配下の怪人を全て失い、追い詰められたシスター。
 じりじりと詰め寄るハニィたち。
 だが突然窓の外から、室内に向かって強烈な光が差し込んだ。

「警察だ! 誘拐犯に告げる、この館は完全に包囲した。
 キャロル嬢を解放して、大人しく出てくるんだ!」

「ふっ、ようやく来たか。この勝負、私の勝ちだな」

 ハニィたちに向かって不敵に笑うシスター。
 と、次の瞬間窓に身を乗り出すと、庭に集結した警官隊に向かって大声で叫んだ。
 怯えきった少女の顔で……。

「助けて! あたし殺させる。お父さん、助けて!」






戦え!スウィートハニィU

最終話「地上最凶の陰謀(後編)」


作:toshi9





「なにぃ!」

「ふふふふ、これですぐにでも警察隊が踏み込んでくるだろうよ。
 黙っていても私は彼らに保護されるのさ。誘拐された哀れな少女としてな。
 貴様ら全員、誘拐犯として逮捕されてしまうがいい。くくっ。
 そうよ、警察のおじちゃんたち、あたし怖いの。
 早くこの怖いお姉ちゃんたちから、あたしを助けて……ってな、ふっふふふ」

「く、くそう、この期に及んで下手な猿芝居を」

「だが、どうするハニィ。
 このままではきゃつの思う壺だ。
 いや警察に保護され、そのまま大統領の元に連れて行かれでもしたら、
そして大統領と入れ替わられでもしたら、それこそ世界は……」

「きゃははははは」

 悦に入ったシスターの高笑いが室内に響く。
 その胸で五芒星のペンダントがきらきらと光る。

「くそう、何かこの少女が偽者だって警察に知らしめる方法はないのか、何か」





 その時、階下でざわめきが沸き起こった。
 警官隊が上がって来ようとしているのか。
 いやそのざわめきは少し違うようだ。

「何だ、そのおかしな格好は。
 君たち、ここは危険だから戻りなさい」

「通して、あたしたちハニィを助けに来たの。
 お願い、ハニィが危ないんだから」

「頼みます、早く行かないと」

「キャロル嬢の他にも誰か監禁されているのか? 
 駄目だ、この上には凶悪な誘拐犯がいるんだ。
 今から催涙ガスを打ち込んで我々が犯人たちをあぶり出す。
 さあ、危ないから早くここから出なさい」

「いえ、俺たちが行かないと駄目なんです。一刻も早く。
 ハニィがこの上で怪人たちと戦っているんだ。幸が危ないんだ」

「委員長、こうなったら……」

「いっけぇ!」

「こらぁ、待ちなさい!!」





 どどどという足音が階段を駆け上がってくる。

「あの声……委員長の声だ。それに一緒に聞こえる女の子の声って、あれは……」

 部屋に近づく足音。そして扉が開く。

「いたわ! ハニィ、大丈夫? 幸は無事?
 ……って、あれえ、怪人ってそのネコ娘? それともそのハンサムなお兄さん?」

「ハニィ無事か? あれ? お前たち、何処かで……」

「何だお前か、久しぶりだニャ」

 にこりと笑うシャドウガール。

 一方、ハニィは謙二と共に駆け込んできた二人の女の子の姿を見て唖然としていた。

(どうして彼女たちがここに?
 それも宏美はともかく、バトルコスチュームを着たこの子は……)

 そう、それは今日クラスで幸と共に先頭に立ってハニィを糾弾したクラスメイト。
 そしてかつて光雄が剣道部の顧問として手ほどきをした女子部員。

「あのお、あなた……えり子、えり子なの?
 どうしてあなたがここに……それにその格好」

「ハニィ、ごめんね、あたしあなたのことを誤解していたみたい。
 あの如月先生が、まさか偽者だったなんて……。
 あたし、そんな事、あなたの両親に教えてもらうまで考えもしなかった。
 ごめんね、あたし、あなたにあんなひどいことを言ってしまって、ほんとごめん」

 本当にすまなそうにハニィに謝るえり子だった。
 そんな彼女を見てにっこりと笑うハニィ。

「えり子、そんなに何度もごめんって……あたし気にしてないから。それに……」

「え? それに?」

「なかなか似合ってるわよ、そのコスチューム」

「あ、これってハニィのお姉さんに着せられたの。
 ハニィを助けに行くって言ったら、これを着ていれば身を守れるって」

「そっか、奈津樹姉さんの仕業か」

「で、ハニィが戦っているという怪人ってどこにいるの?」

「苦戦したけれど、あたしたち4人で全部倒したわ。残ってるのは……」

 そこに栗田宏美が割って入った。

「そっかそっか、ラスボスとの対決がまだなのね」

「は?」

「こういうときって、ラスボスとの最後の戦いがあるもんでしょう。
 で、どこなのラスボスは」

「宏美ぃ、あなたRPGのやり過ぎじゃないの?」

 呆れ顔で宏美を見つけるえり子。

「へへへ」

「でもハニィ、ほんとにもう戦いは終わったの?」

「いいえ。いるわ、この部屋に、宏美の言うラスボス……が」

「え? どこに?」

 ハニィは静かにシスターを指差した。
 窓際で立ち竦んでいた、いたいけな金髪の少女を。

 この少女がラスボス?

 まさかという顔でハニィを見返す謙二たち。
 それを見たシスターは小さく笑うと、か細い声を上げた。

「お姉ちゃんたち、あたしを助けて。
 この人たちがあたしにひどいことを……」

「この子が? こんなかわいい子が? ハニィ、冗談だろう? 
 俺はてっきりこの子もお前が助けたものとばかり……」

「見かけに騙されないで、その娘の中身は男、それも20歳過ぎの」

「え!?」

「えり子、幸を頼むわ。
 気を失っているけれど、彼女は無事よ。
 早く幸を連れて逃げて」

「幸? あ!」

 壁際に倒れている幸を見つけ、その傍らに駆け寄るえり子。

「みゆき、みゆき、しっかりして」

「う、うう〜ん……ハニィ、ハニィ」

「あたしは無事よ、幸。
 さあ早くえり子と一緒に逃げて!」

 ハニィの声に、ようやくぼんやりと目を開く幸。
 だが意識がはっきりしてくると、彼女は自分の目の前にいるのがハニィではないのに
気が付いた。
 ハニィのコスチュームを着ているけれど、そこにいるのは佐藤えり子。

 何故?

「あ、あれえ、えり子、何時の間にここに?
 それにあなた……ど、どうしたの、その格好」

 何故えり子がここに?
 何故ハニィと同じバトルコスチュームを着ているの?

 自分を抱き起こし覗き込むえり子を見て、ただ混乱するばかりの幸だった。
 
「え? ああ、あの、これは、まあ」

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめるえり子。

「さあ、早く幸を」

 ハニィに促され、こくりと頷くえり子と宏美。

「そうだ、ハニィ、これ!」

 謙二はハニィに指輪を手渡した。

「そ、それは!」

 それが指輪であることに気が付いたシスターが、驚きの声を上げる。
 ハニィも自分の手の平の上に乗せられた指輪を見て驚いていた。

「え、指輪!?
 どうしてあなたが?
 それに、これってまだ……」

「ハニィのお父さんに頼まれたのさ。
 俺からお前に手渡してくれって。
 ハニィのお母さんが必死で完成させたって言ってたぜ」

「そうなんだ。お母さん、ありがとう」

(ありがとう、お母さん……)

 指輪をぎゅっと握り締めるハニィ。

(先生、指輪があれば……さあ早く)

「そうだな、よ〜し」

 ハニィは指輪を己の右手の薬指に差し入れた。

『みつお・フラァッッシュ!』

 その指輪を胸に当てて叫ぶハニィ。

 ……だが何も起こらない。

「え? どうしたんだ?
 何も起こらない?
 これってまだ未完成なのか?」

(先生、もう一度)

「おう! 『みつお・フラァッッシュ!』」

 だがやはり何も起こらない。

(どういうこと? どうして?
 ……まさか……まさかそんな……でも)

「ハニィ、どういうことなんだ」

(……ねえ先生、『ハニィ・フラァッッシュ!』って叫んでみて)

「え?」

(説明は後で、早く)

「わかった。『ハニィ・フラァッッシュ!』」

 ピカッ

 ハニィを回りを光が包む。

 着ているバトルコスチュームが光の中で粉々に飛散する。
 そしてすっかり裸になったハニィに回りの空気が彼女のまとわり付き始め、
ある形を作り始めた。

 白い下着、空色のシャツ、ネクタイ、紺色のタイトミニのスカートとジャケット、
そして頭には丸い帽子。

 そう、ハニィは婦人警官の姿に変身していた。

 そして変身が終わると同時に、警官隊が部屋に突入してきた。
 どうやら謙二たちが駆け上がった為に、催涙ガスを打ち込むのは止めたようだ。
 上がってくるのに時間がかかったのは、本部とずっと協議していた為……らしい。

「誘拐犯、無駄な抵抗は止めて……おや? 誘拐犯は……」

「ここには誘拐犯などいませんよ」

 突入した警官隊の先頭に立つ刑事らしき男に答える婦警姿のハニィ。

「君は? どこの所属だ」

「はい、所轄の者です。
 近くをパトロールしていたもので、通報を聞いて駆けつけました」

「そうか、ご苦労。で、誘拐犯は」

「ですから、そんなもの最初からいません」

「そいつらは」

 決してまともとは言えない格好をしている、ゴールドライオンとシャドウガールを一瞥する
刑事。

「彼らは事件とは関係ないようです。え〜、この廃屋を使って舞台の稽古をしていたとか」

「舞台だニャんて、ぷっ……モゴモゴ」

 真面目な顔で説明するハニィに、ぷっと噴き出しそうになるシャドウガール。
 その口をゴールドライオンが慌てて抑えていた。

「キャロル嬢が誘拐されたとの通報があったのは事実だ。
 そうか、では誘拐犯は既に逃げた後だったのか。
 しかし、さっきの殺されるという叫び声は……。
 ま、まあとにかく、君の後ろにいるのがキャロル嬢だな。
 身柄は既に確保したという訳だ」

 何時の間にかシスターは婦警姿のハニィの後ろに擦り寄っていた。
 だが突然刑事のほうに駆け出すと、彼に抱きついてきた。

「おじちゃん、あたし、怖かったの、ぐすっ。
 この人があたしにひどいことを、ぐすっ。
 早くこの人たちを逮捕して、ぐすっぐすっ」

 泣きながら刑事に訴えるシスター。
 勿論嘘泣きだ。

「ちっ!」

 舌打ちし、剣を抜こうとするゴールドライオン。
 だが、ハニィは小さく首を振り、目で合図しながらそれを制した。

「その娘、キャロル嬢ではありません」

「なに? だがどう見ても、手配の写真の少女じゃないか。
 キャロル嬢に間違いなかろう」

「いいえ、違います。
 彼女は絶対にキャロル嬢ではありません」

「何をおかしなことを。
 君、何の根拠が……うぎがっ」

 突然その刑事の体が硬直する。
 刑事の影の中で何かが蠢いていた。

(シャドウレディね、ありがとう)

「何を言ってるの、その婦警のお姉ちゃんこそ偽者よ。……あたし怖かった。
 警察のおじちゃん、早くこいつらを逮捕してよ。
 そして早くあたしをお父さんの所に連れていって」

 訴えるシスターをじっと見詰める刑事。
 やがて彼は口を開いた。

「できませんな」

「え? あの、今なんて」

「できないと言ったんです」

「何言ってるの。こいつら、あたしを誘拐したのよ。
 こいつらが誘拐犯よ。早く逮捕しなさいよ」

「ほう、誘拐犯ですか……誰を誘拐したんですか」

「あたしを、このキャロル=キーストンを、に決まっているでしょう」

「キャロル=キーストン、それはキーストン大統領のご令嬢の名前ですね」

「そうよ、あたしがキャロル=キーストンよ」

「……いいえ、あなたは偽者です」

 きっぱりと言う刑事。

「はあ? なに言ってるの。あなた、おっかしいんじゃないの」

「おい、こいつはキャロル嬢の名を語る偽者だ。早く捕まえろ」

「お、恩田警部? あのお、そう言われましても……」

 目の前のいたいけな金髪の幼女をいきなり逮捕しろと言われて、戸惑う警官隊。
 まあ当然だろう。

 慌てて咳払いする恩田警部。

(ふうっ、全くシャドウレディったら。
 でも偽者の証拠、このハニィが見つけたわよ。それは‥)

(先生、私もわかりましたよ、うふふふ)

 ハニィはシスターをビシっと指差して叫んだ。

「お前!」

「お前とは何よ! この偽婦人警官!」

「なぜそんな流暢に日本語を話す!
 キャロル嬢は今まで日本に来たことはない筈でしょう」

「ほえ?」

「アメリカ生まれ、アメリカ育ちの少女がぺらぺらと日本語を喋る。これこそ偽者の証」

「ぐっ!」

 警官隊がぐっと後ずさる。
 恩田警部の影からはシャドウレディがゆるりと離れていった。

「どうしたんだ、動けんと思ったら、急に体が……おい、今の話、どういうことだ」

「くそう、ばれては仕方が無い。だがこの娘の体は渡さんぞ、ふひひひ。
 この体でいる限り、誰がなんと言おうと俺がキャロル=キーストン、大統領の一人娘さ。
 きゃはははは」

 恩田警部からばっと離れて高笑いするシスター。
 美しい幼女が高笑いする様は異様である。
 それを事情のわからない警官隊は呆然と見ていた。

「くっ、何とかしなければ。でもどうすれば……」

 高笑いするシスターを睨みつけながら、ぎゅっと拳を握り締めるハニィ。

 その時、突然恩田警部の携帯がなり始めた。
 胸ポケットから携帯電話を取り出す警部。

「恩田だ。……あっ、これは長官。
 ……は、はい、はい、え? は、はい……はい……確かに……はい……了解しました」

 携帯電話を切ってポケットに収めた警部は、ハニィに向かって言った。

「不審なトレーラーが発見されたそうだ。
 中には行方不明になった警察病院の看護婦と、病院を脱走した井荻恭四郎がいたという
ことだ。
 彼は強固なカプセルの中で眠り続けているらしい」

「え? 本当ですか!? でも何故それを私に……」

「上層部からの指示だ。赤い髪の女性がここにいる筈だから、この情報を伝え彼女に
協力しろとな。
 君が所轄の婦人警官というのは嘘だな。上を動かすとは、一体何者だ」

(先生、きっと宝田さんですね)

「ああ。これで恭四郎の体は警察が拘束したことになるな。
 さあ、どうするシスター、いや井荻恭四郎!!」

「ぐっ、何故だ、何故こうも俺の計画が崩れる」

 遂に男言葉で話し始めた金髪の少女が、ぎゅっと胸で光る五芒星のペンダントを握り締め、顔を歪める。

「おい、ハニィ。もしかしてあのペンダントは、恭四郎が乗り移るための装置じゃないのか?」

(はい、あたしもそう思います。
 恭四郎が薬を使わずに乗り移っているとしたら、あれが受信機になってるんじゃないかと)

「じゃあアレを壊せばいいのか? 
 恭四郎の体が警察に拘束されたとは言っても、このままじゃ恭四郎の意識はずっと彼女の中だ」

(そうですね。あのペンダントを壊さないと。それも彼女の体を傷つけずに一発で)

「……アレをやるか」

(先生??)

「何物をも破壊する力……一挙に勝負をつけるとしたら、アレしかなかろう。
 ペンダントの1点狙いで」

(アレってまさか……でも折角指輪が再生したばかりだというのに)

「考えている時間はない。やるぞ!」

 ハニィは指輪を胸に当て、そして叫んだ。

『ハニィ・ファイナルフラァッッシュ!』

 ハニィの体が眩いばかりの光に包まれる。
 その光の中で着ている婦人警官の制服が粉々になる。
 一瞬裸になるハニィ。
 その彼女の回りを空気がまとわりつき始めかと思うと、新しい服が形成されていく。
 そう、彼女の見事なボデイラインを浮き出させたそれは、
ぴっちりとした赤一色のレオタード様のバトルスーツだった。

 手にはプラチナフルーレが握られている。

 変身を終えたハニィは、自分の中からどんどんと力が涌いてくるのを感じていた。

「おう、体の中から力が湧いてくる。やるぞ、ハニィ!」

(……わかりました。先生、やりましょう。
 一緒に力をプラチナフルーレに集中させて。光輝くまで)

「わかってるさ。いくぞ」

 ハニィはサーベルを高々と頭上に差し上げて叫んだ。

『輝け! プラチナフルーレ!』

 徐々にサーベルが輝きを増し始める。

「もっとだ、もっと、もっと、輝け!」

 意識をさらに集中させるハニィ。

 サーベルが、そして同時に指輪が光り輝き始める。

「眩しいニャァ」

 ハニィの様子を見ながら、ふと以前の戦いのことを思い出すシャドウガールだった。

 そう、サーベルは既にあの時と同じように、眩いばかりの輝きを放っていた。

(さあ先生、早く)

「よし、一点狙い! うぉおおおおお、いっけえ!」

「お、おい、君」

 少女に剣先を向けるハニィを見て、驚いて止めようとする恩田警部。
 だがハニィのスピードについて行けない。

 ハニィの光り輝くサーベルの剣先は、狙い違わずシスターの胸のペンダントに突き刺さる。

「うぉおおおおおお」

 ピシッ!

 ペンダントに小さなヒビが入った。

「やめろお、俺の夢……俺の野望……この俺がこの世界を正しく導かないと……ぐっ」

「あなたの夢? そんなの間違っている。
 この世界はあなた一人もののじゃない。みんなのものよ。
 不幸なことも悲しいことも一杯あるけれど、
 でもみんなで一生懸命考えて、力を合わせればきっと平和な世界を築いていけるわ」

 徐々にペンダント全体にヒビが広がっていく。

「そんな、そんなこと、いやだ、まだ俺は……ぐ、ぐはっ」

 ペンダントがその光を失い、ボロボロと崩れていく。

「いやだ、俺は……いやだ、いやだ〜〜〜」

 だが、遂に粉々に砕け散るペンダント。

「うぁあああああああああ……」

 その瞬間、大きな断末魔の叫びを上げた金髪の少女は、そのままばたりと
倒れてしまった。

 だが同時に、ハニィの指輪も砕け散った。やはり粉々に……。

(先生、折角お母さんが再生してくれた指輪なのに……)

「ああ、壊れちまった。それも今度は粉々か……でもきっとお母さんは許してくれるさ」

(……うん)

「ハニィ、この子って大丈夫なのか?」

 倒れたキャロルを抱き上げる謙二。

「うん。体には全然触れていないから、気を失っているだけだと思う」

「あ! 気が付いたみたいだぞ」

 謙二の腕の中で目を覚まし、キョロキョロと回りを見回すキャロル。

「Where is here?
 Why am I here?
 daddy? Where is my daddy?」

(恭四郎、どうやら離れたみたいですね)

「ああ、キャロル本人に間違いないようだな」

 そこで再び恩田警部の携帯が鳴った。

「はい、はい……え!? そうですか……わかりました。それでは」

「どうしたんですか?」

「恭四郎とやらが、たった今死んだそうだ」

「え!?」

(ペンダントが壊れて、恭四郎の意識と体を結んでいたものが切れてしまったのかも
しれませんね。
 他人に乗り移ることもできず、もう元の体にも戻れない恭四郎。
 もしかしたら、これからずっとこの世界をさまようのかも)

「おい、変なこと言うなよ」

(ふふっ、ごめんなさい)

「でも、思えばかわいそうな奴だったよなあ。
 天才だったけれど、最後まで一人ぼっち。
 あいつに一人でも親身になってくれる友だちがいれば、こんなことには」

(……そうかもしれませんね)

「ところでハニィ、『みつお・フラァッッシュ!』って叫んでも変身できなかった件だけど」

(先生、さっきまで夢中で気が付かなかったけれど、プロトタイプを使って変身した時、
無意識に『ハニィ・フラァッッシュ!』って叫んだでしょう。そして変身できた。
 そして、さっき先生は『みつお・フラァッッシュ!』って叫んでも変身できなかったけれど、
『ハニィ・フラァッッシュ!』って叫んだら変身できた)

「ああ、そうだな。その通りだ」

(それって、その……指輪が先生のことを最早如月光雄と認識しなくなっているのかも。
 いえ、と言うよりも、先生はもう完全にあたしになっているのかもしれない)

「そうか、今の俺の存在ってハニィ、いや、生田蜜樹そのものになってしまったという訳だな。
 もう俺は如月光雄じゃないと」

(……はい)

「ふっ、まあそれもいいだろうさ」

(え?)

「俺がいる、俺の中にハニィがいる。
 そしてお父さんがいてお母さんがいて、俺のことを本気で心配してくれる友だちがいる。
 何の問題もないさ」

(でも、先生)

「言うな、俺はお前になるよ。これからずっとな。
 そう、あたしは生田蜜樹、スウィートハニィなんだから」

(先生、ずっと……ずっとずっと一緒ですよ)

「これからもよろしく頼むよ、ハニィ。俺たちはいつまでも一心同体さ。いつまでもな」




「ハニィ、大丈夫?」

 桜井幸が、佐藤えり子が、栗田宏美が駆けてくる。
 そしてキャロルを恩田警部に託した相沢謙二もハニィの元に駆け寄ってくる。

 それを静かに見詰めるゴールドライオン、シャドウレディ、そしてシャドウガール。

「ありがとうみんな。
 終わったわ。もう悪の組織なんて何処にも無い。
 あたしたちが戦うことなんて、もう二度とないわ」

 そう、こうして『虎の爪』を率いた井荻恭四郎との戦いは終わりを告げた。







 やがて冬が過ぎ、春が訪れる。

 ハニィたちのクラスも全員進級して3年C組になっていた。
そして再び失踪扱いとなり失職した如月光雄に代わって、新しい担任が赴任してきた。

「みんな、今日からよろしくね」

「あ、朝霧先生!」

「朝霧? いいえあたしの名前は生田奈津樹よ」

「生田って、それじゃあ」

「ええ、このクラスにいる生田蜜樹は私の妹」

「そうなんですか、先生ってハニィのお姉さんなんだ。
 それにしても、朝霧先生とよく似てるな〜」

 奈津樹を担任として迎えたクラスのざわめきに、ハニィはただ苦笑するばかりだった。






 そして夏。

 そう、光雄が初めてハニィに変身してから、もう1年以上が経とうとしていた。

「ハニィ、いるかぁ」

「あら、委員長、いらっしゃい。それにみんなも一緒?」

「あたしも来たんだニャ」

「まあ、シャドウガールじゃない、お久しぶり」

「ハニィ、元気かニャ」

「うん、あたしは元気だよ。皆も元気してる?」

「うん、シャドウレディもゴールドライオンもティラノレディもレディ・ビーもクロウレディも、
み〜んな元気なんだニャ」

「そう、良かった」

「ハニィ、お前また一段と綺麗になったニャあ」

「まあ、あなたいつからそんなお世辞を言うようになったの」

「ニャハハハ」

 そう、光雄は、生田蜜樹として生きる道を選択した。
 今の彼、いや彼女は、優しい両親と多くの友人に囲まれ幸せな毎日を送っている。
 そしてかつてハニィとパンツァーレディが死闘を繰り広げた庭では、
ガーデンパーティが行なわれていた。





「あら丁度良かった。謙二くん、ちょっとこれ飲んでみてくれない」

 パーティの最中、白衣のままひょこっと現われた幸枝が、謙二に緑色の液体の入った
ビーカーを手渡す。

「お、おばさん、今度はなんですかぁ。また変なものじゃないでしょうね」

「変なものとは失礼ね。立派な発明品よ」

「でも、この前から飲む度に急に太ったり、肌が妙に白くなったり、
 耳がネコみたいになったり、どうもろくなことがないですよ」

「あら、大きな研究を成し遂げるには、ある程度の犠牲はつきものよ」

「犠牲って……おばさんってそんな性格だったんですか?」

「うん、そんな性格……かもね」

 ハニィがにやりと笑う。

「こら、蜜樹、母親のことをそんな風に言うんじゃない!」

「えへへ、ごめんごめん。でも本当じゃないの」

「もお〜」

 ぷっと頬を膨らませる幸枝。
 年に似合わないが、その仕草は実にかわいい。

 ぼこっ、ぼこっ。

 結局渋々と液体を飲んだ謙二だが、いきなりその胸が大きく盛り上がる。

「うわっ、お、俺の胸が」

「謙二くん、うわぁ、か〜わいい」

 むにゅむにゅ。

「み、幸、こら、やめろぉ、あ、あう」

 背中から手を回して謙二の胸を揉む幸。

「おにいちゃんがおねえちゃんになったぁ。うゎ〜い!」

 謙二の腕に抱きつく未久。

「へ〜? あたしが合体しなくても、こいつ女になったんだニャ」

 ちょっと不満そうに謙二の体によじ登るシャドウガール。

「やれやれ」

 腕を組んで、あさってのほうを向く奈津樹。

「げげっ、もお、お母さんったら、言った先からこれだ。
 委員長に何の薬を飲ませたのよ」





「あらあ、また失敗しちゃったかしら」 

 ビーカーの中の液体を覗き込む幸枝。

「あっ!」

 ガッシャ〜ン。

 ビーカーは幸枝の手から滑り落ち、そして割れてしまった。
 芝生に飛散する緑色の液体。

「おばさん、お、俺、元に戻れるんですか」

「大丈夫、薬の効果が切れたら元に戻るから」

「ほっ」

「謙二くんって、それじゃあしばらく女の子なんだ。ねえ、あたしの制服着てみる?」

 幸がにやりと笑う。

「え? そ、そんな」

「「あはははははは」」







 皆と一緒に心の底から思いっきり笑いながら、光雄は……いやもうその名前で呼ぶことはないであろう。

 そう、思いっきり笑いながら、ハニィは空を見上げた。

 頭いっぱいに広がる夏の青い空、ゆっくりと動く白い雲。




 平和だ。

 いろんなことがあったけど、今のあたしは幸せ。

 この平和、この幸せ、いつまでも続きますように。







(完)

                                      2005年1月8日脱稿



後書き

 2年に渡った「戦え!スウィートハニィ」シリーズ、これにて完結です。長い間お付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。
 そしてイラスト企画に最後に登場したみかん飴さんのイラスト、最後のエピローグを語るのに見事に嵌まってくれました。この最終話を締めくくるのに相応しいほんとに素晴らしいもので、併せてみかん飴さんに御礼申し上げます。
 さて、「戦えスウィートハニィU」はシリーズの第2部として、一旦終わった第1部の後、イラスト企画としてさらに続けてみようとスタートさせてみたものですが、第1部以上にストーリーを繋ぐのが難しいイラストが多く、本当に苦労しました。勿論ファイトも沸きましたが、イラストに合わせてストーリーを展開させるために伏線を貼りまくり、平行して起きているという設定の話をいくつも書き、第1部に比べてかなり複雑な展開になってしまったと思います。でもまあこうして無事に完結させることができたので、ほんとよかったですよ。
 それでは今回も最後までお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。
 そして、イラスト企画を企画された愛に死すさん、企画に参加して頂いた絵師の皆様、どうもありがとうございました。
 toshi9より、感謝の気持ちを込めて。