沙耶と隆男と写真部のお宝
(沙耶と英治と写真部のお宝2)

 作 :toshi9 (原案:夏目彩香)



土曜日の昼過ぎ、都立高校二年生の河村隆男(かわむら たかお)は校舎の玄関の前で躊躇していた。家に帰ろうにも外は大粒の雨が降っている。午後から雨という天気予報は見ていたものの、快晴の朝にタカをくくって傘を持ってこなかったのだ。

「仕方ない、家まで一気に走るか」

小さく呟いて上履きを脱いでいると、携帯の着信音が鳴った。
開いてみると幼なじみの谷口沙耶(たにぐち さや)からのメールだった。同い年の彼女は隆男とクラスこそ違え、同じ写真部に入部している。

『隆男ったら傘忘れてるでしょう。部室に置き傘あるから取りにきたら?』

「そうか、確かに部室に傘があったよな」

写真部の部室に置き傘があることを思い出した隆男は、部室に引き返した。


彼が部室に入ると、そこには沙耶ともう一人先客がいた。沙耶のクラス担任の上杉優花(うえすぎゆうか)だ。

「沙耶、教えてくれてありがとよ。助かった」
「やっぱり忘れていたんだ」

 呆れたようにつぶやく上杉先生。

「え? やっぱりって、先生?」
「先生と賭けをしていたの、隆男が傘を持ってきているかいないかって。賭けはあたしの勝ちというところね」
「へへへ、まあそういう訳だ。で、傘はちゃんとあるんだろう」

少し照れながら、隆男は沙耶に確認する。

「うん、大丈夫。はい、これ」

そう言って、ビニール傘を隆男に差しだす沙耶。

「ありがとう。メールもらって助かったよ。ところで、今日は部活中止だったろう。何でお前はここに?」
「あたしは、え〜っと……波方部長のことを探しに来たんだ」
「波方? あいつがどうしたんだ?」

波方英治(なみかた えいじ)は写真部の部長で、隆男のクラスメイトでもある。

「いないみたいね」
「で、上杉先生は写真部に何か用事が?」
「うふふ、私の用件は終わったわ。谷口さん、それじゃ私はこれで。気をつけて帰るのよ。お母さんによろしくね」
「はい、上杉せんせい」

上杉先生は沙耶に向かってパチンとウィンクすると、部室を出ていった。

「おい、上杉先生の服って授業の時より派手じゃないか? それに顧問でもない上杉先生がうちの部室に何の用事だったんだ?」
「それがね、先生って今日の午後3時にあたしの家に家庭訪問する予定なんだけど、お母さんが今日は間違いなく大丈夫なのか、あたしにもう一度聞いておきたかったみたい。それでわざわざ部室まであたしを探しに来たんだって」
「ふ〜ん、家庭訪問だからあんな服に着替えたのか。先生もおしゃれだなあ」
「そりゃ、先生だって女性ですから」

そう言って、ふふんと笑う沙耶。

「で、お前のほうは波方に何の用だったんだ?」
「え? ああ、あたしも用事は済んだから」
「波方はいなかったんだろう」
「うん。いないって言うか、先に部室を出て行ったんだ」
「そうか、それじゃあ俺も帰るわ」
「あ、あたしも。ねえ一緒に帰ろう」



沙耶の家は、隆男の帰り道の途中にある。幼なじみの二人は小さい頃から互いの家を行き来していた仲でもあり、お互いの両親のことも良く知っている。
校舎の玄関まで戻って靴を履き変えると、二人は傘を広げて雨の中を並んで歩きだした。

「ねえ、隆男に聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「波方部長の事なんだけど、好きな子っていると思う?」
「波方にか? 知らないなあ。っていうか、そんな事本人に聞けよ」
「聞ける訳ないじゃない。だって」

そう言ったっきり、その場に立ち止まる沙耶。

「沙耶……?」
「ねえ、隆男はあたしのことどう思う?」
「どう思うって」
「あたしは隆男のことが好き」
「は!?」

突然の告白に驚く隆男。沙耶のことを年下の幼なじみとしか見てこなかった彼にとっては無理からぬことだ。しかもこんなタイミングで。

「ね、隆男、どうなの? あたしのことどう思っているの?」

そう言って小首を傾け、うるうるとした目で隆男を見つめる沙耶。
傘を差しながらの仕草は見事にかわいい。

「どおって……」
「あたしのこと、嫌いなのかな?」
「いや、好きとか嫌いとかそんなこと……」
「どっちなの、ねえ、はっきり言って」

今まで隆男は沙耶を恋愛の対象として意識していなかったのだが、実際のところ彼女は校内でもとびきりの美少女なのだ。そういった目で改めて見つめると、彼も自分の心臓がどきどきしてくるのを感じた。

「す、好きだよ」

ぼそりと答える隆男。

「嬉しい!」

飛び上がらんばかりに喜ぶや、次の瞬間に目をつぶって隆男に唇を突き出す沙耶。
傘を周囲の目隠しにして、隆男はそんな沙耶にキスをした。
それは長かったかもしれないし一瞬だったかもしれない。
沙耶の柔らかい唇の感触を堪能した隆男は唇を離すと、沙耶が満足そうな表情で隆男を見ていた。

「これで隆男とあたしは恋人同士よね。ということで、今からうちに来ない?」
「今からか? だって今日は上杉先生の家庭訪問なんだろう」
「まだ予定の3時まで時間あるし、寄ってってよ」
「う〜ん、わかったよ」

結局隆男は半ば強引に沙耶の恋人にされた挙句、そのまま彼女の家に立ち寄る事になったのだった。



「さあ、上がって」

谷口家に入って玄関に傘を置くと、隆男は沙耶の後について二階の沙耶の部屋に入った。隆男にとっては小さい頃から何度も来たことのある部屋だが、沙耶の彼氏として入るのは初めてのことだ。改めて入った部屋を見渡すと、中は女の子の部屋らしくきれいに整っていて、いい香りが漂っている。まさしくここは女の子の部屋だ。

「なぁ、沙耶?」
「なあに?」
「お前、本当に俺のことが好きなんだよな」
「うん、そうよ。あたしたち、さっきキスだってしたでしょう」

えっへんとばかりに胸を張って答える沙耶。

「それはそうなんだが、うーん、この状況って夢じゃないよな」
「そうだよ夢じゃないよ。沙耶はもう隆男のもの。隆男から答えを聞いたら、あたしのことを隆男にもっとたくさん知ってもらいたくなったの。少しでも早く。だから隆男にあたしの部屋に来てもらいたかったんだ」
「そうか、そうだったんだ」

沙耶の言葉に少しだけ感動を覚える隆男だった。
一方の沙耶はそのままクローゼットの前に立った。

「だから教えて欲しいの」

沙耶はそう言いながら、クローゼットを開いた。

「ねぇ、隆男。この中のどれがあたしに似合うと思う?」

クローゼットの中には彼の知らないハイティーン向けの服、つまり沙耶の衣服がたくさん掛けられていた。帰ってきたばかりの沙耶は、まだ高校の制服、すなわち紺色の襟が印象的なセーラー服、そして膝丈のプリーツスカートを着たままだ。つまり、今から彼女が私服に着替えるにあたって、隆男の好きな服に着替えてその姿を隆男に見せてあげようということなのだろう。そう思ってうなずいた隆男は恐る恐るクローゼットの中を見た。

「この中から俺に選べって言うのか?」
「ええ、そうよ。隆男があたしに一番似合うと思ったのはどの服なのか、あたし知りたいんだ」

内心どきどきしながらクローゼットの中の服をめくって物色する隆男。だが、結局クローゼットの中に彼が気に入ったものはなく、隆男はそれを正直に沙耶に話した。

「うーん、この中には今すぐに着てもらいたい服は無いな。それに俺、沙耶はセーラー服が一番似合うって思うんだ」
「えっ、そうなの? なーんだ、隆男ってそんな趣味していたのか。わかった、それじゃこれに決めた!」

沙耶は自分の着ているセーラー服を指さすと、今度はスポーツバッグの中からなにやら黒い全身タイツのようなものを、取り出した。

「ええっと、中に髪の毛を入れてっと」

沙耶は制服のポケットから1本の黒髪を取り出すと、タイツの頭部についた小さいポケットのようなものの中に入れた。すると黒い全身タイツはみるみるうちに変化していく。黒い色は色白の肌色に変わっていく。それはまるで人間の皮のようにも見えた。頭部には髪の毛のような細長い黒い毛がみるみる生え出てくる。そしてタイツの形状もリアルな人間の姿をかたどったものに変わっていった。胸の部分が膨らみ、そして平坦でのっぺらぼうだった顔の部分にも鼻や唇といった顔のパーツが刻まれていく。その顔は無表情ではあるものの、どこかで見たような顔だった。

やがて変化を終えたタイツは中身のない女の子の姿をしていた。沙耶はそれを隆男の前で広げて見せる。

「な、何なんだそれは」
「驚いた? どお、これってあたしそっくりになっているのよ。で、お願いなんだけど、これを着てもらえないかな?」
「はあ? それに俺にそれを着ろっだって? お前いったい何を考えて……」
「つべこべ言わないで、とにかく着てみてよ。隆男はあたしのことが好きなんでしょう。あたしのお願いを聞けないの?」
「いやそれとこれとは……」

だが、有無を言わせないといった沙耶の表情に、やれやれと思いながらうなずく隆男。

「わかったよ、着てみるよ。でもさすがにお前の目の前で着替えるのは」
「お姉ちゃんが使っていた隣の部屋が空き部屋になっているから、そっちで着替えるといいよ。あ、下着も全部脱いでから着てよね」
「わかった、わかりました」

手渡された全身タイツを持って仕方なく隣の部屋に入った隆男は、着ていた服を全部脱ぐとタイツのファスナーをいっぱいに下ろして左右に広げると、それを着込んでいった。

タイツ自体はそれほどきつくはなかった。するすると両脚両手を入れ、そして全身にタイツの生地を馴染ませていくと、タイツはすんなりと彼の皮膚に密着していった。

頭部もかぶって背中のファスナーを引き上げると、不思議なことに生地の感触が感じられなくなる。そして生地に塞がれているはずの視界が突然開け、部屋の様子が見えるようになった。

「え? どういうことだ」

ふと自分の両手を見ると、自分の手ではない。小さく、ちんまりとしたものになっていた。身体を見下ろすと、胸には二つも膨らみ、そしてその下は……。

「うわぁ〜、お、おんな!?」

部屋にかけられた鏡には、裸の沙耶が映っていた。
胸はふくらみ、腰はきゅっと括れ、体型が全く女性のもの、いや顔も体も沙耶そのものの姿に変化していた。そして股間を触ってみても、タイツの下に有る筈の彼の一物の感触は全く感じられなかった。それどころか、そこに刻まれた溝の中に指が入りそうになる。
ほほをつまむと、ほほから痛みが伝わってくる。

「俺が沙耶? 何なんだこれ」

全身タイツを着込んだはずなのに、体にぴったりとなじむと、隆男の体は沙耶の姿と瓜二つになっていた。おまけに叫んだ声も甲高い女性の声に変わっていた。気が付くと、背中のファスナーは消え失せている。

「これ、どうなっているんだ」

背中をいくらまさぐっても、脱ぎ方がわからない。焦るばかりの隆男だが、じれた沙耶が扉の外から呼びかけてきた。

「隆男、どお? 着てみた?」
「ちょっと、もうちょっと待って」

さすがにこのまま沙耶の前に出るのは恥ずかしい。
隆男は慌てて脱ぎ捨てた自分の下着と男子制服を着込んだ。だがぴったりだったはずの服は今やダブダブになっていた。

「体が小さくなっただって? もう何が何だか」

服を着終えた隆男は、沙耶の部屋に飛び込んだ。

「沙耶、これって何なんだ? 何で俺が沙耶になっているんだ」

沙耶そっくりの姿になってダブダブの男子制服を着ている隆男を見て、沙耶は苦笑いしていた。

「ふーん、見事にあたしと同じ容姿になったね。もしあたしと同じ喋り方をすれば、誰だって何の疑いも無くあなたのことを谷口沙耶だって思うよ。で、あたしの姿になってくれた隆男に頼みたいことがあるんだ。あっ、その前に服を着替えなきゃね」

沙耶はそう言うやセーラー服を脱ぎ始めた。

「下着はどうしよっかな。脱ぎたてのあたしの生下着だけど、履いてみる?」
「ば、ばか、何を言ってるんだ」
「冗談よ、冗談」

沙耶はクローゼットの中から黒い小さな布を取り出すと隆男に渡した。

「これを着てもらえるかな。大事な下着だから汚さないでね♪」

沙耶はなんだか楽しそうだ。いつも明るい沙耶だが、いつもにも増して高揚しているように見えた。
一方の隆男は沙耶の顔で困惑しきっている。

「ほら、時間がないから早く。あたしが隆男の制服を着ているなんて変でしょう」
「いや、変とかそんな事よりも」
「いいからいいから」

沙耶は、隆男のズボンのベルトに手をかけると、ベルトを外してズボンを無理やりおろしてしまう。

「おい!」
「うふふ、ほら、上も脱いで」

シャツのボタンに手を伸ばす沙耶。

「わかったよ。自分で着替えるから」

えいやっという気持ちで、その場でシャツもトランクスも脱ぎ捨て裸になった隆男は、沙耶の渡された黒いショーツを受け取ると、足に通して上に上げた。突起のなくなった股間からピタッとした生地の感触が伝わってくる。

「俺が沙耶の姿になって沙耶の下着を着るなんて」
「ほらほら、次はこれよ。あたしがつけてあげるから、後ろを向いて両腕をあげて」

沙耶は続いて黒のブラジャーを取り出すと、隆男の背中から胸を纏うように着せると背中のホックを留めた。胸に盛り上がる膨らみがブラジャーのカップにやさしく包まれる。

隆男はその感触に、何となく気持ちがほっとするのを感じていた。

(まあ恥ずかしい事に変わりはないけど、何か落ち着くな…って、何を考えているんだ)

「ふふふ、ブラジャーつけると気持ちが落ち着くでしょ。じゃあ次はこれ」

ショーツやブラジャーと同じ黒のキャミソールを隆男に渡す。それを頭からかぶる隆男。一方の沙耶はセーラー服を脱ぎ始めた。

隆男がキャミソールを着終えると、沙耶がクローゼットの姿見を隆男に見せる。そこにはピンクの下着姿の沙耶と黒の下着姿の沙耶が並んで写し出されていた。ピンクの下着姿の沙耶は楽しそうな、そして黒の下着姿の沙耶は不安そうな表情をしていた。

「こうやって鏡を見ると、本当にあたしが二人いるみたいね。なんだか不思議な感じ。さてと、これも履いて」

沙耶が渡したのは紺のハイソックスだった。
下着のまま床に座ると、隆男は沙耶のハイソックスを履いた。

「沙耶が着替えているところを見られるなんて、なんかゾクゾクしてくるな。じゃあこれ着てくれる?」

沙耶が両手で抱えて隆男に手渡したのは、さっきまで沙耶が着ていたセーラー服の上着とプリーツスカートだった。隆男が手に取ると、まだ沙耶の温もりが残っている。隆男は自分の体に上着を当ててみたものの、着るのは躊躇している。

「なあ、沙耶、これを本当に俺が着るのか?」
「そうよ。だって隆男には私の姿になってもらわないと困るんだから」

その言葉を聞いて隆男ははっとした。

「それって、もしかして身代わりになれって言うのが、お前のお願いなのか?」

沙耶の姿と声なのに口調だけ隆男のままというのは、聞いていると実におかしい。沙耶は思わず苦笑いを浮かべていた。

「隆男を試してみようと思ったの。できたばかりの自分の彼女のお願いをどこまで聞いてくれるかって。だから最初から無理なお願いをしてみようと思ったの。でもあたしそっくりな姿になったのを見たら、なんだかむらっときちゃって。ね、それ着たら一緒に写真撮ってみようよ」

ぺろっと舌を出す沙耶。
呆れたように、ふ〜っと息を吐く隆男。

「じゃあ、これを着て写真を撮ったら解放してくれるんだな」
「うん、その通りよ。当たり前じゃない」
「わかった」

隆男はスカートを両手で広げると、中に足に入れた。両足の間に布地がなく、股の間がすーっとする不思議な感覚、それでも体が覚えているのだろうか、初めて身に着けるスカートを不思議とすんなり履きこなしていた。慣れた手つきで腰でフックを閉めるとジッパーをあげる。

「これがスカートなんだ。ふりふりして変な感じだ」

頭からセーラー服を被ると、左側にあるジッパーをおろした。

「最後はこれね」

 そう言って隆男の長くなった髪を軽くブラッシングすると、☆型のアクセサリーのついたカチューシャを外すと、隆男の頭につけた。

「これで出来上がり。どお、沙耶ちゃん」
「これ、俺なのか」

隆男が姿見に映る己の姿を見ると、そこには紛れもないセーラー服姿の沙耶写っていた。さっきキスした沙耶そのままの姿だ。そんな自分の姿を見ているうちに、隆男はドキドキと胸が高まってくるのを感じた。思わず鏡の前でくるりと回ってみたりいろいろなポーズを取ってみる。だが、そんな隆男を見ている沙耶の視線に気が付き、赤面してピタリとやめた。

「一番好きなあたしのセーラー姿に自分自身でなってみてどんな感じ? あたしのことをもっと好きになっちゃったでしょう」
「好きって言うか、俺が沙耶になってるなんて」

そう言って頭を抱える隆男。

「ふふっ、心配しないで。沙耶は一人で十分なんだから」

そう言いながら、沙耶はスポーツバッグの中に手を入れる。カメラでも取り出すのかと思いきや、沙耶が中から出したのはもう一着の黒の全身タイツだった。

「ちょっと待っててね」

そう言って沙耶の部屋を出る沙耶。一人で沙耶の部屋に残された隆男は奇妙な気分だった。沙耶の部屋に、沙耶の姿で一人でいるのだ。
隆男は沙耶の机に座ってみて教科書を広げてみた。そうしていると、何だか自分が本物の沙耶になったみたいだった。

突然ドアが開く。
部屋に入ってきたのは、沙耶の母親・響子(きょうこ)だった。母親とは言ってもまだ40歳にはなっておらず、見た目には20代後半に見えるほど若く見える。

「あら、沙耶帰っていたの?」
「え、いえ、その」

しどろもどろになる隆男。
さっきまで家には誰もいなかった。響子さん、何てタイミングで帰ってきたんだ。
そう思いながら焦る隆男だが、どうも様子がおかしい。そもそも響子はさっきまで沙耶が着ていたものと同じピンクの下着を着ていた。

「あの、響子さん、その下着って」
「何よ今更。母娘なんだから恥ずかしがる必要ないでしょう」
「そうじゃなくって、その下着って沙耶のじゃないですか」
「そうね、これってあなたのよね。ぷっ、くく、もうダメぇ〜」

突然笑いだす響子。

「あたしよあたし、沙耶よ」
「沙耶? え? ええ!?」
「お母さんの部屋でお母さんの髪の毛を入れて、さっきのタイツをお母さんの姿にして着てみたの。どお、この姿。お母さんにしか見えないでしょう」
「うんそうだな……って、何でお前が響子さんの姿になっているんだ」
「実は、今日の家庭訪問の事はお母さんに話してないの。進路指導についてのお話なんだろうけど、お母さん昨夜から急用とかで親戚の家に行ってしまって。だから……」
「だから先生が来たら、お前が響子さんに成りすまして先生の話を聞こうっていうのか」
「ピンポーン! で、先生が予定の時間に来た時にあたしがいないのもおかしいでしょう。だから、あたしの代わりを隆男にやってもらいたいなあって」
「お前、そんな理由でこんなややこしい事を……先生に家庭訪問を延期してもらえばいいだけの話じゃないか」
「だって面白いじゃない。いろいろね」

そう言って、響子の顔で笑う沙耶。

隆男は、何だか大変なことに巻き込まれたのではないかと感じていた。
幼い頃から沙耶が変わった性格なのはわかっていたが、こんな事を本当に実行しようとするだなんて思いもよらなかった。いや、そもそもこのタイツは何なんだ。沙耶の奴、何でこんなものを持ってるんだ。
そう思いながら、隆男は口を開いた。

「お前、俺をだましたのか? それにこのタイツはどうしたんだ」
「手伝ってくれたら全部教えてあげる。だからお願い」

そう言って、響子の姿で手を合わせる沙耶。

「仕方ないなあ。わかったよ、やってみるよ。だからきちんと教えてくれよ」
「やったあ! それじゃ急がないと」

響子の姿をした沙耶は、嬉しそうにドレッサーに座ると、メイクを始めた。

「沙耶、どうかしら?」

それから数分、急いでメイクを終え響子さんの服を着た沙耶は、もうすっかり響子に成りきっていた。

「響子さんの格好で『沙耶』って呼ばれると、なんだか恥ずかしいよ、沙耶」
「あたしが沙耶? いいえあたしは響子よ。あなたの母親。あなたが沙耶なんだから、あたしの事はママって呼びなさい」

中身が沙耶だってわかっているのにママなんて呼べるか、やれやれ。

どんどんエスカレートしていく沙耶の行動に内心ため息をつく隆男だが、その一方で、彼の心の中に何でこんな事ができるのかわからないけど、沙耶に成りすましてみるのもちょっと面白いかもという気持ちも芽生えていた。

隆男は、恐る恐る声に出してみる。

「ママ……」

隆男の口から絞り出された声は、かすれているが、今の彼の姿そのままの沙耶の声だ。
響子の姿の沙耶は満足そうに頷く。

「それでいいわ。ママは沙耶の先生に会うのが楽しみだな。沙耶のために特別に来てくれるなんて、どんな事なんでしょう。あなたの進路についてかしら」
「おい、俺は先生にどう受け答えしたらいいんだ」
「あなたは黙って聞いていればいいわ。それより沙耶、俺じゃなくてあたしでしょう。先生の前では言葉づかいに気をつけなさい。そんなはしたない言葉使っちゃ駄目よ」
「はいはい」
「”はい”は一回。それじゃ写真を撮りましょうか」
「え?」
「言ったでしょう、あなたと一緒に写真を撮りたいって。あれは本当よ」

沙耶はバッグの中からスマホを取り出すと、カメラを起動させ、隆男の肩を抱いて写真を撮った。

カシャッ

「うふふ、面白〜い」

それは、誰がどう見ても響子と沙耶、すなわち母娘が仲良く抱き合っているとしか見えない写真だった。中身が沙耶と隆男だとは誰も思わないだろう。隆男は写真を見て不思議な気分だった。

「ほら、もうすぐ3時よ。上杉先生がいらっしゃるでしょう、沙耶もお迎えの準備を手伝ってちょうだい」
「あ、ああ」
「ああ、じゃないでしょう」
「は、はい、ママ」
「よろしい」

隆男の返事に満足した表情で一階のキッチンに向かう沙耶。
すっかり響子に成りきった沙耶の態度に、隆男は苦笑しながら沙耶の後に続いた。

「あなたは沙耶……か、俺が沙耶を演じるなんて、全く妙な事になったもんだ。でも面白いかもな。あたしは沙耶よ、なんてね」

隆男は自覚していなかったが、そうつぶやきながら階段を下りていく彼の仕草は、もう沙耶そのものだった。



(続く)