その日の朝、祐介がレオーネの籠を置いている部屋に行ってみると、レオーネの籠が床に落ちてぐしゃぐしゃになっていた。いや落ちたというよりも、思いっきり叩きつけられたような状態だ。慌てて祐介が籠に駆け寄ると、中に入っていたレオーネは瀕死の状態ではあったものの、まだ死んではいなかった。





僕のレオーネ(中篇)

作:toshi9




 
「レオーネ、死んじゃ駄目だよ」

 まだ生きてはいたものの、胴体のあちこちから血を流したレオーネは目を閉じてぐったりとしていた。

「レオーネ、レオーネ」

(祐介くん、私もう駄目)

「山野、どうした」

「先生、レオーネが、レオーネが」

「レオーネ?カメレオンのことか。どうしたんだ」

「朝ここに来たら、籠がぐちゃぐちゃで、潰れてて」

「こ、これは」

 確かにもう助かりそうもないことは見た目にも明らかだった。でも何とかできないんだろうか。そんな気持ちが祐介を突き動かしていた。

「おい、しっかりしろ」

「先生、お願い、僕にできることは何でもするから、レオーネを助けて」

「しかし、これでは・・」

 向井先生もカメレオンに顔を近づけ、じっと見詰めた。

 これじゃ、助からんな。そう思ってため息をついた瞬間、パチリと目を開いたカメレオンは彼の口の中に長い舌をシュっと入れてきた。

「ん、んん」

 彼の頭の中にレオーネの声が響く。

「私の姿と力・・あなたにあげる。祐介くんを助けてあげて」

 舌の先は喉を通ってずっと奥に達していた。その舌の中を何かが伝わってくる。う、気持ち悪い。思わず吐きそうになるが、そこで舌は再び一瞬のうちに彼の口から抜けて行った。

(楽しかったよ)

 そしてそのまま再びぐったりと目を閉じるカメレオン。祐介の声が教室に響く。

「レオーネ、レオーネぇ」

 祐介はくやしさに身を震わせていた。

「くそう、絶対犯人を捕まえてやるぞ。レオーネ・・・」



 その時、向井は体の中から突き上げるような異変を感じていた。そして突然彼の体に変化が訪れた。

 背がぐぐっと縮み始め、髪がすすっと伸びると緑色に染まった。手も足もすーっと細くしなやかになっていく。

 胸がぐぐぐっっと持ち上がって、彼のすでにだぶだぶになったワイシャツに大きくはないがはっきりとした双丘ができていた。

「え!なんだこれっ」

 ズボンの色が紺色に変わり、その裾がぼんやりしてきたかと思うと、くっついて一本の筒状に変わる。そして一旦ファサっと幅が広がったかと思うと襞状の折目・・プリーツができていた。それはシュルシュルとどんどん短くなって、白のストライプが入ったミニのプリーツスカートになった。

 剥き出しになった脚には白く変色した靴下がぐんぐん太股に向かって伸びて脚を包み込んでいた。それはニーソックスと化していた。

「あ、あ・・あ」

 ワイシャツの中では彼の盛り上がった胸がしっかりと包まれるような感触を感じていた。まさか、この感触ってブラジャーか。ワイシャツも変化を始めていた。だぶだぶだったはずが、体に合わせるようにどんどん小さくなって、ぴったりと丁度良い大きさになっていた。袖口も丸くなると、それはもうワイシャツではなく・・ブラウスだった。胸を見下ろすと何時の間にか首元には赤いリボンが巻かれ、ブラウスの上には緋色のベストを着ていた。

 彼はふと涼しくなった股間に違和感を感じると、手を当ててみた。その手もすでにちんまりと小さくなっている・・触った股間、そこには彼のものは既に無く、スカートの中に手を差し込んでみると、彼の手は股間を通り越してお尻のほうに回りこんでいた。そして、そこに充実感を感じる。

 ほっ、縮込まっていただけか・・いや・・違う・・これは・・

 それは尻尾だった。

「なんじゃ〜これは。尻尾、尻尾だよな、でも・・なんで・・・は・・ははは」

 その間にも変身は続いていた。

 顔の造作も変わってきていた。男らしかった彼の顔は、今やこじんまりと形の良い鼻、ピンクの唇、くりっとした瞳、ふっくらとした頬、そう美少女のものへと変わっていた。何時の間にか頭には妙な形の帽子を被っている。

「せ、せんせい、ですよね?」

「え、ああ勿論・・あ、あれ、声が、声もおかしい」

 彼の声はころころとしたかわいい声に変わっていた。ふと教室の中の鏡を見ると、そこには頬を少し赤く染めた、緑色の髪の少女が立っていた。中学生か、いや高校生くらいだろうか。帽子のデザインが何だか変だ。それは良く見ると爬虫類??何となくカメレオンの顔に似ていた。

「山野、俺って今どういう風に見える?」

「んー、先生じゃなくて・・お姉さん・・かな・・その・・尻尾の生えた」

 言われなくても、向井は自分が今鏡に映っている少女だということを実感していた。

 そのうち廊下をばたばたと誰か近づいてくる音がする。

 まずい、こんな姿を見られたら!一瞬向井は緊張する。

「あれ?先生?何処行ったの?」

「え?俺はずっとここに居るぞ」

「ここって言っても、何も見えないよ」

 廊下の音はそのまま通り過ぎていったものの、何時の間にか向井の姿は見えなくなっていた。

 自分がそこに居るのは実感できるのに、鏡には何も映っていなかった。

「ひえ〜、姿が消えている」

 しかし、しばらくして緊張が緩むと、再び姿が映るようになった。

「先生すごいですね。いつの間にそんなことできるようになったんですか」

「馬鹿、俺だって何が何だか・・そう言えばさっきカメレオンの舌が口の中に入ってきた時に、頭の中に『あたしの姿と力をあなたにあげる』って声が聞こえたな」

「それってレオーネじゃ・・きっとレオーネですよ。じゃあ今の先生の姿はレオーネの本当の姿なんだ。へぇレオーネってこんなにかわいかったんだ。でも元は人間だって言っていたのに、尻尾って変ですよね」

「そうか、俺にはよくわからんが・・じゃあ、これはあのカメレオンのせいだって言うのか」

「先生、レオーネを責めないで」

「そうだな、『祐介くんを助けてあげて』とも言ってたぞ。もしかしたらお前のことが好きだったのか」

「それは・・・でもレオーネがそんなことを」

「もしかしたらお前の悩みが解決できたら、俺の姿も元に戻れるかもしれんな。お前の悩みって何なんだ」

「悩みなんて・・ただ、うさぎ達やレオーネをこんなにした犯人を何とか捕まえてやりたい。それだけです」

「そうか、じゃあ何とか犯人を捕まえる手立てを考えよう」

「ところで、先生」

「ん?」

「その声と格好で俺なんて言うと、ものすごく違和感があるんですけど」

「むう。しかし山野」

「ほら何か変ですよ」

「・・・・・祐介くん、じゃああたしと一緒に犯人を探しましょう。これでいいかい(うー、尻がいや尻尾か?むずむずするなぁ)」

「うん、先生かわいいですよ」

「は・は・は。そうかな」




 それから祐介は庭に出ると、静かにレオーネの亡骸を兎達と同じ花壇に葬った。その後でもう一度部屋に戻り何か犯人の手がかりが残っていないかと二人で部屋中を探しまわってみたものの、特にこれといったものは見つからなかった。

「おい山野、お前もう授業が始まるだろう。取り敢えず教室に戻れ」

「先生、言葉!」

「うー、祐介くん、あたしがもう少し調べるから、君は教室に戻って」

「うん、レオーネ、わかったよ。でもこれからどうするの」

 祐介はうんうんと頷いてにっこり笑うと彼に聞き返す。

「まず職員室に行って今日は急病で休むって連絡しなくちゃな・・ならないよね」

「だって誰が行くの」

「俺・・あたしが行くしかないか」

「大丈夫?」

「うん、なんとかやってみる。それからもう一度この部屋をじっくりと調べてみる・・わ。放課後校門で待っているから、そこで会いましょう」

「うん、じゃあ放課後だね」

「ええ、じゃあ早く行って」

 向井・・もといレオーネに促されて、祐介は六年の教室に戻って行った。

 さて、残ったレオーネは・・・・・


(続く)