メビウス・ゲーム

 作 :toshi9
 挿絵:トトさん





 ジングルベルが街中を奏でる。

 イルミネーションが幻想的に街並みを照らし出す。

 クリスマスイブのそんな華やいだ街中を、俺はケーキや夕食の食材を入れた買い物袋を片手に、一人歩いていた。

「今年も一人かぁ」

 俺の名前は蜷川拓海、都内の大学に通う大学生だ。田舎から上京してきて3年、今年こそはクリスマスイブの夜をかわいい女の子と一緒にすごそうと目論んでいたが、結局未だにガールフレンドは出来ずじまいだった。

「あ〜あ、どんな女の子でもいいから、イブの夜に一緒にいてくれる彼女が欲しいよなぁ」

「おにいさん、おにいさん」

「え?」

 イルミネーションを眺めながら歩く俺を呼び止める声に振り返ると、そこにはサンタガールの衣装を着た女の子がにっこりと笑いながら立っていた。

 俺と同じくらいの背丈のすらりとしたプロポーションの女の子は、長い金髪に赤い帽子をかぶり、白い縁取りの赤いミニのワンピースと赤いブーツを着ている。その姿は、まさにテレビのバラエティ番組とかでよく見るサンタガールそのものだ。赤いミニスカートから伸びる長い脚に、思わずどきっとしてしまう。

「どうしたの? 元気ないのね」

「どうしたのって……君には関係ないだろう。それより俺に何の用だい」

「うふふ、ねえ、プレゼントあげようか」

「プレゼント?」

「うん、おじいちゃんがぎっくり腰になっちゃって、代わりにプレゼントを配ってるんだけど、何だか一軒一軒回るのが面倒くさくなっちゃって」

「ふーん?」

(家の手伝いしている女子大生ってところかな。でも、いきなりプレゼントをあげるなんて話が上手すぎるよなあ。変な勧誘とかじゃないだろうな)

「失礼ね!」

 ぷっと女の子が膨れっ面をする。

「え?」

 俺、しゃべったっけ!?

「暗そうな顔して歩いてるし、純情そうだったから声をかけたんだよ。
ほら、これあげる」

 彼女は俺にリボンのついたラッピングされた箱を手渡した。

「今夜はそれで遊んで元気を出してね。じゃあね♪」

「お、おい」

「ねえねえ、おにいさん……」

 彼女は俺に手を振ると、また他の男に声をかけていた。

 だが、そんな彼女の姿に何となく違和感を感じる。

「あれ? 彼女って手ぶらだよな。この箱どこから出したんだ?」

 俺は不思議に思いながらも、その包みを抱えて家に帰った。





 プレゼントの包みを開くと、それは『メビウス・ゲーム』と書かれたゲーム機らしきものだった。小さく『お試し版』という文字も書かれている。

「ははぁ、さては新作ゲームのキャンペーンか何かだな。そうだよなあ、プレゼントなんて言って、ただでくれる訳ないよ。でもゲーム機を配るっていうのもすごいもんだぜ」

 本体と一緒にゲーム使用説明書もついている。読んでみると、意味がよくわからないところもあるけれど、とにかく特定の女の子キャラを設定して、その子にアタックするゲームらしい。

「……つまりこれってギャルゲーってことか。クリスマスイブに一人ギャルゲーで遊ぶか、ふっ」

 心の中を隙間風が流れていく。

「くそう、来年こそは彼女作るぞぉ!!」

 俺はゲーム機を握り締めて思わず叫んでいた。

「でもまあ……ちょっとやってみるか」

 気を取り直して俺はゲーム機の電源スイッチを入れた。携帯タイプの本体には、電池もソフトも既に装填されているようだ。起動すると設定ウィンドウが出てきた。

 『プレイヤー名』の欄に『蜷川拓海』と自分の名前を入れる。

 右下の『次へ』の矢印をクリックすると、今度はプレイリストと書かれたウィンドウが出てきた。

 そこには女の子の全身写真が映っている。それも一人ではない。幼い少女から、女子校生らしきスレンダーな女の子、そして胸も腰も大きく張り出した成熟した女性まで、年齢も背格好も様々な女の子たちの写真だ。

 ウィンドウの右下では、『次へ』の矢印がちかちか点滅している。

 矢印をクリックしてみると、今度は服、靴、アクセサリーなどという小窓がある。

 服のウィンドウををクリックしてみると、そこにはセーラー服、メイド服、チャイナ服、ドレス等様々は衣装の写真が載せられていた。

「な、なんだこれ」

 試しにセーラー服をクリックしてみるが、何の反応もない。

 よく見ると、どの写真も薄暗い。どうやら選択不可のようだ。

 だが、スクロールしていると、そのうち一つだけが明るいのに気がついた。

 それはエプロンの写真だった。

 クリックしてみると、『ボディをお選びください』というメッセージが出てきた。

「ボディって、前画面の女の子たちのことか?」

 俺は左下の『戻る』の矢印をクリックして、女の子たちの写真画面に戻った。

 スクロールしてみると、どの女の子の写真も薄暗い。だが一つだけエプロンのように明るい女の子の写真があるのに気がついた。

 それは俺と同じ20歳くらいのかわいい女の子の写真だった。

「今はこの子しか選択できないという訳か、まあいいや、とにかく先に進んでみよう」

 俺はその女の子の写真をクリックした。

 そして、次の服選択画面で唯一明るかった『エプロン』の画面をクリックする。

 靴、アクセサリーの画面には。明るくなっているものは無かった。

 さらに『次へ』の矢印をクリックすると、『メイン』、『ターゲット』、『オート』と書かれた画面が出てきた。
 
 『メイン』の枠内には選んだ女の子がエプロンを付けた写真が、『ターゲット』と『オート』の枠内には『蜷川拓海』と、俺の名前が書かれている。

「???」

 画面下には、『これでよろしいですか?』というメッセージと、『はい』、『いいえ』の選択肢が出ている。

「とにかくこの子が俺のことを好きになるようにすればいいんだよな。でもエプロンねえ」

 そう、写真の女の子は裸にエプロンをつけただけの、いわゆる裸エプロン姿になっていた。

 何をどんな風にクリアしていくのか、短い説明書に書かれていることだけではよくわからない。

 まあとにかくやってみるしかないってことか。

 俺は迷わず『はい』をクリックした。

 画面に『LV.1 START』という文字が浮かび上がり、途端に俺の目の前が真っ暗になる。

「え!?」

 そして俺は意識を失った。





「おい、君」

「う、うーん」

 どれくらい気を失っていたのだろう。いや、それは一瞬だったのかもしれない。
気がつくと、俺は部屋の床にうつ伏せになって倒れていた。

 だがどうも様子がおかしい。

 床と俺の胸の間に妙に圧迫感がある。

 肘を立てて胸の間を覗き込むと、俺の胸にぷるんとでかいおっぱいがその紡錘状の形を取り戻していた。

「なんだおっぱいだったのか……って、何で俺の胸におっぱいがあるんだ!」

 慌てて上半身を起こすと、俺は再び声をかけられた、

「おい、大丈夫か?」

「誰だ、さっきから俺のことを呼ぶのは……ってここはうちじゃないか、どうして俺以外に人が……げっ!」

「気がついたかい? 君、何で俺の部屋にいるんだ、どうやって入ったんだ、それもそんな格好で。ねえ、名前は?」

 目の前に俺が立って、俺のことを見下ろしていた。

「お、俺がいる!」

「俺?」

「お前、誰なんだ?」

「俺は蜷川拓海、この部屋の住人だ。君こそ人の部屋に勝手に入って、誰なんだ」

「お、俺は……」

 どういうことなんだ?

 その時、窓に映る俺たち二人の姿が俺の目に飛び込んだ。

 そこに映っているのは、俺と俺に向かい合っている裸エプロン姿のあのゲームの写真の女の子の姿だ。立ち位置からすると、裸エプロンの女の子が俺。

 思わず胸をぎゅっと揉む。すると、窓に映る女の子も胸を揉んでいた。胸からは痛みが走る。

「いてっ、本物、お、俺が女? あの子? な、なんで!?」

 これってまさか、あのゲームがスタートしたってことか? でもこんな馬鹿なこと、いやこんなのが現実なはずない!

 だが訝しそうに見ているもう一人の俺を見ながら、頭の中にあのサンタガールの「今夜はそれで遊んで元気を出してね」という言葉が蘇った。

(理屈はわからないけれど、あのゲームはプレイヤー自身が選んだ女の子になってしまうんだ。で、選んだ女の子を口説くんじゃなくて、女の子の立場になって自分自身を口説くゲームってことなのか? 全く何てゲームなんだ)

 俺は、もう一人の俺と、エプロン1枚だけを身につけた女体になってしまった己の体を交互に見てため息をついた。

(何か妙な感じだけど、でもまあ面白そうだな……そうか! 読んでてよくわからなかったけど、説明書に書いてあったのはこういうことだったんだ。で、目の前の俺に『君が好きだ』って言わせたらステージクリア。そしてクリアすると使える女の子や衣装が増えていくってことだな。よし、このままじっとしている訳にもいかないしやってみるか。俺に『好きだ』って言わせるには……)

 今の自分が何をやればいいのか、ぱっと閃く。

(何てことないじゃないか。そう言えば『LV.1』って出てたな。自分を口説くなんてちょろいちょい。この色っぽい格好で押しまくれば、女に免疫の無い俺のことだ、すぐに『好きだ』って言ってくれるさ)

「俺、いや……あたしは……そう、あたしは『ニーナ』よ」

「ニーナちゃん? で、どうして君はそんな格好で俺の部屋にいるんだ?」

(うーん、何て答えよう。まあ俺ってそんなに細かい性格じゃないし……そうだ!)

「ふふっ、拓海くん、夕食はあたしが作ってあげるから、あなたはそこで座ってて」

 俺は、もう一人の俺の疑問を無視してさっさと俺の為に料理を作ることにした。裸エプロンって言えばやっぱりこれだろう。

「え? でも」

「あたし、前からあなたに憧れていたの。クリスマスイブにお料理作って、二人だけでお食事して、それから朝までずっと一緒にいたいなって思ってたの。拓海くんも毎年イブは一人なんでしょう」

「え? そ、そんなこと、君には関係ないじゃないか」

「ねえ、今夜あたしと一緒じゃ、いや?」

「そ、それは……」

(もう、煮え切らない奴だな。うーん、女の側から見ると、俺ってこんなに頼り無く見えるんだ)

 立ち上がった俺は、裸にエプロンをつけたままのきわどい格好のままさっさとキッチンに向かうと、買ってきた食材を広げて夕食の支度を始めた。

 そんな俺のことを、もう一人の俺は顔を赤らめて見ている。ちらっと見ると、ズボンの股間がもこっと膨らんでいる。

(そうか、あっちから見たら、俺ってお尻丸出しじゃないか。こいつ、この俺の姿に欲情してるのかよ、全くウブなやつだな、うふっ……って、俺、何考えてるんだ)

「ねえ、拓海くん?」

「え? なに?」

 泡立て始めたクリームの入ったプラスチック製のボールを手に持ったまま、俺はもう一人の俺のほうを振り向いて、にこっと笑った。





「なんだかあたしたちって新婚さんみたいだね」

「そんなこと……」

「もう少しでできるから待っててね、あ・な・た」

 俯き加減のもう一人の俺の顔が、ますます赤くなる。まったくかわいいというか、
からかい甲斐のあるやつだぜ。

 料理を作りながら、俺はうきうきとしていた。

 俺は元々料理が得意だ。っていうか、元々自分で作るつもりだった料理を結局この体で作っている訳なんだが、なんかいつもより楽しく感じる。

 今日は二人分なんだよな。それも、俺の為に料理を作ってやろうとしているんだよな。それがこんなに楽しいなんて、何か変だな。

 でも、心の中からうきうきしているのは事実だった。

 それから30分後、俺は作り上げた料理……と言っても大したものじゃないが、スープとサラダ、そして切り分けたパケット、フライドチキン、ケーキをテーブルに並べた。

「さあ座って」

「……ありがとう」

 どきっ

 顔を赤らめながらお礼を言うもう一人の俺に、俺の心臓が鳴った。

「さ、ワインも開けようか」

「俺がやるよ」

 もう一人の俺は冷蔵庫から冷やした白ワインを取り出すと、慣れた手つきでコルクを開け、ワイングラスに注いだ。

 そして俺たち二人は乾杯した。

「メリークリスマス」

 二つのグラスが軽くぶつかり、グラスが心地よい音を立てる。

「ねえ拓海くん、あたしが食べさせてあげようか」

 俺は席を立つと、向かい側に座っている俺の脚の上にむき出しのお尻を下ろした。

「二、ニーナちゃん、ちょ、ちょっと待って」

「ふふっ、拓海くんってこういうことを女の子にしてもらいたかったんでしょう。
ほら、お口を開けて、あーん」

 ポテトをさしたフォークを差し出す。

 もじもじとした俺がそっと口を開ける。

(こいつ、目をつぶってやがる)

 俺はワインを口に含むと、手に持ったフォークではなく、唇をそっと寄せた。

 そして唇が触れ合う。

 ぶるっと震えるもう一人の俺、だがどうやらそこで自制の限界を超えたらしい。

 俺と唇を合わせたまま、ぱちりと目を開くと、いきなり俺をぎゅっと抱きしめた。

「うぉ〜」

 もの凄い勢いでその場に押し倒された俺は、エプロンを剥ぎ取られてしまった。

「おい、ちょ、ちょっと待て」

「もう我慢できない、ニーナちゃん、俺、君が好きだ」

 裸に剥かれてぎゅっと抱きしめられ、今度は向こうから唇をぎゅっと押し付けられる、舌が強引に口の中に侵入してくる。

「あ、あふっ」

 股間を弄られる。胸を揉まれる。

 手の動きが早まるにつれ、俺の体はぞくぞくっとした快感に支配されていった。

「さあ、いくよ」

 湧き上がる快感とともに、いつの間にか俺の股間にじわっとしたものが溢れていた。

 もう一人の俺も服を脱ぐと、強引に体を俺の両脚の間に割り込ませてこようとした。

「待て、待つんだ俺」

 こいつに『好きだ』って言わせたんだから、ステージクリアだよな。後はゲーム機の『クリア』ボタンをチェックすればいい筈。

 押し倒された格好のまま、挿入されるまいと俺は腕だけで後ろ向きに床を後ずさった。

 だが……

 バリッ!

 俺は床についた手で何かを押し潰していた。

「え?!」

 手を除けると、そこにはディスプレイが粉々になったあのゲーム機があった。

「こ、壊れた!!」

 何でこんなところに置いてるんだ。そう言えばゲーム機のことをすっかり忘れてた。壊れたらどうなるんだよ。

 割れたディスプレイには何も映っていない。

 だが、俺の体も意識も何も変化あない。

 裸に剥かれてもう一人の俺に押し倒されたまま、俺は壊れたゲーム樹を呆然と見詰めてた。

「ちょっと、これってどうやったら終わるんだ。どうやって元に戻るんだ」

「何を言ってるんだい? さあ、あっちに行こうよ」

 もう一人の俺は焦る俺の様子を気にするでもなく、強引にお姫様だっこした。

「待て、ちょっと待って……」

「ニーナちゃん、好きなんだ、俺のものになってくれ」

 ベッドに放り出される俺。

「きゃっ!」

 俺を上に、もう一人の俺が圧し掛かってくる。

 胸を揉まれる、もう一方の手が股間に伸びる。そして俺の唇は俺の口で塞がれた。

 そして……

「うっ、いって〜!!!」







『うふふ、願い通り彼女ができてよかったね、おにいさん。それじゃがんばってね』

 女の子の声が、朦朧としていく俺の頭の中に小さく響いていた。




(了)

                            (2007年12月24日 脱稿)




(後書き)
 この作品、当初は今年のクリスマスは企画作品を書くつもりはなかったんですが、ここ数日少し時間の余裕ができたので、少し前にトトさんに掲載許可を頂いていたイラストを元に書いてみたものです。トトさん、こちらから掲載許可をお願いしておきながら、掲載が遅れて申し訳ありませんでした。
 ところで、もし拓海がここでゲームをクリアできていれば、いろんな女の子になってもう一人の自分を相手に様々なアプローチをしてさらに上のステージをクリアしていくという展開も考えたんですが、作品が長くなりますし、今回は最初でつまずいたということにしておきました。もしかしたら彼はどっかのフラグで選択ミスしたのかもしれませんね。
 それではここまで読んでいただいた皆様、そしてトトさん、どうもありがとうございました。
 メリークリスマス。