これまでの、「仮面ライターディレイド」は──

「この世界は俺に書かれたがっていない……」

「貴方はTSバトルヒロインの世界を旅しないといけない」

「来たかディレイド……だが、この世界は今までとはひと味違うぞ」

「どうやらその筋肉ダルマとかいう奴をさがすのが、この世界での俺の役目らしい」

「……待てよ? 何か大事なことを、忘れているような──」




 写真館の撮影室で、初老の紳士がほっとしたような表情を浮かべながら、淹れたてのコーヒーを静かに口に含んでいた。その後ろから一人の少女が少し不機嫌そうな口調で声をかける。

「もう、コーヒー飲み過ぎですよ」
「最初のこの一口がたまらないんだ。鼻をくすぐる香ばしい香り、そして口の中に広がる珈琲豆本来の甘さ。生きていることを実感するひと時だ」
「まったく、しょうがないんですから。ほっとするのはわかりますけど」
 
 灯映二郎──この写真館の店主は、無類のコーヒー好きでもある。
 後ろから声をかけた少女は、映二郎の孫・小夏だ。
 そしてその傍らに立つ青年も、映二郎と同じようにスクリーンの絵を見ていた。
 彼の名前は鳩谷翼。この物語の主人公であり、またの名を『仮面ライター・ディレイド』という。

 三人は一様に、壁に下ろされた撮影用の大きなロールスクリーンに描かれた一枚の絵を見ていた。
 できればあまり凝視したくない絵である。だが今はそれを見ているしかない。次に彼らの目の前にどんな絵が現れるのか、確かめない訳にはいかないのだから。
 その絵には複数の人型機械──ロボットが組み打つ光景をバックに、真っ正面を向いてモスト・マスキュラー(両の拳を突き合わせ、前かがみ気味になって上半身の力強さをアピールするボディビルのポーズ)をきめ、ビルダー笑いを浮かべるマッチョマンが描かれていた。

「…………」

 絵のマッチョマンと視線を合わせそうになった翼が、目をそらす。

「全くふざけた世界だったぜ……」
「ふむ、ようやくこの絵から解放されますか」

 そう言って再びコーヒーを口に含む映二郎の言葉と同時に、その絵を覆い隠すように、新たなロールスクリーンががらがらと下りてくる。
 そこには指輪と細身の剣、そして髪飾りとハリセンが紋章のように組み合わされた絵が描かれていた。

「『スウィートハニィ』の世界か……」



世界の遅刻者、ディレイド。いくつもの世界を巡り、その瞳は何を見る?



仮面ライターディレイド

作:toshi9(原案:城弾さん)



第8話 Creola Justicia (正義を信じて)

「翼くん、何だか外の様子が変です。ここってどこなんでしょう?」

 新たな絵を確認した小夏の足元に差し込んでいた陽光は、いつのまにか人工のLED光に変わっていた。
 窓の外に見えていたはずの青空が見えない。それどころか、写真館の外は広大な天井に覆われていた。
 どうやら写真館そのものが巨大なドームの中にあるようだ。

「灯写真館が建物の中に?」

 怪訝そうに、窓から外の様子を確かめる小夏。よく見ると、写真館の前は大きな回廊になっているようだ。
 そしてその通路を、奇妙ないでたちの者たちが行き来している。
 様々な制服まがいの服や、きらびやかなスーツやドレスを着た男女、戦闘服や宇宙服のようなスーツを着た男女……いや、そればかりではない、怪物のような生物やロボットまでもが往来している。

 この光景、どこかで……

 それは、翼が以前どこかで見たことのある風景だった。
 記憶を失っている翼はそれを思い出そうとしながら写真館の外に出る。すると、一歩踏み出した途端に彼の体は頭上から降り注ぐオーロラのような光に包まれた。
 そして光が収まった時、翼の姿は別の姿に変わっていた。

 金髪の巻髪、白い羽根飾りのついた帽子、盛大に膨らんだ胸を窮屈そうに収めた純白のブラウス、首元には黄色い紐リボン、その細いウエストをさらにきゅっと絞ったダークブラウンのコルセット風幅広ベルト(カマーベルト)、リボンと同色のフレアミニスカート、ニーソックスに包まれたすらっと伸びた脚。そして、手には何故か劇鉄付きの長銃が握られていた。





「やっぱり女になるのかよ……今度は何なんだ?」
「うわぁ、かわいい、つばさくん」

 そう言ってつばさに抱きつく小夏。
 今のつばさの背丈は小夏と同じ位であり、そして巨乳だった。
 同じ背丈の二人の体に挟まれ、大きな胸同士がぎゅっぎゅっとこなれ合う。

「ば、ばかっ、やめろココナッツ」
「あたしはココナッツじゃありません。小夏です!」
「とにかく離れろ。胸が苦しい。それにお前だって……」

 そう言って小夏の上半身をやっとの思いで引っぺがすつばさ。
 二人の体の間で、潰れた胸が膨らみを取り戻す。

「うわぁ、つばさくんの胸、あたしのより大きいかも」

 ぷっと頬を膨らませ、つばさの胸をじっと凝視する小夏。

「コ、ココナッツ、お前なにを考えて……」
「ほんとに大きい」

 そう言って手を伸ばす。

「あうっ!? ば、ばか! 感じるじゃ…‥い、いや、何でもない」
「あれ? どうしたんですかつばさくん? 顔が赤いですよぉ」
「なっ、何でもないって言っているだろうっ!」
「あ、つばさくんったら感じちゃったんですね……それじゃお姉さんが気持ちイイこと、もっともっと教えてア・ゲ・ル」

 怪しげに両手の指を動かしながら、小夏はつばさの胸に向かって手を伸ばした。

「ば、ばか、やめろっ」

 そう言って腕で胸を隠すと、つばさは慌ててその場から駆け出した。

「ま、待ってくださいよぉつばさくん……冗談ですよっ」

 小夏もその後を追いかける。

「ふむ、若いとは、いいものだのぉ」

 窓越しに二人のやり取りを眺めていた映二郎は、手に持つコーヒーを口に含むと、遠ざかる二人をにこやかに見送っていた。




「それにしても、何なんだこの格好は?」

 古風な銃を手に、つばさは首をかしげる。

「つばさくんの持っているそれって、マスケット銃ですよね。その姿がつばさくんのこの世界での役割……? 素敵だけど、そんな古い銃を何に使うんでしょう?」

 これまでと違うつばさの衣装に、小首をかしげながらつぶやく小夏。
 確かにかわいい服だが、街中を歩けるようなものではない。しかも銃まで持っている。
 つばさは後ろからついてくる小夏のその言葉に振り向くと、

「おいココナッツ、いいかげんに気がつけ。お前だって──」
「ですからあたしはココナッツじゃありませ…………え? あ──あれ? あ、あたしも!?」

 写真館を出てオーロラのような光を浴びて出てきた小夏の服も、別の衣装に変わっていた。リボンでまとめられた赤く長い髪、ノースリーブで前開きの赤い衣装、同じ色のブーツ。

「なんですかこの衣装は? それにこの髪……?」

 小夏が赤い髪を引っぱると、それはずるりとずれた。どうやらカツラのようだ。

「さあな……俺に聞かないでくれ」

 などと二人が言い合っていると、往来の中から突然、声をかけられる。

「うわぁ、あなたたち」

 声の方を見ると、二人の目の前にプラカードを持った高校生らしき二人の少女が立っていた。
 一人はピンクの髪をリボンで左右に分け、胸の開いたトップスとパニエで広げられたスカートのワンピースを着た、あどけなさが残る少女。ピンク色に光る宝石が胸元に下がった、赤いネックリボンが印象的だ。
 もう一人は髪飾りのついたヘアバンドで長い黒髪をまとめている、グレーと紫色のブレザー制服調の衣装を着た、やや背の高い少女だった。スカートから伸びる脚は黒いタイツで覆われ、その左腕には何故か古代ローマの小型の盾──バックラーのような円盤状のアクセサリーをつけている。

「二人とも、雰囲気ぴったりだね♪」

 と、ピンクの髪の少女がにこやかに言った。

「うん、ハニィの言うとおりだです♪」

 黒髪の少女はつばさを見つめながら、うんうんと頷いている。

「ねえあなた、名前は?」
「……つばさ、鳩谷つばさだ」
「ん〜もうっ、違うでしょう。あたしが聞きたいのはその名前じゃなくって……ね、『マミさん』って呼んでいいよね。で、あなたは『杏子ちゃん』だよね」

 ピンクの髪の少女はそう言って、つばさから小夏に視線を移す。

「さ、さあ……」

 戸惑いつつ顔を見合わせるつばさと小夏だったが、そんな二人の様子に構わず、少女はつばさの手を引っ張った。

「ねえ、あたしたちと一緒に来ない?」
「あたしたちは、あなたたちを待っていたんだです」
「ほらマリアちゃん、言葉言葉」
「そうだです。え、え〜っと……まどか、時間がないわ、早くいきましょう」

 変な言葉遣いだった黒髪の少女は、長い髪をさっと手で払うと表情を引き締め、突然クールなしゃべり方に変わった。

「あ〜こんなところにいたんだハニィ。こんな格好をさせて、あたしには訳がわからないんだニャア」

 今度は物陰の中から、長い耳と尻尾の白い小動物が現れた。いや……よく見るとそれはぬいぐるみだ。

「シャドウガール、それを言うなら『僕には訳がわからないよ』って言わなきゃ駄目でしょ?」
「ぬ、ぬいぐるみが、しゃ……しゃべってる!?」

 驚く小夏の目の前で、そのぬいぐるみは背中に手を伸ばそうとした。

「でもこれ、暑いんだニャ。もう脱がして欲しいんだニャア」
「駄目だよQB、今日のイベントが終るまで脱がないって約束だよ」
「あたしはQBなんて名前じゃないんだニャア……」
「え? え?」
「ほら、それより時間がないんだから、ぐずぐずしてないで早く行こう、ね、マミさん」
「杏子、あなたも一緒にいらっしゃい」
「…………」
「え? あ、ええ」

 ピンクの髪の少女はつばさの、黒髪の少女は小夏の手を取った。
 つばさがちらりと小夏を見ると、小夏もこくりとうなずく。
 まるで、自分たちのことを以前から知っているかのような少女たち。きっとこの姿、そしてこの世界で自分が与えられた「役割」と関係があるのだろう。
 それならこの二人についていくしかない。そうしないと、この世界で自分が為すべきことは見つけられない……
 つばさはそう思いながら、引っ張られるままピンクの髪の少女の後をついていく。小夏も黒髪の少女に手を引っ張られ、その後に続いた。



 回廊を歩いていくと、やがて広いドームの中に出た。
 そこにはたくさんの机が所狭しと並べられ、どの机にも多くの冊子が積み上げられている。
 そして、大勢の若者がその冊子を売買していた。

「これ……同人誌販売?」
「あら、あなたたちは売っていないの?」
「え? ええ」
「それじゃ、今日はコスプレコンテストが目的だったのかな」
「コスプレコンテスト?」
「だってその姿って、アレのコスプレでしょう。あなたは『マミさん』、そっちは『杏子ちゃん』だよね」

 二人を交互に見るピンクの髪の少女。

「そうか、つばさくんもあたしもこの世界ではレイヤー……コスプレイヤーなんですね」
「コスプレイヤーねぇ……」

 顔を見合わせる二人に向かって、少女は話を続ける。

「あたしたちは主催者イベントを手伝っているんだ。ねえ、あなたたちも協力してくれるよね」
「ま、まあ」
「よし、決まりね。それじゃシャドウガール、始めようか。乗って」
「ん〜、わかったニャ」

 白いぬいぐるみがピンクの髪の少女の肩に乗ると、少女は手に持ったプラカードを差し上げる。

「QBと契約して、新しい自分を見つけようよ。あたしたちがお手伝いしま〜す」

 そう触れ回りながら、ドームの中を歩き回る四人と一匹。
 するとまわりのあちこちから、カメラや携帯を手にしたグループが近寄ってきて、「写真を撮らせてくれ」と声をかけてきた。

「写真お願いしま〜す」
「こっちもいいですか?」

 請われるたびにポーズを取る、ピンクの髪の少女と黒髪の少女。
 周辺では、四人以外にも何組ものコスプレグループがカメラマンに取り囲まれていたが、徐々につばさたちの周辺に集まる人が増えてきた。

「うわぁ、君たちってイメージぴったりだね。四人一緒にお願いしま〜す」
「は〜い。ほらほら、マミさんと杏子ちゃんもポーズとって」

 つばさと小夏を促すピンクの髪の少女。

「こ、こうか?」

 何となく頭に思い浮かぶ通りに、銃を構えるつばさ。

「いい、いいです。あの、マミさん、どうか僕と一緒に写真を……」

 興奮した一人の小太りの男が、鼻息を荒くしてつばさに接近してくる。

「ちょ、ちょっと待て。俺はそんな趣味……」
(つばさくん、あなた今は女の子なんだから、そんな言葉使いしたら駄目でしょう?)
(馬鹿っ、そんな事を言ってる場合か。こんな野郎と写真なんか──)

 小声でひそひそ話すつばさと小夏。
 二人が何を話しているのか知ってか知らずか、ピンクの髪の少女が、興奮気味につばさに近寄る男を遮る。

「はいはい、悪いけど個人撮影はお断り。でも契約だったら大歓迎だよ。そうだな〜マミさん、ほむらちゃん、そろそろ始めようか。ステージに上がろうよ」

 そう言って、ピンクの髪の少女がパチンと指を鳴らす。

「そろそろ始める? 何を?」

 つばさは怪訝そうに、ピンクの髪の少女の顔を見た。

(コンテストのスペシャルイベント。主催者公認のイベントなんだですよ。主催者の……から……)
「え? 主催者が何?」

 小声で話しながら、長い髪を三つ編みにして顔に眼鏡をかける黒髪の少女の、あとの言葉はよく聞き取れない。
 聞き返したつばさだったが、ドーム中央のステージに四人が揃った途端にドームの照明が薄暗く落とされる。そしてスポットライトで黒髪の少女がひとり、ステージ中央に浮かび上がる。

「あたし、何をやっても駄目だ……」
「そう、君は何をやっても駄目なんだ。死ぬしかないよね」

 スピーカーから無機質な声が流れてくる。

「死ぬしかない? そうかもね……」
「そうだよ。さあ、早く死のう」
「そうだね…………って、何よこれっ!?」

 取り囲んだ人ごみをかき分けて、おどろおどろしい数人の人とも獣ともつかない怪人がステージに上がってくる。それを見て驚く黒髪の少女。

「いやあああっ!!」

 少女はその場にしゃがみ込む。そのまわりを怪人たちが取り囲む。

「誰か……助けて……」

 しゃがみ込んだまま震える少女に、手を広げて四方からゆっくりと襲い掛かる怪人。
 だが、その手が少女に触れようとしたその時、突然スピーカーから発せられる数発の銃声。
 そしてステージの傍らに立つピンク髪の少女とつばさにスポットライトが当たる。

「な、なんだ……!?」

 戸惑うつばさの横で、ピンクの髪の少女が手にした弓を構える。

「危ないところだったね。安心して、あたしたちが来たらもう大丈夫。でも……クラスのみんなにはナイショだよ!」

 そう言うと、彼女は怪人に向けて弓から矢を放つフリをする。

(さあ、マミさんもあの怪人たちに狙いをつけて)

「え? あ、ああ──」

 少女に促され、つばさもマスケット銃の狙いを定めると、怪人を撃つ真似をしてみる。
 その瞬間、ホールの中に荘厳華麗な音楽が流れ、カラフルな照明がステージを交差する。

「ギギャア〜ッ!!」

 銃声はスピーカーからのものだけで、実際に弾や矢が放たれているわけではない。だが、異形の怪物たちは次々に倒れ、消えていった。

「うぉ〜っ、いいぞ〜っ!」
「まどか〜!」
「マミさ〜ん!」

 広場を取り囲む四方八方の群衆から、大歓声が飛ぶ。

「みんな、ありがとう〜!!」

 会場の照明が元の明るさに戻って音楽が鳴り止むと、ピンクの髪の少女と黒髪の少女は観衆に手を振って声援に答えた。

「まどか様〜!」
「メガほむ、かわいいよ〜」
「マミさ〜ん、決め台詞お願いしま〜す!」

 ……決め台詞?

 次の瞬間、頭の中にある言葉が思い浮かぶ。つばさは意味も分からずそれを口にしようとした──

 ティ……ロ……

 だが、その時スピーカーから突然男の声が響き、その台詞はかき消されてしまった。

「笑わせるな。そいつはディレイド、世界の破壊者だ!」

 観衆をかき分けるように、マイクを持った一人の男がつばさの前に現れた。

「鳴神!?」

 人ごみの間から出てきた、深々と帽子をかぶったトレンチコート姿の人相の悪い男、それは鳴神だった。
 彼の後ろには、さっきステージから姿を消した異形の怪人たちが立っている。

「そいつはこの世界を破壊する者だ。さあっ、戦うのだっ。……戦え! スウィートハニィ!」

 鳴神がつばさを指差し叫んだ。
 隣に立つピンクの髪の少女が、つばさの顔を見上げた。

「この世界を破壊する者…………そうなの? マミさん」
「あいつの、いつもの言いがかりだ」
「そんなの……そんなの許さないよっ」

 つばさの答えを無視して、ぶるぶると体を震わせるピンクの髪の少女。その表情が一変する。

「あなたは破壊者だったんだ……マミさんの格好をして、あたしたちを騙そうとしてたんだ。……そんなの世間の皆様が許しても、このスウィートハニィが決して許さない!」
「スウィートハニィ? お前が? ま、待て! 俺の話を聞けっ」
「問答無用!」

 ピンクの髪の少女は右手の手袋を脱ぎ捨てると、顕わになった右手薬指の指輪を胸に当てる。

「ハニィ、フラアアアアッシュ!!」

 叫びと共に、その姿が光に包まれる。
 その光の中で彼女の着ているピンクの衣装が粉々に飛び散り、一瞬何も身につけない裸の状態になってしまう。そして空気が再びハニィの周りにまとわり付き始め、具現化して別の形を取り始める。
 上半身は胸の大きく開いた滑らかで真っ赤なノンスリーブシャツ、下半身は黒のタイツに包み込まれ、それは腰のところで一つにつながっていった。両足は白いブーツに包まれる。あどけなさを残していた顔は精悍にひきしまり、同時ピンクだった髪が赤く染まり、毛先が跳ね上がっていった。胸とお尻は一段と大きく張り出し、細い腰はさらに絞れていく。薄い生地のバトルスーツは、その日本人離れした見事なボディラインをくっきりと描き出していた。そしてブーツと同じ白い手袋に包まれた右手には細身の剣が握られていた。

 そこに立っていたのは、まぎれもないスウィートハニィだった。その変貌ぶりから察するに、今までの姿も単なるコスプレではなく、彼女の力で変身していた姿だったと言った方が正しいだろう。

「ハニィ、待つんだです。この世界を破壊するって、それってもしかして──」
「あたしはあたしたちの世界を守る為に戦うの。マリアちゃん、下がって!」

 つばさの前に立ち、振り返りもせずに後方の黒髪の少女に向かって叫ぶハニィ。

「でもハニィ、彼女はきっと…………違うんだです!」

 戸惑う黒髪の少女──マリアを尻目に、ハニィは両手で握ったプラチナフルーレを下段に構えると、真一文字につばさに向かって駆ける。

「覚悟しなさいっ」
「ちっ!」

 つばさが腰に手を伸ばすと、ポシェットが現れる。その中からチェーンベルトを取り出して一瞬のうちに腰に巻くと、続けてポシェットから取り出したカードをそのベルトのバックルにはめ込んだ。その間0.5秒の早業だ。

「変身!」

 カードを差し込んだバックルを左右から押さえると、バックルが九十度回転する。
 次の瞬間、つばさの周囲に九つの「虚像」が出現し、マミのコスプレをしたつばさの体へ重なっていくと、その姿は妙に巻き舌なスクラッチ調のコールとともに別のものに変わっていく。

「──DIDIDIDELAYEDoooou!!」

 ホワイト……否、アイボリーのブラウス。ショルダーパットを彷彿とさせる肩の膨らみ。
 外はねのショートカットの髪の上に、緑色のリボン──黒いストライプがバーコードのようになっているリボンが結わえられ、腰の後ろにも、それを大きくしたようなリボンがついている。
 ミニのフレアスカートとブーツ、ニーソックスは黒檀色。
 白銀のグローブをした、女戦士ディレイドの勇姿である。

「変身した!? そうか、あなたはやっぱり敵なのねっ! 覚悟っ!」

 太刀筋鋭く、剣を振るうハニィ。それを半身で避けるディレイド。
 しかし次々と繰り出されるいハニィの剣さばきに、段々と余裕を失ってくる。

「くそう……っ」

 ディレイドはポシェットを拳銃のような形態に変化させると、ハニィに向かって構える。

「話を聞けと言ってるだろうっ!」
「世界を滅ぼすものが何を言うかっ、でやぁあああ!!」

 両手で剣を握り直したハニィは、ディレイドに向かって駆け出す。堪らず銃弾を二発三発と発射するディレイド。だがその銃弾をハニィは剣で叩き落してしまう。

「どこ狙っているのっ? そんなへろへろ弾なんか、当たりはしない。今度はこっちから行くわよ、奥義……桜──」
「ちぃっ!!」

 何の躊躇もなく必殺技を繰り出そうとするハニィ。その只ならぬ気配を感じたディレイドは拳銃を再びポシェットに戻すと、そこから新たなカードを取り出した。そして素早くバックルに差し込む。

「──AnotherStyle,SASASASAORIeeeeN!!」

 スクラッチ音と共に、ディレイドの姿が再び別のものに変わっていく。髪が長く伸び、ツインテールに分けられていく。そしてその体は赤い金属製の装甲に覆われていく。

「ディレイド・あーまーさおりん!」

 ディレイドの特殊能力、それは他のTSバトルヒロインをコピーできることだ。ただし現在はその力のほとんどを失っており、唯一可能なのは、先に訪れてなすべきことをした『世界』のヒロインにのみ変身できることだ。ディレイドはその能力を使って、装甲に覆われた少女の姿に変身したのだ。
 装甲に覆われた両腕をがちっと組み、ハニィの突撃に身構えるディレイド・あーまーさおりん。

「奥義、桜・華・天・翔」

 ハニィは一気に間を詰めると、プラチナフルーレの刃を下段の構えから払い上げる。
 巻き起こる太刀風。その刃を右手の装甲で受け止めるディレイド・あーまーさおりん。
 ガキーンと金属音がホール内に響く。

「くっ、まだまだ!」

 次々に剣を繰り出すハニィ。
 だが、その全てをディレイド・あーまーさおりんは腕の装甲で受け止め、跳ね返す。

「やめろ、この戦いは無意味だ」

 だがディレイド・あーまーさおりんの言葉に耳を貸さず、ハニィは剣を振るい続ける。
 鳴神は二人の戦いを、にやにやと笑いながら見ている。
 一方、いきなりマジに変身して戦い始めた二人を呆気にとられてていた周囲の観衆だったが、徐々にカメラを戦う二人の姿に向け始めていた。
 当事者ではない傍観者とは呑気なものである。やがて戦う二人に向かって声援が上がる。
 
 いいぞ〜
 二人ともかっこいいぞ〜
 どっちもがんばれ〜
 勝った方は俺と結婚しろ〜

「誰だっ!? 変な声援するのは!」

 妙な声援に思わずずっこけるディレイド・あーまーさおりん。

「余所見している暇はないよっ。でやあっ!!」

 プラチナフルーレを振り下ろすハニィ。ディレイド・あーまーさおりんは、それを避けながら左足でハニィの右手の甲をキックする。
 ふっ飛ばされて、くるくると空中に舞い上がるプラチネフルーレ。
 だが落下してきたプラチナフルーレは、鳴神の背後で二人の戦いを眺めていた怪人の一人に突き刺さった。

「ぐぎゃああああっ!」

 断末魔の悲鳴を上げて、ばたりと倒れる怪人。

「あ、ごめんなさいっ」

 倒れた怪人に謝るハニィ。

「何だ? こいつら仲間なのか? ……いや、違うな。だが何なんだ? 彼女のあの気配は?」

 鳴神の指示に、最初のあどけない様子から表情を一変させ、殺気立って向かってくるハニィの様子に、ディレイド・あーまーさおりんは妙な違和感を覚えた。
 対峙しつつもハニィの様子を観察する。すると彼女が首にはめているネックリボンが目に入る。
 コスチュームは別のものに変わっているのに、ピンクの宝石のついたその赤いネックリボンだけはさっきのままだった。

「ふん、それか……」

 ディレイド・あーまーさおりんはディレイドの姿に戻ると、ハニィとの間を一気に詰める。そして赤いネックリボンと首の間に指を差し入れると、リボンをわしづかみにした。

「こ、こいつ……離せっ!」
「助けてやるぜ。……うぉおおおっ!」

 ハニィにささやくと同時に、ディレイドはそれを一気に引きちぎった。

「いやああああっ……」

 その瞬間頭を押さえ、ハニィは床に倒れ込んだ。





「う、うーん……」

 ベッドの上で目覚めたハニィの前に、金髪の巻髪の少女が座っていた。変身を解いて、この世界での元の姿に戻ったつばさだ。
 そして つばさの隣には赤い衣装とかつらを被ったままの小夏と黒髪の少女……いや、髪を黒く染めたマリア、それに白い小動物のぬいぐるみを着たシャドウガールがいて、心配そうにハニィを見つめている。
 鳴神も怪人も、そして観衆も既にその場にはいない。

「……ここは?」
「救護室だ。奴らは追い払った」

 つばさが答える。

「……えっと……あなたは?」
「俺の名前はつばさだ。鳩谷つばさ。で、こっちはココナッツだ」
「もう、ココナッツじゃありませんったら。何回言ったら。あ、杏子という名前でもありません。小夏と言います。あたしは灯小夏です」
「つばささんと小夏さんか、あなたたちがあたしをここに? ありがとう」
「礼ならいい。俺は何もしていない。それより説明しろ。ここは俺の知っているスウィートハニィの世界と少し違う気がするんだが」
「あたしもそう思います」

 つばさに小夏が相槌を打つ。

「それが……あたしどうしてここにいるのか。確か岬の突端で『虎の爪』の怪人と戦っていた筈なのに、気がついたらこのベッドに──痛っ」

 顔をしかめて頭を押さえるハニィ。

「……あたしが説明するんだです」
「マリア……ちゃん?」

(to be continued)

 

次回予告


「問おう。お前にとって正義とは何だ」

「ちがうぞ、スウィートハニィ! そいつはこの世界を破壊する悪魔だっ」

「そうさ、こんな世界、破壊してやる。そうだよな、スウィートハニィ」

「くそう、この世界も終わりだっ、ディレイド、全て貴様のせいだああああっ!!」


第9話「Nuncalo dejo (ぜったいにあきらめない)」

すべてをつなぎ、すべてを壊せ。





あとがき

 城弾さんをはじめ、ライターマンさん、MONDOさんが書かれた作品を読んで、自分でも「仮面ライターディレイド」作品を書いてみたいと思いつつ、気がついたら1年以上経ってしまいました。今年に入ってようやく本格的に書き始めたのですが、いざ書き始めてみると、設定を生かしながら作品世界を構築していくのが大変でした。つばさにハニィの世界でどういう形で接触させようかと考え、最初はハニィのクラスメイト、つまり南高校の女子生徒の姿にしようかと思って少し書いてみたんですが、今ひとつ先の展開がまとまらず、結局銃つながりでマミさんのコスプレをしてもらいました。はい、通りすがりのコスプレイヤーです。小夏にもコスプレしてもらい、ハニィやマリアちゃん、シャドウガールもコスプレ姿で登場。あくまでもコスプレイヤーとしてですが、アニメの世界を少しだけ演じさせてしまいました。
 ちなみに、作品名はスペイン語です。ネタ元がわかる人に、にやりとしてもらえるといいなって。

 それでは、後編もどうぞお楽しみに。