身体のリサイクル①~憑依による再利用~ 作:無名 犯罪が増加し、刑務所が満タンになってしまったこの世界ー。 そんな状況を打開するために、 政府は”身体リサイクル法”を制定したー。 それはー 犯罪者の身体に”病気で余命あと僅かの人間”や、 ”身体が不自由な人間”を憑依させて、 ”身体のリサイクル”を行う…という法律だったー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「ーーーでも…本当に良かったー… 楓(かえで)とこんな風に一緒に暮らすことができてー」 若い夫が、嬉しそうにー けれども、少しだけ寂しそうに呟くー。 ”楓”と呼ばれた女性は「うん…こんな風に、また動けるなんて、 夢にも思わなかったー」と、自分の身体を動かしながら、 嬉しそうに微笑むー。 逢阪 楓(おうさか かえで)は、 数年前に、交通事故に遭い、歩くことができなくなってしまったー 当時、大学生だった楓は、突然の事故によって、 その後の人生が、大きく変わってしまったのだったー 足だけではなく、手もマヒが酷くー いきなり、手足を使うことができなくなってしまった楓は、 人生に絶望し、塞ぎ込んでしまったー。 当時、彼氏として付き合っていて、現在は結婚して夫になっている 当時の大学の同級生、翔太(しょうた)も、そんな楓の姿を見て、 深く悲しんでいたー。 しかし、今ー その楓は、普通に立ち、普通に歩きー 翔太と一緒に幸せな結婚生活を送っているのだー。 ”楓”の足が回復したわけではないー ”楓”の手が回復したわけでもないー。 それでも楓は今、こうして、手足を動かして暮らしているー。 穏やかな笑みを浮かべて、 綺麗な黒髪を揺らしながら、夕食の準備を終えた楓は、 部屋の中に飾られている”写真”を見つめるー そこにはー 夫である翔太とー、楓の姿が映っているー。 だがー 今、ここに立っている”楓”と、写真に写っている 事故に遭う前の楓は、まるで別人のような様子でー 今の楓とは似ても似つかないー それも、そのはずー 今の楓はーー ”身体”が違うのだー。 楓は、楓であっても、 楓が今、使っている身体は”別人”のものー。 そうー この世界では”身体リサイクル法”という法律が 制定されていたのだったー。 楓は、それにより、”他人の身体”を使って 生活を送っているのだったー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22世紀に突入し、 社会は、より高度な技術を手に入れ、 現代よりもはるかに利便性の向上した暮らしを 人々は手に入れていたー。 しかし、 その一方で貧困の格差はさらに広がり、 治安は悪化ー、 2150年を過ぎた頃には、 ”刑務所不足”が問題となりつつあったー。 犯罪を起こす人間を逮捕しても、 異空間にその人間を閉じ込めておくわけではないー 必ず、どこか”場所”が必要になるし、 脱走などを防ぐために”しっかりとした設備”も必要となるー。 警備員はロボットで代用することも可能になってはいたものの、 それでも、人手はある程度必要になるのも事実だったしー 何よりー”資金不足”に陥っていたー。 増大する犯罪者に対応できるだけの 刑務所を維持するだけの費用が確保できずに、 まさに刑務所は”破裂”寸前となっていたのだー。 しかしー ”財源”がない以上ー 刑務所をこれ以上増やすこともー 逮捕された犯罪者をこれ以上生活させることも困難な時代が到来したのだー 刑務所が維持できなくなり、犯罪者たちが野放しになる時代ー ”刑務所のビッグバン”と呼ばれた恐ろしい現象は、 着実に”現実”のものとなろうとしていたー。 とはいえ、行政も簡単に動くことはできなかったー。 ”少子高齢化”が、さらに進み、 現在では”未婚”も当たり前の選択肢の一つとして、 この世界では拡大しているー。 100年以上昔に起きたとされる、 感染症の拡大を契機に、 未婚率の上昇は再び増加に転じー、 22世紀も後半となった現在、上昇は既に止まってはいるものの、 とても、財源をまともに確保できるほどの子供は生まれておらず、 社会の色々な箇所で、このような”綻び”が生まれつつあったー。 ”刑務所が維持できずに破裂” そんな、恐れられた事態を回避するためにー 22世紀の政治家たちは、必死に対策を考えたー。 しかしー 財源を既に確保することが困難な異常ー 刑務所を増やすことはできず、 治安の悪化も、今現在の状況を保つのがやっとだったー 「最悪、刑務所がオーバーヒートして、犯罪者たちが 野放しになるぐらいならー ある程度”処分”するしかないのではー?」 政治家の一人は、そう呟いたー。 重罪を冒している人間は、”死刑”という形で 積極的に減らしていくしかないー、と。 「しかし、それではー…」 当然、反対意見も生まれるー。 けれどー 既に服役中の人間が増えたことで、 服役中の人間を食べさせていくことも、困難な状況ー。 綺麗事を口にしている場合ではなかったー。 ”批判”覚悟で、死刑を拡大していくしかないー。 そんな、結論で話は進みつつあったー だがー。 「ーお待ちください」 政治家の一人は、そう呟くー 「ーー犯罪者と言えど、大半の人間は”健康体”ですー。 その人間を死なせてしまうことは、やはり、惜しいー」 その言葉に、別の政治家は反論したー。 「ーーしかし、そのようなことを言っていてはー 刑務所はパンクしてしまう。 犯罪者が野放しになるようなことになったら それこそ、社会は終わりだ」 その意見は最もだったー。 しかしー 「ーー”身体のリサイクル”」 最初に”健康体の犯罪者を死なせるのは惜しい”と言葉を口にした 男が、そう言葉を続けたー 「ーー身体のリサイクル?」 他の政治家たちが反応するー。 「ーえぇー。 ”人間を他人に憑依させるー” 現在、医療業界で開発が進められている最新技術ですー。 本来、医療目的のようですが、 これを使って見てはどうでしょうか?」 その男の提案はー ”憑依”を使い、病気で余命あとわずかな人間や、 身体が不自由な人間に ”犯罪者の身体を使ってもらう”というのはどうだろうかー? と、いう提案だったー。 それが可能になれば 生きたいけど生きられない人間ー、 そして、不本意ながら身体が不自由になってしまった人々を 救うことができるー、と。 その上、”健康である身体”を処分する必要もなくなるし、 憑依された犯罪者の意識は完全に封じ込められるためにー 刑務所から”憑依された犯罪者”を釈放しても、問題は起きないー、 とも、その男は説明したー。 「刑務所問題も解消しますし、服役する人間が結果的に減れば コストもかからなくなりますー」 男の提案に、周囲は反発するー 「そうなれば、色々社会の仕組みを変える必要があるー」 と、反対する者もいれば、 「ーそれは、服役中の人間にとっては、死ぬことと同じではないかー?」 と、”死”と”憑依されて乗っ取られること”を同一視する人間もいたー。 それでもーー 「”刑務所のビッグバン”が発生して犯罪者が野放しになるか」 「犯罪者を積極的に死刑にしていくかー」 「身体のリサイクル法を作るかー」 男は、そう叫ぶと、 他の会議の参加者たちに向かって言い放つー 「選択肢は”3つ”しかないのですー。 さぁ、屁理屈なしで、どれが一番最良の道か、話し合おうではありませんかー」 そうしてー その数年後”身体のリサイクル法”は、制定されたー。 それから長い年月が流れてー23世紀に突入した今ー ”身体のリサイクル”は当たり前のものとなっていたのだー。 「ーーーーーわたしのこと、イヤになったりしてない?」 楓が不安そうに呟くー。 「そんなわけないさー。身体は変わっても、楓は楓だしー」 翔太はそう言うと ”既に別人の身体”になっていた楓を優しく抱きしめたー 楓は今ー 子供を夫と共に虐待して命を奪い、逮捕されていた20代前半の女性に憑依して、 その身体で、生活を送っていたのだー。 正直ー ”複雑な思い”はあったー。 翔太たちが生きる今の世の中、 ”身体のリサイクル”は当たり前のように行われていて、 特別なことではないー。 しかし”リサイクル体”になることを嫌う人間は少なくないし、 やっぱり”生まれた身体で生きたい”という人間も、多いー 一方でごく一部、男が女になろうとしたり、 女が男になろうとしたりする目的で、 憑依を利用したりしようとする人間もいるものの、 楓は”できれば自分の身体で生きたい”と考えていたようだったし、 翔太自身、”中身が楓”だと分かっていても、 どうしても、その身体は別人の身体であることに 複雑な感情を抱いているのは、確かだったー。 「ーー他人の身体になるって、やっぱアレかー? 色々、違うのかー?」 翔太は、楓が”身体のリサイクル”を利用した際に、 そう尋ねたー。 「ーーうんー…全然違うよー。色々なところがー… なんていうか…普通に動いているだけで かなり感覚が違うしー… ほら、声も違うでしょ?」 楓が今使っている女の身体は、どことなく”元ギャル”っぽい感じの声だったー。 実際、逮捕前の写真を見ると、そういう感じの風貌で、かなり派手な感じだー、 今は、楓が憑依したことで、黒髪の穏やかな雰囲気になっているものの、 元々はそういう人間だったのだー。 「ーー…鏡で自分の姿が映ると今でも「え!?誰!?」ってなるしー」 笑う楓ー。 「あと、味!味覚が、全然違うから、 好きだった食べ物も嫌いになったり、嫌いだったものが好きになったりー… 味ってこんなに人によって感じ方が違うんだなぁ~…とか」 楓の言葉に、翔太は「色々大変なんだな…」と、呟くー。 男が女に憑依したり、 女が男に憑依したりすればー ”明らかに色々違う”のは、憑依を経験していない翔太でも 安易に想像することができるー。 しかしー 楓のように、同性の身体に憑依しても、 やはり、その違和感や、違いは、非常に大きなものなのだろうー。 それからー もう数年が経過しているー 今では、楓もすっかり”新しい身体”に 慣れた様子ではあったものの、 時折、昔の写真を見つめたりすると、寂しそうな表情を浮かべるー。 楓は、この女の身体に憑依したあとー ”自ら希望して”自分の身体の死に立ち会ったー。 リサイクル法を使い、別人の身体に憑依すると ”元々の自分の身体”は抜け殻となり、そして、死んでいくー。 その様子は、基本的に見ない人間がほとんどなのだが、 楓は”今までお世話になった自分の身体なので…”と、 自ら希望して、自分の身体の死を見届けたー。 楓は生きてるー でも、楓は死んだー。 ”自分の身体の死”を看取るのはー 言葉では言い表しようのない、寂しさがあったー。 けれど、楓はそれを心に刻んでおきたかったー。 自分の死をー。 あれから数年が経過してー 翔太とは今でもうまくやれているしー 何よりー 手と、足が、こうして、普通に動くー そんな生活は幸せだったー。 身体のリサイクル法を使って、 こうして、今、普通に生活できていることはー とても幸せだし、 楓は後悔していないー。 「ーーー…俺、これからも楓のこと、ずっと支えていくからー」 翔太も、楓のことを、身体が変わっても、変わらず、大切に想っていたー。 「ーーありがとうー」 楓は、自分のものじゃない身体で、そう微笑むとー 少しだけ、身体を乗り換えた当時のことを思い出して、 寂しげな表情を浮かべたー ②へ続く ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 皆様こんばんは~(?)★! (こんばんはの時間じゃないかもデス…!) 今回は”身体のリサイクル”というお話を 解体新書様に掲載させていただきました~!☆! とっても個性的な(?)世界のお話ですネ~! 未来の世界や、 ディストピアな世界を描くお話の時は、 その世界の設定を考えるのも 私の密かな楽しみのひとつだったりするので、 いつも楽しく世界を作ってます~笑 次回の②では、”リサイクルされる側”を、 描いていくので、どんな風に憑依されちゃうのか 楽しんでくださいネ~! |