影の中の魔女との戦いに勝利した俺は、早速手に入れたグリーフシードを使って、ソウルジェムの穢れを取り去った。 俺のソウルジェムは既にそのほとんどが黒い濁りに覆われていたが、杏子に言われた通りにソウルジェムにグリーフシードをカチンと接触させると、濁りは煙のようにグリーフシードに吸い込まれ、みるみるソウルジェムは輝きを取り戻した。 「へぇ〜、こんな風に使うんだ」 「そうさ。ま、1個のグリーフシードで吸い取れる量には限度があるけど、あと何回かは使えるだろう。昨日渡したのも合わせれば『ワルプルギスの夜』相手でも安心して戦えるだろう」 杏子にそう言われ、ようやくQBに取り上げられたグリーフシードのことを思い出した。 「QB、魔女はちゃんと狩ったぞ。杏子からもらったグリーフシードを返してくれ」 『わかっているよ。よくやったねさやか』 QBの背中に開いた穴の中からグリーフシードが飛び出てくる。俺はそれをしっかりと受け取った。 こうして魔女との戦いは終った。 だが、疑問は残る。 どうして俺の剣は切れなくなったのだろう。 魔法少女さやか☆アキラ 第10話「誰にも頼らないなんて言わせない」 作:toshi9 「お前の気持ちが問題なんだよ。魔法の効力には、魔法少女の魂の力がストレートに現れるということさ。 だから戦いの最中は常に冷静でなくちゃいけないんだ。でないと持ってる力の半分も出せない。 ま、今日勝てたのは半分まぐれだな」 「そ、そんなことないよ」 「お前、勝たなきゃいけないって力み過ぎなんだ。もっと戦いって奴はだなあ……」 アイスキャンディをかじりながら、興奮気味に話す杏子。 「あ、わかったわかった。杏子ちゃん、ありがとう」 「とにかくだ、自分の力をもっと有効に使うんだよ。そうすれば感覚操作なんかに頼らなくても、ずっと有利に戦える筈だ」 「おれ、いやあたしの力を?」 「さやか、お前は自分の力の特性を忘れているだろう。使い方がわからないからあんな戦い方になってしまうんだよ。使い魔と戦った時は無心で戦ったんじゃないのか? いわゆる無我夢中って奴だな。それが感覚操作をして楽勝だとか色気が出たんだろう。だから自分を見失ったんだ。魔法少女が自分を見失うとどういうことになるかわかるか?」 確かに俺はいつの間にか夢中になっていた。 感覚操作をして痛みを感じなくなると、これでもう何もこわいものはないって思った。そしたら相手をいたぶることに夢中になって、そのうち剣が切れなくなってしまったんだ。 それにしても、あんなに興奮したのは初めてだった。今まで感じたことの無い高揚感だった。 魔女に何度も剣を叩きつけることが楽しくさえ感じていた。そして血のような樹液が飛び散るのを見てますます興奮した。 まどかがひきつった声で叫んでいたけど、あの時の俺の形相って、鬼か魔女のように見えていたのかもしれないな。 魔女!? その時、俺ははっとした。 まさかあの時、俺は魔女になりかかっていたんじゃ? 剣が切れなくなったのは、その為じゃ。 それに気がついた時、俺はぞっとした 戦いの最中、ソウルジェムの濁りは、あと少しで全てを覆い尽くすところまで進行していた。そうだ、魔女が息絶えるのがもう少し遅かったら、俺のソウルジェムは真っ黒に穢れに染まり切っていたかもしれない。 そしたらおれ自身が魔女になっていた…… 体をぶるっとふるえが襲う。顔から血の気が引くのがわかる。 そんな俺の様子を見て、杏子がうなずく。 「どうやらわかったみたいだな。自分の力もわからずに無茶な戦いをするとどういうことになるのかが」 「……危なかったんだ」 「そうさ、紙一重だったんだ。でも何はともあれお前は勝ったんだ。ま、あまり気にするな。それよっかQB」 『なんだい? 杏子』 「なんであたいがさやかにあげたグリーフシードを取り上げたんだ」 『だって、最初からそんなものに頼っていたら、いつまで経っても一人前になれないだろう』 「だからと言って、さやかをあそこまで追い込むことはないだろう。お前、まさかさやかを魔女に……」 『さやか、君は自分の力を忘れてしまったのかい? 君の力は『変換』だ』 QBが杏子の言葉を遮るように話題を振る。 「『変換』の力か。そうだ、そういえば前にQBから「杏子にも負けない素質がある」って言われたような」 「そうさ、お前はいい素質を持ってる。そして彼女もな」 そう言ってまどかを指差す杏子。 「あ、あたし……」 「と言っても、お前は魔法少女にはならないんだろう。まあ叶えたい願いも無いのに、無理して魔法少女になることは無いわな」 「う、うん」 『杏子が言うように、まどかにはさやかや杏子に負けない、いやそれ以上の素質があるんだ。僕としては、さやかのように、まどかにも早く契約してもらいたいんだけど』 「ま、こっちは諦めるんだな」 食べ終えたアイスキャンディのバーを放り投げながら杏子が言う。 「ところでQB、さっきの答えだが。どうしてさやかをあそこまで追い込んだ」 『僕は、さやかに早く魔法少女の務めを果たしてもらいたかっただけだよ。こっちにも都合があるんだ』 「ふーん、もう一つ聞きたいことがあるんだが、さやかの魔力の属性って以前と変わっているだろう。どうしてだ? 属性が変わる魔法少女なんて初めてだ」 『そうかい? 前例が無いわけじゃないよ。魔法少女にもいろんなタイプがいるからね』 「ま、いいか。それじゃ、そろそろあたいは行くぜ」 「杏子ちゃん、ちょっと待って」 その場から飛び去ろうとする杏子を、俺は呼び止めた。 「ん?」 「いろいろありがとう。それとあたし、明日ほむらに会いに行くんだけど、付き合ってくれない?」 「ほむらに会いにだって?」 「三人で一緒に『ワルプルギスの夜』と戦うよう彼女を説得したいんだ。三人で協力して戦ったほうが絶対良いと思うから」 「でもあいつは承知しないだろう。それに……」 「前に言ってたよね、相性が悪いって言うんでしょう」 「ああ。かえって足手まといになりかねない。『ワルプルギスの夜』の魔力はそりゃ強力らしいぞ。 結界も張らずに、直接攻撃を仕掛けてくる。おまけに魔女クラスの使い魔が守っているらしい。 そして、これが肝心なんだが、奴は物理攻撃に滅法強い!」 「どういうこと?」 「奴に勝つには、魔力で勝負するしかないってことだ。でもほむらの魔力は最弱クラスだ。あたいにはわかる。 妙な技を使って武器を効率的に使いこなしているからありきたりの魔女には勝てるだろうけどな。ま、経験と気力で補っているって感じかな。 だからほむらと組んでもあまり戦力にならないと思うんだ。 その点、お前の魔力はなかなかのもんだ。だからあたいはお前を選んだのさ。もっとも、きちんと魔力を100%使いこなせればの話だけどな」 「でも、経験って大事でしょう。ほむらちゃんってベテランって感じがするんだけど。マミさんとは違う意味で」 まどかが口を挟む。 「そう、それなんだ。どこで調べたのか、ほむらは何かと事情を知っているんだろう。それに彼女も奴と戦おうとしているんだ。それだったらばらばらに戦うより一緒に戦ったほうが良いと思うんだけど」 「無駄だよ。あいつは誰ともつるむ気はないだろう」 「でも、戦いは少しでも勝てる確率の高いやり方を選ばないと。だって『ワルプルギスの夜』はなまじっかの力じゃ勝てないんでしょう。各自が一番得意な技を駆使してチームワークで戦わないと駄目なんじゃない?」 「ん〜、言われてみればそうかもな。ま、あたいは元々お前と一緒に戦うつもりだったし、あいつさえその気になれば3人でチームを組んでも構わないぜ」 「ありがとう。それじゃ一緒に行ってくれるね」 「ああ、了解だ」 「さやかちゃん、あたしも一緒にほむらちゃんちに行っていいかな」 「え? まどかも?」 「うん。一人で無茶な戦いをしようとしているほむらちゃんを、あたしも説得したい」 「わかった。それじゃ明日は三人で行くとしますか。それじゃあ……」 俺はすーっと深呼吸した。 「あ、あたし、美樹さやか、よろしく」 「なんだよ、調子狂うな。あたいは、佐倉杏子 よろしくな」 「あたし、鹿目まどか」 俺たちは3人で手を重ねた。 何だか、杏子やまどかとの距離が一歩近づいたような気がした。 その夜、俺はベッドに腰を掛けて考えていた。 杏子は口は悪いけど、結構面倒見が良いんだよな。 まどかは、引っ込み思案かと思えば意志の強さを感じさせる。そして友だち思いで。 二人ともいい友達だ。 でも…… 俺は美樹さやかじゃない。 外見はさやかに見えても、俺はさやかじゃないんだ。 俺は二人を騙している。 俺の心は重かった。 いっそのこと、さやかになりきったほうがいいんだろうか。 いや、俺は俺なんだ! ぐるぐると心が揺れる。 その時、ふと机の上に置いたままの、砕けたさやかのソウルジェムが目に入る。 既に光を失った筈の破片。 だが窓から差し込む月明かりに照らされ、それは輝いているように見えた。 「さやか……ごめん。でも俺、がんばるよ」 翌日の土曜日、昼過ぎに杏子やまどかと待ち合わせると、俺たちはほむらの家に向かった。 インターホーンを鳴らすと、扉が開いてほむらが顔を出した。 「ほむらさん」 「入って……って、え? まどかも? それに何であなたまで一緒なのよ」 「ほむらちゃん、お邪魔します」 「あたいはお邪魔虫か? それにあんたってなぁ、あたいには杏子という名前があるんだ」 「そうだったわね。ごめんなさい」 悪びれる素振りもなく、ほむらは俺たち3人を中に入れる。 そこは不思議な雰囲気の部屋だった。 振り子のように大きく揺れる、天井から吊るされた明かり、いくつも壁に掛けられた意味不明の絵やイラスト。 「ほむらちゃんって、こんなところに一人で住んでるの?」 「まあね」 ほむらは紅茶をティーカップに入れると、テーブルに並べていく。 「座って」 「紅茶か、マミさんのことを思い出すな」 「そうだよね、マミさんの紅茶って美味しかったなぁ。ケーキも気合い入ってたし」 俺が答えると、まどかが「そうだね」と答える。 「ごめんなさい、何もおもてなしできなくて」 「あ、そんなつもりで言ったんじゃないの。ごめんね、ほむらちゃん」 「ふふっ、わかってるわ」 紅茶を飲みながら、ほむらがふっと笑みを漏らす。 ふーん? 珍しいな、いつも無表情のほむらが何となく嬉しそうだ。 「ところでさやかさん、今日は何の用?」 ティーカップを手に持ったまま、ほむらが俺を睨む。 やれやれ、またこの目だよ。ほんとに嫌われたものだな。 「あなたに相談があるの。『ワルプルギスの夜』って一人じゃ勝てないほど強いんでしょう。それならあたしたち三人力を合わせて戦うべきだと思って」 「そのことなら前に言った筈よ、余計なお世話だって。あたしは誰にも頼らない。奴と戦うのはあたし一人で十分よ」 「おい、お前、奴がどんな相手なのかわかっているのか?」 杏子が紅茶を飲む手を休めててほむらを見る。 「そのつもりよ」 「わかっちゃいないだろう。少なくともあいつの特性を理解してない。もしわかった上で戦おうとしているんだったら、馬鹿だな」 「特性? そんなの関係ないでしょう。要するに倒せばいい。二度と復活しないように完全に叩き潰せばいいでしょう。一人の魔法少女の力で勝つのは難しいと言われているけど、あたしには作戦があるの。その為の準備も、じきに終るわ」 「やれやれ、どんな準備をしているか知らないけれど、一つ忠告してやろう」 「忠告ですって?」 「奴に物理攻撃は無意味だ」 「え‥?」 「敵を知り己を知れば百戦危うからずってな。確実に大物を仕留めるには、まず相手のことをよく知らないといけないだろう。あたいは奴が過去に現れた時の記録を調べた。そして奴と遭遇して生き残った魔法少女たちから情報を集めたよ。その結果わかったんだ」 杏子は息をついだ。 「奴は物理攻撃に滅法強い!」 「そ、そんなこと」 「わかっているって言うのか? わかっちゃいないだろう。動揺が顔に出てるぜ」 「そんな」 ぷいっと横を向くほむら。 「冗談だよ。とにかくだ、お前の妙な技……テレポートってやつなのか? 瞬間移動攻撃が得意みたいだけど、魔女への攻撃手段は爆弾に拳銃に手榴弾、そんなものだったろう。 それじゃ奴には勝てっこない。 あたいのこの槍でも難しいだろうな。 もし奴に勝てるとしたら……」 「勝てるとしたら?」 「こいつの持っている力だけだと、あたいは思う」 杏子が指差すその先には俺がいた。 お、俺? 「そんな。あたしじゃ勝てなくて、こんな奴があいつに勝てるって言うの? そんなこと……、あたしは信じない」 「現実を冷静に見極めるんだ。じゃないと勝てるものも勝てないぞ。あたいたちは、さやかが奴を仕留められるようフォローに徹するんだよ。それしか奴に勝つ術はないと思う」 「あたしが、こいつのフォローを……」 「元々あたいはそのつもりだった。奴が現れたら、あたいたちもただじゃ済まないだろうし、それだったら勝てる方法を実行するしかないって。あたい一人でさやかをフォローすればいいと思っていたんだけど、こいつがお前とも一緒に戦いたいって言うからな」 「ねえほむらちゃん、一人で戦うなんて、そんな無謀なことしないで。もし見込みがあるのなら、皆で一緒に戦って、お願い」 まどかがじっとほむらを見る。 ほむらは、そんなまどかの目を背けるように俺を見た。 「あなたは……いえ、いいわ。わかった、チームを組みましょう。でも勘違いしないで、あたしはあなたのことを認めたわけじゃないから」 「それでも構わないよ」 「よし、決まりだな。それじゃ早速作戦を立てようぜ。あたいが考えていたのはこうだ。ほむらの力を使えばもっとうまくできるかも……」 杏子が自分の作戦案を説明し始めた。 その姿は、何だか生き生きとしている。 彼女も本当は一人より、こうして仲間といるほうが好きなんだろうな。 そう思いながら、俺は杏子の作戦に聞き入っていた。 その頃、気象庁の一室で、ある騒ぎが起こっていた。 「課長、来てください、レーダーに!」 「どうした、何を慌てている」 「こ、これは……信じられない、こんなこと有り得ない」 「はっきり報告しろ。何を言っているのかわからん」 「はい、それが大島沖に発生した雷雲の発達の仕方が尋常ではなく……このままではスーパーセル化します」 「何だと? おい、いつだ!」 「この様子ですと明朝9時頃の見込みです。しかも雷雲は陸に向かってゆっくり移動しています」 「政府に急ぎ連絡するんだ。関東全域に緊急避難命令を!」 (続く) |