「う〜む、全く何なんだ」

 とある部屋の中で、こめかみを押さえながらため息をつく一人の女性がいた。

 彼女は受け取ったメモを手でくしゃくしゃに丸めて頭を振った。

「陰山さん、それじゃあ今日のお客さんの希望はそういうことなんで、よろしく頼みますよ。
写真はここに置いておきますから」

 彼女の前には手もみしながら愛想笑いする蝶ネクタイ姿のマネージャーらしき男が立っていた。

「ああ、わかった、そのようにしよう」

 出て行く男を尻目に、女は再びため息をついていた。






戦え!スウィートハニィU

第7話「シャドウレディの憂鬱」


作:toshi9






「全く人を何だと思っているのだ……おっと、私たちはヒトではないか」

 仕方ない、やるか。

 その女……シャドウレディは帽子とコートを脱ぐと、両手で印を結んだ。

 すると彼女の姿はみるみる黒味を増し、影絵のように変わっていく。

「これも仕事だ。早いところ終わらせるとするか」

 影絵のようなシルエット状の姿になったシャドウレディは、置かれた写真を手に取り自らの中に取り込むと、床にずぶずぶと沈み込んだ。

 そう、その姿は本体がないのに床に映っている影といったものになってしまった。

 影となって、するすると部屋を抜け出すシャドウレディ。

 そして床の上を移動していくシャドウレディの影は、通路の先にある部屋の中に、その扉の隙間からするっと入っていく。





 部屋の中にはでっぷりと太った一人の中年の男が腕を組んで椅子に座っていた。

 部屋の灯りが男の影を床に映し出していた。

「ふむ、ついつい誘い込まれてしまったが、考えてみたら本当にあんなことできるわけない
だろうに。全くどんなまやかしを見せてくれるのか」

 それでもその言葉とは裏腹にどきどきと心臓を高鳴らせ、何事かを期待しながら待っている男だった。その男の影に、部屋に入ってきたシャドウレディの影がそっと潜り込んでいく。

 その瞬間、男の体は硬直したように動かなくなった。

「え? 何だ、どうした、体が……体が動かない」

 男の体は椅子から立ち上がると、勝手に服を脱ぎ始める。

「な、何だ、体が勝手に、どうしたんだ、どうして俺は服を脱ぐんだ」

 やがてすっかり裸になってしまった男。毛深く太ったその姿はあまり他人に見せられたものではないが、部屋に置かれた姿見の前に立っているため、嫌でも鏡に映る己の姿を見せられる男。まあ部屋の中に一人ということもあり、本人は己の容姿をそれ程気にする様子でもないのだが……。

「うーん、また太ったかな……」

 と、その時床に映る男の影がぐにゅっと蠢いたかと思うと、影の形が少しずつ変化し始めた。

 そのでっぷり膨らんだお腹のシルエットが突然凹んだ。

「うわっ、お腹が」

 影のお腹が凹んだ途端、ぶくっと突き出た男のお腹はすっきりと凹み、さらにウエストがきゅっと何かで絞り上げたように締まっていく。

 鏡に映る己の体の変化に、男は肝を潰した。

「ぐえっ、く、くるしい……くるし……あれ、何とも無いぞ??」

 ウエストだけが異様にくびれた奇妙な自分の姿に思わず悲鳴を上げたものの、全く苦しくないことに男は気がついた。

 その時、今度は影の丸々とした腕がしゅーっと細くなった。

 途端に男の腕から筋肉が落ちていく。逞しい男の肩から伸びた太い腕は、みるみる白くか細い腕に変わっていった。

「う、腕が、何だこの細い腕、細い指。これが俺の手だと?」

 腕は勝手に動き出すと、男の目の前に両手をかざした。

 ちんまりとした己の手の平を無理やり見せ付けられる男だった。

 今度は影の脚が変化していく。それと同時にがに股で短い男の脚は内股にその向きを変えたかと思うと、みるみる長く伸びていった。それと同時に太ももは肉つきの良いむっちりとしたものに変わり、さらに膝が傷一つないきれいな膝に変わる。ふくらはぎも形良く締まり、そして足首がきゅっと細く変化していく。

 己の体の部分部分が一つずつ変化していく様子を鏡で見せ付けられる男は、最早声も出ない。

 その時男の影の肩幅が、上半身がぐぐっと狭くなり始める。

 それに合わせて男の肉体もぐぐっと肩の形が変わっていく。その逞しいいかり肩は今の男の華奢な腕にぴったりの優しいなで肩へと変わっていった。

 そして肩幅に合わせるかのように胸回りもどんどん狭くなっていく。逆に両胸はむりむりっとせり出し、ぷるんと盛り上がった大きな乳がそこに出現していた。黒ずんだ乳首が桜色のぽちっとしたかわいいものに変化する。

 動転していた男は、ようやく己の体の変化を段々と落ち着きを持って見られるようになってきていた。

「へぇ〜、どんな仕掛けなのかわからんが、なるほど出まかせじゃないということか。それにしてもすごいものだな」

 影の変化と共に起こる男の体の変化は、まだ続いていた。

 だらしなく肉の垂れ下がった男の尻がきゅっと持ち上がり、魅力的なぷりっとしたお尻に変わる。

 そして男の影は、その下半身も本来の姿とはすっかり別のものに変わり果てようとしていた。

 男のだらんと股間にぶら下がった一物はしゅーっと縮み始め、やがて跡形もなく消え失せると、そこにぽこっと溝が刻まれた。旺盛に生えていた男の胸毛や脛毛はいつの間にかすっきりと無くなっている。

 床に映った男の影は今や本来の男の姿とはすっかり別のものに変化してしまっていた。

 そして今の男の体も顔こそまだ男自身のそれであったが、首から下はすっかり女性、それも少しばかりの未熟さと張りを併せ持った10代の少女のものへと変わっていた。

 さ、触りたい。

 膨らんだ己の胸に、そしてあるべきものがなくなってしまった己の股間に触ってみたい。

 そんな強烈な思いを抱く男だが、その意識に反して男の体は頑として動かなかった。

 やがて最後の変化が始まった。

 床に映る影の、体に対してアンバランスに大きな頭の形が変わっていく。

 それと共に男自身の頭が小さく縮まっていく。短くカットされた髪がさわさわと肩まで伸びていく。そして顔の造形も大きく変化していた。

 男の影が最後の変化が終えた時、鏡の前に立っているのは中年の男ではなく一人の少女だった。

 それは男が良く知っている少女の姿。

 美夏!

 体を自由に動かせない男は、だが興奮でぶるぶると震えながら立っていた。

 それは高校生の男の娘、美夏の姿だった。 

 ほ、本当に変わってしまったよ。美夏に、俺が美夏に。

 やがて再び男の体が勝手に動き出す。

 部屋の壁に建て付けられたドレッサーを開けると、その中から下着を取り出した。

 それは白い清楚なブラジャーとショーツ。

 少女になった男の体は流れるような手つきでブラジャーを己の胸に留め、そしてショーツに脚を通すとするすると引き上げ下半身にぴたっと密着させた。

 この胸、この股間の感じ、これは……。

 体が動かせないものの、肌から伝わる感覚はしっかりと感じられる。

 普段は絶対に見ることのできない、娘の美夏の下着姿が男の目の前に晒されている。そしてそれは今の男自身の姿なのだ。

 そのことに気が付いた時、男は例えようも無く興奮しきっていた。

 動け、動くんだ、俺の体!

 しかし未だ男の体は自由に動かない。

 今度はドレッサーからセーラー服の上下が吊られたハンガーを取り出す。

 そしてそのプリーツスカートを外すと、脚を通して腰に留める。

 上着を頭から被り、わきにあるファスナーをすっと下げる。

 赤いリボンをシュルシュルと巻き胸元で止める。

 最後にドレッサーの引き出しから取り出した紺のハイソックスを両足に履く。

 そして立ち上がった男。

 鏡に映っている男の姿はセーラー服姿の少女。

 そう、どこから見ても男の娘・美夏だった。

 み、美夏・・。

 いつも自分のことを蔑むような目つきで登校していく娘。

 それも最近は全く口もきいてくれない。

 そんな美夏に……今、自分自身が美夏になっている。

 男の興奮は限界に達しようとしていた。

 ううう、触ってみたい。触りたい。

 っとその時美夏の姿になった男の口が勝手に開いた。

 その声は男のものではなく美夏そのもののかわいい声だった。

「胸を触るのは3万円、アソコだったら5万円追加よ」

 は?

「気持ち良くなりたくないの? あたしになったパパ」

 鏡の中の美夏が艶かしい表情で男を見つめる。

 た、頼む、む、胸を、胸を追加だ。

「ふふっ、わかった」

 手がセーラー服の中に潜り込み、己の胸を揉みしだく。

 う、うはっ。

 その瞬間男の中を電撃のような快感は駆け抜けた。

 う、うくっ、うっうっうっ、あ、あひぃ。

「どお、これでお終い?」

 頼む、股間も、むずむずしてもうたまらん、追加、追加、追加だあ。

「ふふっ、了解」

 男のか細い指がミニのプリーツスカートの中に、そして穿いているショーツの中に潜り込むと、その中をもぞもぞと弄る。

 う、うあ、あ、あああ、い、いい、いい〜。

 美夏、ああ、俺が美夏、あ、あん、あんあん、あたし美夏、あああ、いい。

 指の動きが激しさを増していく。

 やがてショーツにシミが広がっていく。

 指がその内側に潜り込む。

 いい、あ……ああ、あたしは美夏、美夏がこんなこと、駄目、ああ、でも……いい、いいよ、いく、いく、いくう〜〜〜。







「陰山さん、お疲れ様。今日の分です」

「ああ、頂くよ」

 マネージャーらしき男から封筒を受け取るシャドウレディ。

「ご苦労様だニャ」

「シャドウガールか、待たせたな」

「良いんだニャ、さあ早く皆のところに帰るんだにゃ」

「そうだな」

 はぁ〜、それにしても人間というものは。

 グループを束ねるリーダーとは何かと気苦労が多いものだ。

 山に篭った怪人たちはほとんど人間と接する事は無かったものの、シャドウレディは時折街中に出てきていた。

 人間と怪人たちの無用な摩擦を防ぐために必要なものを入手するため、そしてそのための資金を稼ぐためにだ。

 一度は怪人たちを率いて遊園地でアトラクションでもやって稼ごうかとも考えたものの、それはすぐに中止することになった。昼間遊園地に向かう一行は余りにも目立ちすぎるため、大騒ぎになってしまったのだ。

 そのためシャドウレディは『虎の爪』の幹部時代に培った闇のルートを利用して、その能力を生かすことのできる、とある風俗業に勤しむことになったのだ。

 誰が思いついたのか、それは影の中から本体を操ることのできる……それも最近では本体を影の姿と同じ姿に自由に変形することができるようになっていた……シャドウガールの能力を生かしたイメクラの一種とでも言うべきものだった。

 それにしても何と人間の不可思議なことよ。

 今日の客もそうだ。

 自分らしく生きることよりも、他人を羨む。自分の姿に誇りを持つこともなく他人の姿に憧れる。今日の客なんぞ何だ。己の娘になることを望むか、全くわからん。

 スウィートハニィのおかげで自分らしく生きることを決意したシャドウレディであったが、店に訪れる客の要望を見、それに応える度に憂鬱になるのだった。





(シャドウレディ、シャドウレディ)

「ん? 誰だ私を呼ぶのは」

 シャドウレディは額に指を当てて、神経を集中した。

 誰かが自分を呼んでいる。それも久しく味わっていなかったこの感覚は……。

「この声……これは……まさか、パンツァーレディか」

 シャドウレディは空中の1点を見つめながら一人呟いた。

(そうよ。でももうその名前で呼ばないで)

「ははは、そうだったな。で、お主が何の用だ」

(蜜樹がピンチなの。お願い、手を貸して)

「蜜樹? スウィートハニィがか?」

(『虎の爪』の残党が蜜樹に復讐しようとしているの)

「残党か、海外に散ってた生き残りの連中が日本に集結しているのは間違いないようだな。シャドウガールからブルーイソギンチャクの件は聞いたよ」

(うん、人質を楯に呼び出された蜜樹が、さっき一人で彼らのアジトに向かったの)

「ハニィを一人で行かせたのか!」

(止められなかった。今のあたしには何の力もないし……。でもあたしにもできることを考えたの。それは研究所に残っていたこの通信施設で誰より早くあなたと連絡を取ること。お願い時間がないの。蜜樹を助けてやって)

「そうか……わかったよ。それに私は研究所に結構近い場所にいるのだよ」

(え?)

「新宿にいる」

(あら、てっきりどっかの山奥にいるものとばっかり)

「あいつらを養い、人との無用な摩擦を避けるには資金が要るからな。これもリーダーの
務めさ」

(まあ)

「ということだ。それでは急いでハニィのいる場所に向かおう。居場所を教えてくれ」





「シャドウレディ、どうしたんだニャ」

「ああ、スウィートハニィがピンチらしい。助太刀に行くぞ」

「にゃにぃ、ガッテン承知の介だにゃ」

「シャドウガール、急がねばならん。アレを使うぞ」

「あれってアレかにゃ?」

「ああ、そうだ」

「わかったにゃ」

 頷くシャドウガール。

「よしやるぞ!」

 シャドウレディは影となり、シャドウガールは猫の姿に変身する。そしてシャドウレディはシャドウガールの体に向かって飛び込んだ。

 そして二人は同時に叫ぶ。

「「合体! シャドウシスターズ!」」

 ピカッ!

 煌めくシャドウガールの体。

 その閃く光の中から翼を持った黒猫……いやその大きな体躯は黒豹と言ってもいい……が飛び出してきた。

「無事でいるんだぞスウィートハニィ、いくぞ」

 その翼で空を疾駆する黒豹。

 向かうはハニィのいる洋館だった。




(続く)


                                      2004年7月24日脱稿


(後書き)
 今回は本編から外れてやや番外編の趣きとなりました。しかもこのシリーズで一番じゅうはちきんっぽい作品になってしまいましたが、まあ『虎の爪』壊滅の後シャドウレディも怪人たちのリーダーとして苦労しているということで(笑
 そして前回奈津樹が考えた自分にできること、それはシャドウレディにハニィの助っ人を頼むことだったというわけです。さあシャドウシスターズはいつ参戦できるのか、それは次のイラスト次第です。
 それから、今回ちょこっとだけ以前mk8426さんが掲示板に書かれたネタを使わせて頂きました。改めて御礼申し上げます。
 それではお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。