”見える”男②~見える故の生き方~(完)
 作:無名


小さい頃から
”憑依されている人間”の背後には”憑依している人間”が見える男ー。

彼はそれでも、深くそのことに関わらないように
割り切って生きて来たものの…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ーーーー!!!」

大学で親しくなって1年ほど前から
付き合い始めた彼女・麻由里ー。

1年が経過した今でも、
麻由里とは付き合い始めた当初と変わらず、
良好な関係を続けていたー

しかしー

「ーーー……」
その麻由里の”背後”に、
今日ー…

”疲れた表情のおじさん”の霊体が見えるようになったー

それはつまりー

「ーそれで、来週の土曜日なんだけど、
 待ち合わせ場所は~」

いつものように楽しそうに話している麻由里ー。

そんな麻由里の言葉を遮り、魁人は言葉を口にしたー

「麻由里ー…」

背後に、霊体が見えるようになったー
それはつまりー
”麻由里が憑依されたこと”を意味するー。

昨日、最後に会った時点では、
麻由里の背後に霊体は見えなかったー。
しかし、今は見えるー。

それが意味しているのはー
”昨日、大学帰りに別れたあと、今日、大学で会うまでの間に
 麻由里は、背後に見えているおじさんに憑依された”
と、いうことだー。

「ーーー……え?どうかした?」
麻由里が少しだけギクッとしたかのような表情を浮かべるー。

だがー
今、話している限りでは、麻由里は”いつもの麻由里”だー。

「ーーー…」
”憑依”のことを確認しようとは思ったもののー
そのことに違和感を感じて、魁人はそのまま言葉を止めたー

「いや、なんでもないよー」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”ごめんごめん、残業頼まれちゃってー
 連絡遅くなっちゃったー”

夜10時ー。
姉の麗華(れいか)から、電話がかかってきたー

大学が終わってすぐにLINEで”姉さんに聞きたいことがあるんだー”と
魁人がメッセージを送ったため、
仕事を終えた姉がわざわざ電話をかけて来てくれたのだー

「ーーこんな時間まで残業?大変だなぁ」
魁人が言うと、姉は”ふふんー新人OLは大変なんですぅ”と、
少し誇らしそうに言い返してきたー

”それで?わたしに聞きたいことって?”

姉の麗華はー
魁人が小さい頃から”憑依”されているー。

憑依のことを知った直後、姉のことも追及したもののー、
それはあくまでも”背後に霊体が見える人間は、本当に憑依されているのか”を
確かめるためで、
それ以上の追求はしていないー

今ではお互いに
”姉さんは憑依されている”
”魁人に”憑依”のことを知られている”と、理解しながらも
姉弟の関係を続けていて、
お互いに何だかんだで本当の姉弟のような信頼関係を築いているー。

”あ~~…彼女さん、憑依されちゃったんだ”

今日の出来事を伝えると、姉がそう呟くー

「でもさ、不思議なんだよー」

”なにが?”

「麻由里って言うんだけどさー、
 その子、”おじさんが背後に見えるようになった”けど、
 昨日までと同じように普通に話してるんだー」

魁人が言うー。

高校時代、隣の座席だった少女・麻美が憑依されたときには、
文字通り”豹変”したし、他にも憑依される前と後を知っている人間はいるが
いずれも”元のその人”とは違う振る舞いをしていたし、
記憶もない様子だったー。

”それはね~アレじゃない?”記憶も奪えるタイプ”使ってるんだよきっと”
姉が言うー。

「記憶も奪えるタイプ?」

”そうー。”

姉はそう言うと、

”ほら、例えばコーラにも色々な種類があるでしょ?
 それと同じで憑依薬にも色々あって、
 例えばわたしが使ったやつは、記憶を引き継がないタイプだけどー、
 魁人の彼女さんに憑依した人は、”記憶も奪えるタイプ”
 使ったんじゃないかな?

 記憶と身体を奪えれば、元々の本人として振る舞うことも簡単だしー”

と、説明してくれたー

「ーはぁ~…そんなもんもあるのかー…
 じゃあ、麻由里に憑依したおじさんは、麻由里の記憶を読み取って
 麻由里のフリを続けてるってこと?」

”おそらくねー
 だってほら、魁人以外が相手じゃ、ふつう、本人のフリされちゃ
 気づかないでしょ?”

姉の言葉に「どうしてそんなこと?」と首を傾げる魁人ー

”さぁ…
 他の憑依する人の気持ちは分からないけどー

 たぶんー…
 自分の人生に疲れて、女子大生そのものになりたいとか
 そういう理由なんじゃないかなー?

 わたしの勘だけどー
 たぶん、その人、魁人が何も言わなければ
 ”ずっと彼女さんのフリ”を続ける気がするなぁ”

そう姉に言われた魁人は
「そっかー…遅いのにごめんな 参考になったよ」と、
お礼の言葉を口にするー

”ふふふー 何歳になってもいいお姉ちゃんでいたいし!”
姉のそんな言葉に、
「もう十分、いいお姉ちゃんだよ、姉さんはー」
と、魁人は笑いながら答えたー。

電話を終えた魁人は、ため息をつくー

確かに今まで”親しい人間”が途中から憑依されたケースはあまりなかったー。

”出会った時から憑依されていた”人や
”そもそもあまり親しくない人が憑依された”ケースが多く、
そのため”記憶を維持できるタイプ”があるなんて知らなかったー

「どうすっかなぁ…」

「ーー魁人に大切な人が出来たとしてー
 その人が、”憑依”されちゃったりしたら、どうー?」

彼女ができるちょっと前だろうかー
1年以上前に姉・麗華に言われた言葉を思いだすー

「ーーどうってーーー?」
魁人は静かにそう呟くと、
「ー俺の性格、よく知ってるだろ?姉さんー」と
言葉を一人で口にしたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日ー

「ーー俺、見えるんだー」
魁人がそう言い放つー

麻由里が動揺した様子で魁人のほうを見つめるー

「ーーいや、慌てなくていいー
 別に怒ってないし、追求するつもりもないー

 ”見える”以上、
 1個1個の憑依にキレてたら俺の心が持たないしー
 とっくの昔に俺は割り切って生きてるからー」

魁人は、麻由里が返事をする前に、
そう言い放つとー、
「ー”記憶”残るタイプなんだろ?
 だったら先に確認しておきたい」と、
魁人は言うー。

「ーーいつか、俺のことを捨てようとしてるならー
 離れようとしてるなら、
 この場でさっぱり関係を解消してほしいー

 でもー…そのまま”彼女”として振る舞い続けるつもりならー
 俺はもうこれ以上何も言わないー
 だから、そのまま麻由里として、これからも俺と
 普通に仲良くしてほしいー」

魁人は”先”に相手がどうしたいのかを確認だけしておきたかったー。

大事な麻由里が憑依されても、
ドライな対応なのはー
”小さい頃からずっと”見える”環境に生きて来た故”に
身についてしまった対応ー

”憑依されている人間”はそれなりにいるー。

ひとつひとつの事案にキレていたら、
魁人本人が言う通り、心が持たないー

それに、姉のように
”話せば良好な関係を築ける”人はそれなりにいるー。

「ーーーー……わたしはーー
 これからもずっと、魁人のこと、大好きでいるつもりだよー」

麻由里は、魁人の意を受け取ったのかー
”素の自分”を出すことなく、
麻由里として振る舞い続けたー

姉の言う通りー、
”ごく普通の女子大生”としての生活を
楽しむことだけが、目的なのかもしれないー

「わかったー。じゃあー…
 この話は終わりだー」

魁人は、それだけ言うと、
それ以降、二度と麻由里のことを追求することはなくー
麻由里を麻由里として、そのまま扱い続けたー

やがてー
大学を卒業して、社会人になり、
麻由里にプロポーズをした魁人ー

麻由里は目に涙を浮かべるー

「ーーい…いいのー?だ、だって、わたしー」

”中身はー”、
そう続けようとした麻由里ー

だが、魁人はその言葉を止めて
「約束ーしただろ?」
と、”その先は言わないように”と、促すー。

麻由里は目に涙を浮かべながらー
静かに頷いたー

”憑依して乗っ取った女”の彼氏がー
こんなに優しい人で、本当によかったー

今やー、麻由里に憑依した男は、
元々の自分が何者か、など関係なくー
魁人のことを、心の底から好きになっていたー。

「ーーーーーありがとうーー」
麻由里の言葉に、魁人は静かに頷いたー

二人は無事に結ばれー、
結婚式の日も近付く中、魁人は姉と久しぶりに会うことになり、
近場のカフェで会話を交わしていたー。

「ーじゃあ、来週の式の話は、そんな感じかなー」
姉がそう呟くと、
魁人は「ああ」と、頷くー

「ーーーそれにしてもー…」
姉はそう呟くと、魁人のほうを見て
「ー何で、魁人には”見える”んだろうね?」と、
ココアを口に運びながらそう呟くー。

「ーーさぁー?
 他にも”見えてる”やつはいるのかもしれないけどー
 俺は会ったことないしなー」

魁人はそう呟くと、
姉は心配そうに言うー。

「辛くないー…?
 
 …してる側の当事者のわたしが言うのもアレだけどー」

そんな言葉に、魁人は
「ーいやー…もう割り切ったよー。
 だってさー”見える”状況で回りの誰かが憑依されるたびに
 騒いでたら、絶対心が持たないしー…

 それにーこうやって姉さんともいい関係ー…っていうのかなー
 姉と弟として上手くやっていけてるしー」
と、少し自虐的に笑いながら言うー

「そりゃ麻由里だって、”本当の麻由里”は絶対怒ってるだろうなーとか、
 今ももし、意識があれば
 ”どうして助けてくれないの”って思ってるかもだしー」

間もなく妻になる麻由里のことを口にしてそう呟くー

「でもさー…やっぱ小さい頃から”見える”と
 割り切って生きなきゃ、やっていけないからさー。
 
 理想で、飯は食えないだろ?」

魁人の言葉に、姉の麗華は少しだけ申し訳なさそうな表情を
浮かべながらもー
「ーー魁人は、ホントに辛い人生を送ってきたんだねー」と、
静かにそう呟いたー

「ーでも、”今の”姉さんにも麻由里にも、怒ったりはしてないー
 特に姉さんは、ずっと昔から俺のこと支えてくれてたしー

 本当に、ありがとうー

 そして、これからもよろしくなー」

魁人の言葉に、姉の麗華は
「ーーうんー。わたしこそー」
と、嬉しそうに頷いたー

”ホントはーー”
この身体からいつか出ていくつもりだったー。
麗華に憑依した男が使った憑依薬は”移動”も可能なタイプー

けどー

「ーーーー…(身も心も、お姉ちゃんになっちゃったー)」
麗華はもう、身体を移動する気はなかったー

永遠に魁人のー
この子のお姉ちゃんでいようー、
何年も前に、そう、決めたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

”憑依されている人間が見える”ー

どうして、”俺だけが”そんな風に生まれたのだろうかー。

そのなぞは解けないー。

だが、普通の人間とは違う特徴を持って生まれる人間もいるこの世界ー。
魁人も”たまたま”そういう力を持って生まれただけなのかもしれないー

「ーーー俺が、正義のヒーローだったら、
 ”憑依されてる人間”を見破れる力で
 色々な人を救おうとしたのかなー」

魁人は自虐的に笑いながらー
「でも、俺はそういう人間じゃないからー」
と、”見える”けど”見ない”ようにー
そう、生きて来た自分は正しかったのかと、自問自答するー。

「ーーー…まーーー…」
魁人は式場に向かうための準備を終えて、
自宅を出ようと、最後に身だしなみを確認するため、
洗面台の方に向かうー。

「ー俺は、これからもこうして生きていくんだろうなー」

そう呟きながら、洗面台の前に立ち、
自分の顔を見たその時だったー

鏡を見た数秒後ー
”ふっ”と、自分の背後に
見慣れない年配の女の”霊体”が出現したー

”えっー?”

魁人がそう思ったその直後ー
魁人の意識は薄れていくー

魁人は、最後に思うー

”あぁー…
 誰かがー
 俺に憑依しに来たのかー”

最後に”見えた”ものが、
”自分に憑依した女の姿”だとはー。

魁人はそう思いながら、
自虐的に笑みを浮かべたー

”誰のことも、助けようとしなかった代償なのかなー”

そう思ったのを最後に、
魁人は、年配の女性に憑依されてしまったー

「ーーふふ…イケメンの子の身体…ゲット~…」
憑依された魁人はそう呟くとー
”婚約破棄”するために、早速笑みを浮かべながら
歩き出したー

おわり


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何だかんだでハッピーエンド…!と思いきや
最後の最後でサックリバッドエンドに…!

恐ろしいですネ~!

人間、いつ何があるか分からないということを
描いた(?)エンドでした~★

もしも彼に憑依した人が”見える”力も
引き継いだりしてしまったら、
色々厄介なことになりそうな感じがしますネ~…!

次回皆様にお会いするのは3月…!

…と、言いたいところですがその前に
解体新書様の20周年企画も開催されます~!

その企画には「憑依尋問官」という新作で
参加しているので、次はその時に皆様にお会いできればと思います~!

今月もありがとうございました~!