天気雨が降り出す時はキツネが嫁入りする、そんな話を聞いたことがありますか?




キツネの嫁入り

作:toshi9



 お日様が照っているのに突然パラパラと雨が降り出してきた。それまでのんびり歩いていた人々が蜘蛛の子を散らしたように走り出す。喫茶店に飛び込んで雨宿りする人、ひたすら家路を急ぐ人・・・
 学校帰り、いつもの通学路を歩いていた行雄もその一人だ。突然の雨に濡れながらも懸命に走り、やっとのことで家に帰り着いた。

「まいったなぁ、急に降り出すんだもんなぁ」

「おや行雄、どうしたんだい」

「あれおばあちゃん、起きてたのかぃ。学校から帰る途中で急に降ってきちゃってさ」

「そうかい、それはキツネの嫁入りだね」

「え、キツネの嫁入りって?」

「キツネがお嫁にいく時には、晴れていても急に雨が降ってくるんだ」

「へぇ、そうなんだ。面白そうだね、ちょっと見てこようかな」

「やめときなさい。それにキツネの行列を見ても見て見ぬ振りをふるのが古くからの慣わしさ」

「ちょっとだけだよ。それにこんな所をキツネが行列するわけなんてないよ」

「しょうがないね、でもちょっかい出すんじゃないよ、良くないことが起きるから」

 濡れた学生服から普段着に着替えると、行雄は傘を持ってまた外に飛び出して行った。

「やれやれ、何も起こらなきゃいいけれど・・・」




 外は晴れているのにまだ雨が降り続いていている。遠くには虹が架かっていた。行雄は傘をさしてその中を町の外れまで歩いていった。行雄の町は山に囲まれた小さな町なので、外れまで来るともう小高い山がすぐ近くに迫っている。

「さあて、キツネ出て来ないかな」

 屋根のあるバス停に腰を下ろしじっと様子を伺っていると、驚いた事に本当にキツネが山の方からぞろぞろと出てきた。それも不思議なことにきちんと列を作っている。列になったキツネたちは町の中に向かって整然と進もうとしていた。

「へぇ、本当だったんだな。面白いなぁ、ちょっとからかってやれ」

 その時行雄はもうおばあちゃんの忠告をすっかり忘れていた。彼は行列の前に飛び出すと、一番先頭のキツネに向かって声をかけた。

「おーい君たち何しているんだい」

 突然現れた人間にびっくりしたキツネたちはバラバラと列を崩してそこから走り去っていった。しかし、最後に一匹のキツネが怯えるようにそこに取り残されていた。行雄は頭にちょこんと帽子のような葉っぱを乗せたそのキツネに近づくと、その葉っぱをひょういと取り上げてしまった。

「へぇぇ面白いもの付けてるじゃないか。これはもらっとくよ」

「ケーン」

 葉っぱを取られたキツネは慌てて道路を角の向こうに走り去っていってしまった。

「ちぇ、もう終わりか。つまんないな」

 行雄が家に戻ろうとしたその時、突然角の向こうで「キキキー」という車の急ブレーキの音と「ドシン」という大きな音がした。行雄はその瞬間、町の反対側の山のほうから「ケーン」という泣き声がするのを聞いたような気がした。

「あれ、事故かなぁ、車には気を付けなくちゃね」






 その夜行雄も彼の両親も寝静まった頃、彼の家の周りでは不思議なことが起こっていた。どこから現れたのか、キツネが集まってくる。ぞろぞろと集まったその数は十何匹というものに膨らんでいた。その中から一匹の金毛のキツネが現れると、行雄の家の中に入っていった。戸が独りでに開いたように見えたのは気のせいであろうか・・・ 

 行雄は二階の自分の部屋ですっかり寝入っていた。すうすうと寝息を立てている彼の部屋の中に、先程の金色のキツネが音も無く入ってきた。

「う、うーん」

 行雄が少しうなされたように声を上げる。彼の傍らに来た金色のキツネがすくっと後ろ足で立ち上がったかと思うと、その背がぐんぐんと伸び始め、やがて人間と同じ位の背丈になってしまった。中学生の行雄よりも背が高い。肩幅もどんどん広くなり、顔は鼻が段々低く、輪郭が丸くなっていく。やがてその顔は人間そっくりになっていた。キツネは目を真っ赤にしながら言った。

「おのれは何てことをしたずら、わての許婚をようもようも・・・」

 キツネはジャブでもするように前足をくいっ、くいっと行雄のほうに向かって差し出した。すると、パチっと行雄が目を覚ました。

「あれ?誰か呼んだ?よいしょっと、え、体が動かないよ」

 行雄の体は金縛りに遭ったように自分で動かせなくなっていた。またキツネがくいっと前足を動かす。すると今度は行雄の意思に関係なく彼の体が起き上がった。

「え!なに?体が勝手に・・あれ?お前誰だ」

 キツネは無言のまままた前足を動かす。

 くいっ

 すると机の上にある葉っぱがひらりと舞い上がり、そしてひらひらと行雄の頭の上に舞い降りた。

 くいっくいっ

 行雄は体中がむずむずしてくるのを感じた。胸が、腰が、頭が・・・

「あ、ああ・・・」

 やがてむりむりっと胸がパジャマの上着を押し上げる。腰がきゅきゅっと細くなってズボンもトランクスもずり落ちる。ずり落ちて顕わになった行雄の股間には男の子の証はすでに無くなっていた。そしてそこには女の子の証が刻まれ始めていた。でも体を自由に動かせない行雄には自分の体に何が起きているのかよく把握できなかった。肩幅が段々狭くなりお尻がむくむくと大きくなってくる。やがて髪もざわざわと腰まで伸び、背は縮んでいった。そこには大き目のパジャマの上着だけを着た、行雄の面影を残した少女が立っていた。

「な、なにが、起きているんだ、う、うひっ」

 キツネが彼の胸をぎゅっと掴むと、行雄は思わず声を上げてしまった。

 再びキツネが前足を動かす。

 くいっくいっ

 今度はお尻がむずむずしてきたかと思うとニョキニョキと尻尾は伸びてきた。

 くいっくいっ

 豊かな髪の中からピンと立った耳が生えてくる。

 くいっくいっ

 体中から金色の毛が生えて彼の体を包み始めた。

 くいっくいっ

 行雄は腰を落とし四つんばいになった。

「けけけ、けーん」

 キツネは再び四つんばいになると行雄の部屋を出て行った。行雄の体もその後を追うように付いて行く。

「体が勝手に・・・俺どうしちゃったんだ・・あ!」

 玄関に降りた時、玄関の鏡に映った己の姿を見て行雄は心の中で叫び声を上げた。彼が鏡の中に見たもの、それはキツネの耳、尻尾の生えた薄い金色の毛に覆われた四つんばいの女の子だった・・・これが俺??

「おのれがわてのお嫁さんになるずら、さあ行くずら」

 行雄には先を歩く金毛のキツネの声が聞こえたような気がした。

 俺がお嫁さん?キツネの?そんな・・いやだよ、許してくれよ。

 でも彼の体は彼の意思に関係なくキツネに付いて家を出て行く。外には大勢のキツネが既に列を作っていた。そして二人を迎え入れた行列は静かに動き出した。町の中を・・山に向かって。




 翌日行雄が行方不明だと町は大騒ぎになったものの、結局彼の姿を見たものは現れなかった。この日もお日様が照っているのに突然雨が降り出した。

「あれ、今日もキツネさあの嫁入りかね。それにしても行雄は何処に行ってしまったのかねぇ」

 行雄のおばあちゃんは一人呟くと、雨の降り落ちる空をいつまでも見詰めていた。





 それから数日後、山の上で寂しそうに町を見つめる雌狐の姿があったという・・・

「・・・ケーン」




(了)

                                    2003年1月15日脱稿


後書き

 愛に死すさん、15万ヒットおめでとうございました。今年に入っても素晴らしいペースですね。これからもがんばってください。
 さて、このネタは昨年半分ほど書いたところでまんじゅう企画が持ち上がり、中断させていたものです。短編にもかかわらずその後もいろいろあって手付かずになっていたのですが、ようやく完成させることができました。でも他人?をからかうとろくなことが無いという「湖の精」と似たような話になってしまいましたね。
 それではお読みいただきました皆様、どうもありがとうございました。