(前回のあらすじ)


 ハニィの前に突如現れた如月光雄。

 2年C組のクラスの担任として復帰した光雄は、あろうことか生田生体研究所に監禁されていたとハニィを糾弾する。その謂れの無い言葉によって彼女はわずか1日でクラスの中で孤立してしまった。

 くそう、あいつは……あの如月光雄は何者なんだ。

 バシッ

 頭の中に渦巻く疑問と行き場の無い怒りに壁を拳で叩くハニィだったが、結局何の対策も打てないまま賢造たちの帰りを待つしかなかった。





 一方放課後、喜びを胸に如月光雄についていった桜井幸に危機が訪れようとしていた。

「先生って今どこに住んでいるんですか。前のアパートって引き払ったままなんでしょう」

「ああ」

「ねえ、あたしも先生のお家に一緒に行っていいですよね」

「ああ、構わないよ」

「嬉しい! じゃあ今日は二人で先生の復帰祝いね」

 溢れんばかりの笑顔でぎゅっと光雄の腕に身体を寄せる幸を笑いながら見下ろす光雄。
だがその目の光は何時の間にか爬虫類のような冷たいものへと化していた。





戦え!スウィートハニィU

第6話「復活!スウィートハニィ」


作:toshi9





「あ、あのお……先生、ここって……」

 如月光雄が桜井幸を連れて行ったのは、街の外れにある洋館だった。南高校で幽霊屋敷と評判のその薄汚れた佇まいはとても人が住んでいるような様子ではないのだが……。

「俺が今世話になっているところさ」

「でもこの屋敷って誰も住んでいなかったんじゃあ」

「ふふん、まあ入るがいいさ」

「で、でも……」

「お前がここまでついてきたんだろうが」

 何時の間にか光雄が発し始めていた只ならぬ雰囲気に気押される幸。

 せ、せんせい?

 幸を睨んだ光雄の目は、今まで幸が見たことの無いような冷たい光りを湛えていた。

 これってあたしの光雄先生?

 その時初めてそんな疑問を抱いた幸だったが……。

「さあ、早く入るんだ」

 光雄は幸の腕をぎゅっと掴むと、洋館の扉を開け彼女を強引に引っ張るようにその中に入っていった。

「い、痛い。先生、止めてよ」

 洋館の中は灯りがついていない。窓から差し込む黄昏の薄明かりで様子がようやく分かる程度だった。その中を光雄は幸の手を掴んだまま階段を上がっていく。

 ギ〜ッ、ギ〜ッ

 薄暗い洋館の中、木造の階段の不気味な音が響く。

「さあ、ここだ」

 2階の部屋の扉を開け、その中に入る光雄。

「せ、せんせい、怖い。どうして灯りを点けないんですか。こんな所に住んでいるなんて、嘘でしょう」

「ふっ、ふふふふ」

「せんせい?」

 その時薄明かりの中にぽっとある人物の人影が浮かび上がった。

「あなた……だ、だれよ」

「我が主……」

「え? なに? ……きゃあぁぁぁぁ」

 突然低い声で呟いた光雄の声に振り返った幸。しかしそこに立っていたのは……。









 さてその頃、生田生体研究所には警察病院から賢造と宝田輝一が戻ってきていた。

「あなた、お帰りなさい。宝田くんもご苦労様」

「はあ、どうも……」

 宝田の返事はどうも歯切れが悪い。

「で、どうだったんですか…あ、いえ、どうだったの、お父さん」

 賢造に尋ねようとして幸枝がじろりと自分のほうに視線を向けるのに気が付き、慌てて言い直すハニィだった。

「ああ、澤田医師本人に間違いなかったよ。昨日までの恭四郎の姿からすっかり元の彼の姿に戻っていた」

「じゃあ恭四郎は」

「わからん。今の所全く手がかり無しだ」

「そうか……ところでお父さん、実は今日学校でとんでもないことが起こって」

「どういうことだ」

「それが……」

 ハニィは学校での出来事を話した。かつての自分、如月光雄が南高校に突如現れ、クラスの担任として復帰したこと、そしてあろうことか生田生体研究所に監禁されていたと彼女を糾弾し、そのためクラスの中で孤立してしまったこと。

「おまけに研究所に帰ってみると……」

「どうした、何かあったのか」

「み、蜜樹! 今日はどうもありがとう!」

 唐突に幸枝がハニィに声をかける。その表情は幾分引きつっていた。

「え? あ、はい」

 幸枝がぱちぱちとハニィに向かってウィンクする。

 やれやれ

 苦笑いしながらもそんな幸枝をちょっぴりかわいいなと思うハニィだった。

「どうしたんだ、幸枝。目にゴミでも入ったのか」

 心配そうに幸枝を見る賢造。

「ま、まあね」

 賢造に向かって照れ笑いをする幸枝だった。

 良い夫婦である。

「で、お父さん、その学校に現れた元のあたし、如月光雄のことなんだけど」

 話題を再びもう一人の光雄のことに振るハニィだった。

「え? あ、ああそうだったな。ふーむ、かつての自分がお前の目の前に現れた……か。
しかも今までここの地下室で監禁されていたなどと言っていると」

「お父さんどう思う? これって壊れた指輪の影響なのか、それとも……」

 じっと目を瞑って腕組みした賢造は、やがておもむろに口を開いた。

「謀略だな」

「謀略?」

「冷静に考えてみるといい。それはお前を陥れるための謀略だろう。元の担任、しかもクラスで一番信頼のある人間の言うことならば皆その言葉を信じると言うわけだ。恭四郎の考えそうな奸計だな」

「ま、まあそうかもしれないけれど、でも何故?」

「この間もお前に話しただろう。自由の身になった恭四郎はお前に復讐を仕掛けてくるかもしれないと。それが恭四郎本人であろうときゃつの手先の怪人であろうとな」

「そうか。じゃあやっぱりあれは本物のあたしじゃなくって『虎の爪』の一味だと」

「そういうことだ」

「でも随分手の込んだことを」

「この間お前が倒した怪人……ブルーイソギンチャクと言ったかな……は生徒会長さんを狙っていたって言うじゃないか。お前の周りであいつらの活動が活発になってきている。何か事を起こそうとしているのかもしれんぞ」

(あ!)

「え? どうしたハニィ」

(もしかしてあいつの目的って)

「あいつって……あの俺のことか」

(先生、あいつの目的って先生を陥れるだけじゃないんじゃないですか。もし幸さんをターゲットにしているとしたら、彼女が危ないんじゃあ)

「どういうことだ」

(幸さんって、あれからどうしたと思う?)

「あれからって、放課後俺のことを無視して教室を出て行った後か? ……あ!」

「お前、さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ」

 突然ぶつぶつ独り言を言い始めたハニィを見て怪訝そうな賢造。一方幸枝はそんなハニィをにこにこと見詰めていた。

「幸のことだ。間違いなく俺についていく」

(あたしもそう思う)

「こうしちゃいられない。幸が危ない」

(でも二人は何処に行ったのか……)

「そうか、行方がわからないんだ、くそ、気が付くのが遅かった」

 途方に暮れるハニィ。

「蜜樹、さっきからどうしたんだ」

「幸が、親友の桜井幸がその如月光雄についていった可能性が高いの」

「むう、そうか……そうだな、まずは電話してみたらどうなんだ。彼女が無事かどうかそれで分かるだろう」

「あ、そうか」

 携帯電話を取り出し電話するハニィ。

 呼び出し音が繰り返される。

 しかし桜井幸が受話器の向こうに出ることは無かった。

「くそう、やっぱり駄目か。何か……何か方法はないのか」

 コツン、コツン

 その時何かが窓ガラスを叩く音がした。

「なに?」

 窓ガラスのほうに向かって一斉に振り向く一同。

 窓の向こうでは黒い鳩がくちばしで窓を叩いている。

(あ、あれって……シャドウガールの言ってたブラックピジョン?)

 ビシッ、ビシビシッ

「あ、危ない!」

 その時ブラックピジョンが突付いている箇所にヒビが入ったかと思うと、窓ガラスは粉々に打ち破られてしまった。

 そして黒い鳩はガラスの割れた窓から部屋の中に侵入してくると、ハニィに向かって厳かに喋り始めた。

「ぎぎっ、スウィートハニィに告げる」

「お前『虎の爪』のブラックピジョンか」

「ぎぎっ、よく私のことを知っているな」

「このスウィートハニィには何でもお見通しよ」

「ぎぎっ、ちょこざいな。ぎぎっ、桜井幸は『虎の爪』が預かった。取り戻したくば町外れの洋館に来るんだ。お前一人でな」

「いやだと言ったら」

「ぎっぎっぎっ、その時は桜井幸は我らの好きにさせてもらう」

 鳩胸を張って答えるブラックピジョン。

「き、きさまあ」

 掴みかかろうとしたハニィだったが、ブラックピジョンは再び割れた窓を通り抜けて飛び去っていった。

「くそう、行くしかないのか」

「罠に決まっている。蜜樹、行っちゃ駄目」

「でも、行かなきゃ幸が」

「そうだな。男には罠とわかっていても行かなければならない時がある」

「どっかで聞いた言葉ね。それに蜜樹は女の子よ」

「ははは、そうだったな。だが蜜樹の本質は正義感に溢れた教師なんだ、そうだろう蜜樹」

 賢造が優しい目でハニィを見詰める。

「あ……はい、ありがとう、お父さん」

「じゃああたしたちも一緒に」

「いいえ、アイツはあたし一人で来いって言った。あたし一人で行く。それにお父さんやお母さんを危険な目には遭わせられない。そんなことをしたらあたしの中のアタシが悲しむもの」

(……せんせい)

「そう……」

 寂しそうに目を落とす幸枝だった。

「とにかく幸を助けに行ってきます」

 そのまま部屋を飛び出そうとするハニィだったが、彼女がドアノブに手をかけるよりも早く部屋の扉が開いた。

「蜜樹、待って!」

 中に入ってきたのは奈津樹だ。

「え? 奈津樹姉さん今まで何処に」

「ほら、忘れ物よ」

 奈津樹が差し出したもの、それはハニィの戦闘服とサーベルだった。

「これは……」

「もう一度あいつらと戦うかもしれないんでしょう。今のあたしには何の力もない、何もできないけれど……蜜樹、あいつに負けないで」

「うん、姉さんありがとう」

 ハニィは奈津樹から受け取った赤いコスチュームをぎゅっと抱きしめた。

 輝一が、賢造がそして幸枝と奈津樹が部屋を出て行く。

 そしてハニィは部屋の中、一人戦闘服に着替える。

 トレーナーとジーンズを脱ぎ、ブラジャーを外してショーツも脱いでしまうと、全裸になったその体に赤いレオタード調の戦闘服を身につけた。

 戦闘服の滑らかでぴったりとした生地は、ハニィの見事なプロポーションをくっきりと浮き立たせていた。

 ブーツを穿き手袋をつける。

「またこれを着る日が来るとはなぁ」

(そうですね、でも今度こそあいつの邪悪な野望を阻止しなければ」

「ああ、そうだな」

 ぎゅっと拳を握り締めるハニィだった。

「あら、素敵」

「ね、姉さん」

 その時奈津樹が一人部屋に戻ってきた。

「ほら、蜜樹あっち向いて」

「え?」

「ブラッシングしてあげる」

「え? いいよ、そんな」

「駄目、女の子はどんな時でも身だしなみを忘れちゃいけないわよ」

 にっこりと微笑むとハニィの後ろに回りこみ、ゆっくりとその髪にブラシをかけ始める奈津樹。

 そしてブラッシングされる度にハニィの髪は段々と以前のように逆立っていった。それと共に茶色に染められていた髪は赤味を取り戻していく。

 鏡に映る己の髪の変化を不思議そうに見詰めるハニィだった。

「え? これって?」

「ふふっ、お父さんの発明品。どお、力が沸いてこない? あなたの本来の力が」

「そう言えば、何だか力が……どういうこと?」

「お父さんがあなたの赤い髪を染めるのに使ったヘアカラーって、あなたが余計な力を出し過ぎないよう適度に抑える効果があったんだって。このブラシはその効果を無効にするイオンを出すみたいよ」

「そうだったんだ」

「がんばって、蜜樹」

 ブラシを持ったまま背中からハニィをぎゅっと抱きしめる奈津樹。

「負けないで、必ず勝つのよ」

「うん、必ず……」

「ふふっ、それでこそあたしの蜜樹」

 離れ際にレオタードに包まれたハニィのぷりっとしたお尻をさっと撫でる奈津樹。

「ひゃっ、ちょ、ちょっと姉さん、こんな時に止めてよ」

「ほら、これ」

 振り向いたハニィに奈津樹はプラチナフルーレを差し出した。

「あ、う、うん」

 受け取ったプラチナフルーレをひゅっと振るハニィ。

「うん、やっぱりこれが一番しっくりくるな」

「かっこいいわよ蜜樹。いいえ、スウィートハニィ。絶対にあいつに勝って。そして帰ってくるのよ」

 真顔でハニィをじっと見詰める奈津樹。その目にじわりと涙が浮かぶ。

「必ず、必ず帰ってくるのよ」

「わかった。必ず、幸を連れて帰ってくる」

「どうだ、出来たか」

 その時賢造と幸枝も再び部屋に入ってきた。

「力がどんどん沸いてくるみたい。今まで力が抑えられていたんだなんて全然気が付かなかった。お父さんったらこんなことをあたしに黙っているなんて」

「すまんすまん。普通に生活していくのには、お前の強すぎる力は邪魔でしかないと思ったんでな」

「うふふ、確かにそうかもね」

(本来の力のままずっと生活するとなると、実際何かと大変だったかもしれませんね。
さすがお父さんだわ。じゃあ行きましょう、せんせい)

「ああ、決戦だな。今度こそあいつと決着をつけてやる。そして幸を必ず取り戻す」

「蜜樹、これを持って行きなさい」

 賢造が差し出したもの、それは青く輝く宝石のぶら下がったペンダントだった。

「これは?」

「なに、お守りだ」

 優しく笑う賢造。

「ありがとう、お父さん」

 ハニィはペンダントを受け取ると首を通した。

 ペンダントヘッドの青い宝石がハニィの胸元できらきら光る。

「じゃあ、今度こそ行ってきます」

「蜜樹、絶対に帰ってくるのよ。みんながここであなたのことを待っていることを忘れないでね」

 幸枝がハニィをぎゅっと抱きしめる。

「うん!」

 幸枝の、そして賢造や奈津樹の愛情を体中で感じるハニィだった。

「お母さん、そしてお父さん、お姉さん、あたし必ず勝つ。そしてここに帰ってくるから」

 サーベルとひゅっと振ると、ハニィは部屋を飛び出していった。 






「あなた」

「どうなんだ」

「もう一息なんだけど、肝心なところがまだ……」

「そうか、とにかく私たちは私たちにできることを精一杯やろうじゃないか」

「はい」

 ハニィを見送った二人は研究室に消えていった。




「自分にできることを……か、そうよね」

 最後に残った奈津樹もある決意を胸に部屋を出て行ったのだった。






 一方街中を駆け抜け、件の洋館にたどり着くハニィ。

「ここか」

(せんせい、何だか変な気が)

「そうか、でも行くしかないんだ」

 洋館の玄関の扉に手をかけるハニィ。

 ガチャリ

 鍵のかかっていない扉は簡単に開く。

「みゆき! 何処だ!」

 叫びながら洋館に飛び込むハニィだった。






 幸の姿を探し求めるハニィ。しかし幸の姿は何処にも無い。

 ハニィは一階の部屋を全て改め終えると、二階に駆け上がった。

「くそう、誰もいないのか」

 しかし、二階に並ぶ部屋の一つに飛び込んだ彼女の目の前に、窓から差し込む月明かりに浮かび上がった人影があった。

「ふふふ、よく来たなスウィートハニィ」

 月に照らされたその顔は光雄自身の顔だった。

「くっ、お前……誰だお前は」

「俺か、俺は如月光雄、お前の担任じゃないか」

 にやにやとハニィを見詰める光雄。

「黙れ! にせもの。幸を拉致するなんて、世間が許してもこのスウィートハニィが許さない! 幸を早く出しなさい。彼女は何処?」

「そこだよ」

 光雄がゆるゆるとベッドを指差す。そこには後ろ手にロープで体を縛られ猿轡をされた幸が寝転がされていた。

「ん〜ん〜ん」

 ハニィに気が付いて必死で体を動かす幸。

「幸! おのれ、よくもこんなひどいことを」

「ふふふふ、もう一人お前に会わせたいお方がいる」

 光雄がぱちっと指を鳴らす。

 すると薄暗い廊下から一人の少女が部屋の中に入ってきた。

 それは金髪碧眼の少女。

 五芒星の形をしたペンダントを胸に下げたその少女の頭の上に金色の輪が浮き、背中には羽根状の光を背負っている。そう、それはまるで天使のような姿の少女だった。





 少女はハニィの姿を部屋の中に見止めると一瞬驚きの表情を見せたものの、それはすぐに自信に満ちたものへと変わっていった。

 五芒星がきらきらと月明かりに輝いている。

「スウィートハニィ、よく来たな」 

「お前は……」

「我が主、シスター」

「シスター? シスターだって!?」





(続く)


                                   2004年6月30日脱稿



後書き

 「戦え!スウィートハニィU」もそろそろ佳境に入ってきました。ほぼラストまでの構想はできましたが、さて私の考えているようにこのまま話は進むのか、それは次のイラスト次第です。それにしても今回も如月光雄の正体、明らかになりませんでしたね。……って多分もうばればれですが(笑
 それでは次回をお楽しみに。そして拙作をお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。