺は、外の景色を見つめながら、どうやったらさっきのような幽体離脱が起こるのか、そして、それから先どうしたらいいのかを考えていた。 家に戻ると部屋の鍵をしっかりとかけた。駅からここに歩いてくるまでに、いい考えを思いついたからだ。この方法なら、部屋の中でできるし、自分の体を心配する必要がないはずだ。自分が危ない目にここであえばいいんだから。壁にぶつかろう……いや、窓に向かって駆けてみよう。ここから飛び降りたら命はないだろうから。そう思うや否や、俺はまだ明るい光が差し込めている窓に向かってぶつかっていった。 第4話 よりみち 次の瞬間俺は、ガラスを通り越して、外に浮かんでいた。……ということは、振り返ると俺の部屋が見える。念のため部屋に戻ると、そこには、窓の前に立つ俺の体があった。良く見ると、息なんぞはしてるようだ。自分の体がそう簡単に死んでしまうってことはなさそうだな。安心して、一肌脱いでこられるな。まぁ、何かあったらすぐに帰ってくるとしようか。俺は自分の体にしばしの別れを告げると、亜衣里の家へと向かった。 亜衣里の家はたしか、あった、あった。この家だな。俺は赤い三角屋根の家の中へ入っていった。どこが、亜衣里の部屋なんだろう。部屋をひとつひとつ見ていくしかないか。まずは、この部屋。ここには、ベッドが2つ置かれている。どうやら亜衣里の両親の寝室らしい。ここは違うなっと思って、次の部屋へ向かった。次の部屋には人がいた。しかし、亜衣里ではなかった。どうやら、亜衣里の弟のようだ。こんな奴には用がないからと、次の部屋に入った。 次の部屋は黄色い色でまとめられている部屋だった。いかにも女の子趣味のする部屋で、枕もとにはうさぎのぬいぐるみが置いてある。ここが亜衣里の部屋だなと思ったとき、誰かが入ってきた。亜衣里だなっと思った俺が振り向くと、そこには亜衣里だと思うが、亜衣里はセーラー服を着ていた。うちの学校はブレザーなので、これは一体?あの制服は俺の家近くにある高校のものじゃないか、あそこってお嬢様学校だろっ……不思議に思った俺は、その部屋のドアを廊下から見てみた。すると、そこには亜美里の部屋と書いてある。亜衣里は双子の姉妹だったっていうことか。なら……実験として、亜美里ちゃんに入ってみるか。俺は、隆史のことを忘れて、亜美里の体に向かっていった。 第5話 姉妹のなぞ 俺は亜衣里の家にふらふらやってきたのは、ついさっきまでのこと。そこで、偶然にも亜衣里そっくりの姉妹を発見してしまった。あんまりにも似ているので区別はつきそうになかったが、亜衣里とは違う制服を着ていた上、部屋の前に名前までかけてあったから判明した。そして、その制服を着ているのは何を隠そう、俺だった。 まぁ、正確には俺が亜美里を着てる、いや、憑依しているというのが正しいのだろうか?この前とは違って、なんだか肌のはりとつや、それに若さが違っていた。今、俺はそんな自分の姿に見とれていて、ドレッサーの前から動くことはなかった。こうして亜美里の顔を見ていると照れてしまうが、俺は、亜美里がたぶんするだろう仕草を真似ては、興奮することを繰り返していた。 そんな風にしているさなか、背後に風の気配を感じた。誰かが入ってくる、そう思った俺は化粧をし始めるふりをしはじめた。後ろから、「お姉ちゃん、帰っていたの?」と聞かれた時には、少しドキッとしたが、勇気を出して、弟(たぶん)と話をすることにした。 弟(たぶん)と話しをはじめてわかったが、俺の口調はとても気品が漂うお嬢様言葉が出ていた。それも、ふだんから俺が使い慣れているかのように言うことができた。これはもしかして、相手の能力をそのまま使えることじゃないだろうか?体は変わらないのだから、体が慣れている行動をおこしているということだろうか?とりあえず、弟には自分の部屋に戻るように丁寧に言って、ぼろを出すことなく過ごせた。 これは、きっと誰かが隆史のためにしむけているとしか、いいようが無い。大げさなことを言ってしまえば、神様がくれたチャンスなのではないか?そして、俺は亜美里の部屋に飾られた十字架に向かって、思わずアーメンと呟くのだった。どうやら亜美里の学校はカソリック系の学校らしく、どことなく教会の趣が漂う部屋にいる俺は、一体何をしにここに来たのか忘れそうになっていた。 そういえば、学校から帰ってきたのに、亜美里が着替えていないのはおかしかった。俺が、亜美里にかわってセーラー服を脱がせてあげる。こころの中ではすっかり女子高生の気分になった俺は、スカーフを引き抜き、その匂いをかいだ。嗅覚も亜美里のものとなっているせいか、いい匂いに感じる。成熟しきっていない女性の放つ微妙な香りを感じながら、次の動作へと向かった。 上にするか下にするか俺は迷ったあげく、(自分で言うのもなんだが、この時の迷っている姿がまた可愛かった。)俺は、スカートを脱ぐことにした。最初に乗り移った女性駅員さんは男で言うところのズボンを履いていたので、気づかなかったが、スカートは前にファスナーなんてない。よく考えてみるとそうなんだが、俺にとっては大発見だった。そして、左の腰あたりにホックがあるのを発見し、それ外した。パサッという音とともに、フローリングの上にプリーツが落ちていった。 次に上を脱ごうとしたときに俺は、セーラー服の構造がこんなにも複雑だと言うことを知った。横にファスナーがあって、それを緩めてから。頭を通すようにして、脱ぐ。脱いでいる途中にセーラー服の生地が顔を通り抜けていくのは、これまた新鮮なものを感じた。 さっきまで自分を見ていた鏡には下着姿で戸惑う、亜美里の姿があった。腰がくびれたそのスタイルは亜衣里と同じくらい魅力的で、ちょっと、モデル張りにポーズをとってみた。たぶん、亜美里は自分が見せることのない素顔をこの時、俺に見せているような錯覚に陥っていた。 そういえば、どんな服に着替えるんだろうか?なんてことを思って、亜美里の洋服ダンスを開けてみた。そこには、様々な洋服がきれいに並べられていた。そして、ひときわ目立つ黄色のワンピースが目に飛び込んできた。一目ぼれしたというか、着て下さいとワンピが叫んでるような感じを受けた俺は、そのワンピースを手に取り、着てみた。背中のファスナーを上げるのに少し苦労したが、黄色いワンピースに包まれた亜美里の笑顔を見たときに救われた気がした。 そして、床に落ちていたセーラー服とプリーツをハンガーにかけ、洋服ダンスの中にかけた時、さっきは気づかなかったが、そこには、いつも見慣れた俺の学校の制服があった。亜美里の部屋に俺の学校の制服?それを見つけたその時に、玄関で亜衣里が「ただいま」と言う声が、俺には聞こえていなかった。 第6話 ようやく 鏡の中には黄色いワンピースに包まれた俺の姿が映し出されている。いや、正しくは亜美里の姿であるが、そんなことは気にしない。これが今の俺の姿なのだから、腰のくびれがあまりにもキュートでなので、思わず心臓がドキドキする。 亜美里の部屋の洋服ダンスにたぶん亜衣里のものと思われる制服があった。手にとって見ると、スカートのヒダがテカテカに光っている。かなり使われた形跡があるので、どうやら亜衣里のお古のようだ。もしかすると、亜美里のお古が亜衣里の部屋にあるのかもしれない。 洋服ダンスの前で亜衣里のお古を手にとりながら、鏡を覗いていると、俺の顔が二つになった。亜美里が帰ってきたのか……こりゃまずいと思いながらその場にじっとしていたが、遂に後ろから声をかけられてしまった。 「ただいま~亜美里。私のお古なんか持って何してるの?」 「えぇっとね。着替えをしていたら何となく気になっちゃってさ~。」 「ふ~ん。そうなんだ。このお古見ると、私にはちょっと嫌な思い出あるけど、亜美里にとっては宝物だからね。大事にしなさいよ。」 「はいはい、亜衣里ちゃん。」 「なんだか今日は妙に素直だね。お姉ちゃんったら~。」 「今日は、ちょっと風邪気味で、家でおとなしくしてようかなと思ってね。」 「はは~ん。さては何か学校であったのね。亜美里っていつもそうだから。」 「そうだからって?何が?」 「亜美里がそういうこと言うのは、決まって嫌なことあっるってこと。」 「そんなこと全然ないよ。亜衣里の方こそ何か無かったの?」 「う~ん。そうだな~。うちの隣のクラスの隆史ってのがさぁ。私のこと好きだってそいつの友達から聞かされて、その友達ってのがずっと私のこと駅まで付回してきたんだよ。その上で図体の大きい隆史がお前のこと好きだなんて……冗談もよして欲しかったって感じかな。亜美里も男には気をつけるんだよ。」 「ふ~ん。そんなことあったのね。亜衣里のこと好きってことは、私のことも好きになるかも~。あいつなら確かにやりかねないね。」 「あれっ?亜美里って隆史のこと知ってたっけ?」 ちょっと冷や汗を交えながら俺は、 「知らないけど、亜衣里の言ってる事から想像してみたの。」 「な~んだ。私のかわりにあいつと付き合ってもらおうと思ったのに?」 「それってどういう意味?」 「だって私たち双子なんだし、制服を交換するだけで、お互い入れ替われるじゃない。だから、私 の身代わりになってもらおうかなと思って。」 「亜衣里ったら~~~。でも、ちょっと面白そう。」 「亜美里はお姉ちゃんのようにおしとやかじゃないから、すぐにばれちゃうよ。きっと……」 「大丈夫だって。ちょっとやってみない?」 「亜美里がそんなに言うなら、やってみよっか~。」 俺はとっさにいいことを思いついた。 「ねぇ、亜衣里ぃ。どうせだったら本当に体を取り替えてみない?」 「制服交換するのは簡単だけど、体を交換するなんて。できるわけないよ。」 「それがね。これを使うとできるんだって。」 俺が亜美里のお古からスカーフを手に取ると、それを丁寧にたたみ始めた。 「これをこうやって丁寧に折ってから、お互いの額でこのスカーフを挟むの。」 そう言うと、俺と亜衣里は呼吸のわかる距離まで顔を近づけ、 額でスカーフを挟むようにしていた。 「そして、お互いに目を瞑ったまま。ちょっとだけ頭をぶつけるの。」 ゴツン。ちょっと力を入れすぎたのか、額が少し痛む。痛みが引いてきてようやく目を開けることができるようになっていた。そして、俺の目の前には、黄色いワンピースを着たさっきまでの俺があった。 黄色いワンピースを着た亜美里はキョロキョロと、辺りを見回した。 「あれっ?亜衣里?私ったらどうしたの?」 「亜美里お姉ちゃんったら~。ここでぼーっとしてたみたいだったけど、もしかして意識がなかったとか?」 「そうなのよ、亜衣里。いつの間にかワンピースに着替えているし……ちょっと熱でもあるのかな?」 「う~んとね。私は今帰ってきたばかりだからわからないけどさ。ちょっと寝てた方がいいんじゃない?」 「うん、そうする。」 そのまま亜美里がベッドに横になったので、 「お姉ちゃんお大事に!」 と言って俺は亜美里の部屋を出てきた。ようやく亜衣里の体に入った俺は、廊下にある鏡の前で改めて自分の体を眺めてみる。グレーと茶のチェックのミニスカートからすっと伸びた足、紺のハイソを履いている。肩にかかる髪は少し茶色くて、胸は亜美里よりも重たく感じた上、ウエストもなんだかさっきより細く感じる。制服のスカートはひざ小僧が見えてるくらいなので、亜衣里の方が短いスカートを履いている。どうやら双子の姉妹なのに性格がだいぶ違うみたいだ。こんなところでゆっくりとしてられないので、亜美里の部屋へと入るため、俺はさっき開けていなかった2階のもうひとつの部屋の扉を開けた。 第7話 隆史の元へ 2階の部屋で開けていなかった部屋の戸を亜衣里の手でゆっくりと開けている途中、いったい亜衣里の部屋とはどんなものなのか、亜美里とはどう違っているのか?いろいろと考えながら、俺は最後の部屋の扉を手前にひいた。そこには亜美里の部屋で見た黄色でコーディネートされた部屋ではなく、目の前には赤色が飛び込んできていた。色の好みが違うのか、それとも2人を区別するために色で区別をしてきたのかわからない。とりあえず、真中に置かれたベッドに寝そべってみた。ミニがめくれていてもそんなことは気にしない。なんと言っても俺にはこれから大事な用があるんだから。 そう思うと俺は立ち上がって、セーラー服姿の亜衣里を赤いミラーで眺めてみた。このままが隆史にはいいんだろうな?ちょっと、練習しておこうっかな?隆史の奴にばれないように亜衣里になんないといけないからな。まずは、笑顔の練習から……そう思うと、俺は亜衣里の顔でとびっきりの笑顔を探し始めた。頬っぺたを指で押しながら右に傾けたり左に傾けたり、前髪が落ちてくると前から手で解かしてみる。 う~ん、今の俺って亜衣里なんだなよな~。今まであんまり可愛いと思ってなかったけど、こうやって間近で見るといやなってみると、可愛いと感じてしまうんだからどうかしてる。隆史にあげちゃっていいのかな?俺ってなかなか悲しいところあるなよな。今まで気づいてなかったけど、俺も亜衣里のことを好きになってしまった。しかも、今はその俺が亜衣里で……たぶん、俺の体に触れれば元に戻るんだろうけどな。どうにかいい方法でもないのかな? とにかく、俺は隆史に亜衣里と会わせてやることはできてもそれ以上のことは、無理だからな。あとは、俺との勝負ってことにしてもらおう。俺の方がこのよくわからない能力がある分、有利なこと間違いないし、それに、いざと言うときは亜衣里の体にまた入ってあいつを振ってしまえばいい、そう思うと隆史に会うのはほんとお遊び程度ってことになる。じゃあ、気楽に会ってやれだ。隆史のために一肌脱ごうと思ってたけど、うまく利用して亜衣里に俺のことを好きになってもらおう。そうやって、亜衣里の顔で笑顔の練習をしながら、そんなことを考えていた。 鏡の前でじっとしてても何も始まらないな。とにかく、隆史の家にいってやるか!ようやく亜衣里にも慣れてきたしな。日が暮れないうちに行かないと、俺の体がもたないかもしれないぞ……隆史はたぶん制服姿の方が萌えるだろうから、服装はこのままでいいことにして、このまま行ってみよう。それと俺との友情も壊れないように気をつけないと。お互い気まずくなるのはよしたいからな。 まずは、身だしなみを整えておこう。このままじゃ、亜衣里としておかしいからな。乱れたセーラー服を整えて、鏡の前で服装をチェックした。それから、俺は鏡に向かって自分に自己暗示を唱え始めた。鏡を見ながら、自分は亜衣里だと頭の中で思い続けた。すると、目の前の鏡にいる亜衣里が本当の亜衣里だと思うようになってきて、次第に自分が亜衣里だと思い込むようになってきた。そして、私は玄関へ向かい、少し生温かいブーツを履くといよいよ隆史の家へ向かうのだった。 第8話 隆史の家まで 亜衣里の家を飛び出ると、さっきよりも日は低くなっていた。そろそろ日が沈む時間なんだろう。そして、俺は亜衣里として駅までの道を歩いている。まだ明るいから恐くはないが、これがよるなら襲われてしまいそうだ。亜衣里の体で街を歩いているといつもと感じ方が違うのに気づいた。次の空気に触れる瞬間がとても心地いい。足取りは軽やかに、内股と歩幅を気にしてみる。ときたま冷たい風がミニの中に吹き込んでくるたびに俺は亜衣里の体を好きになる。そうやっているうちに駅についた。 隆史の家まではここから10分くらい電車に乗らなくてはならない、亜衣里の鞄の中を探してみると、パスケースが見つかった。確か、定期券がこの中にあるはず……あった☆……これを使えば隆史の家までは交通費をかけなくても行ける。そして、自動改札を抜け、俺は駅のホームで次の電車が来るのを待っている。亜衣里になったせいか周りの視線がこういう時、気になって気になって仕方がない、誰かに襲われてしまわないか、ドキドキしながら電車を待っていた。あくまでも表面は亜衣里なんだから気づかれないようにしないといけない。 ホームに電車が滑り込んで来て、すぐに乗り込んだ。座ることのできる席は見当たらなかったので、ちかんに襲われないよう見通しのいい場所で立つことにする。亜衣里の体は俺の体よりも体力がないためか、立ってるのがちょっと辛そうだ。なんとか10分何もないことを願う。ガタンゴトンと揺れる車内には俺の他に数人が立っていた。この電車にはいろいろな人が乗っているが、女に乗っているのは俺だけに違いない、そう思うとちょっとだけ薄笑いを浮かべた。ガラスに反射した自分の姿がまた可愛く見えた。 ようやく隆史のいつも使っている駅に到着した。いよいよ夢にまで見た亜衣里の登場に隆史の奴は驚くだろうか?学校を休むなんてことはすぐにやめてしまうことだろう。そして、勉強に励むよう勇気つけてやるのも今の俺の役目だ。まぁ、親友としては当然のことだろうし、俺も亜衣里になった以上はそれくらいのことはしてやりたい。そして、なんとなく亜衣里は俺のことが好きだと言って、逆に攻めてみよう。そんなことを思いながら、改札を通過すると、外はだいぶ暗くなっていた。 街灯がようやくつき始めた頃、俺は隆史の家までの道のりを可愛らしい感じで歩いていた。このままの調子だとあと数分で隆史の家に到着する。俺があいつの家に行くのはよくあるが、今回は亜衣里として行くのだからなんだか緊張する。うまく亜衣里になりきれるのか心配だ。まぁ何かとなったら女の武器を利用したっていいだろう。もしなりふり構わぬ行動を亜衣里がはじめたらあいつの妄想もがた落ちするだろうから、いざとなったらそれも厭わない。 ようやく隆史の家近くの公園までたどり着いた。大きく深呼吸をしながら、これからいよいよ感動のご対面が始まることを俺は考えていた。あいつのためにではなくて、これは自分のためにやることなんだ。だから、俺はうまくやってみせる。ようやく見えてきた隆史の家が決戦の舞台に見えてきている。隆史の家の前に一人の女の子が到着した時から勝負は開始されたのだった。 第9話 隆史を前に いよいよ隆史の家の前に亜衣里の姿で無事到着した。いつもはここまで来るのはたやすいことだが、亜衣里の体だとやけに遠く感じてしまう。それに、目の前にある玄関の扉がやけに大きく感じる。いつも見慣れた風景も変わって見えるなんて……感じ方がやっぱりかわってるようだ。それはそうと、これから隆史に会うんだから、ばれちゃわないように行動しないと、ということでまた自己暗示をはじめた。「私は亜衣里、私は亜衣里、私は亜衣里…………私は亜衣里。隆史君が最近学校に来ないから心配で、心配で……」、そのまま玄関チャイムを押してみる。 キンコ~ン!キンコ~ン! 俺の耳には聞きなれたチャイムの音が響いて聞こえる。隆史の家には、他に誰かいるかな?たしか、あいつの家は共働きでこの時間は隆史しかいないはずなんだけど。でてくれよ~~。と念じてる間に扉がガチャっと開けられた。そして、ちょっと開いたドアから隆史が顔を覗かせてきた。 「どなたですか~?んんんんん(@_@)亜衣里さんですか?えっ!」 「そうだよ。こんばんわ~。隆史君ですよねぇ。ちょっと噂を聞きつけて心配になったもんだから来てみたんだけど、おじゃましていいかな?」 (おいおい、隆史。そんなに興奮しなくても……) 「いいに決まってるよ。こんな狭い家でいいならあがってよ。」 「じゃあ、あがるね。おじゃましま~す。」 (お前のおかげでこの家が狭く感じるだけだって。) 俺は、玄関でブーツをキレイに脱ぎ揃えると、隆史のあとについて行き、隆史の部屋に入っていった。そして、俺は自然にいつもの場所に座っていた。俺が隆史の家に来ると隆史のいつも使っている椅子に座ることが多いので条件反射的に座ってしまった。 「亜衣里さんに来てもらえて俺、嬉しいです。誰かに頼まれて来たの?」 「えぇっと~。あなたのクラスにいるあなたの友達、なんて名前だったか忘れたけど……駅であなたが私のこと好きだって言ったのね。そのときは、ぜったいに嫌だって思ったんだけど、学校来てもらえるなら会うくらいはいいと思って。」 (めちゃめちゃ違うけど、これで調子に乗ってくれるかな?) 「そうなんだ。俺の友達に感謝しなくちゃな。で、亜衣里って読んでいいですか?」 「呼び捨てにするの?私たち友達になるんだからぜんぜん構わないよ。」 (俺のこと感謝だって、じゃあサービスしてやろっかな、へへへ。) 俺は足を組みなおして、もう少しでショーツが見えそうなくらいにしてやった。 「じゃあ、亜衣里って呼ぶから。俺のことは隆史って呼んでいいよ。友達になるって嬉しいことだな。もう少し進んだ関係には駄目かな?」 「えっ?隆史のこと元気つけるために来たんだから。何をしてもへ・い・きなの。」 (そんなことないよな~。ゴメンネ亜衣里ちゃん。) 「それなら、俺のこと好きになってくれる?」 「う~ん、考えとくね。」 (お前の体と亜衣里が不釣合いだってことわかんないのかよ~) 「じゃあ、友達からお願いするよ。亜衣里のことこれからいっぱい知りたい。」 「おっけ~。隆史さぁ、元気になった?これで、明日から学校来れるよね。」 (亜衣里の言葉なら信用するんだろっ。) 「大丈夫。亜衣里がいるんだから、学校行かなくちゃ。それにあいつともしばらくあってないし、みんな心配してるなら、行かないとまずいよ。」 「よかった。じゃあ、私からあなたの友達にもそのこと伝えておくけどいい?」 (まぁ、俺のことなんだけどな^^;) 「いや、俺の方から電話しておくから、夜が遅くならないうちに帰ったら?駅まで送るからさぁ。」 「そうだね。心配されないうちに帰らなくちゃ。」 (あいつって、まじめなんだよな。こういうところは見習わないと……) 玄関に降り立つと、俺は亜衣里のブーツをキレイに履いた。隆史が玄関の扉を開け、俺を外に導いてくれる。俺の親友だけあってほんと親切なやつだ。これで俺の役目は終わりなんだな。あとは、俺の体に戻るだけ。駅までの道のりを隆史を横にしながら、俺はこの後のことを考え始めていた。 第10話 どうやって戻るのか 俺は今まで一度も自分の体に戻ることを考えていなかった。しかし、隆史との用事も終わった以上は、元に戻らないと大変なことになってしまう。今度は、自分が登校拒否と思われかねないし、死んでると思われるかも知れないからだ。自分の体を抜け出した時を思い出してみると俺は自分の部屋に鍵をかけている。外からは簡単に入れないはずだ。 しかし、よく考えてみると俺の魂?は衝撃によって体から抜け出たんだろうから……それと同じ事がこの亜衣里の体になった今でもできるはず。亜衣里の家に帰ったら、やってみよう。そんな俺は今、隆史と分かれた駅のホームに立っている。外はだいぶ暗くなったので、女子高生一人でここに立つのは心細い感じもする。周りの人ってこんなに恐く感じるの、今までなかったな。誰かに守られたいって気がしてくる。 電車はさっきよりも混んでいた。車両の中にいる人たちは誰一人お互いを知らない人たちなんだろう。たまたま一緒に同じ場所で時間を共有するってことなんだろう。お互いを知らないうちにその共有の時間って過ぎていく、だから亜衣里になった俺も気づかれないで済むんだろうな。ガラスに映る亜衣里の姿はちょっと疲れているように見える。 この体に入り込んでから妙に張り切りすぎたせいもあったのかな?とにかく、亜衣里の家に帰ったら俺の体に戻るとするか……もう女の子、演じるのも疲れてきたよ。やっぱり俺は俺でいるのがいいのかなぁ。 駅から亜衣里の家まで歩いている頃は真っ暗闇だった。慣れてない街の明かりってこんんなに心寂しいものなのかよぉ。ここで後ろから足音でも聞こえてきたら、ぞくっとするもんなぁ。歩幅も小さいから家までの距離が余計に遠く感じるなぁ。亜衣里の体にいられるのもあと少しってのはなんだか寂しいよ。でも、亜衣里には亜衣里の人生があるし、それを勝手に……勝手に……勝手に?……勝手にいじることを今俺はやってるんだよ。まるで亜衣里を壊してるみたいだ。でもなぁ、俺の体にもどんないとなぁ。俺の体が死んでしまうのも困るって。どうしよう?どうしたらいい?どうしたいんだ?……どうしてこんなこと考えてるんだ俺って?…… そんなことを自問自答しているうちに、亜衣里の家に着いてしまった。玄関を開けようとすると鍵がかかっているのに気が付いた。俺の鞄の中にあるはずの鍵を探してみる。あった☆鍵穴にスッと通すと扉を開くことができた。俺にも人生の鍵が欲しいよな。ドアを開けるたびに新しいところへ入れるってのはどうだろう? 音を立てないようにゆっくりと階段を上がり、亜衣里の部屋へと向かった。一つ一つの段を登る俺の華奢な足はすっかりくたびれている。隆史の奴に会うだけでこんなに疲れるなんて、亜衣里の体力を知ってしまった。やっとのことで2階にたどり着くと、あの弟と思われる子が立っている。ちょっと年が離れてるらしく、まだ小学生のようだ。廊下で話をしてみたが、やっぱり亜衣里と亜美里の弟だった。なんと名前は亜久里^^; なんて単純な名前なんだろうって驚いてしまった。 亜久里は俺を自分の部屋に誘った。小学校5年でもうすでに自分の部屋を持ってるからここの家はちょっとした資産家らしい。亜久里の部屋には最近子供たちが夢中になっているものが散らかっている。そして、亜久里は何か言いたそうなそぶりを見せているが、なかなか言えないでいるらしい。俺はそれとなく亜久里に優しいお姉ちゃんとして声をかけることにした。 (終わり) |
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