大名と町娘③~異変~(完)
 作:無名


大名・雪之丞と入れ替わってしまった
町娘の小夜ー。

互いに異なる立場での生活。
その先に待ち受けている運命は…?

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「小夜ちゃん!ありがとな!」
近所の呉服問屋の主人から、お礼を言われて微笑む小夜(雪之丞)-

”小夜ちゃん”
”小夜ちゃん”

町人たちは、小夜のことをとても可愛がっているー

そしてー

「---小夜さん!お待たせ」
近所に住む青年・佐吉ー

小夜と入れ替わる前は気づかなかったが、
とても好青年だー。

「---」
小夜(雪之丞)は佐吉のほうを見るー。

雪之丞として、この町を通過したときには
”何と無礼な男か”としか思っていなかったが
こうして小夜になってみて、佐吉と接してみて、
わかったー

”この人は、素敵な人だ”
とー。

「---佐吉さん」
小夜(雪之丞)はゾクゾクしながら佐吉に身体をくっつけるー。

”この生活を手放したくないー”
小夜になった雪之丞は、そう思っていたー

城の中での、充実しながらも、心の充足感を感じることのできない生活は
もう、終わりだー。

「--わたしは、小夜ー」
夜ー
小夜は、綺麗な身体を眺めるようにして、
髪を整えながら呟くー

「わたしは、小夜」
そう呟くだけで興奮するー

雪之丞は、雪之丞としてではなく、
小夜として生きる道を選ぼうとしていたー

「ーーどうしてこうなったのか、分らぬがー」
小夜(雪之丞)は、ふと心配になるー

自分と入れ替わったこの娘は
どう思っているのだろうか、と。

”殿様が死んだ”という話を聞かないし、
”帯刀 雪之丞”は今も健在なのだと言う。

だから、自分の身体は生きてはいるのだろう。

「--儂になったこのおなごはどうしておるのだ?」
小夜(雪之丞)は、裸のまま、考え込むー。

「---……」
入れ替わったあとに、小夜としての記憶を失ったのだろうかー。

何も問題になっていない上に
この宿場に雪之丞(小夜)がやってきていない以上ー

”小夜としての記憶を失っている”か、
”雪之丞になったことに満足している”かー

そのどちらかである可能性が高いー

「儂の身体であれば、ここに来ることはたやすいはずー」
小夜(雪之丞)は、裸のまま足を組んで考えるー。

着替えの最中に、考え込むのは、雪之丞本人の癖だったー。

”入れ替わりがバレたか?”
小夜(雪之丞)はそうも考えてみたー

原因は不明だが、もし入れ替わったことがばれている場合、
雪之丞(小夜)を、磯部あたりが幽閉する可能性は十分にあるー。

「-いや、それはありえぬな」
小夜(雪之丞)は首を振ったー

もし、家臣たちが雪之丞の身体に町娘がいる、と知れば
ここに磯部か、誰かは分からないが
必ず誰かがやってくるはずなのだー。

それが、ない、ということはー

「--この娘も、儂として振舞っているということかー」

その証拠にー
最近は、税の取り立てや役人の応募な態度などが
緩和されて、
庶民が生活しやすくなってきているー。

「---……なるほど」
小夜(雪之丞)は、状況を理解した-

おそらくは、小夜の側も
入れ替わった状況に満足しているー
そういうことなのだろうーーー

「---儂はもう、帯刀 雪之丞ではない」
小夜は、着替えを終えて、鏡を見つめるとー

「儂は今日から、雪之丞としての儂を捨てる」
と、かわいい声で呟くー

そしてー
「儂は、小夜ーわたしは、小夜ー」
と呟いたー

雪之丞は、小夜として生きる決意を固めたのだったー

”殿”として生きてきたころには、
全く気付かなかった
”小さなやさしさ”

それに触れた雪之丞は、
もう、殿として城に戻るつもりなど、
さらさらなかったー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

雪之丞になった小夜は、
何度か宿場に足を運びー

父も、佐吉も、
小夜になった雪之丞ととても
仲良さそうに生活していることを知ったー。

正直、
今の小夜は小夜じゃない。

「-わたし、あんなことしませんから」
 不貞腐れた様子で雪之丞(小夜)は呟くー

雪之丞には、小夜としての記憶はない。
小夜っぽく振舞っているが
やはり、どうしても小夜とは違う行動が
たくさん見受けられるー

小夜もそう。
雪之丞になった小夜には雪之丞としての
記憶がないー

だから、妙にサポートしてくれる磯部の力を借りないと
分からないことも多いー。

でもー
佐吉や源左衛門、宿場の人々は
”楽しそう”なのだー

”わたし”が小夜であったころよりもー
”今の小夜”
中身が雪之丞である小夜といるほうが、楽しそうなのだー

雪之丞(小夜)は激しい嫉妬の感情を覚えていたー

”実際”はー
雪之丞になった小夜が、町人の締め付けをやめるように
色々な指示を出し、人々の生活によい影響をもたらしたことで
佐吉や源左衛門も明るくなっていたのだが、
今の小夜には”小さなこと”が見えなくなっていたー

「ははっ!」
家臣が頭を下げて、命令をこなしていくー

「--みんなみんな、わたしの一言でー」
雪之丞(小夜)の表情が歪むー。

”佐吉さん…
 今、いっしょにいる小夜はわたしじゃないのに
 あんなにたのしそうー”

小夜(雪之丞)と楽しそうに話している佐吉の姿を思い出すー

「----ゆるせない」
ギリッと唇を噛む雪之丞(小夜)。

「--磯部」
雪之丞(小夜)が家臣の磯部を呼ぶー。

そしてーーー
”命令”を告げたー

”今のわたしにはー”力”があるー”

雪之丞(小夜)は静かに微笑んだー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

再び、重税が課せられー
締め付けが始まったー

「---作物も全部お殿様に持っていかれただ」
近くの農村の男が、泣きながら源左衛門にそう言い放つー

「--殿様は、どうしてまた急に」
病気から回復していた小夜の父・源左衛門が言うー。

「------…わからねぇ」
佐吉も首を振る。

半月前から、再び雪之丞による圧政が始まったー
一度、雪之丞は民に寄り添う姿勢を見せ、
独占していた薬も解放し、税などの負担も削減させたー

だがー
最近、再びー
以前よりもひどいレベルで、暴政が始まったのだー

「---------」
小夜(雪之丞)は、困惑した表情を浮かべたー

・・・・・・・・・・・・・・・・

「なにぃ?献上する作物がもう、ない?じゃと?」
雪之丞(小夜)が雪之丞として振舞う。

「--は」
家臣が報告すると、
雪之丞(小夜)は怒りの表情を浮かべたー

「斬り捨てよ!」

ゾクゾクする雪之丞(小夜)-

”他人の命を、わたしが決める”

”わたしの一声で、何もかもが決まる”

なにこれー
”殿様”ってすごいー
わたし、、、すごい…!

雪之丞になった小夜は、
権力に溺れ、暴走を始めていたー

城で雪之丞の身体のまま男遊びを繰り返しー
暴政で贅沢三昧を繰り返すー

家臣の磯部は困惑した末に
「殿ー、あなたは…殿ではないはずだ」と、叫んだー。

磯部は二人が入れ替わったことを突き止めながら黙っていたー。
理由は、”中身が小夜の雪之丞”のほうが
民のために、優しい政治が出来ると、そう思ったからだー

事実、最初はそうだった。
けれど、最近はー

「-----」
雪之丞(小夜)は驚きながらも、磯部の言葉を聞いたー

「--鋼管刀には入れ替わりの力がありました。
 故に、あなたは、いいや、貴殿は、あの宿場の娘、小夜殿であるはずだ」
磯部がそう言い放つー。

「--最近の暴政ぶりは、目に余るー」
とー。

だがー

「--小夜?儂は小夜などではない。儂は帯刀 雪之丞ぞ」
雪之丞(小夜)はそう答えたー

記憶を失ったわけではないー
嫉妬と権力に溺れてー
小夜は、雪之丞になりきってしまったのだー

「ーーそんなはずはない!あなたは、宿場のー」

「--斬れ」
雪之丞(小夜)は、そう呟いたー

他の家臣に対して磯部を斬るように命じた。

「--であえであえ!反逆者ぞ!」
雪之丞(小夜)が叫ぶー

磯部は慌てて「待てっ!」と周囲に叫んだー

だが、”雪之丞”の命令に従いー
他の家臣たちは、その場で磯部を斬り捨てたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「-----もう、俺たち、耐えられねぇ!」
町の人々が口々にそう言いだすようになったー

雪之丞になった小夜が、
佐吉たちに対する嫉妬と、
”自分の一声で何もかもが動く”という権力に
憑りつかれてしまい、
元々の雪之丞以上の圧政を敷くようになったー。

このままでは、庶民は、命まで搾り取られてしまうー。

「-----」
小夜(雪之丞)が、表情を歪めるー。

「--……小夜さん?」
佐吉が不安そうに小夜(雪之丞)のほうを見るー

小夜になった雪之丞は、反対に、
小夜としてしばらく暮らしたことで、
自分の行動を恥じ、そして、
この生活をいつまでも送りたいー

そんな風に思うようになっていたー

だがー

”儂が、儂の身体に戻れば、全て丸く収まるのではないか”

そう、思い始めたー。

再び入れ替わればー
町の人々の優しさに触れて、変わった雪之丞は、
もう暴政を振るうことはないだろうー。
あまりにも視野が狭すぎた自分を恥じたからだー。

そしてー
小夜は、元の身体に戻ればー
おそらく、目を覚ますだろうー。
今は、手にした権力に溺れているだけー。

それにーーー
万が一権力に溺れたままでも
小夜の身体に戻ってしまえば、何もできはしないー

「--そうだ…儂が」
小夜(雪之丞)が呟くー

あの時の刀ー
おそらく”あれ”が入れ替わりのきっかけー。

小夜(雪之丞)は何度も何度も入れ替わったときのことを
考えた結果、鋼管刀こそが、入れ替わりの原因だと考えた。

「小夜さんー」
心配そうに小夜を見つめる佐吉ー。

「---」
小夜(雪之丞)は何も言わず佐吉にしがみついたー

「--えっ!?」
佐吉が驚くー

「今夜だけはー
 どうか、このままーーー」
小夜(雪之丞)は
小夜として、佐吉のことが好きになっていたー

最後の夜ー。

小夜(雪之丞)は決意を固めー
佐吉と、最初で最後の濃密な夜を過ごしたー

・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

翌日ー
こっそりと城に向かう小夜(雪之丞)-

そしてーーー
今度は見つからずにーーー

ゴォォォォォ

「---!?!?」
小夜(雪之丞)が表情を歪めたー

城の天守閣から、炎がー!?

「----なんだ!?」
小夜(雪之丞)が叫ぶー

”謀反だ”
”雪之丞を討ち取れ!”

「---!!」
小夜(雪之丞)は慌てて混乱に乗じて天守閣を目指すー

そこにはーーー

「---おのれぇぇぇぇ!
 わたしは、、儂は帯刀 雪之丞ぞ!!!」

刀を持った雪之丞(小夜)がいたー。

「---…!!!」
小夜(雪之丞)が、雪之丞(小夜)のほうを悲しそうな目で見るー。

「---小娘が!お前も儂の命を取りに来たか?」
雪之丞(小夜)が叫ぶー。

「---!!!」
小夜(雪之丞)は表情を歪めるー。

雪之丞になった小夜は、権力に憑りつかれてー
溺れてー
そしてーーー

「---お、、、お主の身体であろう!?」
小夜(雪之丞)が自分を指さしながら言う。

「---…」
雪之丞(小夜)がぽかんとした表情を浮かべるー

「わ、、わた、、、わし、、わし、、儂は帯刀 雪之丞ぞ!
 儂の命に従え!!
 儂の命に従え!!!!!!!」

権力に憑りつかれてーー
小夜は自分を見失っていたー

「--どけ!」
武士たちがなだれ込んでくるー

小夜(雪之丞)は
「待て!!!待て!!!!!!!!!!」と叫んだー。

部屋に置かれていた鋼管刀を手にする小夜(雪之丞)-

狂ったように「儂は雪之丞ぞ!」と叫ぶ雪之丞(小夜)-

そしてー
帯刀 雪之丞は、その日ー
炎の中に消えたー

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「---」

後日ー

雪降る山道を放心状態で歩く小夜の姿が発見されたー

宿場に運び込まれてー
意識を失っていた小夜が目を覚ますー。

「--小夜さん!」
佐吉が嬉しそうに、小夜のほうを見つめるー。

小夜は、涙を流しながら呟いたー

「佐吉さんーー、ごめんなさいー」

とー。

その言葉はー
”本物の小夜を助けることができなくてごめんなさい”
だったのかー

それともー
”入れ替わっている間に、ひどいことをしてごめんなさい”
だったのかー

それは、今の小夜本人にしか分からないー

だがー
小夜はそれ以降、小夜として佐吉と結婚してー
一生を過ごしたー

小夜が元に戻れたのか、
中身が雪之丞のままだったのかー

それはー
本人にしか、分らないー

おわり


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コメント

「大名と町娘」の最終回でした!

最後の結末は”どちら”なのか…!
私の中では答えは出ているのですが、
それはあえて皆様のご想像にお任せする結末に
してみました~!

真相は全て、小夜本人の中に…☆

この時代設定の描写には不慣れな部分も多いですが、
また機会があればチャレンジしてみたいと思います!

ここまでお読みくださりありがとうございました!

次に解体新書の皆様とお会いするときには、
だいぶ、暖かい季節に進んでいそうですネ…!