沙耶と英治と写真部のお宝 作 :toshi9 (原案:夏目彩香) 波方英治(なみかた えいじ)がそれを見つけたのは全く偶然だった。 それは写真部の部長を引き継ぎ、部の備品を確認していた時の事だ。備品倉庫の奥に雑然と積み上げられた荷物の山の一番下に、ダイヤル鍵のかけられた木箱が置かれているのに、ふと目が留まったのだ。 ボックスには「裏写真部乃備品」と書かれている。 「裏写真部? なんだそりゃ。申し送りにもこのボックスの事は書かれていなかったしなあ。鍵までつけて、いったい中に何が入っているんだ」 英治はダイヤルを適当にいじってみたが、なかなか開かない。 「仕方ない。倉庫のスペースも余裕ないし、このまま捨てちまうしかないか」 そう思いながらさらにダイヤルをいじっていると、突然カチッという音とともに鍵が開いた。 「おっ! やった、開いた。中身は何なんだ」 ボックスの中に入っていたものを出してみると、それは5枚の黒い布だった。いや、広げてみると人型のタイツ、すなわち全身タイツだった。頭から足先まで完全に布で覆われるタイプのものだ。 「何だあ、何でこんなものが写真部にあるんだ。しかもこんなに大事そうに。文化祭かなんかで使った記念品なのかな」 困惑しながら、英治が全身タイツを取り出したボックスの中をふと見ると、底に茶封筒が置かれていた。封筒の中身を確かめると、そこには一通の手紙が入っていた。 英治は何気にそれを読み始めたものの、途中からは書かれている文章を食い入るように見つめ、そして何度も読み返していた。 「これ、ほんとかよ。もし事実だったら凄いけど、まさかね」 そう言いつつ、部室の机の上や床を目を凝らして探る英治。やがて彼は一本の長い髪の毛を見つけると、それを拾い上げた。 「よし、これで試してみるか」 拾い上げた髪の毛を、広げた全身タイツの頭部にある小さなポケットに入れてみる。すると全身タイツはみるみるその形を変えていった。 黒髪のような細く黒い糸が頭部からにょきにょきと伸びはじめ、その顔の部分には鼻や口、耳のような凹凸が生まれる。胸の部分が盛り上がり、腰は少しずつ絞れていくようだ。 そしてタイツの黒い色は、ひと肌色へと変わり、その感触も人の肌のようなキメ細かいものになっていった。 「へえ~、書いてある通りだ。ほんとに本物なのか?」 黒いタイツは、彼がよく知る女子生徒の姿に変わっていた。 その背中にはファスナーが付いており、着られるようだ。 女の子の姿に形を変えたタイツを見ているうちに、英治の中に「着てみたい」というむらむらとした衝動が込み上げてくる。彼は興奮しながら着ている服を脱ぐと、タイツのファスナーを下し、荒い息を吐きながらそれを着てみた。 脚を入れ、両腕を腕の部分に入れ、体を中に潜り込ませる。そして最後に頭まで中に入れると、背中のファスナーを引き上げた。 すると、彼を襲う奇妙な感覚。 そして…… 「うわあああああ」 それからしばらくの後、写真部室にジャージ姿の一人の女子生徒が座り込んでいた。 「本物だよ。まさしく本物だ。俺が谷口さんになってしまうなんて、どうやったら元に戻れるんだ」 そう、全身タイツを着た英治は、谷口沙耶(たにぐち さや)の姿になっていた。しかも裸だ。 この状況で誰かが部室に来たら大騒ぎになってしまうだろう。仕方なく、彼は裸の沙耶の体の上から自分のジャージを着た。少しだぶだぶだが、裸のままよりましだ。とにかくタイツの脱ぎ方がわからない。裸の背中には、有った筈のファスナーの取っ手が無くなっていた。だから彼にはどうしたら脱ぐ事ができるのかわからないのだ。 体育座りで途方に暮れる英治だが、そこで英治は封筒の中に入っていた手紙の事を思い出した。彼は手紙をもう一度手に取ると、じっくりと読み返してみた。 読み難い旧字体で書かれた手紙には、要約するとこう書かれていた。 ・良い被写体が見つからない時には、これを使うこと。 ・被写体にしたい人物の髪の毛を頭部のポケットに仕込むと、タイツはその髪の毛の持ち主の姿に変わる。 ・変化したタイツを着れば、着た人間は髪の毛の持ち主に成りきることができる。 ・従って、髪の毛さえ手に入れれば、どんな被写体のどんなポーズも思いのままに撮れる。 ・一寸(約3cm)の髪の毛で約1時間効果が持続する。効果が切れると元のタイツに戻り、脱ぐことができる。 ・タイツを使って悪用しないこと。 *注意:くれぐれもタイツを着たままの不純行為は厳禁とする。 手紙を読んだ英治の表情に安堵の色が浮かぶ。 「3cmで1時間ということは、さっき入れた髪の長さだと半日くらいで元に戻れるんだな」 少し安心した英治だが、その時、写真部の扉が開いた。 入ってきたのは…… 「え? あたし?」 入ってきたのは本物の谷口沙耶だった。 彼女は自分の姿をした英治を見て、茫然としている。 「あ、あなた誰? 誰なのよ」 「え? あ、あの、お、俺だよ、俺」 「俺って誰よ」 「波方英治だよ」 「波方……部長? あなた何言ってるのよ」 「ほんとに本当だ、事情があってこんな姿になっちゃったけど、俺、波方英治なんだ」 「でも部長がどうしてあたしの姿をしているのよ」 「それが……」 英治は、沙耶に事情を話した。実に気まずい状況なのだが、この際しょうがない。 奇妙なタイツを見つけたこと。それに偶然見つけた髪の毛を入れると、タイツが沙耶の姿に変化し、それを着た英治は沙耶の姿になってしまった事を。 「……で、あたしそっくりになったタイツを着たくなって着てみたら脱げなくなったって言うの? ばっかじゃないの。って言うか、それってほとんど変態じゃない」 沙耶の瞳の奥に侮蔑の光が宿る。 「すまん、見てたら何かむらむらと……ほんの出来心で、許してくれ、頼む」 沙耶の前で手を合わせて土下座する英治。 そんな英治の姿に、沙耶は苦笑するしかなかった。 「やめてよ、あたしの姿でそんな情けない恰好しないで。わかった、もうわかったから」 「それじゃ許してくれるんだな」 「ん~、そうね、でもただじゃ許してあげない」 「え?」 「こんな機会滅多に無いしぃ……んふふふ」 にやっと笑う沙耶。 英治は沙耶の表情に、嫌な予感にとらわれた。 「あ、あの、谷口さん、俺はいったい何をすれば?」 「まず、これを着なさい」 沙耶は手に持っていたスポーツバッグを英治に放る。 英治が中を開くと、そこには沙耶の体操着と青いレオタードが入っていた。 沙耶はその美貌を買われて、新体操部にも所属している。 「そのレオタードを着て、あたしの前でポーズを取るの。それをあたしが撮るから」 「へっ!?」 「自分が新体操している、気に入ったポーズをあたし自身が撮れるなんて思ってもみなかったな。さて、どんな風に撮ろうかしら。ほら、波方君、何しているの、早く。嫌なら、今から職員室に行って、あなたの変態行為を先生たちに話してくるんだから」 「わかった、わかりました」 しぶしぶ、沙耶のレオタードを広げる英治。 「俺がこれを着るのか? 恥ずかしいよ」 「あら、今はあたしの姿をしているんだから、あたしのレオタードを着てもちっとも恥ずかしくないでしょう」 「いや、でも」 「ほら、早く」 沙耶に促され、仕方なく沙耶に背中を向けてジャージを脱ぐと、英治は裸の体の上からレオタードを着ようとした。だが沙耶の視線を感じて動きが止まる。 「ちょっと待って。裸の上に直接着るとなるとさすがに……うーん、これを着なさい」 スポーツバッグの中から白い布を取り出して英治に渡す沙耶。 「予備のスポーツブラとショーツよ。洗ってあるから大丈夫」 「いや、洗ってあるって、お前のだろう。これを俺に着ろっていうのか」 「あたしが良いっていうんだからいいでしょう。レオタードを汚してもらいたくないし」 「ブラとショーツまでつける羽目になるなんて」 白い布を握りしめて、頭がくらくらとなる英治だった。 「どうしたのよ、いいかげん観念しなさい」 「わかった、わかりました」 目をつぶった英治は、自分の気持ちを落ち着かせようとつぶやいた。 「俺は谷口さんだ。今の俺は谷口沙耶なんだ」 そう念じると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。 英治は沙耶の仕草で下着を身に着けると、その上から慣れた手つきでレオタードを着た。 「あら、そんなに自然に着こなすなんて。ほんとにあたしが着替えているみたい」 「俺は谷口さんなんだって頭の中で思ったら、なんか女物の下着とかレオタードの着方が頭の中に浮かんで、簡単に着れたんだ」 「ふ~ん、本人に成りきるってそういう事なのかもね」 「え?」 「それも、そのタイツの力だって事じゃないの?」 「そ、そうなのかな」 レオタード姿で小首をかしげる英治。その仕草は沙耶そのものだ。 「それじゃ、早速撮りましょう。ちょっと狭いけど演技してみて」 沙耶に言われて、英治は沙耶になったつもりでその場で新体操の演技をしてみた。 「だめだめ、全然だめ、そんな演技あたしじゃない、もっとあたしになったつもりで演技してみてよ」 「そんな事言ったって、俺は新体操なんかやった事ないし」 「何言ってるの、ちゃんとあたしみたいに着替えられたでしょう、もっとあたしに成りきってみたらどうなの? 沙耶ちゃん。あなたは谷口沙耶なの」 「今の俺は谷口沙耶か。いや、あたしは新体操部の谷口沙耶」 そう思うと、再び心の中に変化が起こる。どう演技すればいいのか、何となくわかるのだ。 あたしは谷口沙耶、新体操の試合って近いんだよね。 そんな思いが湧きあがると、体が自然に動き、よく鍛えられた新体操の演技ができるようになった。 「うわぁ、上手じゃない。どこでそんなテクニックを覚えたのよ」 「それが……俺は谷口さんなんだって思ったら、自然に体が動いて。それに、俺の記憶じゃない、これって谷口さんの記憶なのか? それが浮かんでくるんだ」 「ふ~ん、それもそのタイツの力なんだね。確かに被写体に成りきるには必要かもね。すごいな」 感心しきりの沙耶だったが、自分に成りきってしまった英治を見ているうちに、彼女の中にある思惑が浮かんでくる。 「ねえ波方君、それを使ってやってみたいことがあるんだけど、いいアイデアないかな」 「やってみたいこと?」 「うん。実はね」 沙耶はレオタードを着た沙耶の姿をした英治に耳打ちする。 「ほえ?」 「いやだ、あたしの顔でそんな間抜け面しないで。手伝わないと、波方君の事を変態だって言いふらしてやるんだから」 「わかったよ、わかりました、勘弁してくれよ。手伝う、手伝います」 「ふふん、わかればよろしい。準備できたらメールちょうだい。それじゃ、土曜日にね」 「はあ~、何でこんな事に」 がっくりと肩を落としてため息をつく英治だった。 (続く) |