安らかな最期
 作:無名


その世界ではー
”安楽死”が認められていたー。

そして、その”安楽死”には、
”憑依”が用いられていたー…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーこれで、苦しみから解放されるんですねー…」

入院中だった女性がそう呟くー。

「ーーーーそうですね」
担当の医師は、少しだけ寂しそうにそう呟くー。

「ーーそんな顔しないでくださいー。
 もう十分、感謝しきれないほど、先生にはお世話になりましたー」

その女性がそう呟くー。

だがー…
彼女は”余命宣告”を受けており、
もう治ることのない病気を患っていたー。

しかも、定期的に耐えがたい激痛が彼女を襲い、
彼女はいつしか”死”を望むようになっていたー。

助かる可能性があるのなら、この痛みに耐えてもいいー。
でも、どうせあと少しで死ぬのなら、
今すぐ楽になりたい、とー。

そんな彼女ー、清美(きよみ)が選んだのが
”安楽死”という選択だったー。

まだ20代の娘の”安楽死”に両親も最初は反対したー。
しかし、病気による”激痛”が娘を襲いー、
顔を歪めー、のた打ち回る姿を何度も何度も目撃して、
その考えを変えたー。

清美の”病”は、もう治ることのない状態ー。
それでいて、本人が望んでいるのであればー、
と、最終的には家族も了承したー。

「ーーもうー、あの痛みを感じなくていいと思うとー、
 ーーー正直、ホッとしますー」

清美が少しだけ悲しそうにー、
けれども嬉しそうに言葉を口にしたー。

担当医の坂部(さかべ)は、今までにも何人もの患者と
向き合っていたー。
けれど、何人の死を看取っても
”自分がこれから死ぬ”という覚悟を決める心情は、
想像はできても、実感としては湧いてこなかったー。

当たり前だー。
まだ、余命宣告されたこともないし、死を確保するような場面に
直面したことはないのだからー。

「ーー”憑依”なら、痛みも何もないんですよね?」
清美が少し心配そうに確認するー

「ええ。大丈夫ですー。
 なにも」

Dr坂部がそう答えると、
清美は「本当に、ありがとうございましたー」と、深々と頭を下げたー。

「ーーお願いします」
清美が、そう言葉を口にすると
Dr坂部は頷き、無線のようなもので「憑依、お願いします」と、
言葉を口にしたー

ピクッと震える清美ー

「ーーーーへへっー…」
清美が途端にニヤッと笑みを浮かべて、
そのまま胸のほうを見つめるー。

「ーーー」
Dr坂部は少しだけ不快そうに表情を歪めるも、
「では、これから”終点”へと向かってもらいます」と、
言葉を口にするー。

「ーーへへー。もちろんー」
憑依された清美はニヤッと笑みを浮かべながら笑ったー。

”憑依薬を用いた安楽死”
この世界では、それが行われていたー。

2180年ー
”安楽死”の制度が正式に導入されたー。
それを望む人間が増えたことも当然あったが、
それ以上に”医療にかかる費用”など、
そういったものが、行政的に支えきれなくなりー、
苦肉の策で導入されたのが”安楽死”だったー

死を待つだけの人間が、安楽死を選ぶことで
”医療費”が掛からなくなるー。
病院のベッドも、空くー。
本人が望んでいる以上、互いにWin-Winとなる。

人道的な点は、さておき、
2180年の世界では、もう綺麗事を言っていられるほどの余裕が
”世界”には残されていなかったー。

だが、実際に安楽死が導入されてみると、
”問題”いくつか起きたー。

安楽死を希望した本人が直前になって
パニックを起こし、トラブルが相次いだことー。

安楽死を行う過程でも、本人が
突然苦しみ出し、周囲の人間にも伝わるほどの
とてつもない苦痛を味わうことがあることー

安楽死の担当をする医師の、
精神的な負担が大きすぎることー。

そういった問題が起きー、
政府は”安楽死”に”憑依薬”を導入することを決断したー。

死を希望する人間に、
”死を与える人間”が憑依しー、
そのまま命を絶つー。

そんな、方法だー。

”憑依”された人間の意識は
心の奥底に封印され、”何も”感じない状態になるー。
通常の睡眠よりも、薬で眠らされている状態よりもー
さらに”深い”眠りについているー…
そんな、状態ー。

そして、憑依を用いることで、直前になってパニックに陥るような
こともなくなり、心の準備も必要なくなりー、
さらには憑依されている本人が苦痛を感じながら死ぬこともなくなったー。

「ーーーーーさて、と」
”終点”と呼ばれる安楽死専門の部屋にやってきた清美は
笑みを浮かべるー。

安楽死のための専用の薬を前に、清美は胸を揉み始めるー

「うへへへっ…♡ へへへへ♡」

”憑依”を行うのはー
”安楽官”と呼ばれる職業に就く人々ー。

従来の安楽死には、”医師”が、最後の注射などをするために
医師の中には”人殺しをした”ような感覚に陥ってしまい、
精神的に負担を感じる人も多かったー。

しかし、この”安楽官”たちは違うー。
”憑依”を楽しみ、”他人の身体で死ぬこと”を楽しんでいる者たちばかりー。
それ故に、”安楽死により生じる、医師への精神的な負担”をカバーすることが
できる、という利点も”憑依による安楽死”にはあったー。

安楽官は、依頼を受けるとその対象に憑依して、
”その身体を死なせる”までを担当するー。

”身体が死ぬと”憑依から抜け出せるように”憑依薬が作られていることや、
安楽死に用いられる”憑依薬”には管理番号などがついており、
追跡も可能であるため、”身体の持ち逃げ”はできないようになっているー。

それでもーー

「ーーはぁ~~♡ 死ぬ前のもみもみはたまんねぇな」
清美は笑うー。

こうしてー
安楽死する直前に”その身体で欲望を満たすこと”は
禁止されてはおらずー、
それ故に”安楽官”を目指すマニアも多かったー。

またー
”他人の身体で何度も死を経験できる”ことに快楽を感じる者やー、
”苦痛に喜びを見出す”ー、俗に言う”M”のような人々ー、
”スキルを必要としない仕事のため”淡々と金稼ぎに使う者などー、

変わり者たちが”安楽官”を志しー、
そういう仕事についていたー。

今、清美に憑依している男もそうー。
彼はー、”下心”と、”自分を傷めつけること”が好きで、
安楽官になったー

「ーーふひひひひひひ よしよしー」
清美は、”依頼”を再度確認しー
”身体を傷つけないように”とは書かれていないことを
確認すると、
自分の身体にナイフを突き立てて笑い始めたー。

本人や家族が”身体を傷つけないこと”と、希望している場合、
安楽死の方法は限られるがー、
そうでない場合は”安楽官”の自由だー。

清美に憑依した男は、清美の身体を自ら傷つけー、
その痛みを感じながら、笑みを浮かべるー

「あぁぁぁぁ…いてぇ…いてぇ…ふひっ…ひひひひひひひ!」
耐えがたい激痛ー。
だが、所詮は他人の身体である故にー、
自分自身が死ぬことはないー

「ーはぁぁぁ…たまんねぇ…たまらねぇ…!」
清美は血の流れる自分の身体を抱きしめながら笑みを浮かべるー。

そして、その場に倒れ込むー。
動けなくなっていく感じー
気が遠くなっていく感じー
闇に堕ちていく感じー
これもまた、たまらないー。

安楽官として働くこの男は、そう思いながら
清美の身体で”死”を待ちながら
静かに微笑んだー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーーー」
不愉快そうに時計を見つめるDr坂部ー。

「ーーーー」
また”身体”をいたぶっているのだろうー。
そう思いつつも、”仕事”は確実にこなす彼に、
Dr坂部はいつも仕事を依頼しているー。

”安楽官”は依頼制ー。
特定の病院や医師の専属となる安楽官もいるが、
フリーの安楽官も大勢いて、
病院自体に専属の安楽官がいない場合、
こうして依頼を行い、安楽死をお願いしているー。

「ーーーーーーー」
Dr坂部が険しい表情を浮かべていると、
やがて端末に連絡が入り、
”処理を完了しました”と、清美に憑依していた男から、
そう報告があったー。

”いつもありがとうございます。またよろしくお願いします”
そんな文章を送り返し、Dr坂部はため息をついたー。

「ー人の身体で死ぬことを楽しむなんて、私には理解できん」
そう呟きながらも
”安楽官”がいるおかげで、今の世の中は回っているー、ということも
Dr坂部は理解しているー。

「ーーーーーー」
既に”死を待つだけの患者”をベッドに寝かせておいたり、延命するほど、
社会には余裕がないー。

だからこその”安楽死”の導入ー。

しかしーーー

「ーーーーーーー…」
ギリッと、Dr坂部は歯ぎしりをするー

”憑依による安楽死”には、
様々な”裏”が存在するー。

今回ー
ついさっきこの世を去った”清美”は、
そうではなかったもののー
”裏の憑依”というものがこの世には存在しているのだー。

それがー
”安楽死させる”と偽って、
そのまま身体を奪うー、というものー。
通常、安楽官が憑依した後は、先ほどの清美のように自ら死ぬー。

大半の”憑依”は、そう行われているー。

しかしー
中には”医師”と”安楽官”が結託してー、
そのまま死ぬ道を選ばずに身体を奪いー、
身体が動く間は存分に楽しむような悪徳安楽官もいるし、
最悪のケースでは
医師が”嘘の余命宣告”をして、安楽死を選ぶように
巧みに誘導し、グルの安楽官が身体を奪うようなことも
世の中では起きているー

「ーーふぅ…」
深々とため息をつくDr坂部ー。

”憑依による安楽死”の影で行われている
不正や”裏の顔”を知っているからこそ、
時々イヤになるー。

だがー、
この世界にはもう”余裕”がないー。
安楽死の導入をせざるを得なかったほどにー、
人を生かしておくほどの余裕がないのだー。

”憑依”された人間の意識は、完全に”途切れる”ことが
科学的に証明されているー。
清美に憑依した安楽官が、清美自信を刺したりしても、
清美本人は”何も”感じていないー。
少なくとも本人は一瞬で意識を失い、そのまま何も感じることなく死んでおり、
”苦しみのない死”であることには違いないー。

割り切るしかないー。
Dr坂部は、そう自分に言い聞かせながら、
”安楽死”した清美の後始末の手続きをするために
静かに立ち上がったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーへへへへへへーー…
 やっぱり、若い身体っていいもんだなー」

”安楽死”を望んでいた少女・美姫(みき)が
笑いながら自分の身体を見つめるー。

「ーー”先生”にはまだまだ生きて貰わないと困りますからねー」
部下のような男がそう言うと、
美姫はニヤリと笑みを浮かべながら
「ークククー…死を待つだけだった俺が、こんな風に生き延びることが
 できるとはなー」
と、胸を揉みながら言葉を口にしたー。

”憑依による安楽死”が導入された
表向きの理由は”安楽死する本人の負担軽減”や
”担当する医師の負担軽減”

しかしー…
Dr坂部ら、医師も知らない”裏”の理由があるー。

”裏”では恐ろしいことが行われているー

この世界の”偉い”人々がー、
”身体を乗り換えて永遠に生き続ける”ためー。

憑依による安楽死が始まった本当に理由は、それだー。
医療用に調整された憑依薬ではなく、
何の制限もない”違法”な憑依薬を用いて、
こうして身体を奪っているー。

”安楽死を希望する人間”の中には
病気で余命あとわずかな人間もいればー
単にー、”自殺”を望んでいるだけのような、そんな人間もいるー。

この”美姫”もそうだー。
美姫は、自分から”死にたい”と願い、安楽死を希望した少女ー。

しかしー…
そういった人間の場合”身体は健康”だー。

健康な身体は”高く”売れるー。
”金持ちの人々”にー。

「ーーしかしー、こんな健康な身体で安楽死を望むとはー
 よく分からんものだなー」

美姫に憑依した男ー…
数年前に引退して、ほぼ寝たきりの状態になっていた
元大物政治家の男は、そう言いながら笑みを浮かべるー。

「ーでも、おかげであなたが生きることができる」
部下の男がそう言うと、
美姫は「ククク…そうだなー」と、笑みを浮かべながら言うー。

「ー”新しい名前”を用意しておけー。
 それと、この小娘は安楽死したことになってるから
 多少は”見た目”も変えないとなー」

美姫はそう部下に指示すると、
部下は「ただちに準備しますー」と、笑みを浮かべたー。

”憑依による安楽死”
その裏ではー、安楽死と偽り、身体を奪うー

そんなことが、行われ続けているー。

ゆっくり、ゆっくりと始まっている崩壊ー。

やがてー、
”憑依”の存在が、社会そのものを揺るがすうねりになるのかもしれないー。

おわり

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皆様こんにちは~!☆!

今回は1話完結のお話にしてみました~!

”安楽死”に”憑依”の要素をミックスして
作ったお話ですネ~!

テーマは重めですが、
物語自体は”いつも通りの無名さん”な感じで
描けたと思います~!

”憑依”は、普段欲望のために使う描写が
多いですが、こういう風に何らかのルールに基づいて
活用するようなことも、上手く行けばできそうな感じも
しちゃいますネ~!

でも、作中でも悪用されてますし、
やっぱり他人に憑依する力は、欲望のために使われる運命なのかもしれません…☆!

解体新書様での掲載は、
次回で今年最後になると思うので、
年末年始っぽい作品を選ぼうかな~と、今からこっそり考えています~!
(急に気が変わるかもですケド…笑)

それでは、今回もありがとうございました~!☆!
どんどん寒くなってくるので、皆様も体調を崩さないように気を付けて下さいネ~!