俺は南条秀樹、今年大学受験に失敗した為に一人で田舎から出てきて、現在は予備校に通っている身だ。将来の目標を今一つはっきり持てない俺は、取りあえず何処か大学に入れればいいやというさして意味の無い理由で大学合格を目指していた。

 夏季の夜間講習が終わってアパートに帰る途中、アパート近くのゴミ捨て場で俺はそれを拾った。

 ゴミ捨て場で目に入ったのは等身大の人形だった。

 始めは死体じゃないかと思ってドキッとしたけれど、よく見ると少女の形をした人形だった。汚いつなぎが着せてあるので薄汚く汚れて見えるけれども、顔をよく覗き込むと以外とかわいい。

「これがリアルドールというやつなのかなあ」

 インターネットでそういうものがあるというということは知っていたので、未だに彼女がいない俺は、今度は逆にその人形に興味が涌いてきた。

 あたりに誰もいないことを確かめると、俺は自分の服が汚れるのも気にせずに肩で担ぎ上げると、酔っ払っている女子大生を介抱するといった雰囲気で、抱きかかえるようにしてアパートまで持ち帰ってきた。


 その時、背中では無表情だった人形が口元をにやっと歪めていた。




少しだけ優しく


作:toshi9



 アパートに戻ると、俺は人形からつなぎを脱がせてやった。

「うっ、くさい」

 担いでいる間はさして気にならなかったが、部屋に入るとつなぎからと思われる匂いが部屋に充満した。

 一体何の匂いだろうか、汗くさいような、何日も風呂に入らない時のすえた匂いのような、でもこれは人形だし、誰かが面白半分に着せたのかな、それにしてもかわいそうなことを。

 あまりにもくさいので、つなぎをゴミ袋に詰めると外に出し、窓を開けて空気を入れ換えた。

 人形はつなぎの下には何も着けていなかったので、今はすっぽんぽんの状態で壁に寄り掛からせてある。

 細部までとてもリアルに作ってあるので、股の間に目がいって思わずドキリとしてしまったが、とにかく汚れを落としてやろうと浴室に運んでシャワーで洗ってやった。

「シャンプーでいいのかな」

 金色の、さらさらとした人の髪と全く変わらない感触の長い髪を丁寧に洗ってやる。そして、髪を拭いてやるとタオルでまとめてやった。

 次にスポンジでボディソープを泡立てると、顔、首、胸と上から順に洗ってやる。

「・・・恋人と一緒にお風呂に入るってこんななのかな」

 胸を洗うとこすっているところがクニュクニュと変形する。

「柔らかいなあ、本物もこんななのかな」

 本物の女性の胸に触ったことの無い俺はだんだん興奮してきてしまっていた。

 両腕から腰、太もも、ふくらはぎと洗って、最後に股間の部分が残った。そこはつるつるだけど、1本の縦のすじがあってまさしく女の子そのものだ。そこを丁寧に洗ってやりながら、思わず自分のほおが紅潮しているのに気がついた。

 泡をシャワーで洗い流して汚れをよく落とすと、バスタオルで丁寧に拭いてやった。すると、人形は15歳くらいに見えるとてもかわいらしい少女の姿をしていた。

 でもその表情は全く無表情で、ガラス玉のような目は焦点が合っていなかった。

・・・裸のままの人形をじっと見詰めていると、だんだん変な気持ちになってきそうだ。そう言えば妹が置いていった着替えがあったな。

 俺はこの前田舎から遊びに来た妹の着替えがクローゼットに置いてあるのを思い出し、それを着せてやることにした。

 クローゼットから妹の着替えの入った紙袋を取り出すと、そこには下着と靴下、Tシャツ、チェック柄のスカートと丁度1セット入っていた。

「あいつ・・・いつでもこっちで泊まれるように、わざと置いていったんじゃないか」

 少し恥ずかしかったけれど下着から1枚1枚着せてやった。人形は妹と背格好が近いようで、妹の服はあつらえたようにピッタリだった。

「か、かわいい」

 俺は人形で遊ぶ趣味など無いけれど、本物の美少女と何ら変わることの無いその姿に思わず見とれてしまった。

「俺は、南条秀樹だ。よろしくな・・・って人形相手に何言ってるんだ俺」

 その日はそのまま壁にもたれ掛けさせ、俺は机に向かったが、何か後からじっと見られているような気がして、気になって受験勉強はちっともはかどらなかった。



・・・・・・・・・・・・・・



 その夜

「ヒデキ、ヒデキ」

 布団で寝ていると、誰かが俺を呼ぶ声がする。

「誰だ」

「ヒデキ、ヒデキ」

「女の子の声?まさか」

 俺は起き上がると人形を見た。

 人形の目が青く光っている。

 そして目元は無表情なのに、口元は少女の容姿に似合わない妖しい笑いで歪んでいる。

 人形の前に座ると、目の青い光りから目を反らせなくなってしまった。

 そして心の中から(抱きたい、抱きたい・・)という衝動が湧き上がってくる。

 俺は遂にその衝動に我慢できなくなって、人形を抱き締めた。

 口付けをして、そのまま布団に押し倒す。

 ぎゅっと抱き締めると胸の、お尻の、体の感触が柔らかくて気持ちいい。

 夢中になってそのまま人形を抱いていると、いつの間にか体を動かすことができなくなっていた。そして、そのまま俺の意識は遠ざかっていった・・・・ ・・・ ・・ ・



・・・・・俺は夢を見ていた。
 誰かが俺にかぶさってきている。
 俺の股間には何かが挟まっている、そしてそれは尚もぐいぐいと奥に侵入しようとしている。覆い被さっている誰かを必死にどかそうとするがびくともしない。そいつは尚も腰を動かし、俺の股間にぐりぐりと自分のものを出し入れしている。
 出し入れされる度に奇妙な感覚が湧き上がってくるが、その感覚に戸惑った俺は気持ち悪くなってもう一度腕を突っ張りそいつをどかそうとした。その時自分の腕を見ると、白くか細いものになっていた。
 必死になって体を起こして見ると、胸には小さな二つの膨らみが盛り上がり、そして自分の股間には覆い被さっている男のものが根元まで入り込んでいた。
 ほほにさらさらとかかる髪は・・・金色だった。



・・・はっと夢から覚めると、やはり俺は体を動かすことができなかった。そして暗がりの中、動けない俺の傍らに人影が佇んでいる。

「誰だ・・・お前」

「俺はヒデキさ」

「秀樹は・・・俺だ・・・何を言う」

「もうお前はヒデキじゃないよ」

 俺は自分の声がおかしいのに気がついた。妙に口がこわばって思うように声を出すことが出来ない。

 ヒデキと名乗るそいつが部屋の明りを点けると、そこに表れた姿は、妹の服を着た・・・俺だった。

「この服きついな、着替えるよ」

 そいつは妹の服を全て脱ぎ捨てると、クローゼットの中を物色してそこにある俺の服を着始めた。そしてそいつが俺の服にすっかり着替え終わると、もうそれは誰が見ても俺そのものだ。

 そいつが着替えている最中も、俺は必死になって体を動かそうとするが、どうしても動くことができなかった。

 目だけでも何とか動かして自分の様子を確かめようとするが、どうにも自由が利かない。

 今やすっかり俺の姿になったそいつは、俺のほうに近づいてきた。

「やっとその体から解放されたよ」

 そいつは俺を軽々と両手で抱きかかえると鏡の前に立った。

 そこには俺と、俺にお姫様のように抱きかかえられた俺のパジャマを着たあの人形がいた。抱かれている人形が・・俺か!

「そんな・・・ばかな・・・人形・・・なんて・・・」

「その人形は、抱いた人間と体を入れ換えてしまう力があるらしいんだ。何故だかはよくわからない。俺も犠牲者だからな。俺は新宿でホームレスをしていたんだが、ある日その人形を拾ってな。面白半分に抱いていたら、気がついてみると俺もその人形になっていたんだ。その後俺になった奴にゴミ捨て場に捨てられたんだけれど、それを拾ってくれたのがお前というわけさ」

「これから・・どうする・・つもりだ」

「ふっふっふっ、服は着替えさせてやるよ。次に誰かに拾われるまでは、その人形のままでいるしかないからな。きれいにしてやるよ。運良く拾われて抱かれれば、そいつと入れ替わることができるぜ。それまでの辛抱だと思って諦めるんだな。これからは俺がヒデキさ。また人生をやり直せるなんて何てラッキーなんだ」

 もう一人の俺は鏡の前で俺のパジャマを脱がせると、俺に見せつけるようにゆっくりとトランクスを引き下げていった。裸になった俺は上から下までさっき浴室で見た人形そのものだった。

 今度は妹のショーツを穿かされた。奴は楽しむようにゆっくりとショーツを俺の股間に引き上げて行く。伸縮性のある生地が俺の何も無い股間をピタっと隠す。

 次にブラジャーを俺の胸に着せ始める。肩紐を腕に通すと、奴は後ろに回って俺の背中でパチッとブラジャーの止め金をつけた。

 動けない俺の体は奴のなすがままだ。

「かわいいよ」

 いったん着せ終わると、ブラジャーの上から胸を揉み始めた。強烈な快感が胸の先から沸き起こる。

 人形のはずなのに・・・

 そいつはさらにショーツの中に手を差し入れると溝の中に指を差し込んで出し入れし始めた。人形なのに指は引っかかるでもなく滑るように動いていく。体の芯からはまたもジンとした快感が湧き上がる。

「おっとここまでだ。またその人形になりたくないからね」

 指を抜くともう一人の俺は、俺に妹のTシャツとチェックのスカートを着せ始めた。

 鏡の前には妹の服を着た金髪のかわいい人形がいた。しかしそれは・・・今の俺。

「じゃあ、さっきのゴミ捨て場まで連れて行ってあげるよ。そこでお別れだね秀樹くん」

 依然として体を動かせない俺は、深夜もう一人の俺に抱きかかえられて行く。まるで兄妹のように。

 でも行き先はゴミ捨て場だ。

「じゃあな、あばよ」

 俺はゴミ捨て場に置き去りにされた。暗闇の中一人ぽつんと取り残されると、段々恐怖感が込み上がってくる。

 俺はここで、誰かに拾われるのをずっと待たなければならないんだろうか・・・

 まさかこのまま誰にも拾われなかったら焼却場に・・・

 いやだ、そんなのいやだ。早く人間になりたい。

 誰か俺を拾ってくれ。





 そして朝が来た。



 おねえちゃん、あれなあに。

 わあーかわいい、ねえおうちにもってかえろうよ。

 等身大のお人形?うんまだきれいだし持って帰ろうか。

 うん。よかったね、おにんぎょうさん。あれ?おねえちゃん、このこないているよ。

 ばかね、そんなわけないじゃない。朝露でしょ。



 散歩しているんだろうか。高校生と小学生の姉妹のようだ。俺は二人に持ちかかえられていった。その時俺はにやっとした笑いで口元を小さく歪めさせていた。

 この二人のうちどちらが最初に俺を抱くんだろうか。俺はこの姉と妹どちらになるのかな。

 人間に戻れるならどちらでもいいや。



 二人に持ちかかえられながら、俺はそんなことをぼんやり考えていた。





(了)
                                       2002年9月11日脱稿
            


後書き

 satoさん1万ヒットおめでとうございます。

 お祝いにまた異色作(自称)を書いてみました。人形を媒体にした入れ替わりものですが、さて、これをTSと言えるのかどうか多少議論のあるところかもしれません。読まれた方はどう感じましたでしょうか。
 ところで、一部にアニメ化された某作品に似ているところがありますが、本作品は全く関係ありません(笑)

 それでは、ここまでお読みいただきました皆様どうもありがとうございました。



toshi9より
感謝の気持ちを込めて。