大学を卒業してもうすぐ1年になろうかというある日、同窓会の案内状が美川礼子の元に届いた。 「へぇ〜そっか、もう1年たったんだ。みんな元気にしているのかな。ええっと幹事は小栗妖太郎? そんな男子いたっけ」 大学の卒業生名簿を取り出す礼子。 「あら、確かにいるわねぇ。うーん、全然思い出せないや。でも久しぶりにみんなにも会いたいし、行ってみようかな」 礼子は葉書の出欠欄の出席のほうに丸印を付けると、卒業後に会っていない友人たちの顔を思い浮かべながら、うきうきと返信葉書を投函したのだった。 1年たったね 作:toshi9 同窓会の会場は幹事である小栗妖太郎の箱根の別荘だということだった。案内状には「ただ今画家として売り出し中、皆さんよろしく」とイラストと共にちゃっかり自分の宣伝も書かれており、それで礼子は初めてこの小栗妖太郎という同級生が現在画家をやっているということを知った。 「箱根か、ちょっと遠いな……そうだ、良輔くんに乗っけてってもらおう」 結局礼子は卒業後も付き合っている吉村良輔と一緒に彼の車で連れて行ってもらおうと思いつくと、早速彼に電話を入れてみた。 「良輔くん、同窓会の案内って来た?」 「ああうちにも来たぜ」 「ねえ、連れて行ってくれない」 「良いぜ。じゃあ箱根にドライブがてら行ってみるとするか」 「うん」 礼子の申し出に二つ返事でOKした良輔だった。 そして同窓会の日が来た。 別荘に着いて呼び鈴を鳴らすと、一人の男が出てきた。その顔を見て礼子はようやく「ああ、そう言えばこんな男子いたっけ」と思い出した。そんなおぼろげな記憶ながらも、出迎えに出てきてくれた妖太郎に一応挨拶を交わす礼子だった。 「こんにちは、お久しぶり」 「ああ、僕のこと憶えていてくれたのかい、美川さん」 「え? ええ」 「お前影が薄かったからなぁ」 「何だお前も来たのか」 「ああ、美川に連れて行ってくれって頼まれてな。まあ足代わりさ」 「そうか」 「もう誰か来てるのかい」 「いや、まだ誰も来てないよ。君たちが一番乗りさ。ま、パーティにはまだまだ時間があるし、紅茶でも飲んで待っているんだな」 応接間に二人を通すと、小栗はテーブルに置いてあったハンドベルを鳴らした。すると程なくして一人のメイドが彼らの前に現れた。 高校生なのかな、かわいい娘だなぁ。 礼子は内心そう思いながらそのメイドを見詰めた。まだ幼さの残るかわいい顔立ちのその娘は、黒いメイド服に白いフリルのたくさん付いたエプロンとカチューシャという極めてクラシカルなメイドスタイルをしていた。しかし妙におどおどとしている。 「この二人に紅茶を。例のやつだぞ」 「は、はい、かしこまりました」 「例のやつって?」 「ああ、とっておきの紅茶さ。ダージリン・ファーストフラッシュのニュークロップ、そこいらではとても飲めない代物だ」 「へぇぇ、楽しみね」 「何をしている。早く準備するんだ」 「はい、ただ今」 小栗に叱責されて、メイドは慌てて出て行く。 「ところで、小栗君のうちってこんなにお金持ちだったの」 「ああ、僕のうちは代々画家の家系でね。親父も画壇ではちょっと名の知れた画家だったんだ」 「お父さんって今どちらに」 「僕がまだ小さい時に死んだんだ。別荘の火事に巻き込まれてね」 「別荘ってこの別荘のことなの」 「ああ、今のこの別荘はその時の火事の後で建て直したものさ」 「そうなんだ」 「親父がいろいろ財産を残してくれたんで、僕もこんな暮らしができるんだ。それで今回も幹事をかって出たのさ」 「そっか、ふふっ・・今回は本当にご苦労様。またみんなと再会できるなんて、しかもこんな別荘でパーティだなんて、とっても楽しみだわ」 「ああ、そうだね」 「お、お茶をお持ちしました」 「ああ、ありがとう。さあ、飲んでくれ」 「じゃあ、遠慮なくいただきます」 「じゃあ俺も遠慮なくいただくぜ」 「ああ」 「おいしい」 「うん、うまいな」 「こんなおいしい紅茶初めて!」 始めはその味に感嘆していた礼子と良輔だった。しかしお茶を飲みながら3人で談笑していると、2人とも段々ふらふらとし始め、やがてその場で眠ってしまった。 「ふふふ、眠り薬入りの特製紅茶の味はどうだい。さあてと……おい、2人をアトリエに運ぶんだ」 「ぼっちゃま、もうお止めください」 「そうはいかないな。お楽しみはこれからだよ」 止む無く礼子と良輔を一人ずつ妖太郎のアトリエに担ぎ込むメイド。かわいい顔に似合わず以外に力が強い。 「さて、それじゃあお前は下がっていいぞ」 「ですがぼっちゃま」 「言うな。僕の大学時代の夢、今叶えてみせる」 妖太郎は礼子と良輔をロープで縛り上げた。そしてアトリエの書棚に差し込んであったスケッチブックを取り出すと、最初に良輔を、次に礼子をスケッチし始めた。 「う、うーん」 「やあ、気が付いたかい?」 「あたし何時の間に眠って・・・え? なに、これ! どうして?」 体が自由に動かせない礼子は、自分が縛られていることに気が付いて愕然とした。 「君にはみんなより早く来てもらったのさ。吉村は余計だったがね」 「小栗くん、何故こんなことをするのよ。早くこのロープを解いて」 「駄目だね。ロープを解いてやるのは、もう少し後だ」 「何をする気。まさかあたしのことを」 「君の考えているようなことはしないよ。これを見るんだ」 妖太郎はスケッチブックをめくると、礼子にそこに描かれている3枚のデッサン画を見せた。 「その縛られている絵って、あたしと吉村くん。それに・・・」 「もう一枚は僕の自画像さ。3枚ともなかなか良く描けているだろう。君たちの絵は眠っている間に描かせてもらったよ」 「そんなもの描いてどうする気」 「このスケッチブックには不思議な力があってね。願いを叶えるスケッチブックなんだ。親父が生きている時に誰かからか手に入れたらしいんだが、先月偶然親父の日記と一緒に遺品の中から見つけたんだ。日記には親父が使った時のことが書かれていた。それを読んで僕も試してみたんだが、初めて使った時には本当にびっくりしたよ。本物だったんだから」 「願いを叶えるスケッチブック?」 「そうさ。君にもその力を見せてあげようか」 その時、うずくまっていた良輔が意識を取り戻し始めた。 「う、ううう、頭が・・・急に眠くなって、それから・・・」 「おや、吉村も目が覚めたのかい。丁度いいや」 「え? 何だこれは。おい小栗、お前の仕業か。何の冗談だ。早くこれを解け」 「うるさいなぁ」 妖太郎はスケッチブックのページをめくって良輔の書かれているページを開くと、その絵を良輔に見せつけた。 「これが何だかわかるかい」 「??? 俺の絵か、そんなもん勝手に描くな」 「ふふふっ、ただの絵じゃないよ」 「どういうことだ」 「こういうことさ」 妖太郎はスケッチブックをキャンパス立てに置くと、描かれている良輔の口に猿轡を書き加えた。すると、妖太郎が書き終えた時、何と現実の吉村良輔も猿轡をさせられているではないか。 「んー、んー」 「あはは、ちょっと黙っていてくれないかな」 「んー、んー」 「うるさいなぁ、言ってもわからないのかなぁ」 彼は、猛烈な勢いで良輔の絵を書き直し始めた。 スケッチブックに描かれていたロープに縛られている良輔の絵は、彼の鉛筆が動く度に少しずつ別のものに変わっていった。 それは兎の絵だった。 「さあできた」 「え? 吉村くん?」 礼子が気が付くと、そこには良輔の姿はなくロープの山の中に何時の間にかちょこんと兎が座っていた。兎は不思議そうにきょろきょろしている。 「僕に逆らうからそういう目に遭うんだ。どうだいこれから僕に服従すると誓うかい?」 兎はぴょんぴょん妖太郎の前に跳ねて来た。その赤い目にうっすらと涙を溜め、しきりにこくりと頷いている。 「よしよし、これから君は僕のしもべだ。じゃあ人間に戻してあげるよ」 再びスケッチブックの兎の絵を書き直す妖太郎。しかしそれは元の良輔の絵ではなく、かわいいメイドの絵だった。 「よし出来た。うちのメイド第2号だ」 「何だこれは!」 良輔が叫び声を上げた。しかし彼の口から発せられるその声はころころと鈴の鳴るようなかわいい声になっていた。 「君にはこれからうちでメイドをやってもらうよ。パーティをやるには人手が足りないんでね」 「馬鹿やろう。元に戻せ」 「・・・また兎のになりたいのか。それとも今度はねずみかごきぶりにしてやろうか」 「そ、それは・・・止めてくれ」 「じゃあ、大人しくメイドをやるんだな。かわいいぜ、吉村くん」 「くっ」 かわいらしいメイドの姿で立ちすくむ良輔を尻目に、妖太郎はハンドベルを鳴らすとさっき出て行ったメイドを呼んだ。 「じい、彼、いや彼女か、ふふふ、彼女を連れて行くんだ。二人でパーティの準備を頼むぞ」 「ぼっちゃま、この方はまさか・・・もう・・・もうお止めください」 「おいぼれのお前に若い体を与えたのは僕だぞ。それとももう一度老いた体になりたいのか」 「・・・・・・・・・」 じいと呼ばれたメイドはそれっきり黙ってしまった。そしてお揃いのメイド服を着た良輔の手を強引に引っ張ってアトリエを出て行こうとする。 「小栗! 礼子に、礼子に手を出すなぁ……」 かわいい声で叫ぶ良輔を無視して妖太郎は再びスケッチブックに向かった。 その背中でじいと呼ばれたメイドは妖太郎に向かってお辞儀をすると、ドアを閉じた。 「よーし、邪魔者はいなくなったな」 「小栗くん、あなたって」 「僕が何を考えているかわかるかい」 「・・・・・・・・・・」 「君はずっと僕のあこがれだった。僕には遠くで見ていることしかできなかったがね」 「・・・・・・・・・・」 「君はこれから僕とずっと一緒にいるんだ」 「・・・ぃゃ」 「え?」 「いやよ、あんたとなんか」 「ほう」 「あなたは狂ってるわ。あんなことをするなんておかしいよ」 「そうかい、じゃあそういうことで」 妖太郎はスケッチブックをめくった。開いたページに描かれていたのは彼自身の絵だった。彼はそれを少しずつ書き直していく。 顔の輪郭を細く小さいものにし、髪を長く書き足す。腕のラインも肩のラインを細いものに書き直していく。二つの胸を書き加え、腰はきゅっと絞った艶かしいラインに描き直した。 彼が鉛筆を動かす度に、妖太郎の絵は別なものに書き換えられていった。それは、礼子と同じ服、同じ髪型、同じ体型の女性の絵だった。 やがて、顔を残してすっかり書き終えると、礼子の前には彼女とそっくりな体つき、同じ服を着た妖太郎が立っていた。 「さあて、あとは顔だな」 「あなた・・・その格好って、まさか」 「君の姿をいただくのさ」 「いやぁ!」 「さあて、顔は特に念入りに描かなくっちゃな」 「いや、もうやめて」 絵の顔に鉛筆を入れる妖太郎。そして、鉛筆を降ろした時、彼女の前には彼女と全く同じ姿になった妖太郎が立っていた。 「どうだい、ふふふ」 その声はまぎれもなく礼子の声だ。 「あなたそんなことをして」 「さあて、今度は君の番だな」 「わたし? わたしをどうしようって・・・」 「この世に美川礼子は一人でいいだろう」 「そんな、いや、止めて、いやぁ〜〜〜」 礼子の姿になった妖太郎は、礼子の絵が描かれたページを開くとその絵を描き直していった。それは…… 「いらっしゃい」 「あら、礼子じゃない。あなたもう来てたの」 「うん、あたしが一番乗りだったみたいね」 「そっか、ねぇここって小栗くんの別荘なんだって。彼はどうしたの」 「うん、何だか急に外せない用事ができたみたいで、さっき出掛けていっちゃったの。用意はしてあるから、みんなが集まったらパーティは始めてくれって。そうですよね、メイドさんたち」 礼子は二人のメイドを見ながらにやっと笑った。 「は・・い。準備は出来ておりますので、始める時には私たちにお申しつけください」 「おーい、みんな居るのかい」 「あらみんなお揃いで」 「後は吉村くんか、どうしたのかなぁ」 「ああ、彼からはさっき今日は行けないって連絡があったわ。だからもう始めましょうよ」 「あ、あの」 「なあに、メイドさん」 礼子は何か言おうとするメイドの一人の方をじろりと見た。 「あ、いえ、料理が冷めてしまいますので、早く・・・」 「そうね、さあみんな始めましょうよ。1年振りの再開を祝して」 みゃぁ〜 「あら、かわいい子猫ちゃん。どうしたの」 「小栗くんが飼ってる猫みたいよ。彼って猫が大好きなんだって」 「へぇ〜じゃあ君も一緒にパーティに参加しようか」 女の子の一人が子猫の額に人差し指を当ててそう話しかけていると、礼子がその横から子猫をひょいと取り上げた。そして自分の胸に抱きかかえると、頭を撫でながら優しい声で呟いた。 「そうだね、お前もおいで。みんなと一緒にパーティを楽しもうね」 みゃぁ〜みゃぁ〜 (了) 2003年7月4日脱稿 後書き Satoさん、「TS研究所」オープン1周年おめでとうございます。あっという間の1年でしたね。サイトを開設されたと聞いた時には突然といった印象でちょっと驚きましたが、その後の目ざましい活躍を振り返ると納得といったところです。 さて、あれから1年いろいろありました。 ご迷惑をかけた事も度々ありました(^^; マント企画の時には楽しませてもらいました(^^) でも何と言っても昨年末にお会いしたこと、あの焼き鳥屋でのオフ会が一番の思い出です\(^^)/ また是非お会いしたいものです。 2年目に入る「TS研究所」のますますの発展とSatoさんの活躍をお祈りします。どうかこれからもがんばってください。 さて、この作品は得意の(というか、このパターンが多いなぁ)昔のテレビ番組をモチーフにしてTS作品にしてみたものです。作品は「ウルトラマンA」の中の「三億年超獣出現!」というお話です。この作品はTSとは関係ありませんが、異次元人から絵に描いたものを現実のものにできるという能力を与えられた漫画家が自分の描いた超獣を暴れさせ、また、昔からずっと思いを寄せていたTACの女子隊員・美川を同窓会と偽って別荘に呼び出して監禁するというお話です。最後はこの漫画家、身を滅ぼしますが、絵に描いたことが本当に起こる、現実のものになるという能力が恐ろしくもちょっと羨ましく、また美川隊員の太股と男の怪しい雰囲気が非常に印象的な作品でした(笑 その力でTSできないだろうかと考えたのが今回のお話です。ラストは初めて「TS研究所」に投稿した「魔法の・・・」をちょっと意識してみました。かなりダークになってしまいましたが。 ということで、それではお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。 |