チョコレート・トラブル2 作:toshi9 岡崎家の玄関の前に立ったまま、なかなかインターホンを鳴らせない理奈(雅之)。一方の雅之(理奈)は、さっさと雅之の家である東堂家の中に入ってしまった。 (あいつ、妙に度胸がある時があるんだよな。あれを演技に生かせばもっと伸びるのに) そう思いながらも、理奈(雅之)は『あいつの事より、体操部のエースがこんな事でどうするんだ』と自らを奮い立たせ、震える指をインターホンに伸ばした。 だが指がインターホンのボタンに触れる前に突然扉が開くと、40代の女性が顔を覗かせた。理奈の母親、美紀だった。 「あ、あの……(ただいまと言うべきなのか。いや中身が俺だってばれてるのに、おばさんに何て挨拶すればいいんだよ!)」 「あら、お帰りなさい どうしたの? 鍵忘れたの? そんなところで立ってないで早く入ったら?」 理奈(雅之)の心の中の葛藤を知ってか知らずか、美紀は当たり前のように、立ち尽くしている我が娘を迎え入れる。 「た、ただいま」 ようやくぼそっと答えると、理奈(雅之)は玄関の中に入った。 互いに小さい頃から行き来している勝手知ったるお隣同士だが、いざ岡崎家の娘として入るとなると、何とも妙な気分だ。 「着替えてらっしゃい、おやつを用意してるから」 そう理奈(雅之)に促す美紀。 その態度は、普段美紀が理奈と接している時と何ら変わるところがない。 (俺の事を理奈と思ってる? でもあいつ、美紀さんは俺たちが入れ替わっている事を知ってるって言ってたよな。おかしいな) 首をかしげながら2階の理奈の部屋に上がると、理奈(雅之)は持っていたスポーツバッグを放り出した。 「あ〜あ、何でこんなことに。まあ明日の選考会までの辛抱だ。しかし、着替えか。どうするんだよ」 雅之は、彼がここに来ている時にも平気で着替え始めていた理奈のことを思い出し、ドレッサーの扉を開いた。ブラウスにスカート、いろいろな服が並んでいる。雅之はその中からトレーナーとジーンズという、ごくシンプルな服を選びだした。 「とにかくスカートは脱ごう。スースーして落ち着かないよ」 上着を脱ぎ、プリーツスカートのホックを外す。スカートを下ろしてたどたどしい手つきでブラウスのボタンを外した。 ブラとショーツだけになると、ドレッサーから出したジーンズに足を通した。 ジーンズは男性のものと違って細く、ぴっちりと両脚に密着する。ちょっときついが伸縮性のある生地のせいで、それほど苦しくはない。だが股間への生地の密着感は無性に心もとなさを感じさせる。 「ここに圧迫感が無いって、なんか変な感じだよ」 腰の上まで引き上げると、へその下でボタンを止め、ファスナーを上げた。 腰をひねって、ジーンズが履けていることを確かめると、ちょっとお尻をさすってみる。心地良い弾力感が指先に伝わってきた。 「これが女の尻………って、何をやってるんだ、俺」 理奈(雅之)はぶるぶると頭を振って湧き上がってきた雑念を振り払うと、トレーナーを頭からかぶり、ほっと一息をついた。 「これで大丈夫だろう」 リビングに降りてみると、美紀がケーキを出していた。 勧められるままに食べてみる。 「おいし〜い」 「でしょう。紅茶もいれたから、もっと食べなさい」 夢中でパクつく理奈(雅之)を、美紀はニコニコと眺めている。 その時、玄関から扉の開く音と、それに続いて「ただいま〜」という声が聞こえた。リビングに入ってきたのは、理奈の姉の麗奈だった。 「あら、理奈も帰ってたの」 麗奈は一浪して入った近くの大学に通っているはずだが、今日はもう戻ってきたらしい。 「た、ただいま」 「理奈、学校はどうだった?」 麗奈が当たり前のように聞いてくる。 「う、うん。まあ……まあまあ」 「まあまあね……くっ、くっ、ああ、おっかしい〜」 突然、けたけたと笑いだす麗奈。 「もういいわ、あなた、雅之君なんでしょう」 やっぱりばれてた。思わず顔が真っ赤にしてうつむく理奈(雅之)。 「あ、あの、やっぱり理奈に聞いてたんですね」 「うん、その通り。理奈ったらあのチョコを使ったんだ。それも入れ替わった相手が雅之君とはね、ふ〜〜ん?」 理奈(雅之)をじいっと見ながら、麗奈が面白そうに笑う。 「あのね、それから理奈だったらケーキなんか食べないわよ。あの子、ダイエットしているから」 「ええ? そうなんですか」 美紀を見ると、ニコニコと微笑んでいる。 「あの子ったら、体操部に入ってからリビングで一緒にお茶することも無くなってしまって。こうして一緒にお茶するなんて久しぶり。ありがとう」 そう言ってウィンクする。 「あ、あの〜」 どうにも二人の会話についていけない理奈(雅之)だった。 「ま、いいわ。それよりお風呂に入ってきたら?」 「ええ? お風呂ですか?」 「雅之君なら裸見られても理奈も何てことないでしょうから、気にしないで入ってきたら。あ、下着は出しておきますから、新しいのを使ってね」 美紀に促されて、脱衣所に入ると、トレーナーとジーンズを脱いでブラとショーツだけになる。鏡には下着姿の理奈が映っていた。 「これ……脱いでいいのかな、いいんだよな」 母親公認だ。そう自分に言い聞かせて、手を背中に回してブラのホックを外す。思ったより柔らかい。 (toshi9注:胸が? いえいえ体がですよ) 続いてショーツをするすると引きおろし、生まれたままの姿になる。 (裸の理奈を見たのはいつ以来だろう。でもすっかり成長しているよな、 こことか) と、胸を見下ろす理奈(雅之)。 鏡にちらりと視線を移すと、鏡の向こうから上目使いの理奈がこちらを見ていた。 (理奈、すまん) 邪念を起こした事を心の中で謝りつつ浴室に入り、シャワーを浴びる雅之だった。 それから10数分後、理奈(雅之)は顔を火照らせてリビングに戻ってきた。 「あら、もう出てきたの? 気持ち良かった?」 「は、はい」 「へぇ〜、気持ちよかったんだ、ふ〜ん、そうなんだ」 麗奈から妙な念を押されて、はっとする理奈(雅之) 「あ、いえ、そんな意味じゃ…」 「ええ? あたし何も言ってないけど、どんな意味に受け取ったのかなぁ、 くくくっ」 また麗奈が笑いここらえている。 「もう、麗奈ったら、変な冗談でからかうのはおよしなさい。今のこの子はうちの家族なんだから」 「は〜い。それじゃ理奈、女の子のこといろいろ教えてあげようか。トイレとか、服の着方とかわからない事があったら何でも聞いて」 「あ、ありがとうございます」 最初は恥ずかしかったものの、二人の気遣いは嬉しかった。 (それにしても、娘が他人、それも男と入れ替わっているなんて事を知ったら普通驚くだろう。何なんだ、この家族は……) 夕食が終わって理奈の部屋に戻ると、パソコンに雅之(理奈)からメールが着信していた。段違い平行棒と平均台のプログラムについてのものだった。それに跳馬と床のプログラムについても書かれてある。 「なるほど、跳馬と床は技自体は問題ないな。明日事前に構成が確認できれば問題ないだろう。問題は、平均台と段違い平行棒か。どちらもお遊びで試してみた事はあったけどなぁ。バランス感覚が試される平均台、これはやっかいだ。まあ、目をつぶって床のつもりでやってみるしかないか。段違い平行棒は跳び移りのタイミングだな」 段違い平行棒は男子の鉄棒や平行棒とは似ているようで非なる種目だ。 体が動くのか、頭の中でイメージしてみる。 「選考会開始前に少し練習すれば何とかなるかな。でもほとんど時間ないよなぁ」 頭の中のイメージでは、床や跳馬を演技しているのは元の自分の姿だった。だが平均台の演技をイメージしていると、自分の姿が段々とレオタード姿の理奈に変わっていく。女子の種目なのだから、自分の姿で演技しているのをイメージするのは違和感があるのだ。 「そうだよな、明日は俺が理奈として演技するんだ」 スポーツバッグの中からレオタードを取り出してみる。伸縮性のある生地からは、理奈の汗の匂いがしていた。 「これを着てコーチや女子部の前で演技するなんて、できるのか? 俺」 その時、携帯が鳴った。雅之の携帯からの着信だった。 「どうだった?」 「ああ、お前のお母さんとお姉さんには参ったよ」 「あら楽しかったでしょう、二人も慣れたものだから」 「慣れたものって?」 「あたしは今まで使ってなかったんだけど、あの二人、もう試したのよ。お母さんはお父さんと、麗奈は、ボーイフレンドと。二人とも結構楽しそうだったな」 「ほんとかよ。それであまり驚いていなかったのか。で、今は元に戻っているんだよな」 「うん。二人とも本人だよ……多分」 最後の「多分」はぼそっと小声でつぶやいたものだ。 「多分って、お前、今、多分って言ったな」 「冗談よ、冗談。二人とも間違いなく本人に戻っているから」 「そうか。良かった」 何となくほっとする理奈(雅之)。そして自分が無意識にほっとした理由にすぐに気がつく。 「そうだ! それって入れ替わっても確実に元に戻れるということだよな」 「安心するのは早いよ。まずはしっかり選考会で選ばれるんだぞ。プログラム送っておいたけど、大丈夫だよね」 「ああ。でも平均台と段違い平行棒は授業が終わったら早めに行って練習しないと、何だか自信ないよ」 「雅にぃならできる。なんたって、男子部のエースでしょう。でもごめんね。こんな事押し付けちゃって」 「もういいよ、なりゆきだ。できるだけやってみるよ」 「うん、お願い。お礼といっちゃなんだけど、あたしの体、何に使ってもいいから。ひとりエッチを試してみてもいいよ」 「ば、ばかっ」 「あたしはもう試しちゃった。男のひとってすご〜い」 「お、お前な! 俺のカラダを勝手に」 「あら、何焦ってるの? 試したのはトイレ。だってもう我慢できなかったもん。それに、このカラダはあたしのものだよ」 「え?」 「あたしの体が雅にぃの姿に変わっただけだから。だから姿は変わっても捻挫はそのままでしょう」 「あ、そうか…いや、そうじゃなくて、俺の姿でくれぐれも変な事をしないでくれよ」 「わかった、学校では大人しくしているから。でも……」 「でもっ……て、なんだよ」 「一人の時はいいでしょう。雅にぃも何しても許す! あたしも許してね。じゃあね」 「お、おい!」 電話は切れていた。 「参ったなぁ、全くこっちの事なんかお構いなしなんだから」 「理奈、どうしたの?」 「あ、麗奈さん」 いつの間にか部屋の入口に麗奈が立っていた。 「麗奈でいいわ、あたしたち、お互い呼び捨てにしているから。まったく、あなたのことは雅にぃって呼ぶのにね。それよりほら、握りしめてるレオタードは洗濯機の中に入れておいたら? 新しいのはそこに入っているから」 「え? あ、はい」 そう言えば、レオタードを持ったまま電話していたのだ。麗奈はドレッサーの一番下の引き出しを指差していた。 「汗が匂ったままだと恥ずかしいわよ」 「あ、そうか、そうですよね。ありがとうございます」 「それと、制服はちゃんと掛けておかないとしわが取れないわよ。明日の学校の準備は大丈夫なの?」 麗奈はそう言いながら、理奈(雅之)にいろいろレクチャーしてくれた。 仁志高の卒業生でもある麗奈は、女の子が登校する前に準備している事、それから男子と女子の行動の違いについて教えてくれた。 「う〜ん、女子って大変なんですね」 「あら、大したことないわよ。女の子はそうやって男子の見えないところでがんばっているの。あなたもしばらく大変でしょうけどがんばってね。それじゃ、おやすみなさい」 麗奈の心遣いが嬉しかった。 「よし、明日はがんばって理奈をやるか」 そう決意し、ぐっと両こぶしを握り締めて机に座ると再び携帯が鳴った。雅之(理奈)からのメールだった。 『宿題やっといてね。数Tの56ページから60ページと、古文の25ページから28ページだから』 「おいおい宿題かよ、仕方ないなぁ」 鞄から教科書を取り出して机に広げると、宿題の中身は昨年習ったものばかりだということに気がついた。 「なんだ、この問題か、覚えているぞ」 机に向かって、さくさくと片づける。 「でもあいつ……あいつのほうは、明日大丈夫だろうな。今日は宿題出なかったけど、2年の授業をこなせるのか?」 そう思いながら不安になる理奈(雅之)だった。 翌朝、美紀と麗奈のフォローもあり、パジャマから女子制服への着替え、そして髪のブラッシングと身支度を済ませ、理奈(雅之)は何とかいつもの時間に家を出ることができた。そして途中で松葉杖をついて歩く雅之(理奈)と合流する。 「足は大丈夫か?」 「うん。痛いけど大丈夫、だって選考会の結果はしっかりこの目で確かめて、受け止めないと」 「うーん、それが最優先かよ。でも授業は大丈夫なのか? 休んだほうが良かったんじゃないのか?」 「大丈夫、大丈夫、何とかなるから」 「お前なぁ〜」 「理奈〜おはよ〜」 その時、二人の会話に割って入るように、後ろから走ってきた1年生の女子が声をかけてきた。 「おはよ〜」と返したのは雅之(理奈)だった。 「おいおい、答えるのは俺……じゃない、あたしでしょう」 理奈(雅之)は隣りを歩く雅之(理奈)を小突きながら、小声でささやく。 「あ、そうだった。彼女は同じクラスで親友の愛美ちゃんだから。それじゃ頼むね」 二人は校門を入ると、1年の校舎と2年の校舎に分かれた。 理奈(雅之)の隣を今度は愛美が並んで歩く。 「理奈、今日の放課後は選考会なんでしょう。がんばってね」 「うん、ありがとう」 愛美に何とか話を合わせてクラスに入る理奈(雅之)。1年のクラスに、それも女子として入るのはとてつもなく新鮮だった。 それから放課後までの半日を雅之は理奈として過ごした。 トイレ等々での戸惑いはあったものの、昨夜のうちに学校での女の子の過ごし方について麗奈に教えられていたこともあり、何とか大きなトラブルもなく済ますことができた。そしてその日の最後の授業を終えると、愛美の「がんばってね」という声を背中に、真っ先に教室を出た。 トイレに入る時もそうだったが、女子更衣室に入る事にも「入っていいのか」と躊躇する。だが思い切って中に入ると、制服を脱いでレオタードに着替えた。 全身をぴっちりと密着する滑らかな生地にボディラインが露わになる。 「この格好で、皆の前で演技するのか、これはこれで恥ずかしいなんてものじゃないぞ。いや、演技するのは理奈なんだ、俺じゃないから恥ずかしくないんだ、そうだ、恥ずかしくないんだ」 更衣室内の鏡の前でそう心の中で何度も言い聞かせると、理奈(雅之)は体育館内に出た。 器材はまだ準備されていなかった。 「あら、理奈、今日は早いのね」 「うん、少しでも練習したかったから」 「理奈なら大丈夫、きっと選ばれるよ」 遅れて出てきた1年の女子部員たちとそんな言葉を交わすと、一緒に用具室から平均台を出し、段違い平行棒のセットした。そして、早速昨日覚えたプログラムを試してみた。 平均台は、最初のうちはバランスを崩して落下していたものの、段々慣れていくとこなせるようになってきた。 (これならいけるかも) 段違い平行棒は、鉄棒間の移動のタイミングが難しかったものの、離れ技で鉄棒をつかむコツは男子と同じだった。何度か繰り返していると、徐々にうまくいくようになる。 「岡崎さん、今日は調子良さそうね」 「え? あ、キャプテン」 気がつくと、深紅のレオタードを着た女子部のキャプテンが立っていた。実は雅之と同じクラスの向井敦子だ。 「がんばってね、期待しているわ」 「あ、ありがとうございます。向井キャプテン」 理奈のつもりになって、お辞儀してそう答える理奈(雅之)。 「ところで、東堂さんの姿が見えないんですけど」 雅之(理奈)がなかなか姿を現さない事が気になった理奈(雅之)は、敦子に問いかけてみた。 「東堂さん? あなた東堂君の事をいつも雅にぃって言ってたんじゃなかったっけ。どうしたの?」 「あ、いえ、いつまでも校内でその呼び方っておかしいかな、なんて」 「えらいえらい、いつまでも依存心を持ってたら、向上なんかしないわよ。ようやくわかってきたか」 (あいつは、わかって……ないよな) 内心溜息をつく理奈(雅之)。 「どうしたの?」 「あ、いえ、何でもありません。で、どうしたんですか?」 「今朝、松葉杖ついて教室に入ってきたからびっくりしちゃった。あたしと一緒に選考会を見に来ようとしていたんだけど、先生が今日は帰りなさいって、強引に帰宅させたのよ」 「そ、そうなんですか」 「ほらコーチが来たわよ。それじゃ、しっかりね」 (あいつ、来ないのか。まあ見てないほうがいいか。とにかく自力でがんばるしかないんだ) 心の中でそう思い、拳をぎゅっと握りしめる理奈(雅之)だった。 「よーし、女子は集まれ。今から選考会を始める。県大会のメンバーは明日発表する」 体操部のコーチが女子部員を呼び寄せる。 そして県大会の出場選手を選ぶ選考会はスタートした。 (続く) 後書き 「チョコレートトラブル」の続きは何とかホワイトデーに公開できればいいなと考えていたのですが、結局最後まで仕上げることができませんでした。今回の「2」では競技会前までを公開いたします。あと少しの予定ですので次回で何とか完結させたいものです。 では最後まで読んでいただいてありがとうございました。toshi9でした。 |