空から雪が舞い降りる。

 ひとつ、またひとつ。

 最初はまばらだったそれは、少しずつ数を増していく。

 やがて白い雪は、空一面を覆うように降り出していた。



「おお、二代目様をお迎えにあがるのに絶好の日和でございますな」

 降り落ちる雪で黒いシルクハットとマントが白く染まっていくのを気に留めようともせず、初老の男は空を見上げながら口髭を撫でると、口元に腕時計を近づけた。

「カム・ヒア……でございます」

 やがてはるか上空から男の元に、猛スピードでひとつの大きな影が接近してきた。




             セバスチャン−ちょっとだけ大胆な3番−

            二代目はサンタガール?

作:toshi9



※『二代目は○○』シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照して下さい。
http://minafumi.aki.gs/kikaku/secondgeneration_rule.html




 冬の陽は落ちるのが早い。
 暗くなると共に、街には華やかな『メリークリスマス』の文字が躍るイルミネーションが灯り始める。
 そう、今年もクリスマス・イブがやってきた。
 クリスマス・イブ、それは恋人たちの年に一度のお祭り。
 夕暮れ前から降りだした雪はイブの街を白く覆い、お祭りに相応しい華やかさを演出している。
 だが、僕は開け放った窓からそんな街のイルミネーションを眺めながら、ほーっと白いため息をついていた。
 僕の名前は万丈陽一。私立の大学に通う大学生だ。
 窓の外を眺めながら、僕は1年前のイブに、恋人の瑤と明かした夜を思い出していた。
 でも、今僕の傍らに瑤はいない。
 1週間前に彼女とけんか別れした僕にとって、年に一度の、恋人との至福の時間を一緒に過ごすイベントは、つらいだけの一夜でしかなかった。

「瑤、どうしてなんだ……」

 段々と白く覆われていく窓の外を眺めながら、僕は一人ごちていた。
 全く、何が理由だったのかよくわからない。遥の奴、急に「別れる」って言い出したかと思うと、勝手に出て行っちまった……

 ぼーっと眺める窓の外は雪、空一面から真っ白な雪が降り続いている。
 教会のミサが始まったのだろうか、遠くから賛美歌のような歌が聴こえてきた。



 父から子へ ――
 世代を越えて引き継がれていくものがある。
 それは物であり、技であり、知恵であり、想いである。
 だが、その責務を嫌い、束縛を厭うものもいるだろう。
 それでも、継承は続く。先代達が託した願いと共に。




「ん?」

 その歌声を聴きながら、開けた窓から白い雪が絶え間なく降り続く空を眺めていた僕は、ふとその中に黒い影があるのを見つけた。しかもそれは段々と大きくなっているように見える。

「気のせい? いや、違う! マジかよ!?」

 思わず目をこする僕の目の前で、それは確かに大きくなっていた。
 何かがここに向かって来る? 黒い影が真っすぐにこっちに突っ込んでくることに気がつき、慌てて窓を閉めようとした。だが、急に勢いを増し、部屋に猛烈な勢いで吹き込んできた雪で、僕は視界を失った。

「うわっぷ、な、なんなんだ!?」

 目を開くと、窓の外には三頭立てのトナカイが曳いたソリが静止していた。
 何でこんなところにトナカイ!? いや待て、それよりここは2階だぞ?
 絶句する僕の前に浮かぶソリには、黒いマントを羽織った男が御者のように座っていた。そいつが、突然首だけをこちらに向ける。
 呆気に取られながらソリを見ていた僕は、その男と目線を合わせてしまった。

 男は僕の姿を見つけてにこ〜っと笑った。
 それは、ずっと探していた宝物をようやく見つけた──といった感じの、とっても嬉しそうな笑顔だった。

 すっくと立ち上がってマントを翻したその男は、鮮やかな身のこなしでひらりと窓を飛び越えると、部屋の中に降り立った。そしてかぶっていたシルクハットを取ると、僕に向かって深々と頭を下げた。
 それはオールバックの白髪、そして白いカイゼル髭をたくわえた初老の男だった。黒いマントの下には、同じ色の黒いタキシードを着ている。

「ようやく見つけましたぞ。このセバスチャン、お迎えに上がりました」

 お迎え? セバスチャン? なんだこのおっさんは?
 僕は訝しげに男を見た。

「あんた何者だ?」
「このセバスチャン、決して怪しい者ではありません」
「空を飛ぶソリに乗って現れるなんて、十分怪しい者だろうが……」

 そう言って僕はその男の顔をじと〜っと睨んだ。だが、そいつは少しも動じることなく、僕の視線を涼やかな目で受け流した。

「わたくしめは、長年あなた様のお父上に仕えてきた執事でございます」
「お父上? 執事? バカヤロウ、僕の父親がそんなご大層な身分なわけないだろう? 親父はただの安月給のサラリーマンだ。人違いだな」
「旦那様のことを、そのように言ってはいけませんぞ。
 確かに会社では上司には怒鳴られ、部下からはあざけりの目で見られ、家に帰れば家族からは給料が少ないと無視されているかもしれません。
 ですが、それは世を欺く為の仮の姿。貴方様のお父上は、正義のサンタガールだったのでございます」
「は!? サンタ……ガール? 正義の? なんだそれは」

 サンタクロースなら、まだわか……いや、わからねえ、そもそもサンタなんている訳ないだろう。

「そ、そうか、親父の奴、僕たちに内緒でバイトやってたんだ……ははは、なんだ、いくら安月給だからと言って、そんなバイトまでやらなくても……」
「バイトですと? いえいえ、お志半ばで倒れられましたが、お嬢様のお父上はサンタガールの中のサンタガール、サンタガールのリーダー『サンタガール・レッド』でございました」
「はぁ?」

 真面目な顔でこんこんと諭すように話す男。だが話の内容にはとてもついていけない。
 サンタガールのリーダー? それにこのおっさん、今さらっと僕のことをお嬢様って言わなかったか?

 だがそんな僕の様子に一向に構うことなく、セバスチャンと名乗った男は話し続ける。

「旦那様は、いつの日か貴女様がご自身の遺志を継いで下さると願っておられました。
 そして遂にその日がやってきたのです。
 私めもこの日が来ることを一日千秋の思いで待っておりました。今宵からお嬢様が旦那様の意志を継ぎ『二代目サンタガール・レッド』となられるのです」

 そう言って、男は窓の外に浮かぶソリから白い大きな袋を下ろすと、中から赤い布の塊りを取り出す。
 それはポンポンのついた赤い帽子、スカートの裾に白い縁取りのある赤い羅紗生地で織られた服、そして赤いブーツ。そう、女性用のサンタクロースの衣装、即ちサンタガールのコスチュームだった。

「さあ、こちらにお召し替えください。きっとお嬢様にぴったりでございますよ」

 男は僕に衣装を差し出す。

「ちょっと待て、何で僕がそんなもの着なくちゃいけないんだ。それにそれは女性用だろう」
「当然でございます、『二代目サンタガール・レッド』たるお嬢様の美しい肢体にふさわしい衣装でございますぞ。さあさあ早くお目し替えを」

 そう言ってすっと近寄った男は、鮮やかな手つきであれよあれよという間に僕の服を脱がしていく。
 僕は着ているセーターもズボンも、そしてシャツもトランクスもあっという間にひっぺがされてしまった。

「お、おい、何を……」
「お嬢様、そんなに固くならずともよろしゅうございます。このセバスチャンに全てお任せくださいませ」
 ま、また僕のことをお嬢様って言ったぞ。なんなんだ、こいつは?
 裸にされて股間を隠す僕を横目に、男は袋から今度は白い布地を取り出す。
「ふむ、やはり下着は清楚な白でございますな、さあさあお御足をお上げくだされ」
「おい、やめろ、なんだそれは」
「これは、お父上様もおはきになったリーダーパンティでございます。
 スカートから覗くこのパンティを見た男に、至上の喜びをもらたすのでございますぞ」
「な、な、なんだそれは」
「見せることもサンタガールの大切な仕事でございます。
 今宵を、独り身で過ごす男にとりまして、何よりもプレゼントでございますしな」

 そう言いながら男はさっさと僕の足を持ち上げると、白い布地に両脚を通させる。それは、光沢のある滑らかな白いシルクのパンティ、しかも股間の切れ上がったハイレッグだ。
 あっという間に僕の下半身に密着し、股間に食い込んだハイレッグパンティを見下ろしながら、僕は慌ててそれを引きおろそうとした。だがぴちっと腰に密着したパンティの中に指が入らない。

「……!」

 突然股間に鈍痛を覚える。それは何かが股間の中に食い込んでくる感覚だった。
 パンティの白い布地の中で、ぐにぐにと何かが蠢いている。
 そしてもこっと膨らんでいた僕の股間は、徐々にその膨らみを無くしていた。

「な……なに?」

 妙な感覚に慌てて生地の上から股間をまさぐるが、手をあてがった時、そこにあるべきモノは無くなっていた。パンティの白い布地は、のっぺりとなった僕の股間にぴっちりと張り付いていた。

「な、ない!? な、なんだこれは!?」

 しかも、変化は股間だけではなかった、腰骨が広がり、そしてお尻がふくよかに膨らんでいく。

「俺の尻が、な、なんなんだ!?」
「おお、見事なヒップでございます。さあさあ、次はこちらを」

 男は取り上げた白いブラジャーを僕の胸に回すと、あっという間に背中のホックをパチンと止めた。

「ん、んぐぐっ、き、きつい……」

 ギブスで胸囲を締められるような圧迫感、だがそれは徐々に治まっていた。反対に平坦なはずの両胸からは、左右のブラのカップに包みこまれているような奇妙な抱擁感を感じる。

「おお、さすが二代目様。お父上様がつけられていたリーダーパンティもリーダーブラもぴったりでございますな」

 親父がブラジャーとパンティをつけている姿を想像した僕は、くらっと目眩を感じていた。
 いや、目眩の原因はそれだけでなかったのかもしれない。
 がっちりした筋肉で覆われていた僕の上半身は、なで肩のほっそりしたものになっていた。そして両胸にはブラジャーのカップからこぼれんばかりの大きな巨乳が……。

「ふむ、ここの肉は余計でございますな」

 慌てる僕をふむふむと顎に手を当てて見ていたセバスチャンは、僕のウエストをさすり始めた。
 その手の動きに合わせるように、僕のウエストがどんどんと細くくびれていく。

「これでよろしゅうございますかな?」

 袋の中から大きな姿見を取り出すと、男はそれを僕の前に立てる。

「おい! なんでそんな大きなものが袋の中に入っているんだ!?」
「さあご覧ください。素敵でございましょう」

 問いかけを完全に無視され、僕は仕方なく促されるままに視線を移した。
 姿見には、白いランジェリーに身を包んだ、見事なプロポーションの僕が映っていた。

 はちきれんばかりの大きな胸、ハチのように細い腰、そして大きく張り出したお尻。
 そんな自分の体を見て、僕はごくりと生唾を飲み込んだ。

「すげえ、でも……」

 そう、どんなに魅惑的な女体であっても、首から上は僕の顔。これではまるで変態だ。

「おい! どういうことだ!? 説明しろ!」

 男に向かって詰め寄る僕の胸が、ブラの中で揺れている。
 だが、男はまるで動じる様子がない。

「さあさあ、次はこのお召し物でございます」

 白い縁取りの赤いミニのワンピースを取り上げたセバスチャンは、背中についたファスナーを下ろすと手際よく僕に着せ、背中のファスナーをさっと引き上げる。

「やはりぴったりでございますな、さあ、お御足もお上げくだされ」

 今度は赤いブーツを僕の両脚に履かせてしまう。
 とたんに、僕のごつい両脚は、むっちりと肉付きのよい長い脚に変わってしまった。
 パンツが見えそうなミニスカートから伸びるすらりとした長い脚。魅惑的な太もも。
 鏡に映るサンタガールの衣装を着た僕は、まるでレースクイーンのようだ。恋人だった瑤にも負けない、いやそれ以上の素晴らしいプロポーションだ。

「これじゃ変態じゃねえか。でも……」

 僕は、鏡に映る自分の姿に奇妙な興奮を覚えていた。

「これが……僕」

 もやもやと胸の中で高まる興奮。
 だが僕の股間には、強烈に変化すべきモノが無い。

「さあ、こちらも」
 
 鏡を見入る僕の頭に、セバスチャンはふかっとした白い房のついた赤い帽子を被せる。
 途端に顔やうなじにふぁさっと髪がまとわりつく感触を感じる。
 手に取ると、それは長く赤い髪だった。何だこの髪?

「おお、まるでお父上を見ているようでございます」

 姿見には、赤いロングヘアのかっこいいサンタガールが立っていた。
 そして、その顔はさっきまでの男そのものの僕の顔ではなかった。
 それは確かに僕の顔なのに、不思議と女体に相応しい、かわいらしい女の子の顔になっていた。

「これが……僕!?」

 僕は再びそうつぶやいていた。

「これで終わりでございます。リーダーはやはり燃える赤でございますな」

 赤いネッカチーフを僕の首に巻く。

「ぐぎっ……そんなに強く締めないで、こ、こほん……あ、あれっ? どうしたの? 声がおかしい──」

 はっと口を押さえる。声が甲高く、凛とした声に変わっている。
 これが僕の声?

「素敵なお声でございます。旦那様の美声を思い出しますぞ。さあお嬢様、どうぞこのわたくしめを『セバスチャン』と呼んでくだされませ」
「セバスチャン、貴様〜」
「おうおう、再びお声をかけてもらえるとは、セバスチャン、こんな喜びはありません」

 両目から流れ落ちる涙を、セバスチャンは胸ポケットのハンカチで拭い出した。

「早く元に戻せ!」

 セバスチャンに詰め寄ろうと踏み出したが、履いているのがかかとの高いブーツだということを忘れていた僕は、その場でコケてしまった。

「いった〜」
「大丈夫でございますか? お嬢様」
「大丈夫じゃねえ!」

 床に尻餅をついたまま抗議する。
 その時、誰かがコンコンとドアを叩いた。

「お〜い、万丈、いるか?」
「瑤に振られて一人なんだろう、独り者同士、今夜は三人一緒に飲み明かそうぜ」

 扉の外から二人の若い男の声が僕を呼んでいる。この声……橘と三条か。
 二人は同じゼミのクラスメイトだ。

「ほほう、ご友人でございますか?」

 髭を指で撫でながらドアを見るセバスチャン。

 パチン──!

 セバスチャンが指を鳴らすと、ドアは音もなく開いた。
 そこにはそれぞれの手に買い物袋を下げた二人が立っていた。

「俺のとっておきの焼酎だ。つまみも買ってきたぞ。……ん? 君、だれ?」

 尻餅をついている僕を見て、焼酎のビンを差し出したままの格好で三条は固まってしまった。

「ええっと、その……」

 橘は、股を広げてぺたりと座り込んでいる僕の股の間をじっと見入っている。

「……キャッ!」

 そう、今の僕はサンタガールのミニのワンピースを着ている。彼らには白いパンティが丸見えだ。
 慌ててミニスカートの裾を押さえるが遅かった。
 目をぎらつかせた橘は、鼻の穴をふくらませて僕ににじり寄ってくる。
 後ろの三条も似たり寄ったりの視線を僕に向けている。

「お、俺の恋人になってくれ、なあ」
「おい橘、抜け駆けはよせ、俺だって彼女に……なあ、俺とつきあってくれ、君、名前は何ていうの?」

 そう言って、はぁはぁと荒い息を吐きながら競うように僕に迫ってくる橘と三条。

「僕は……いやだ……っ。ふ、二人とも、しっかりしろっ」

 本能的に非常にヤバイ状況に置かれていることを直感し、僕は体を硬くした。
 だが、しかし……

「おお、リーダーいるところに仲間有り。さすが二代目、良きお仲間をお持ちでございますな」

 セバスチャンに気がついて、僕ににじり寄るのを止める二人。

「じいさん、誰だ?」
「じいさんですと? 失敬な。さあ、お二人もお召し替えくださりませ」

 セバスチャンは僕の時と同じように、瞬く間に橘と三条の服を脱がせると、橘にピンクのサンタガールの衣装を、三条にグリーンのサンタガールの衣装を着せてしまった。 

「え? え?」

 あっという間の出来事に呆然としている橘と三条。いや、そこにはピンクのサンタガールの衣装を着たむっちりした肢体の金髪美女と、グリーンのサンタガールの衣装を着たスレンダーな黒髪の美人が立っていた。

「『サンタガール・ピンク』、『サンタガール・グリーン』、お嬢様を助け、共に戦うのですぞ。さあ、お仲間の証しを」

 そう言うと、セバスチャンは二人の首にそれぞれペンダントをつける。
 ふむふむと橘と三条(だった美女たち)を見比べるセバスチャン。
 そして、お互いの姿に驚きあう二人。

「おい、何がどうなって」
「おまえ、橘なのか?」
「そういうお前は、三条?」

 互いを指差しあう二人。伸ばした指がお互いの大きく膨らんだ胸に食い込む。

「あ、あん!?」
「ゲッ! 本物の乳、あふん♪」

 なおも胸を突っつき合う二人。
 美人だけど……こいつら、やっぱ橘と三条だな。

「大丈夫か? おまえたち」
「君……いやお前、もしかして万丈なのか?」
「ああ、いきなり現れたこのおっさんにこんな姿に……」

 だが最後まで答える前に、俺の台詞はセバスチャンの言葉に打ち消されてしまった。

「三人とも何をぐずぐずしておられます? 今夜は忙しいですぞ。さあ、世のため人のため、恵まれぬ男性の為、どうぞお働きくだされ」

 セバスチャンはそう言うと、自分がつけていた腕時計を外して、それを俺の左腕につけた。

「これでリーダーの自覚が生まれるでしょう。待機しているトナカイとも意思疎通できますぞ、さあ、『カム・ヒア』と呼んであげなされ。そして行くのです」
「行くのですって、どこに……」

 僕たち三人はお互いを見詰めるしかなかった。

(万丈、逃げよう)
(そ、そうだな……)

 僕は三条とアイコンタクトを交わすと、橘にも「逃げるぞ」と言おうとした。
 だが僕の口からは女言葉しか出てこなかった。それも意図と少しニュアンスの違う台詞しか。そして、それは三条も同じだった。

「サンタガール・ピンク、行くわよ」
「はい、万丈お姉さま♪」
カム・ヒア〜!

 ドッカーン──!!

 腕時計に向かって叫ぶと同時に、窓枠をぶち破ってソリを曳いたトナカイが部屋の中に入ってくる。
 三頭のトナカイは、僕たちを見て嬉しそうに興奮していた。

「見なされ、トナカイたちも二代目様たちを祝福しておりますぞ」

 ブルルと鼻を鳴らすトナカイ。
 いかん、逃げなくちゃ、逃げ……逃げる? どこに? それよりも、あたしにはやらなければいけないことが……

 僕の心の中で、何かがふつふつと湧いてくる。

 世のため人のため、正義の為に、恵まれない男たちを助けてやるの。
 彼らに夢と希望と明るい未来を。
 そう……あたしたちの使命は彼らを助けること。
 ぼーっと光り始めた腕時計の文字盤がチカチカと点滅している。

「万丈、行きましょう!」

 橘が僕の腕に抱きついてくる。

「A地点とC地点に恵まれない若者発見、ターゲットロックオン」

 コックピット、いやソリにいち早く乗り込んだ三条は、座席に備えられたパネルを見て叫んだ。

 そう、行かなくっちゃ……あたしたちが彼らに救いの手を差し伸べるのよ──
 ぼく……あたしの心はそんな気持ちで満たされていた。

「あたしたちの手で彼らを救いましょう。この手で」

 あたしたちは三人同時に拳を差し上げ、そしてぎゅっと握り締めた。
 あれ? 何か間違っているような、彼らを助けに行くんだったっけ……いや、きっとそうだ!

「さあ、お嬢様、これを」

 セバスチャンが、白い大袋を手渡す。
 口を開けると、中にはセーラー服やらスクール水着やらチャイナ服やら、いろいろなコスチュームがぎっしりと詰まっていた。
 あたしはセバスチャンに向かってこくりと頷くと、、袋をよいしょっと担ぎ上げた。

「行ってきます」
「ご武運を」

 そう言うと、セバスチャンはシルクハットを胸に、足を揃えて敬礼した。

「ありがとう。さあ、二人とも出撃しましょう!」
「まかしといて」
「あなたには負けないわよ、万丈」

 あたしと橘は三条に続いて次々にソリに飛び乗ると、トナカイに向かって叫んだ。

「お前たち、今夜は忙しいわよ」

 トナカイたちも気合たっぷりにブルルを鼻を鳴らす。

「いっけ〜〜〜!!」

 あたしたちを乗せたソリは、あたしの合図で、ぶち破られた壁から空に向かって駆け昇っていった。



「今宵はきっと多くの男性が救われることでしょう。がんばってくだされ」

 セバスチャンは空の彼方に遠ざかっていくソリを、いつまでも見送っていた。



 クリスマス・イブ、それは独り者の男性にとっては苦渋の一夜。
 だが今年のイブは、幸せな表情で一夜を過ごした男が、街のあちこちで見られたという。



(了)




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