三つの願い

作:toshi9




 俺は日曜日のその日、受験勉強の息抜きでもと思って、ぶらぶらと近くの公園に向かって歩いていた。公園に着くと、中では丁度定期的に開催されているフリーマーケットが開かれていた。今までにも時たま覗いてみることはあったが、出品されているものは俺にとっては興味を持てないものがほとんどだったし、こんな小さなフリーマーケットで掘り出し物なんて期待できるはずもなかったのでじっくり見ることも無かったんだが、その日はついゆっくりと店々で広げられているものに見入ってしまっていた。

 おっと、言い忘れたが俺の名前は山口裕樹、18歳。県立高校の三年生だ。まあ、まだセンター試験までは間があるんで、こんな余裕もあるんだけれどな。

 広げられた品物の数々を見ながらマーケットの中を巡っていると、ふと目に止まったものがあった。それはエキゾチックな形をしたランプだった。そう、丁度アラビアンナイトの話に出てくる魔法のランプのようだ。

「へぇ〜こんな形のランプって本当にあるんだな。
 まさかほんとに魔法のランプなんてこと……あるわけないか。でも面白そうだな」

 俺は同い年くらいの女の子が店番をしているその場所にしゃがみこむと、ついそのランプを手にとって眺めてしまっていた。

「これって何だかいかにも魔王とか出てきそうな形をしているよなぁ」

「どお、それ安くしとくよ」

「君のものなのかい。随分と古そうだけれど」

「ああ、私のものだよ」

「うーん、何だか似合わないなぁ」

 そう、そこで売られているものは、そのランプも含めて、店番をしているかわいい女の子にそぐわない書画、骨董の類いのものばっかりだった。

「ふふっ、もう必要のないものばかりだからね」

「え? どういうこと」

「へへっ、なんでもないよ。お爺さんの持っていたもの……ということにしておいて……ね」

「ふーん、形見にもらったものとか」

「まあそんなところだ」

「そうか。で、これっていくらなんだい」

「買ってくれるのかい。ありがとう」

「おいおい、まだ買うって決めたわけじゃないよ。いくらだい」

「これくらいでどうかな」

 それは手ごろな値段というか、思ったよりも安いものだった。

「へえぇ、何か古い値打ち物みたいだけれど、いいのかい」

「ああ、私にはもう必要ないし、きっとお前のほうが役に立つんじゃないのかな」

「え? どういうこと?」

「あ、なんでもない。なんでもないよ。ねぇ買って買って」

「よし、じゃあ買うよ」

「ありがと。あ、それって汚れたままだから、帰ったらよく汚れを拭いてやるといいぞ」

 ランプを抱えた俺に向かって、意味ありげににやっと笑いかけながら女の子はそう言った。

「ああ、そうするよ」
 
 かわいいのに妙な言葉使いをする女の子だなって内心思いながら、俺はその場を後にした。

 俺が立ち去った後、その女の子は何かを確かめるように何度も自分の胸を触りながら感慨深げにしていたが、俺にはその事に気づく術もなかった。





 さて、その大ぶりなランプを家に持ち帰った俺は早速自分の部屋に飾ろうと思ったが、やはり少し大き過ぎたようだ。適当な場所が見つからない。それに部屋の中だと確かに汚れが目立つ。

「やっぱりでかいな。ちょっと早まったかな。それにしてもほんとそのまんま魔法のランプじゃないか。まあ取り敢えずきれいにしてやるとするか」

 俺は汚れを拭き取るために何度も古布でそのランプを磨いてやった。すると、突然口から煙がもくもくと噴き出してきた。

「え? ま、まさか」

「ハイハイサー」

「げ! 本物?」

 煙の中からは頭がつるりんと剥げあがり、後ろ髪をポニーテールにまとめた髭面のおっさんが現われた。

「%@☆§‡ΩφψΨ」

「何言ってるんだ」

「……この国の言葉、難しいね。すぐに忘れるよ」

「お! しゃべった」

「私は大魔王シャラザーン。私をこのランプから出してくれたお主に三つの願いを叶えてあげよう」

「何で」

「ランプから出してくれたものには、その願いを叶えてやるというのが、昔からの魔王の掟なのだ」

「げ! お前マジに魔王なのか。俺の魂を取ろうなんていうんじゃないだろうな。願い事の押し売りは間に合っているぞ」

「はっはっはーはははははー、私はせいぎの大魔王だ。お主の魂なんて私には必要ないぞ。お主の願いを叶えたら、私は自由になれるんでな」

「本当なのか」

「さあ、願い事を言うがいい」

「……世界征服」

「お主、そんなことを願っているのか。悪魔のような奴」

「冗談だよ」

「じょ、冗談、この大魔王シャラザーンに冗談だと」

 にこやかだったシャラザーンのこめかみが、それを聞いた途端にピクピクと動いていた。

 う、いかんいかん、どうやら冗談の通じない相手らしいぞ。これ以上怒らせないようにしなくちゃ。

 しかし俺の願いって何だろう。

 しばらく考えたがなかなか思い浮かばない。

 大学に合格したい……っていうのも、うーん、何だかなぁ。

 いろいろ考えていたその時、ある思いが閃いた。

 ……うーん、よし。

「智子ちゃんと友達になりたい」

 智子ちゃんというのは、俺のクラスの同級生だ。新体操部員の彼女は、あるティーンズ向けのファッション雑誌でモデルをやっている位すっごくかわいくって、うちの高校の中でも全男子生徒のアイドル的存在だ。友達になりたいのは山々だったのだが、いわゆる高嶺の花ってやつで、俺なんかなかなか相手にしてもらえない。

「そうか、それでは最初の願いは、その智子とやらの友達になるということだな」

「できるのか」

「この大魔王シャラザーンに不可能なことはない!」

 シャラザーンは胸を張って言った。

(さっき世界征服って言ったら慌てていたくせに。でも智子ちゃんと友だちになれるんだったらまあいいか)

「パパラパー」

 魔王がおかしな呪文を唱えると、俺は途端に体がふんわり浮かぶような感覚に襲われた。そして視界がぼんやりしたかと思うと、一瞬意識を失った。





 気が付くと俺は自分の家ではなく、何処かの板敷きの床の上に倒れていた。はっきりしてきた俺の視界に体育館の天井が飛び込んでくる。どうやら体育館……うちの高校の体育館の中らしい。

「どうしたの、絵里子。大丈夫」

「え? 絵里子」

 上半身を起こして呼びかけられたほうを振り向くと、レオタード姿の智子ちゃんがしゃがみ込んで心配そうにこちらを見ていた。

 おお! こんな間近で智子ちゃんのレオタード姿が見られるなんて。それにしてもここは何処だ。それに俺のことを絵里子って。

 その時振り向いた自分の頬に髪がかかっているのに気がついた。

 え? 俺の髪? 髪が伸びている?

 思わず自分の頭に手をやると、手の平に触れたのはさらさらとした肩まで伸びた髪だった。

 え? え?

 髪を撫でた自分の指を見ると、ほっそりと長い。

 これって俺の手じゃないぞ。これってまるで女の子の手?

 恐る恐る自分の体を見下ろすと、俺は智子ちゃんと同じピンクのレオタードを着ていた。しかも滑らかな生地の両胸は盛り上がり、腰はきゅっとくびれている。下腹はのっぺりとして、そこに何もないことを物語っていた。張りのある太ももがまぶしい。

「俺、だれなんだ」

「俺だなんて、頭打ったのかなぁ。しっかりして、絵里子。あなたは三田絵里子でしょう。もうちょっとで練習終わりだから、しばらく隅で休んでいなよ。あたしと一緒に帰ろう」

「え? ああ」

 智子ちゃんは俺を肩に抱えて体育館の端っこに連れて行くと、そこに俺を座らせて練習に戻っていった。

 ああ、智子ちゃんっていい匂いがするなぁ。智子ちゃんとこんなに体を密着できるなんて、何か嬉しいぞ。それにしても三田絵里子って……確か智子ちゃんの親友で彼女と同じ新体操部だったよな。俺が三田絵里子? そんな馬鹿な。

 そう思いながらも体を締め付ける生地の感触は、自分が間違いなく今レオタードを着ていることを、そしてその中の俺の体が男ではない女の子の体になっていることを伝えていた。

 これって夢だろう。でもこの感触って。

 そっと自分の胸に触れると、指先からふんわかした感触が伝わってきた。そして胸からは奇妙な心地よさが湧き上がってくる。

 腰や太もももまさぐってみると何だかとっても気持ちいい。体育座りしている股間をそっと開くと何もない股間が俺の目の前に。うう、ここさわってみたい。

「絵里子。あなた何やってたの。虫にでも刺された? あたし練習終わったから一緒に帰ろっか」

「な、なにって……」

 駆け寄ってきた智子に声を掛けられて心臓が爆発しそうなくらいどきりとした俺は、伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。そして恥ずかしさに消え入りそうな声で答えた。

「う、うん、か、帰ろうか」

 俺たちは練習を続ける他の部員たちを尻目に体育館を出ると、女子更衣室に入って制服に着替えた。

 智子ちゃんがレオタードを脱いで俺の目の前で着替えている。きれいだ。目の前に晒されるその裸の上半身に思わず見とれてしまう。

「何ぼーっとしてるの。大丈夫?」

「え? ええ」

 いかん、取り敢えず着替えよう。だが、ロッカーの中の制服は白いブラウスにモスグリーンのリボンとミニスカートという、うちの高校の女子制服。

 俺、女子の制服の着方なんて知らない……ん? いや? 知ってる??

 今まで着たことのないブラウスやスカートだが(当たり前だ!)、何故か自分が、いや絵里子が着替えるイメージが頭の中に浮かんできた。そして当たり前のように着替えることができた。

 ミニスカートってすーすーする……って、ちが〜う! どうして俺が女子の制服を着られるんだ。

 何でこんなこと……ん? まさかシャラザーンか。

(さよう、第一の願い、叶えたぞ)

「おいおい、違うだろう」

(おや、お主の願いはそこにいる日高智子の友達になりたいというものであったであろう。彼女の一番の親友である三田絵里子として生きていく。お主の望み通りではないか)

 着替え終えた俺の頭の中に、シャラザーンの声が直接響いてくる。

「確かにそうだが、意味が違う。女友達とかじゃなくって、何と言うか、彼女ともっとこう親密な関係になりたいんだよ」

(親密な……か、よかろうそれが二つ目の願いだな。パパラパー)

 その声が頭の中に響いた途端、俺の視界はぐらりと揺れた。





「……純、純、どうしたの」

「う、うーん、ここは」

「あなたどうしたの、やっぱり今日は行くの止めとく?」

 俺は心配そうに見下ろしている智子を見上げた。

 え? 見上げる。

 その時俺は自分の体がいやに小さいのに気が付いた。

 智子の胸のところくらいまでしか目線がない。

「これは……俺どうしたんだ?」

「こら純、私の妹ともあろうものが俺だなんて。そんな言葉使っちゃ駄目よ」

 え? 妹? そう言えば自分の声がいやにかわいい。さっきの絵里子の声とも違う。

 自分の体を見下ろすと、俺はレモンイエローのTシャツとミニスカートを着た小さな体になっていた。

「純、ほらぼーっとしてないで行くよ」

「行くって、何処に」

「さっきの絵里子と言い今日はみんなおっかしいなぁ。家のお風呂が壊れているから一緒に銭湯に行くんでしょう」

「え? そ、そうだっけ」

「あんたが一緒に行くって付いてきたのに、何言ってるのよ。ほら、遅くなるから早く行くよ」

 智子ちゃんは俺の手を掴むと、引っ張って行った。智子ちゃんに手を握られてどきっとしたけれど、行き先は銭湯だって……ってことは。





「純、どうしたの」

 俺は銭湯の前ではたと立ち止まってしまった。女湯の入り口、いいのか。

「もぉ、行くよ」

 智子ちゃんは強引に俺の靴を脱がせると、中に引っ張り込んだ。

「いらっしゃいませ」

「高校生一人、小学生一人ね」

 智子ちゃんは番台のおばさんに料金を払うと、俺を引っ張って中に入った。女湯に。

 そこには数人の女の人が服を着たり脱いだり……俺の目の前には目も眩むような光景が広がっていた。

「純、早く脱ぎなよ。あたし早く汗流したいんだから」

「う、うん」

 自分の服をさっさと脱ぎ始める智子ちゃん。

 さっきは上半身だけだったけれど、今度はその全てが俺の目の前に晒されるんだ。内心どきどきしながら見つめる俺の目の前で彼女はブラジャーを、そしてショーツを躊躇無く脱いでいった。

 き、きれいだぁ

「ほらぁ、純も早く」

 すっかり服を脱ぎ終えた智子ちゃんは、ぼーっとしている俺のTシャツとスカートをさっさと脱がせにかかった。俺の鼻先に智子ちゃんの乳首が迫っていた。

 彼女に服を脱がされてすっかり裸になった俺の体は紛れも無く小学生の女の子のそれだった。アソコにまだ毛も生えていないその姿が裸の智子ちゃんと一緒に銭湯の鏡に映っている。

 智子ちゃんの妹か。ちょっと彼女に似ているな。大きくなったら智子ちゃんみたいにかわいくなりそうだよな。いや、今だってなかなか。

 ……って、ちがーう、俺はロリコンじゃねぇ。

「ほら、純、行こう」

 俺は再び智子ちゃんに手を引っ張られて、お風呂場の中に入った。 

 智子ちゃんは自分の体を手早く洗うと、俺の体にボディシャンプーをつけて洗い始めた。裸の彼女が丁寧に俺の体をこすってくれる。

 それはとっても気持ち良くって、おまけに智子ちゃんの顔が、胸が、アソコが俺のすぐ目の前に。これって夢みたいだ。

 ……って、ちがう、違うぞ〜

「おい、シャラザーンどういうことだ」

(お主、日高智子と親密な関係になりたいと言ったであろう。姉妹の関係こそがそうなのではないのか。日高智子の妹、日高純として生きていく。これこそお主の望みであろう)

「違〜う!」

 大魔王シャラザーンって精悍そうに見えたけれど、何か抜けているんじゃないのか。その時そんなことをふと感じた。

「おい! 三つ目の願いだ」

(ほう、もう使うのか、別に急ぐ必要はないぞ。だがよかろう、何なりと申せ)

「俺の言う親密な関係というのは姉妹のことじゃない。俺は……その……いつか憧れの智子ちゃんと一緒に、一つになりたいんだ。結婚したいんだ」

(なるほど、よかろうお主のその願い、叶えようぞ)

「え? ちょっと待て」

 俺は言いようのない不安を感じた。何か大きな間違いをしてるんじゃないか。ちゃんと通じているんだろうな。

(パパラパー)

 そして俺の視界が再びぐらりと揺れた





「……おい、智子ちゃん、智子ちゃんってば、大丈夫かい」

 誰かがしきりに俺の肩を揺すってる。

「う、うーん」

「急にうずくまるからびっくりしたよ」

「俺は……いったい」

「今日は疲れたんだね。ほら、部屋はもうそこだ。早く行こうよ」

「部屋? え?」

 声を掛けた主のほうを見ると、そこには俺がいた。いや確かにそれは俺なんだが、タキシードを着ていて何だか大人びて見える。

(何で? 何で俺が目の前にいる? それになんか高校生には見えないぞ)

 慌てて自分自身の髪に触れてみると、やっぱり長い。しかも頭に何か飾りを付けている。両手を目の前に伸ばすとその指は細く、そして左手薬指には大きな指輪をしていた。首にはネックレス、耳にはイヤリングまでしている。そして胸の開いた薄手の紫色のドレスを身にまとった、まるでモデルか女優のような格好をしていた。勿論両胸は大きく膨らみ、そして股間からは何の充実感も感じられなかった。
 
「ちょっと待て、これってどういうことだ」

「何言ってるんだよ。二次会が終わってやっと二人っきりになれたところじゃないか。そうだろう智子ちゃん」

 智子ちゃん? 俺が智子ちゃんだって?

 どうやらここはホテルの客室の廊下らしいんだが、状況が未だによく掴めない俺を、目の前の俺は半ば強引に部屋の中に連れ込んでいった。そして部屋に入った途端、俺は俺にぎゅっと抱き締められた。

「さあ、愛し合おうぞ」

「ちょっと待て、俺は智子ちゃんじゃない。裕樹だ。お前は誰なんだ」

「裕樹は私だ。お主の願いは全て叶えたぞ」

「お、お前、まさか、シャラザーン」

「これで私は晴れてランプから解放される。この世界で暮らしていくことができるのだ。山口裕樹としてな」

「なんだってぇ!」

「今宵我らは愛し合うのだ。既に我らは式を終え婚姻した身、お主は私の子を宿すのだ。幸せな家庭を築こうぞ」

「どういうことだ。それに何で俺が智子ちゃんになっている」

「お主が望んだであろう、日高智子と一つになりたいと。結婚したいと」

「それは……ちがう、ちがうぞ」

「わたしはせいぎの大魔王だ。お主の願いはいずれも女性になること、私の最も得意とするところであったぞ」

 せいぎ? せいぎってまさか正義じゃなかったのか。

 俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない。そう言えばあのフリーマーケットの女の子。あの子ももしかして……

「そんな、ペテンだ。元に戻せ」

「駄目だ、願いは全て叶えた。さあ、これから私の性技を味あわせてやろうぞ。女性もいいものだぞ」

 目の前の俺、いや大魔王シャラザーンは俺の胸元に手を伸ばし、ボタンを一つ二つと外しにかかった。ブラジャーに包まれた俺の大きな胸が顕わになった。そして……

「い、いや、いや、いやぁ〜」





(了)
                                      2003年10月13日脱稿


後書き

 第2回チキチキ萌レース開催おめでとうございます。第1回目が開催された3年前はまだ「インクエスト」というサイトの存在を知らないどころかパソコンも持っていませんでしたが、今や自分でTS作品を書いている身。時の経つのは早いものです。さて今回は「三つの願い」というお題ということ。みなさんがどんなお話を書かれるのかとっても楽しみですね。私も遅ればせながら書かせていただきましたが、急いで書いたので、どなたかの作品に似てしまったかもしれません。いや自分の作品でもあれとあれのあそこが似ているような(苦笑
 作品は三つの願いの王道、ランプの魔王が出てくるお話ですが、モデルは某アニメの大魔王です。ただしあちらは正真正銘の正義の大魔王ですね。大魔王ハック=ションという名前も浮かんだのですが、「チキチキ萌レース」だったらこちらでしょう(笑

 それでは、お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。