12月32日②~修正作用~(完)
 作:無名


”12月32日”

年明けを迎えることが出来ず、
何故か12月32日に入り込んでしまい、
しかも女体化してしまった彼の運命はー…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「安心するんじゃー
 バグはすぐに修正される」

老人のその言葉に、
洋輔はさらに困惑していくー。

横では「わ~…髪長いってすごいなぁ」
と、嬉しそうにしている昭ー。

同じく12月32日に迷い込んでしまった境遇にいるはずなのにー
妙に能天気というか、動揺している様子が全くないー

「ー12月32日は”この世のバグ”
 だから、性別が変わってしまったり、街がこんなザマだったり、
 色々おかしくなっているのじゃー

 でもー
 ”今日”が終われば、元の世界に戻れるー。

 今まで儂はこの12月32日に長くとどまり、
 この世界のバグたるこの場所を調べ続けて来たー

 今までにもお前さんたちのように、12月32日に迷い込んだ
 人間をイヤと言うほど見て来たー。

 けどー…
 見ての通りじゃー。
 ”周囲には誰もいないー”

 今までここに来た人たちは、どうなったと思う?」

老人の言葉に、
洋輔はゴクリと唾を飲み込むー

「まさか、死ー…」
洋輔がそう言うと、老人はかすれた声で笑ったー

「はははははー
 死体もないじゃろう?
 儂一人で遺体を丁寧に処理して、火葬なんかできると思うか?

 大体ここじゃ、火を起こそうとしてもなぜか凍ってしまうー
 これも、バグじゃなー」

老人がそこまで言おうと、
洋輔に対して笑みを浮かべたー。

「ー言ったじゃろ?バグはすぐに修正される、とー。
 今日が終わればお前さんたちがこの世界に迷い込んだというバグも
 修正されて、
 元の世界に戻るー。

 だから、安心してここで1日、過ごしてもらってもいいー。」

老人のその言葉に、昭が笑うー

「な~んだ!じゃあ、今日1日ずっと女の子として
 楽しんでればいいってことですね!?」

昭が再び嬉しそうに胸を揉み始めると
老人は「ま、そういうことじゃな」と、笑みを浮かべたー。

そのまま老人は杖をついて、立ち去って行こうとするー。

「ーーーーー」
洋輔は不安そうにしながらも、
「あ、あなたは何故ずっと”ここ”にいるんですかー?」と尋ねるー。

「儂か?」
老人は振り返って笑みを浮かべるとー

「儂は、この世界に留まることを強く願って、ずっとここにいるー。
 ”12月32日”は、おかしな世界じゃー
 ゲームなら、回収レベルのバグだらけの世界ー。
 でも、儂はここが気に入ったー
 だから、ずっと、この世界にいるー。」

と、答えたー。

何だかよく分からないが、
この老人本人が”ここに残りたい”と強く願っていることで
この世界に留まっているー…
と、そんな状況のようだー。

「ーーま、せっかくじゃー。
 12月32日を観光していくといいー。

 ただー…
 ここからあまり離れた場所はーーー…
 ”どうなっているか”儂にも分からないー。

 ここに来るまで、お前さんたちも”色々なおかしな状態”を
 見て来たじゃろ?

 あまり遠くに行くと、危険な”バグ”もあるかもしれないからー
 気を付けるんじゃぞー。

 この周辺ならー
 危険な場所は特にないー
 それは儂が保証するー」

老人はそれだけ言うと、今度こそ立ち去ろうとしたー

「あ、あの!」
洋輔はなおも叫ぶー

「なんじゃー」
流石に疲れたのか、老人が少しうんざりした様子を見せると
「ってことは、楓はー…
 あ、あの、俺と一緒に初日の出を見ようとしていた彼女は
 無事ということですかー?」
と、洋輔は叫んだー。

それだけは、どうしても確認しておきたかったー。

「無事じゃー
 今頃はーそうじゃなー
 2023年1月1日を迎えているー」

その言葉に、安堵の表情を浮かべる洋輔ー。

しかし、それと同時に”俺が急に消えたら”心配してるだろうなー
と、困惑の表情を浮かべるー

「ーー心配ない」
見透かしたかのように呟く老人ー

「毎年、お前さんたちが初日の出を見ようとしていたあの近辺で
 何故だか”バグ”が起きるー。
 
 儂も最初、この世界に来た時、あの周辺で12月32日に迷い込んだー

 あの辺に何か…この世界とつながる”世界のバグ”が
 あるんじゃろー。

 ーーまぁ、それは儂が今、研究している課題の一つじゃから、
 まだ答えは見えていないんじゃがー

 よく考えてみろー」

老人がそう言うと、
考え込む洋輔に対して、昭が「あっそうか!」と、胸を揉みながら叫んだー

「ーなんでこういう時だけ冴えてるんだよー…
 ってか揉みすぎだろー」
洋輔が呆れ顔でそう呟くと、
昭は「ーーあそこで人が消息を絶ったなんてニュースは、聞いたことがない!」
と、ドヤ顔で言い放つー

「その通りー」
老人はそう呟くと、

「世界には修正能力があるー。バグもそうー
 12月32日に迷い込んだお前さんたちは、今日が終われば”修正”により
 元の世界に戻れるー

 これまでにも、元の世界に戻っていく瞬間を何度も見たー

 そして、元の世界では”あの場所で人が消息を絶った”というニュースは
 出ていないー
 これまで何人も、お前さんたちがいた場所からここに飛んできた人間と
 儂が会っているにも関わらずー、じゃ。

 それはつまり、”修正”作用が働いているということー。
 お前さんたちは元の世界に戻った瞬間、周囲の人間も含めて
 記憶が上手く調整されるかー
 あるいは2023年1月1日の瞬間に戻るのかは分からんがー、
 とにかく、”問題ないように修正される”んじゃー。

 そうでなきゃ、お前さんたちがいたスポットで
 毎年のように行方不明者が出ていると騒がれているはずであろう?」

老人の言葉には、説得力があったー。

確かにあの場所で行方不明者が出たというニュースは聞いたことがないー。

だが、この老人は洋輔たちがいた近辺からここに迷い込んだ人間と
何度も会っているというー。

それはつまり”何の問題もなく”元の世界に戻れることを意味するー。

「ーーじゃがー」
老人は少しだけ表情を歪めたー

「元の世界で12月32日の話を聞いたことがないんじゃったらー
 恐らくは”今日が終わればお前さんたちから今日の記憶は消える”
 ということじゃろうー。

 だから、元の世界に戻れば儂のことも覚えていないだろうし
 ここのことも覚えていない」

老人はそこまで言うと、今度こそ満足そうに笑みを浮かべてー
「1日限りの貴重な経験ーゆっくり楽しみなさい」と、
呟き、そのまま立ち去って行ったー。

「ーえへへへ…は~い!」
昭はそう言うと、
「今日はわたし、1日、蒼(あおい)ちゃんになる~♡」
と、急に女の子のような振る舞いをし始めたー

「ーな、な、なんだよそれー…俺はいいよー」
洋輔が戸惑った様子でそう呟くと、
「ーほらほら、よーかちゃんも恥ずかしがらないで!」と、
昭が笑いながら、洋輔の手を引っ張り始めるー

「よ、よ、ようかー!?
 お、俺はそんなことには付き合わないぞ!」

洋輔が戸惑いながら、昭から手を離すと
「なんだ~…せっかくなんだから楽しみましょうよ~?」と
苦笑いするー。

「ーーお、俺はいいってー
 なんかほらー自分の身体が女になったって言っても
 あんまり”自分”っていう実感がないしー
 なんか浮気してるみたいな気持ちになっちゃって
 頭がおかしくなりそうだしー」

洋輔が可愛い声でそう呟くと、
「俺はどこか適当な場所で休んで、明日になるのを待つよ」と、だけ呟いたー・

「ちぇっー…じゃあ、僕はとりあえず一人で色々回ってみます」
と、昭が言い放つー。

「あんま遠く行くなよ?さっきのじいさんも言ってただろ?
 12月32日の世界の中では、ここから離れた場所が
 どうなってるかは分からないって」

洋輔がそう言うと、昭は「はいはい」と言いながら
そのまま立ち去って行ったー

「ーーーーそれにしてもー」
一人になった洋輔は、自分の手を見つめるー

「綺麗な手だなー…
 これが自分の手だなんてー
 やっぱ、あんま意識すると、頭おかしくなりそうだから
 静かに今日1日が終わるのを待つかー」

と、呟くー。

ふと時計を見るー。

時計は既に朝の8時を示しているがー
”12月32日”の世界は暗いままー。

「ーーーあ~…朝とかそういうのもないのかこの世界ー」

洋輔は、そう呟きながら、
少し休めそうな建物を見つけてその中に入るー。

大体の建物が植物に覆われているがー
ここはとりあえず中に入ることが出来るー。

建物はボロボロだったが、
中は何故かゴージャスなキラキラしたお姫様のような部屋ー

思わず一瞬、外に出てもう一度建物を確認してしまったが、
これも恐らく、このおかしな世界のバグなのだろうー。

色々なものが、この世界では狂っているー。

”なんか暗くて不気味だしー
 あの赤い月も不気味だしー
 ここで過ごすかー”

あと半日程度ー
特にやることもないし、
正直早く戻りたかったがー
あの老人の言う通り、今日と言う日ー、
12月32日が終わらないと、元の世界には戻れないようだしー

そう思いながら

「あ、そういえば、トイレとかも別に行きたくならねぇなー
 この世界だとー」

ふと、そんなことに気付いた洋輔は
「ー実はここは死後の世界でした!とかないよな?」と、
一瞬不安になったものの、
自分の綺麗な手をつねくってみると、ちゃんと痛みもあって、
赤くなったのを見て
「よし、生きてる。大丈夫だ」と、笑みを浮かべたー。

まぁー、この世界なら何が起きても仕方がないー

”世界の”バグ修正能力とやらに期待してー、
洋輔はここで寝ながら1日を過ごしー、12月32日が終わるのを待ったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーひっ… ひっ…!?!?!?!?」

”12月32日”の世界を探検していた昭は、
その綺麗な顔を極限まで歪めていたー。

「ーーな、な、な、な、なんだこいつー!?」

老人の忠告を無視して、かなり離れた場所の森に
やってきていた昭は
”巨大な蜂”と遭遇してー
そのまま悲鳴を上げたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーー…!」

洋輔が目を覚ますー。

「ーーーー…お、23時50分ー
 ナイスタイミング!」

そう言いながら起き上がると、
「ーそういや、あの緊張感ないやつは、どうしたかな?」と、
呟きながらも、”まぁ、アイツも元の世界に戻れるだろ”と、
特に興味もなさそうに呟いたー

12月31日から、12月32日に飛ばされた時も一瞬だったー。

「ーあ…!」
ふと、元の世界に戻った時もこの場所で、元の世界に戻る可能性を考えて
慌てて建物から出るー。

この建物が元の世界で”何”だったかは知らないが
場所次第では不法侵入者扱いされたり、大変なことになりかねないー

慌てて外に出ると、
髪が手に触れて今更ながら少しドキッとするー

「どうせならー少しお楽しみでもしておけばよかったかなー?」
洋輔は可愛らしい声で少しだけ笑うと、
「ま、いっかー」と、呟くー

「ーもう、時間じゃなー」
老人が背後から姿を現すー。

「あ、どうも」
洋輔が頭を下げると、
「ーあなたは、帰らなくていいんですか?」と改めて確認するー

「儂はいいー。ずっとここに残りたいと頑固に思い続けてー
 もう長いことここにいるー。
 この謎の世界をもっともっと知りたいんじゃー」

その言葉に、洋輔は「変わった人ですねー」と笑いながらも、
「まぁ、でも、ありがとうございますー」と、頭を下げたー

そしてー
12月32日が終わるー

洋輔は目を閉じー

老人は、女体化した洋輔が雫となって消えていくのを確認したー

「ーーふぅー今年もこの世界の”バグ”に巻き込まれた者が
 帰ったかー」

老人はため息をつくと、
「儂はまた、色々調べるとするかなー」と、
ほとんど人のいないこの世界に妙な心地よさを感じて、
笑みを浮かべたー

”バグは修正される”

元の世界でー
洋輔のいたあの場所で”人が行方不明になった”というニュースは聞いたことがないし、
事実、存在しないー。

故にー
この世界の不具合で、12月32日に迷い込んだ人間も、
ちゃんと”修正”されているー

世界の修正能力でー。

2023年1月1日ー

年明けを迎えた楓は、一人嬉しそうに拍手をするー。

「ーーーーー」
その隣に、洋輔は居ないー。

1秒前まで隣にいたはずの洋輔ー。
しかし、それを全く気にする様子はなく楓は友達にスマホで
新年のあいさつをしながら、
初日の出の時間を待つー

”それにしてもわたし、何で一人で初日の出見に来ようとしたんだっけー?”

楓は少しだけ首を傾げながらー
”でも、まぁ、たまにはいいよねー”
と、一人で微笑んだー

楓に”彼氏”はいないー。

この世界の不具合は”修正”されるー。
世界の流れに”大きな問題”が起きないようにー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーー…な… なんだ…これーー?」

何もない黒い世界ー。

そこに、洋輔はいたー

”9.999999999999999999999999月9999999999999999日”

スマホの表示を見て、洋輔は恐怖するー。

ごく稀にー
世界の”バグ”に巻き込まれる人間がいるー

しかし、”世界”はそれを修正するー。
大まかな流れに影響がないようにー

世界をアップデートする。

バグは消さなくてはならないー。
それが”デバッグ”だー。

バグで異世界に迷い込んだ人間は、もはや人間ではない
この世界にとって”バグ”の一つだー。

バグは、デバッグされるー

そう、最初からいなかったことになるのだー。

“0”

スマホの表示が無に変わり、その場に落ちるー。

何もない世界、唯一残されたスマホも、やがて光となって消滅したー

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とっても怖い結末の物語でした~☆

なんだか「世にも奇妙な〇〇」に
出て来そうな不気味な世界になってしまいましたネ~笑

本人にとってはとっても災難でしたが
彼女にとっては、”修正”されて彼氏がいたことも
忘れているので、不幸になったのは本人ひとり…
という結果に…☆

今年は、まだあと半年ほどありますが、
私も、皆様も、32日に迷い込まず、
無事に年越しできるように祈りましょうネ~笑

お読み下さりありがとうございました~~!

これからもっと暑くなると思いますので、
熱中症にはお気をつけて…☆!