俺を冷たい目で見下ろす美少女、暁美ほむら。
 彼女は転校してきて間もないらしいが、クラスで人気がある。
 美人でスポーツ万能、おまけに成績優秀とくれば、それも当然だ。

 だが、クラスメイトが彼女の周りに集まってくることがあっても、彼女のほうからクラスメイトに話しかけるという光景を見たことがなかった。
 いつも何の関心も無そうに一人でいる。
 いや、俺を見る目と、まどかを見る目だけはどこか違っていたのだが。

 そう言えば、彼女も魔法少女のはず、そしてあの夜あそこにいた一人だ。
 その時、俺はさやかとして目覚めた時、彼女に「あなた、馬鹿ね。それに、余計なことを」と言われたのを思い出した。
 その彼女が俺に向かって「あなたは誰」だって?
 それじゃ、あれはさやかに言った言葉じゃなくって、俺に向けられた言葉だというのか。




 魔法少女さやか☆アキラ
  第6話「奇跡も魔法もある、でも……」

 作:toshi9
 イラスト:SKNさん




「はぁ? なに言ってるのさ。あたしはさやかに決まっているじゃない」

 俺はさやかの口調で彼女に答えた。

「ふん」

 だが彼女は表情を変えずに、ブレザーのポケットからハンカチで包まれたもの取り出した。
 そしてそれを俺の前でそっと広げる。





「え!」

 ハンカチの中から出てきたもの。それは砕けた青い宝石だった。
 俺のソウルジェムそっくりだ。

「これがさやかのソウルジェムよ」

「ど、どういうことだ……なの」

「あの夜、まどかがさやかのソウルジェムを車道に放り投げた時、あたしはすぐに回収しようとしたの。でも遅かった。
 あたしが行った時、彼女は既に車に引かれて砕けていた。仕方なしに破片を全部回収して戻ったんだけど。そしたら……」

 テーブルに広げられたソウルジェムの破片に目を落としていたほむらが、俺にキッと目を向ける。

「???」

 俺のソウルジェムとさやかのソウルジェムがよく似ているのはわかる。だが、だからどうだと言うのだ。

「はっきり言って、何が言いたいの?」

「あなたは美樹さやかじゃない。別人が彼女の中に入っているということはすぐにわかったわ。でも、あなたは何者? 何の目的でさやかに成りすましているの? QBの差し金?」

「え、え〜と」

 俺は返答に窮した。
 彼女に本当のことを話して良いものか、それともあくまでしらを切るべきなのか。

 俺は彼女の目を見た。
 それは強い意志を感じさせながらも、どこか悲しそうね目。

 この子、本当に中学生なのか?

 俺は、自分よりずっと年上の女性から見下されているような錯覚を覚えた。

 俺のことを快く思っていないことはわかる。
 だが少なくとも悪い子じゃなさそうだ。
 俺は、彼女ときちんと話をしてみることにした。

「座って、ほむらさん。あたしもあなたにいろいろ聞きたかったし」

「私からあなたに話すことは何も無いわ」

「あたしの話だけを聞こうとして、自分のことは話してくれないの? ね、座って」

 ほむらは、ふうっと小さな息を漏らすと、俺の前に座った。

「わかったわ。それじゃ最初にあたしの質問に答えて。あなたは何者?」

「あたし……いや、俺は三ッ木晃だ」

「俺?」

「俺は男、いや男だったというべきかな」

 ほむらの表情がさっとこわばる。

「な、な、なんで、男のあなたがさやかのふりをしているのよ?」

 ほむらは明らかに狼狽している。俺の答えは全く予想外だったのだろう。

「QBに勧誘されたんだ。『魔法少女になってよ』って」

「だって、あなた男なんでしょう、何でそれを受けるのよ、信じられない」

「こっちにも事情があってね、理由は勘弁してくれ」

 TS好きで、仕事に疲れたから、ついQBの誘いに乗ってしまったなんてこと、さすがにこの子には言えない。
 それを話すのは、男のプライドが許さないと思った。

「そうか、だから授業中に変なことをしようとしたり、更衣室であんな嫌らしい目つきで……この変態!」

「ち、ちがう、とにかく悪気は無かったんだ。QBから『魂が無くなってしまったさやかという魔法少女になってみないか』と誘われて、つい契約したんだ。そしたら俺のソウルジェムが出来上がって、気がついたら俺はこのさやかという少女になっていた」

 俺は彼女に俺の青いソウルジェムを見せた。
 興奮していたほむらは、俺の青いソウルジェムを見てふぅ〜とため息をつく。

「そう、あなたもQBに騙されたのね」

「騙された?」

「そうよ。魔法少女になるということは、人間を捨てるということだから」

「人間を捨てる? 俺は人間だぞ。まあ男を捨てて少女の姿になってしまったかもしれないけど」

「あなたはもう人間じゃない。生きているように見えるだけよ。このあたしもそう」

 そう言って、ほむらが自分の胸に手を当てる。
 
「言っていることがわからないな。それに、そもそも何ですぐに俺がさやかじゃないとわかったんだ? まどかもひとみも中身が俺だとわからなかった。魔法少女の杏子でさえ気がつかなかったのに」

「ソウルジェムは魂が実体化したもの。魔法少女の力の源でもあるけれど、その本質は魔法少女の魂そのものよ。それが砕けた時点でさやかは死んでしまったの。彼女は守れなかったのはあたしのミスよ。でも、あたしの目的は彼女を守ることじゃない。だからその事は仕方ないと思っていたの。問題は、砕けたさやかのソウルジェムを回収してきたあたしがあそこに戻った時、さやかが目覚めていたこと。驚いたけど、すぐに中身が別人にすり替わっているんだとわかった」

 ほむらの言葉によると、QBはさやかのソウルジェムを回収しなかったらしい。実際に砕けたさやかのソウルジェムを回収したのは、ほむらだったという訳だ。そして、ほむらもソウルジェムの本質が魔法少女の魂だということを理解している。

「なるほど。でも俺も君も人間じゃないってどういうことだ。意味がわからないんだが」

「あなたってほんとに頭悪いわね。よく考えてごらんなさい。今あなたが手に持っているソウルジェムはあなたの魂そのもの、あなたの本体はそれなのよ」

 ほむらが俺のソウルジェムを指差す。
 俺は自分が持っている青いソウルジェムをまじまじと見つめた。

「これが俺の魂、俺の、魂……ん? 待てよ、ということは、俺って!?」

「だから言っているでしょう。あなたはもうこの世のものではないその体を、そこからリモートコントロールしているにすぎないという訳」

「げげげっ!」

 それじゃ、俺はQBと契約した時点で死んだってことなのか!?
 魂だけの存在になって、この体に憑依させられた……。
 今更ながら、救急車で運ばれていく自分の体と母親の姿が脳裏に浮かぶ。

 一方のほむらは、顎に手を当てて考えている。

「そうか、QBはあなたをさやかの身代わりにしたんだ」

「身代わり?」

「QBはまどかと魔法少女の契約を結びたがっているの。でも今までこの街を守ってきた魔法少女のマミが、まどかたちの目の前で魔女に殺されたことで、まどかは魔法少女になることに躊躇してしまった。そして、まどかではなく親友のさやかがQBと魔法少女の契約を結んでしまったの。
 QBの奴、どうやらまどかに契約させる為には、あそこでさやかが死んではまずいと思ったようね。その為にさやかの身代わりを作ろうとした」

「ということは、俺は」

「何も知らされずにQBにいいように契約させられたんでしょう。全く、何を祈りに契約したんだか」

「いや、それは、その」

「まどかには悪いけれど、さやかが魔女化する前に死んでしまって、あたしは少しほっとしていたの。これでさやかが魔女に堕ちることはないし、魔法少女の現実を見せ付けられたまどかがQBと契約するリスクもさらに減ったと思ったから。それなのに全く、あなたは……」

 はむらがため息をつく。

 多分、「余計なことをしてくれた」と言いたかったんだろう。
 それはともかく、俺は彼女の言葉が気になった。

「さやかが魔女化? 魔女化って何だ?」

「ソウルジェムが完全に黒く染まると、ソウルジェムは魔女の卵《グリーフシード》に変化する。そして魔法少女は魔女に生まれ変わるの。つまり、魔女を狩るものから、魔法少女に狩られるものに立場が逆転してしまうということよ」

「な、何だって!?」

「あなたのソウルジェムは、大丈夫なの?」

「え? あ、ああ」

 俺は自分のソウルジェムをテーブルの上に置いた。少しくすんでいるが、十分青い輝きを放っている。

「まだあまり魔法を使っていないようね。これなら当分大丈夫かもしれない。でも早くグリーフシードを確保しておかないと安心できないわね」

「おい、助けてくれよ」

「駄目」

 ほむらは俺の言葉を冷たく突き放す。

「え? なんで」

「あたしにはあたしの戦いがある。まどかを守ることがあたしの戦いだから。
 あなたも男なら、自分のことは自分で守りなさい」

「でも今は女の子だし、いや、魔法少女だよ」

 俺はわざとしなを作って、ほむらにウィンクした。
 だが、ほむらは全く動じることなく俺に言い放った。

「それなら尚更よ。あなたはあなた自身の力で新しいグリーフシードを手に入れることね。せいぜい魔女にならないようにがんばることよ」

「そ、そんな」

「もうすぐ『ワルプルギスの夜』がこの町に来る。超弩級の相手よ。あたしも勝てるかどうかわからない。でもあたしは全力であいつと戦う。その為に準備しなくちゃいけないの」

「なあ、俺も君と一緒に戦えないのか? 一人より二人、そうだ、あの杏子も加えて魔法少女三人で力を合わせて戦えば何とかなるんじゃないのか?」

「余計なお世話よ。それじゃあ」

 それだけ言って席から立ち上がると、ほむらはくるっとターンして店から出て行ってしまった。
 砕けたさやかのソウルジェムを後に残して。




「くそう、魔女化だって? 何だっていうんだ。」

 店を出た俺は、手に持ったソウルジェムを地面に叩きつけようとして、危うく堪えた。

「おおっと、危ない危ない。それにしても……」

 ほむらの話はショックだった。
 今の自分が既に死んでいるのと同じで、おまけに、『ワルプルギスの夜』だって?
 どうするんだ、俺。

『楽しめばいいんだよ、さやか』

 気がつくと、俺の肩にQBが乗っかっている。

『君は魔法少女だ、何だってできるよ。魔法少女の力をもっと使ってごらん。楽しいよ』

 力を使うか。そう言えば、自分の力についてほとんど知らないんだな。
 俺の祈りの力は《変換》だった。毒々しい蛾の姿をした使い魔を小さな蝶に変化させていたけれど、もっといろんな使い方ができるのかな。
 そう言えば……

「なあ、QB」

『なんだい? さやか』

「魔法少女は祈りを代償に魔法少女になるんだったよな。このさやかは何を祈りにして魔法少女になったんだ」

『彼女は祈りを自分の為じゃなく、他人の為に使ったんだ。事故で指が動かなくなった少年の指が治るようにとね。願いは叶えられ、そして彼女は魔法少女になった。でもエネルギー回収が全然できなかった僕としては、このままじゃ困るんだ。ノルマに響くんだ。全く失敗だったよ』

 指が動かなくなった少年。
 それがあの上条という少年を指していることはすぐに理解できた。
 その言葉を聞いた瞬間、コンサートホールで見事にバイオリンを弾きこなす少年と、それを胸をときめかせて観客席から見ていた俺の姿が、そして病室のベッドに横になっている手を包帯で巻いた少年の傍らで、小さな幸せを感じながら寄り添っていた俺の姿が次々に思い浮かんだのだ。
 いや、それは俺であって俺じゃなかった。
 思い浮かんだ俺は、女子の制服を着た女の子だった。

 これ……さやかの記憶。

 自分の為ではなく他人の為に祈り、魔法少女になった少女さやか。
 彼女の祈りで彼の指は治ったらしい。
 だがさやかはあっけなく死んでしまった。
 淡々とそれを失敗だったと言うQB。

 俺は、肩の上のQBを地面に叩きつけたい衝動に駆られていた。

 奇跡も魔法もある。でもその代償は……



(続く)