標的はわたしの彼氏C
 作:無名


「俺はな…」

”夢の道しるべ”のアジトにいる
組織の首領・国枝は、
拘束された状態のままの香澄に向かって呟いた。

「−−”妹”になりたかったんだ」

国枝が微笑む。

「俺には2つ下の妹がいた。
 とっても可愛い妹でなぁ〜
 頭も良くて、愛嬌もあって、とにかくかわいかった」

国枝が、懐かしそうな表情を浮かべて、呟く。

「俺は、妹を愛していたー。
 芙美子(ふみこ)は、俺にとって、
 宝物だったー

 けどなー

 やがて、俺の愛は憎悪に変わったんだー
 わかるか?」

香澄は震えながら、
国枝の方を見る。

「−−俺の両親は、妹の芙美子のことばかりを
 大事にしていたー。
 俺は成長するにつれて、やがて妹に
 嫉妬するようになった。

 どうして、いつも”妹”ばかりー とな。」

よくある話ー
香澄はそう思いながら
国枝の方を見るー

拘束されているこの状況ー
聞きたくなくても、国枝の話を聞かざるを得ない。

「−−俺はな、思ったんだよ。その時に。
 ”妹になりたいー”

 と。

 俺は俺になりたかったわけじゃない。
 俺は、国枝泰明として生まれたかったわけじゃないー」

国枝が笑うー

「−−そうだろう?
 人間、自分のなりたい人間になって
 生まれることはできないんだー

 人は、生まれながらにして、不公平だ

 それをー、
 俺達が、打ち砕くー。

 変身薬が完成すれば、
 俺のような人間は救われるー

 人類は、みな、成りたい人間に、
 自分の望みの人生を送ることができるようになるんだ…!」

香澄は怯えながらも、
叫んだー

「−−−狂ってる…!」

とー。

”変身薬”など、世にばらまいても、
国枝の言うような世界にはならないー。
”成りすまし”
”成り代わり”
”疑心暗鬼”
”罪のなすりつけ―”
”容姿を変えることによる逃走”

あらゆることが起きるだろう―。

もしも”夢の道しるべ”が変身薬の
開発を完了させー
それをばらまいたときー
世界は、ディストピアと化すー。

「−−そうそう、俺の家族は今、
 どうしてると思う?」

国枝は笑いながら香澄の方を見つめたー。

「−−俺が全員、この手で切り刻んでミンチにしてやったよー」

香澄は凍りつくー
国枝の目はー完全な狂人だったー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・湯川 幸樹(ゆがわ こうき)
高校生。警察官の息子。香澄の彼氏で心優しい性格

・北村 香澄(きたむら かすみ)
高校生。幸樹の幼馴染で彼女。犯罪組織に捕まってしまい、
香澄に変身した偽物とすり替わってしまう。

・俊介(しゅんすけ)
犯罪組織「夢の道しるべ」の構成員。首領である国枝を親と慕う。
現在、変身薬の力で香澄に変身している。

・国枝 泰明(くにえだ やすあき)
犯罪組織「夢の道しるべ」の首領。変身薬を開発し、暗躍する。

・湯川 道雄(ゆがわ みちお)
幸樹の父親。警察官。秘密捜査チームを率いている。

・北村 正春(きたむら まさはる)
香澄の弟。姉のことを慕っている。

・山澤(やまざわ)
犯罪組織「夢の道しるべ」のヒットマン。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「−−−…楽しかったぜ…
 あばよ…」

香澄はそう言うと、構えていた銃を放ったー。

銃声が響き渡る。

幸樹は、目をつぶっていたー

しかし、いつまで経っても
痛みが来ないー

「−−−……」
幸樹が目を開くと、
香澄はまだ銃を構えていた。

幸樹の足もとに、
銃弾が開けた穴が開いていたー。

「−−−……な、、」
幸樹は、恐怖から
それだけ発するのがやっとだった。

”偶然、外したのか”

それともー?

「−−次は、当てるー」

香澄が鋭い目つきで、
幸樹の方を睨む。

しかし、その手は小刻みに震えていたー。

「−−−ーーー」
香澄は、幸樹の額に狙いを定めた。

そう、一発で終わるー。

香澄に変身している俊介が、
生まれて初めて味わった
”家族のぬくもり”
”恋人との時間”
”友達との何気ない時間”

それらが、全てー
この引き金を引くことで終わるー。

自分は、”夢の道しるべ”の一員に戻り、
俊介として、再び、変身薬を世界に
広めるための活動をしていくー

「−−−…香澄だけは…」
幸樹が口を開いた。

香澄は、幸樹に銃を向けたまま
幸樹の方を見つめる。

「−−−香澄だけは、、助けてやってくれ」
幸樹の声は震えていた。

怖いのだろうー。
当たり前だ。

銃を向けられたことのある人間なんて、
そうそう存在するものではない。

「−−−……」
香澄は、幸樹の方を無言で睨み続けているー

幸樹は、そんな香澄の方を見る。

「−−香澄も、、そんな顔、できるんだな」
幸樹はふっと、笑った。

いつも笑顔の香澄ー。
他人が変身している偽物とは言え、
こんなに怖い顔が出来るとは思わなかった。

「−−−−…怖く、ないのか?」
香澄は呟いた。

「−−…怖いよ」
幸樹は少しだけ苦笑いしながら呟いた。

「−−−なら、どうして逃げない?
 どうして、命乞いしない?」

香澄は銃を向けたまま呟く。

いつもとは違い、
低い声を発する香澄は
まるで別人のようだったー。

他人が香澄に変身しているだけだから
別人なことは事実だけれどもー。

「……香澄を助けたいから」
幸樹は呟く。

幸樹は、過去に妹を失っているー。
小学校に入学することもできなかった妹ー。

病気で弱って行く妹を、助けることができなかったー

”お兄ちゃん”と悲しそうに
自分を見つめる妹を
助けることができなかったー


もうー
大切な人を失いたくないー

二度とー
あんな思いはしたくないー。


香澄を守りたいー
その一心で、幸樹は口を開く。

「ここで俺が逃げたら、香澄はきっと殺されるー
 ここで俺が抵抗しても、香澄はきっと殺されるー

 だからー
 こうするのが、一番いいかな、
 って、そう思っただけだよ」

幸樹の言葉に、
香澄は笑った。

「くくく…
 めでたい頭だな?
 このままお前を殺したあとに、
 俺達は本物のこの女を殺すかもしれないぞ?」

香澄の言葉に、
幸樹は首を振った。

「あぁ…分かってる…
 けど…それでも、
 香澄が助かる可能性が、
 0.1パーセントでも上がるならー
 俺は、こうするー。」

幸樹の表情には諦めが浮かび上がっているー

けれどー
それ以上に”強い決意”が浮かび上がっていたー

夜景が輝く中、
香澄は思うー

夢の道しるべのリーダーである国枝と
初めて出会った時ー
自分も、強いまなざしで国枝のことを見つめていたー

国枝に殺されるかもしれないー
そう思いつつも、強い目でー

「−−−」
今、目の前にいる幸樹という高校生はー
銃を向けられてなお、香澄を守ろうとしている。

自分の死を恐れながらもー
それでも、心は折れずに、立ち向かっている。

「−−たのむ。香澄を助けてくれ」
幸樹は今一度口を開いた。

「香澄として過ごしてたあんたなら分かるはずだ…!
 香澄の人生を奪わないでくれ…!たのむ…」

幸樹は言う。

命乞いなどしないー

幸樹が望むのは、ただ、彼女が生き延びることー

それだけー。

「−−そんなに、この女が大事か?」
香澄は鋭い目つきで幸樹を威嚇する。

「−−−あぁ、大事だよ」
幸樹は、負けじと香澄に変身している俊介を睨んだ。

幸樹と香澄がにらみ合う―。

やがて、香澄はうんざりした様子で
ため息をつくと、銃の引き金を引く。

今度こそ、撃つー。

香澄から放たれる殺気を感じて、
幸樹は、香澄の方を見て、頭を下げた。

「−−−香澄を、助けてやってくれー」

とー。

自分が、数秒後には死ぬかもしれないのにー
幸樹は、それでも香澄の身を案じていたー

「−−−−…くそっ!」
香澄は小さく呟くと、
銃を下ろした。

「−−!?」
幸樹は不思議そうに香澄の方を見る。


「−−−−」
香澄は少しだけ笑うと、
幸樹に背を向けて、
広がる夜景を見つめた。

「俺さー……」
香澄が悲しそうな声で言う。

「−−生まれてからずっと、
 裏の世界で生きてきたー」

幸樹は、その言葉を聞きながら香澄の方を見るー

「……最初は、本気でお前を殺すつもりだったー

 けど…」

香澄が振り返って幸樹の方を見るー

「−−お前…いいやつだよな」
香澄が微笑むー。

香澄の姿、声で
そんな言葉遣いをされると違和感があるなぁ、と
感じながら幸樹は少しだけ笑ったー

「−−いや、お前だけじゃない…
 この女の家族もー
 学校のみんなもー
 本当にいいやつばかりだー」

香澄はそう呟くと、
幸樹の方に近寄って、幸樹を見つめた。

「−−−…約束、守ってね?」
香澄が、いつもの香澄の言葉遣いで微笑む。

「え…」
幸樹が不思議そうにしていると
香澄は、笑った。

”「−−−来年も、また来ようか!」”

「−−来年も…
 一緒に、遊園地に行くって約束したでしょ?」

香澄の言葉に
幸樹は、少し驚いた様子で返事をする。

「−−−あぁ、約束する」

とー。


「−−−……1か月間だけだったけど、
 楽しかったよ」

香澄はそう呟くと、
幸樹に背を向けて立ち去ろうとする。

「ま、待て!香澄は…!」
幸樹が叫ぶと、
香澄は振り返らずに言った。

「−−大丈夫…」
香澄は呟く。

そして、振り返った。

「−−俺も約束するー」

香澄は、それだけ言うと、
少しだけ微笑んだ。

「−−−次、生まれるときはーーー」

そこまで言うと、香澄は口を閉ざした。

「俺に、そんな資格は、、ないな」

自虐的に笑う香澄。

幸樹は、香澄に変身している男が
香澄をこれから助けに行くのだと解釈して叫んだ。

「待ってくれ!俺も行く!」

とー

しかし、目の前にいる偽物の香澄は
思い出したかのように言った。

「駄目だー
 お前は、自分の家に戻れー。

 俺の仲間が、お前の父親を
 殺しに向かっているー」

その言葉を聞いて幸樹は、驚くー

「な、、なんだって…!?」

「−−ーー普通の警察官じゃ
 アイツには勝てないー。
 早く行ってやれ。」

香澄はそこまで言うと
歩きはじめたー

「−−ーーーすっごく楽しかった。ありがとうー」

偽物の香澄は
遊園地で幸樹に言った言葉を
今一度呟くと、
そのまま立ち去ったー


「……」
幸樹は、俊介の後を追うべきか迷ったー

あの男は、香澄に変身して
自分を殺そうとした悪人だー

けどー

”「−−俺も約束するー」”

その表情は、嘘をついている表情ではなかったー。

香澄のことを託そうー。
幸樹はそう思ったー

「−−−わかった!お前を信じる!」

幸樹はそう叫ぶと
スマホを取り出して父に連絡を入れるー。

香澄に変身している男の”仲間”が
今日、ちょうど帰宅している父を
殺しに行くと言うのだー

そうは、させないー。

「父さんー、俺だけど…」
幸樹は、信じてもらえないかもしれないー

そう思いながらも
今、起きたことを全て話したー

父はあっけなく信じてくれたー

幸樹は知らなかったがー
父・道雄が捜査しているのは
”夢の道しるべ”

だからー
変身薬のこともすんなりと受け入れ、信じることができた。


幸樹から連絡を受けた道雄は、
すぐに妻を家の安全な場所に避難させた。

「”夢の道しるべー”やはり、壊滅していなかったか」
道雄は呟く。

アジトは強襲した。
だが、府に落ちない部分があった。

逮捕した
リーダーを名乗る人物は、
犯罪組織を指揮するには、
イマイチ、要領が悪いというか、
そんな感じがしたのだー

本当の元凶は、別にいるー。

道雄は、そう感じていたー

そしてー
その予感は正しかった。

”ピンポーン”

インターホンが鳴る。

「正面から来るとはな…」
道雄は直感的に
今、インターホンを鳴らした人物が
”夢の道しるべ”のヒットマンであると悟る。

「お届け物でーす」
帽子を深々と被った男。

こんな夜に来るお届け物を頼んだつもりはないー

爬虫類のような目つきの男ー

その目つきは”プロ”だ。

数々の犯罪者と対決してきた道雄には分かる。

”一般人”の
目つきではないー

玄関の扉を開ける道雄。

男がニヤリと笑うー。


息子から連絡が無かったら
妻が出ていたかもしれないー

危ない所だったー

道雄は、すぐさま、手刀で、
その男を気絶させようとするー

しかしー

「−−−!?」
素早い手刀だったー

だがー
”夢の道しるべ”のヒットマン・山澤は、
プロの中のプロだった。

道雄の手刀をガードすると、
山澤はニヤリと笑みを浮かべた。

「恐ろしく早い手刀…
 俺でなきゃ見逃しちゃうね」

爬虫類のような目をした男・山澤が
そう言って、手に持っていた銃を向ける。

「−−−!!!」
道雄は、死を覚悟する。

油断したわけではないー
道雄が弱いわけではないー

それ以上に、ヒットマンの山澤が
手練れだったのだー

しかしー

「やめろおおおおおおおおおお!」

ー!?

山澤の冷徹な表情が歪む。

「幸樹!?」
父である道雄が叫ぶ。

背後からー
息子の幸樹が、山澤にタックルを
かましたのだった。

「ぐおっ!?」
山澤が吹き飛ばされ、
その手から銃が飛ぶー。

「−−−!!」

山澤が態勢を整えた時には、
もう遅かったー。

幸樹の父・道雄が、
山澤の方に銃を向けていた。

「−−−大人しくしろ」
道雄のその言葉に、
山澤は爬虫類のような瞳をかすかに震わせた。

そしてー
しばらくの沈黙のあとー
山澤は両手を上げて、降参の意を示した。

すかさず、道雄は山澤を拘束して
警察の応援を呼ぶー。


すぐに駆け付けた警察が
山澤の身柄を拘束する。

「−−−くそっ…俊介のやつ…裏切りやがった…」
連行されながら、山澤は舌打ちし、
そう呟いたー。

輝くパトランプを見つめながら、幸樹の父である
道雄は、息子に声をかけた。

「−−−助かったぞ」
道雄が言うと、幸樹は微笑んだ。

「−−間に合ってよかった」
父を助けることが出来て、
幸樹はほっと一安心するのだった。


そしてー

走り去っていくパトカーを見つめながら
幸樹は呟いた。

「…香澄ー」

空を見上げるー
今、自分に出来ることは、もうこれしかない。

あとはー
あの、香澄に変身していた男を
信じることしかできないー

・・・・・・・・・・・・・・・・

”夢のみちしるべ”のアジトを歩く
香澄ー。

香澄に変身した俊介だー。

彼は、リーダーでもあり、
育ての親的存在でもある、国枝のもとを
目指していたー。


”「−−−香澄を、助けてやってくれー」”

幸樹の言葉を思い出すー

”「−−姉さんのこと、大好きだから…」”

弟の正春の言葉を思い出すー。

”「−−−いい名前だ。
 俺と一緒に、夢を手に入れよう」”

リーダーの国枝と出会った日のことを思い出すー。

夢は、夢ー。
叶えていい夢と、
叶えちゃいけない夢があるー。

自分が、
自分たちが見ていた夢はー

叶えてはいけない、夢。

親がー
道を踏み外すのであればー
子が、正さなくてはいけないー。


「−−−俊介ー」

リーダーの国枝が、指令室に入ってきた
香澄の姿を見て驚くー

本物の香澄も、入ってきた偽物の方を見る。

まだ、生きているー

「−−始末できたか?」
国枝が笑いながら言う。

「−−−−…」
俊介は、答えない。

そしてー
本物の香澄の方に近づいて行く。

本物の香澄は、
すっかり弱り切っていたー。

「−−−ごめんな」
俊介は、香澄の姿のまま、そう呟く。

「え…?」
本物の香澄は、不思議そうに、
自分と同じ姿をした俊介の方を見返す。


「−−−−−」
俊介は、無言で香澄の拘束を解き始めた。


「−−おい!何をしてる!?」
国枝が叫ぶ。

俊介は、答えない。

「−−…?」
不思議そうな顔をしている香澄。

そんな香澄に向かって
俊介は、同じ姿で微笑んだ。

「−−−家族も、友達も、
 彼氏も…みんな、いいやつだったよ」

香澄の拘束を解き終えると、
俊介は言った。

「−−出口はあっちだ」
俊介が、アジトの出口の方向を指さす。

「−−−どうして…?」
香澄は不安そうな表情を浮かべたー

何かの罠だろうかー。
香澄が、俊介を疑うのは、当然のことだった。

「どうして…か」
まるで双子かのように、
香澄と香澄が喋っている光景を見ながら
”夢の道しるべ”のリーダー・国枝は叫ぶ。

「おい!何をしてるんだっ!」

しかしー
香澄も、俊介も、国枝を無視して
話を続けた。

「自分でもよく分からないー」

俊介は、そう言いながら、
香澄の方を見て笑った。

「気持ち悪いことを言うようだけど…
 君になってみてー
 自分の過ちに気付いたんだ。

 君の幸せをー
 周囲の幸せをー

 いや、この世界の幸せを壊しちゃいけないって…な」

俊介はそこまで言うと
香澄の肩を叩いた。

「さぁ、行くんだ。
 君の人生は、君のものだー

 さっき警察を呼んでおいた。
 ここから出れば、じきに警官と鉢合わせして
 保護してもらえるはずだ」

そこまで言うと、
香澄はまだ不安そうな表情を浮かべていたが
ようやく、半信半疑ながらも信じる気になったのか
香澄は頷いた。

「−−本当に、ごめんなさいー」

俊介は、走り去っていく、
香澄の方に向かって、頭を下げた。


そしてー

「−−そうか、そうか、つまりお前はそんなやつなんだな」

背後にいた国枝が自虐的に笑いながらそう呟いた。

「−−−国枝さん…」

香澄の姿のまま、
俊介は国枝の方に向かっていく。

国枝の前で立ち止まると、
俊介は、国枝に銃を向けたー

「−−−−−」
国枝は冷徹な目で俊介を見つめる。

「−−おい、何をしている?」

国枝の威圧するような声ー。

アジトの中の機器が
色とりどりの光を放っている。

「−−夢まであと一歩なんだぞ?
 それを、捨てるのか?」

国枝が言う。

変身薬の完成は間近。
俊介がこうして今、香澄として
国枝の目の前に立っている事実ー。

あとはー
変身薬を世界にばらまくだけー。

”夢の道しるべ”が
描いた夢は完成するー。

肉体という牢獄から解き放たれ
人間は、新たなるステージに進む。

「−−…俺達は、
 間違っていたんです」

俊介は、香澄の可愛らしい声で
そう言い放った。

「−−−間違っていた?」
国枝が失笑する。

「−−そうです。
 変身薬なんてものは世にあってはならないー

 この女はー
 俺に、、俺に大事なことを
 教えてくれましたー。

 変身薬が世に出回れば
 確かに喜ぶ人もいるかもしれないー

 けどー
 一方で、悲しむ人が大勢いるー。
 取り返しのつかないことになる」

俊介は、引き金を引くー。
香澄の綺麗な手を見つめながら、
俊介は笑うー

”俺の手は、こんなにきれいじゃないー”


「−−お前、親を殺すのか!?」
国枝が叫ぶ。

「俺はお前を息子同然に育ててきた!
 お前は、その恩を仇で返すのか!?」

国枝の表情には焦りの色が浮かんでいたー


「−−−親が…」

香澄に変身している俊介の目からは
涙がこぼれていたー。

「−−−親が…間違っていたら…
 正すのも…子の役目です」

ふりしぼるようにして言うー

「−−ーーーふ…ふざけるな…!」
国枝は叫ぶ。

「−−−俺は間違ってない!」
国枝は後ずさりしながら言うー

アジトの片隅に飾ってある
写真を見つめるー。

若き日の国枝と
国枝の妹が写っている写真ー

”俺はただ、
 俺は、妹になりたかっただけー”


香澄はー
涙を流しながら
国枝の方を見つめたー


生きているのかー
生きていないのかも分からないような
裏路地での日々ー

そこから救い出してくれたのはー

”「−−この世は不平等だ。
 どうだ、俺と一緒に”夢”を見ないかー」”


けれどー。

自分は知ってしまったー。
この世界の”光”をー。


この世は、不平等だー

俊介には、あの光を手にすることはできなかったー


国枝の言うとおりー
この世は不平等ー


でもー
それでもー

「−−−−国枝さん」
香澄に変身した俊介が呟く。

国枝は、顔を真っ赤にして何かをわめいているー

「−−−ありがとうございました」

俊介はー
頭を下げながら
引き金を引いたー


・・・・・・・・・・・・・・・

「−−−−」

鏡を見つめるー

鏡に映るのは、
可愛らしい女子高生の姿ー。

「−−−」
少しだけ微笑む香澄ー。

この笑顔は、自分のものじゃないー

自分は、香澄じゃないー。


香澄の周りに、炎が浮かび上がるー。

”変身薬”

こんなもの、
この世に、あってはいけないー

「−−−−」

”夢の道しるべ”は
ここで終わりだー

間違った道しるべは、
消さなくてはいけないー


「−−−ありがとう…」
香澄の目から涙が落ちるー

全て終わるー

自分も、

変身薬もー

夢の道しるべもー


全てを、燃やし尽くすー。

・・・・・・・・・・・・・・・

「−−はぁ…はぁ…」
本物の香澄は
夢の道しるべのアジトから
脱出して、山道を走っていたー。

アジトは、人の気配のない場所にあったようだ。

「−−−!?」
香澄は振り返るー

さっきまで自分がいたアジトの
方角から火の手があがるー。

「−−−−と、とにかく…逃げなくちゃ」

ボロボロになりながらも、
香澄は必死に走った。

何が起きたのか、分からないー

自分に変身していた
あの俊介という男の人に
どんな心境の変化があったのかは分からないー

けれどー
自分はこうして助かっているー

家族やー
幸樹ー
学校の友人たちー

みんなの元に、帰らなくちゃいけないー


「きゃっ!?」
木の枝でつまずいて転ぶ香澄。

「−−うぅ…」

痛みに耐えながら
起きあがろうとする香澄ー

そこにー
手が差し伸べられたー

「−−−香澄」

そこにはーー
幸樹がいた。

自宅で山澤を撃退したあと、
父のもとに連絡があった。

警察に夢の道しるべのアジトを知らせる
匿名の電話があったのだとー。

そしてー
幸樹は無理を言って、父の道雄と共に
香澄を救うためにやってきたのだったー

「−−幸樹…」
香澄の目から涙がこぼれる。

「−−−おかえり」
幸樹は、汚れきった香澄を躊躇することなく抱きしめた。

「−−ただいま」
香澄は、嬉しそうに泣きながら幸樹に抱き着いたー。

・・・・・・・・・・・・・・・

”夢の道しるべ”のアジトは、
道雄たち警察が駆けつけた時にはー
既に炎上していたー。

”変身薬”は全て消失ー。
その研究成果も、炎と共に消えたー。

アジトの奥では、
首領の国枝泰明の死体が発見されたー。
その表情は、夢を目の前にしながら、
夢を絶たれた、絶望の表情だったー。


”夢の道しるべ”は
壊滅したー。
変身薬という、実現してはならない夢を、消し去ってー…


国枝から暴行を受けていた香澄は
病院に搬送された。

がー
すぐに怪我は治り、
香澄自身も元気そうだ。

「−−それにしても、1か月間も、
 わたしが偽物だってことに気付かなかったなんて〜」

不貞腐れた様子で言う香澄。

「−−ごめんごめん」
幸樹は苦笑いする。

数日前からずっとこの調子だ。
それだけ、香澄が元気を取り戻している
証拠なのだと、幸樹はそう思っていたー

約1か月ー
ずっと捕らわれの状態ー

どんなに辛かっただろうー。

けれどー
香澄は懸命に立ち直ろうとしているー


「ーーいやぁ、姉さんが無事で本当によかった」
弟の正春が言う。


見舞いにはー
幸樹と、ちょうど居合わせた香澄の弟の
正春の2人が来ていた。

正春がニヤニヤ笑う。

「それにしても姉さん、チャイナドレスをき…」

「−−−こらっ!」

香澄が顔を赤くして言う。

「−−そのことは言わない約束でしょ!」


香澄が顔を真っ赤にしているのを見て
幸樹は笑う。

「−−ん?チャイナドレスがどうかした?」
幸樹が正春に聞くと、
正春が「聞いてくださいよ〜!姉さんが〜」とニヤニヤ
しながら幸樹に、偽物の香澄が
チャイナドレスを着てエッチなことを
していたことを話そうとする。

「だーかーらー!
 それはわたしじゃないのー!」

香澄は顔を真っ赤にして叫ぶー

笑う幸樹と正春ー

香澄も、もぅ!と言いながら笑うー


香澄が、戻って来たー
幸樹も、正春も、香澄が無事だったことを
心から喜んでいたー

・・・・・・・・・・・・・・・・・

1か月後ー。

香澄は無事に退院し、
学校にも復帰、
いつも通りの平和な日常が
戻って来ていたー


「ホントに、無事で良かったよ」

「色々苦労かけて、ごめんね」

幸樹と香澄は
笑いながら雑談していたー。

幸樹は香澄の方を見て微笑むー。

香澄も幸樹の視線に気付いて微笑み返した

幸樹は、そんな香澄を見て、絶対に香澄を守って行こう、と
心から誓うのだったー。


「−−−夢…か」
幸樹は呟いて、教室の窓の外を見るー

”夢”

叶えることができる人もいればー
そうでない人もいる。

どんなに願っても届かないこともあるー。

けれどー
それでもー

幸樹は、”自分の夢は何だろうか”と考えるー

幸樹は、少しだけ微笑んだ。

考えるまでもない。
俺の夢はー

”香澄を幸せにすることー”



ガラッ

教室の扉が開く。

「−−今日から、このクラスに転校生が来るぞ」

担任の先生が言う。

「−−−よし、入っていいぞ!」

担任の先生が言うと、
可愛らしい眼鏡をかけた少女が入ってきた。

”おぉぉ!可愛いじゃん”
”俺好み〜”
”も〜男子はそればっかり〜”

色々な反応が教室中に飛び交う。


黒板に名前を書いた
その少女は優しく微笑んだー。


そしてー

「−−よろしくお願いします」

彼女は、微笑むと、
担任の先生に紹介された
座席の方に向かう。


「−−へぇ〜転入生なんて珍しいね!」
隣の席の香澄が言う。

「−−そうだね」
幸樹も返事をするー


ーー

少女が、幸樹の横を通って行くー


転入生の少女が一瞬、幸樹の方を見て、
優しく微笑んだ気がしたー

「−−−!?」
幸樹は、一瞬はっとして
振り向いたが、転入生の少女はもう、
幸樹のほうを見ずに、近くの座席の女子と
楽しそうに話していたー


「−−−(まさかな)」
幸樹は微笑むー



「−−−どうしたの?」
香澄が不思議そうに言う。

「−−ううん、なんでもないよ」
幸樹は笑って返事をしたー

笑う香澄を見て
幸樹は決意するー。

この笑顔をずっと守って行こうー

とー。



おわり


・・・・・・・・・・・・・・

作者コメント

ここまでお読み下さりありがとうございました!

変身モノはほとんど書いたことがないので
色々と難しい部分もありましたが
なんとか完成できて一安心です…!

前回のお祭りに続き
今回の変身モノ祭りにも参加させていただけて
とても嬉しいデス!
ありがとうございましたー!