浦島憑依③~未来~ (完) 作:無名 一瞬にして「30年」を奪われた彼女。 乗っ取られていた彼女からすれば、それは”たった1秒”の出来事で、 短時間のうちに、別世界に飛ばされたような、 そんな、気持ちだったー。 彼女の運命はー? この先に待ち受ける未来は? --------------------—- 「わたし、こいつを絶対に許さないー」 杏菜が、怒りの形相で、送られてきた荷物を指さしながら言うー。 いきなり30年以上も奪われた杏菜ー その間に、両親は死亡し、 親友の優姫をはじめとする人間関係も壊れたー そして、今、なお、 杏菜の身体から抜け出した男は、杏菜を弄んでいるー。 目覚めた浜辺で困惑していた杏菜に声を掛けてー 杏菜を助けてくれている女子大生・紗里の家にまで 荷物を送ってきて、挑発を繰り返しているー。 「---村井さん」 紗里が寂しそうに呟くー 「--行っちゃだめです」 とー。 「-どうしてー?」 杏菜は戸惑うー。 ”男”からのお届け物には ”杏菜を匿っている紗里にも危害を加える”というようなことまで 書かれていたー。 これ以上、ここにいれば、紗里にも危害が及ぶ可能性があるー。 それに、やっぱり、自分の人生を30年間も奪った男を 許すことは出来ないー。 だからこそ、杏菜は紗里の家を離れてー 自分の力で、自分に憑依していた男を探し出すつもりだったー。 「---……わたしも、その人を見つけるのを手伝いますから…」 紗里の言葉に、 杏菜は首を振るー 「あなたには本当に感謝してる… あなたと出会ってなければ、わたし、本当にどうしていいか分からなくて どうすることもできなかったと思うー。 でもねー。 ここにいたら、あなたも巻き込んじゃうかもしれないー」 杏菜が”男”から届いた手紙のひとつを手にしながら言うー。 そこには”お前を匿う女も、巻き込むことになるぞ?”と 書かれていたー。 「---わたしなら、大丈夫ですー。 わたし、村井さんの力になりたいんですー」 紗里の言葉に、 杏菜は少しだけ首を傾げるー。 「-あの……ごめんね、疑うわけじゃないんだけど、 どうして、わたしのためにそこまで?」 杏菜が言うと、紗里は悲しそうに微笑んだー。 「--そうなりますよねー。 わたしが、何か企んでるんじゃないかって、 そう、思いますよねー」 紗里はとても悲しそうだったー。 杏菜は「あ、ごめん、そういうことじゃ…」と 必死にフォローしようとしたが、 すぐに紗里は笑ってー 「いえ、大丈夫ですよ。逆の立場だったらー わたしが、村井さんだったら、 やっぱり、急に見ず知らずの自分に話しかけてきて 一緒に暮らそうって提案されて 親切にされ続けたら 「この人、やばくない?」って思いますから」 と、杏菜の方を見つめながら呟いたー。 「----……実は」 紗里は、言葉を続けるー。 そして、机から写真を取り出したー。 そこにはー 小さな少女と、杏菜に似た女性が写っているー。 杏菜に似ているがー メイクの感じや髪型が少し違うため、 別人かもしれないー 紗里は、その写真を見つめながら微笑むー 「”お母さん”ですー。 よく、似てるでしょ?村井さんにー」 その写真を見てー 杏菜は、写真に写っているのが、 紗里の母親と、小さいころの紗里であることを悟るー。 「--わたしのお母さん、わたしが8歳の時に家出したんですー。 それ以降、一回も連絡が取れてなくてー。」 紗里は悲しそうに言うー。 「--最初に、村井さんを見つけたとき… ”お母さん”かなって、そう思っちゃってー」 確かに、写真の紗里の母親と、今の杏菜は とても似ているー。 「もちろん、この写真は10年以上前のものですし、 お母さんは今、もう、この写真の時の時よりも 年を取ってるはずですから、 村井さんがお母さんのはずはないんですけどー、 つい、お母さんにそっくりだったからー 他人とは思えなくてー」 紗里の言葉に、杏菜は戸惑いながらー 「そうだったんだ…」と呟くー。 紗里は”杏菜に母親の面影”を感じたからこそ、 見ず知らずの人間であるはずの杏菜をこうして 家に招き入れて、さらには親切にしているー 杏菜は、そう理解したー。 「--わたし、親孝行したくても、できないんでー… だから、せめて…村井さんの役に立てればなって…」 紗里の言葉に、 杏菜は「---でも、あなたまで巻き込むことになったらー」と、 不安そうに呟くー 「--大丈夫です。わたし、こう見えても、自分の身を守ることには 長けてるんですよ? だってほら、お母さん小さいころに出て行っちゃって それからは、酒乱のおとうさんと二人暮らしでしたから!」 紗里が笑いながら言うー。 杏菜は、”この子と出会えて本当によかった”と思いながらー 紗里の手を、微笑みながら握ったー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それからも、紗里の家に荷物が届き続けたー。 ”杏菜に憑依している男”からの荷物だー。 「-ーーー…」 杏菜は写真を見つめて、悲しそうに震えるー。 ”夜の仕事”を杏菜がしていた時の写真が 何枚も送られて来たー ”お前の身体、マジでエロかったぜ”と メモ書きが添えられているー。 「---…村井さん」 心配そうな紗里ー。 杏菜は辛そうに「大丈夫」と頷くー。 憑依されて意識のなかった30年間の間の”写真”を見るのは とても、辛いー 色々な思いがこみ上げてきて、爆発しそうになるー。 けれどー そんな”挑発”にも杏菜は負けずー それから数週間が経過したタイミングで、 バイトを始めたー もうー ”失われた30年”は元には戻らないー どんなに悲しんでも ”憑依されて30年以上”が経過して、 杏菜本人からすれば”1秒”の感覚で 30年以上が経過してしまったのだー けれどー。 ”まだ”死んでないー 40代後半になってしまったけれどー まだ、死んでないー。 「--紗里ちゃん、これ」 杏菜は、バイトの初任給を、紗里に手渡したー 「えぇっ!?いいですよ!?」 紗里が驚くー だが、杏菜は優しくほほ笑んでー 「わたしも、少しずつ、頑張らないと」と、紗里の方を見つめたー 「-ーー”わたし”の初めての給料ー 本当はお父さんとお母さんに渡したかったけどー」 と、冗談を口にしながら、杏菜は紗里に 日頃の感謝の気持ちを込めて、”はじめての給料”を 手渡したー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「--へへへへへへ」 荷物を作り終えた男は、 家から出ると、コンビニに向かって、それを発送するー 宛先は”紗里の家”だー。 「--あの女、なかなか気丈じゃないか。 30年も乗っ取られていたのに、健気だなぁ」 そう呟きながら、荷物の発送を終えると、 彼は笑みを浮かべながら、 杏菜のことを思い出し、一人、笑い始めたー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 翌日ー 「---いってきます」 杏菜が紗里に声を掛けると、 読書をしていた紗里が「あ、はい!行ってらっしゃい!」と ほほ笑んだー。 杏菜は、”この世界”での生活にもだんだんと慣れてー バイトをきっかけに、順調に社会復帰を進めていたー 今日は大学が休みの紗里が「気を付けて」と 玄関まで杏菜をお見送りしたー。 「うん」- そう返事をして、杏菜はバイト先に向かうー。 しかしーーー バイト先から突然電話が入ったー ”今日、他の子がシフト間違えて、来ちゃったからー 村井さん、今日、休みでいいかな?” とー。 ”え~?” と思いながらも、 「分かりました」と杏菜は、突然バイト休みになったことに、 頬を膨らませたー。 「-も~~電車代無駄した」 そんな風に思いながらー 杏菜は、乗って来た電車と反対側の電車に乗りー 家に帰る準備を始めるー 電車を降りてー 紗里の家の側までやってきた その時だったー。 紗里が家から出てきて玄関のカギを閉めて、 出かけていくー。 それを見た杏菜は「あ!紗里ちゃん!」と、 背後から声を掛けて、紗里の方に駆け寄ったー 振り返った紗里はー 笑顔ではなかったー 表情を歪めてーー その手には、小さなダンボール箱が握られていたー。 「------む、、むら、、村井さん、 なんで? バイトは…?」 紗里の表情が引きつっているー 杏菜はーー その質問に答えることが出来なかったー 紗里が手に持っていた段ボールは ”紗里の家宛て”の、 ”杏菜に憑依していた男からの荷物” だったからだー。 しかもー 伝票を見る限り ”送られてきたもの”ではなく ”これから発送しようとしているもの” 杏菜と紗里の目が合うー。 次の瞬間、杏菜は怒りの形相で、紗里の腕を掴んで、 紗里を家の中に連れ込んだー 「ど、、ど、どういうことなの!」 とー。 杏菜が叫ぶー。 紗里の家に届いていた ”杏菜に憑依した男”を名乗っていた荷物は、 紗里自身が、コンビニで紗里の家の送っていたものだったー 「--く、、くくく…なんだよ、ばれちまったか! くくくく…! なんで、バイトなのに帰って来たんだよ!?ババアが!」 紗里がー 豹変したー。 杏菜は「さ、、さ、、紗里ちゃん…?」と 震えながら、紗里の方を見るー。 「--へへへへへ 馬鹿な女だぜ。 見ず知らずの女に声をかけて 家に連れ込んで面倒見てくれる女子大生なんて いるわきゃねぇだろうが!」 紗里はそう言うと、 乱暴に引き出しから写真を取り出したー ”少女時代の紗里”と ”紗里のお母さん”が写る写真をー。 「-これはこの女が小さいころに撮影した 写真じゃねーよ! ついこの間、お前の身体から抜ける前に その辺の知らない子供と撮影した写真だよ! はははははははっ!」 紗里はそう言うと、写真を破り捨てて笑ったー。 紗里が先日 ”小さいころのわたし”と”小さいころのお母さん”と 説明した写真はー ”紗里ではない見ず知らずの少女”と ”憑依されていた杏菜自身”の写真だったのだー 「-わたしのお母さんが、あなたに似てたので 姿を重ねてあなたを助けましたぁ~~~? そんな女子大生いるかよ!? ぎゃはははははははは!」 紗里の言葉にー 杏菜は震えながら「あなたは、、誰なの!?」と、叫んだー。 紗里が無気味な笑みを浮かべるー。 「--お前に憑依していた男だー 砂浜でお前の身体から抜け出してすぐー 今度はこの女子大生の身体をいただいたってわけさ! ははははははっ!」 可愛い声で狂ったように笑う紗里ー。 杏菜は「そ、、その子の身体を返しなさい!」 と、叫ぶー だが、紗里は笑いながら言ったー 「--”憑依から解放されたあとのお前”、すっげぇいいよ! ババアの癖に、JKみたいに目を輝かせちゃってさぁ! ははははは! 一緒にいて、毎日毎日楽しかったぜぇ! でも、バレちまったなら仕方ねぇー」 紗里はそう言うと、 「この女子大生の身体で楽しむつもりだったけど、気が変わったー」と 呟いたー そしてー 「--お前の反応、マジでおもしろすぎるよー。 憑依薬飲んだ俺は、霊体になったから時間はいくらでもあるしーー もう30年”おかわり”行っとくか!」 紗里がそう叫ぶとー 「…ぁ」と、紗里がふらっと倒れて意識を失ったー 「--さ、、紗里ちゃー 「-------!!!」 ”1秒” 乗っ取られて、意識を完全に遮断されている間ー 夢を見ることもなくーー 過ごした杏菜はーー 次の瞬間ー 病院のベッドで老衰していたー 82歳 村井杏菜ー 「----ぁ…」 杏菜は、身体を動かすこともできず、 苦しそうに、目を開いたー。 「---村井さん、大丈夫ですか? 今日も、いい天気ですね」 病室に入って来た看護師の女性が、にっこりとほほ笑むー そしてーーーー 衰弱しきった杏菜に向かって、看護師の女性は静かに耳打ちしたー ”合計60年以上ー お前の人生、俺がしゃぶりつくしてやったぜ” 「---!!!」 それだけ言うと、看護師の女性は、小さな玉手箱のようなものを置いてー 「あとは楽になれや」と、馬鹿にしたように笑みを浮かべたー。 その玉手箱の中には 60年後の技術で開発された”特殊な薬”が含まれていたー ”安楽死”の薬だー。 「----」 杏菜は目から涙をこぼしながらー その薬を見つめて、手を伸ばしたー ”もう、楽になりたいー” 杏菜には、その気持ちしか、残されていなかったー おわり ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 最終回でした~! 長年憑依された人間が、 どんな風に戸惑うのか、を描きたいと思って 考えたお話でした! 今回のような、ダークなお話を書くときには特に ”作者の私情を挟まない”ことを大事にしながら書くようにしています~!☆ 創作とは言え、やっぱり書いていると登場人物に愛着が 湧いてきたりして、時々助けたくなってしまったり、 救いを盛り込んだりしたくなってしまうこともあるのですが、 それをしてしまうと、今回のようなダークなお話は書けませんし、 結末がハッキリとしないものになってしまったりもするので、 ダークを書くときは、私情を捨てて…!で、 執筆するように心がけています! 創作の世界の中に、作者は存在しないのデス…。 それにしても、このお話の憑依人は、 82歳になるまでおばあちゃんライフも楽しんだようですが いったいその間、何をしていたのでしょうネ~笑 今回もお読み下さりありがとうございました~! 次回、解体新書様で皆様とお会いする頃には もっともっと暑い季節に進んでいますネ…! 熱中症に気を付けてお過ごし下さい~! 私も気を付けます! |